仄温かい春時雨が降る
メモ書き小説08より
時雨には早くても春時雨は顔を覗かせる。
冷たく降るにわか雨が春先の寒さを思い出させる。
そして春の時雨が空模様の表情を豊かにして、私を困らせる。
雨が降るから晴れに変わる時を待つ。
日が照るから雨に変わらないでと願う。
時雨の照り降りに惑わされる。
冷たい時雨は春には似合わない。
春時雨とて、温かいように思えて冷たい。
「はぁ」
下足場なんて名前がついている場所から顔だけ空を見る。
雲間が見えない涙模様はしばらく続きそうだった。
目の届かない所に私物を置くことは日常で。
いつものことで通るはずのことで。
こんな日を待っていたわけじゃない。
ほぼ役目を果たし空になった傘立て。
役目を与えられた開かれた傘たち。
一歩を踏み出せずに取り残された私。
顔色を窺う空色は、まだ時間が必要なようだった。
雨降りを知らない走り人が行けば、
瞬く間に雨が滴る湿った人になっていく。
ぼんやりと一縷の期待を込める。
色に無駄と見ながら。
音に無駄と聞きながら。
眼に無駄を悟る。
何度も悟った頃に待ち人は来たらずとも、人が来る。
「待ち惚けか?」
「まだわかんない」
右手に折りたたみでない傘を持った彼。
私を知っている彼を。しかし私は知らない。
扱いにくいさに、ほんの少しの友の兆しを見て。
気難しい彼を友としようと思い至った。
最も遠き他人ではない他人の私。
彼だけの考えを私は知らない。
言葉は名を語り、名は人を示す。
言葉は心を語り、心は人を象る。
言葉に彼を知り、彼を人と知る。
言葉なき輩は友にならない。
「駅まで入ってけよ」
友に掛けられる声に仕草で答え。
気恥ずかしさを覚えながら、二人して頭上に雨音を感じる。
友にかける声が心恥かしさの中に沈み。
言葉を渡せない友にかけるやっと一言。
「ありがとう」
そんな今はこれだけで。