5.ループ
気がつくと、自分のベッドの上で寝ていた。目覚ましに起こされたのだ。
起き上がって、目覚ましを止めた。今、時刻は朝の七時。いつもの時間だ。
あれからどうなったのか?
俺は訳も判らず、のそのそと起き上がる。そして、自分の姿に違和感を覚えた。着ている寝巻きが薄手のものであることに。そして、室温もこの時間にしては妙に暖かかった。
そのまま暫く呆然としていると、お袋が声を張り上げた。
「智哉、いつまで寝てるの? 今日から新学期でしょ!? 三年生にもなって、そんな弛んでてどうするのよ」
新学期? 冬休みが終わったのか?
何のことか判らず、部屋のカレンダーを見た。そして、カレンダーが四月のページになっていることに驚いた。とうの昔に破り捨てた筈のページに。
慌てて部屋を飛び出して、一階に駆け下りた。
「母さん、新学期って……」
ダイニングのテレビを見て、言葉に詰まった。桜並木が映し出されていて。ニュースの話題も、四月の時節的なものばかりで。
「あんた、寝ぼけてるの?」
お袋は呆れ顔で俺を見た。
何がどうなっているのやら判らなかった。
俺は、夢を見ているのだろうか?
それとも、クリスマスイブまでの出来事の方が、全て夢だったのか?
俺はそれ以上何も考えられず。それでもお袋に急かされるまま、朝食を済ませて、学校に向かうのだった。
呆然としながらも、どうにか教室まで辿り着いて。
見慣れたクラスメイトたちの様子に安堵したのだが。
三年になって初めて同じクラスになった多田に、気安く声を掛けて、そのそっけない反応に驚くとともに、既視感を覚えた。
呆然としていると、背後から聞き慣れた声がして、慌てて振り向いた。
そこには、音葉の姿があった。彼女は他のクラスメイトに挨拶をしているところだった。
「おはよう、お──」
手を上げて彼女に挨拶しようとして。名前を呼ぼうとしたところで──彼女の険悪な目に、言葉に詰まった。
「何、阿呆面下げて、気安く声掛けてんのよ?」
彼女はやや斜めに顔を向けて、まるで挑発でもするかのように、俺を睨みつけたのだった。
その懐かしくも険悪な言葉と表情に俺は──愕然としていた。
お前は何を言っているんだ?
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。今は、三年の新学期なのだ。そして、俺たちが付き合っていたことなど、夢か何かだったのだ。
あの親しげな音葉は俺の幻想でしかなくて。その事実に俺は、胸が張り裂けそうになった。
涙が浮かびそうになるのを感じて、音葉から慌てて目を背けた。
「全く、なんなのよ一体」
ため息を吐く音葉に何も言い返せず、大人しく自分の席を探すのだった。一学期の最初、俺の席はどこだったっけ?
始業式が終わり、教室に戻ると、担任が神林さんを引き連れて入って来た。
皆、彼女の姿に気付いて。教室中がざわつく。
「みんな、席について、静かにして。──転校生を紹介します」
そう。神林さんは始業式の日から来たのだ。だが、俺がそれを知っているということは……?
自己紹介して、切なそうにこちらを見ている神林さんを見て──再び愕然とした。
やはり、あれは夢などでは無くて。
だけど、今はそのことは無かったことになっていて。
つまり──どちらも現実なのだ。
俺は、クリスマスイブまでに体験したことの記憶を保持したまま、始業式まで時間を遡ったのか?
その後も、俺は以前のようには振舞えずにいた。あたかも、以前感じた神林さんのように俺は、クラスメイトたちとの距離感を見失っていたのだ。それでも、元々親しかった連中とは普通に接することは出来ていたのだが。
神林さんは、俺が覚えている様子のまま、誰とも親しくなれずにいた。
俺は、自分が彼女に言った言葉を思い出して、泣きそうになった。彼女はずっと、こんな思いをしていたのか。そして俺は、無神経にも新たに関係を築くことを彼女に押し付けていたのだ。
俺の様子がおかしくなっていることに、彼女も気付いている様子で。音葉と付き合う以前は俺のことは避けていた筈だったが、今の彼女は時折物憂げに俺を見ていた。それでも声を掛けてくることは無かったのだが。
詳しく事情を聴くべきなのだろうが、俺は自分を取り巻く変化に、心がついていけず。何も出来ずにいた。授業も上の空で、一度勉強したことだったから問題にこそならなかったものの、何も手につかなかった。
微妙な関係のまま何も出来ずにいる俺と神林さんだったのだが、その様子を見て、音葉が俺たちをからかう様になった。
俺が、以前にも増して覇気が無いことに、よけいにイライラしている様子で。そもそも、何故、音葉が俺に絡んでくるのかも俺には判らなかった。二年の頃から、俺を見ているとイライラするらしく、一方的に絡んで来ていた。前回付き合っていた頃は、敢えてそのことを問いただす気にもならなくて、その理由は教えて貰っていないのだ。こんなことなら聴いておけばよかった。
ちょっと智哉の行動力が無さすぎでしょうか……




