36.エピローグ
※土原視点です。
私は寂しくて仕方が無かった。
今現在、私は榊君の傍を歩いているというのに。
彼の一挙手一投足が、私の記憶と違っていて。
すぐ傍にいるのに、彼を遠くに感じていた。
「土原さん」
榊君が振り返って。寂しげに、私を見つめた。
「もう、終わりにしないか?」
「……どうして?」
私は、彼が何を言っているのか判らなかった。
私たちは、まだ始まってすらいないのに。
今は、私が隣にいるけれど。彼はまだ、私のことを選んでくれた訳では無かった。
「だってさ。君は何も説明してくれないし。何か事情はあるんだろうけど……少なくとも君は、俺の事が好きだとは思えないんだ」
「──そんなこと!? 私は、あなたのことを愛しているわ……あなたへの想いは、他の三人には負けないつもりよ?」
そう、強がっては見たけれど。彼には見透かされているみたいだった。
先日、彼が他の時間軸で体験してきたことを他の皆に話したとき。三城谷さんに『付き合っていた相手から忘れられて、冷たくあしらわれ罵倒された、彼がどんな気持ちでいたか判って?』なんて偉そうなことを言っていたのに。愛した相手が、自分のことを覚えていないということがこんなにも辛く悲しいことだとは知らなかった。
榊君は、あの瞬間までずっとこんな思いをしていたのか。そのことを誰にも理解されず……事情を聞いた私すらそのことを正しく理解してあげられないまま、ずっと一人で耐えていたのか。
そしてその彼に私たちは、あんな酷い仕打ちをしてしまったのだ。
彼がどんな気持ちでいたか、彼をどんな気持ちにさせてしまったのか、今更ながら思い知って。それを考えただけでも泣きたくなるのに。
それでも彼は。こんな私たちを救うために、自分の命を投げ出すことも厭わなかった。
彼のその高潔さは生来のものなのか、それとも私たちがそんな風に追い詰めてしまったのか。もし後者だったらと思うと、私は辛うじて嗚咽を堪えることしか出来なくて。ポロポロとみっともなく涙を零してしまった。
「……ごめん。君を傷つけるつもりはなかったんだ。だけど──」
こんな私にでも、変わらず優しくしてくれる榊君のことが愛おしく。だけど、私の知っている彼では無いという事実が私を打ちのめす。
もう、私が愛した榊君はどこにもいない。
もう二度と、会うことは出来ないのだ。
そんなことは、初めから判っていたのに。
覚悟していたことなのに。
どんな形であれ、彼のことを救ってみせると誓ったのに。
私は、自分がこんなにも惨めな存在だとは知らなかった。
「君は俺と一緒に居ると、辛そうにしているから」
それでも。私のことを気遣ってくれる彼の気持ちが嬉しくて。
そして、彼に申し訳無いと思う気持ちも止められなくて。
私は彼にしがみついて号泣してしまった。
この話はここまでとさせていただきます。
読んでいただいた方、ありがとうございました。
この作品に纏わる話を活動報告に上げようと思っています。よろしかったらそちらも覗いてください。




