34.モテ期?
俺が不機嫌そうにしていたからか、尚康もそれ以上何も言わなかった。
三城谷たちも、俺が策略に気付いたことを察したらしい。始業式が終わって教室に戻っても、不安そうに遠巻きに見ているだけだった。
やがて、担任が教室に入って来た。
……背後に、誰かを連れている?
「みんな、席について、静かにして。──転校生を紹介します」
教室がどよめく。
その転校生が女子で、しかも結構可愛かったから、男子どもが「うおぉ」とか「やりぃ」とか騒ぎだした。
「ほら、静かにしろって言ってるでしょ!」
担任が一喝して黙らせる。
そして、担任は転校生に自己紹介を促した。
その転校生は、俺の方を見て。彼女と、目が合った。
そのまま数秒、見つめ合って。
俺は、何かあるのかと不思議に思い、首を傾げて見せたのだが、彼女は──何故か涙を流した。
その様子に担任が慌てる。
「あ、すみません。大丈夫ですから」
転校生は涙を拭いながら答えた。
「私は、神林千佳といいます。これから一年間、よろしくお願いします」
彼女は無難に挨拶を済ませ、担任に促されるまま一番後ろの席に座った。
神林さんの涙の意味が判らなかった。
ひょっとしたら、どこかで会ったことがあって。俺がそれを思い出せていない様子を見て、悲しい思いをさせてしまった、とか。
などと考えてみたものの。俺には、彼女のことは何も思い当たらなかった。幼少期まで遡って記憶を手繰ったのだが、これまで転校とかしたこともないし、逆に身近で転校して行った知り合いも記憶に無い。該当しそうなのは那須さんくらいしか思い至らなかった。だから、ただの思い過ごしかと考えていたのだが。
HRが終わって。神林さんは物珍しげに集ってくるクラスメイトたちを無視して、俺の席まで近寄って来た。
「──榊君」
まだ自己紹介とかした訳でも無かったのに、名前を呼ばれる。やはり俺が忘れているだけなのか?
「……以前、どこかで会った?」
それを問うてみたのだが。神林さんは悲しげに首を振った。
「榊君は多分……私のことを覚えていないと思う。だけど、私はずっとあなたのことを想っていたわ」
皆の前で堂々とそんなことを言われて。言葉の意味を理解して、思わず顔が熱くなる。赤面してしまっただろう。戸惑う俺を他所に、周囲の連中が騒ぎだした。
「榊君。私と──」
「そこまでよ!」
唐突に、誰かが割り込んできた。
それは、さっき俺に挨拶してきた土原さんだった。何やら怒っているらしい。
「土原さん……」
神林さんが彼女の名を呟く。土原さんのことも知っているのか。
転校してきたばかりの神林さんが、どうして俺たちのことを知っているのか興味を惹かれたけど。どうやらそれどころではないらしい。
「抜け駆けは駄目よ」
土原さんのその台詞に、周囲がどよめいた。
これも、三城谷の策略かと思ったのだが。
「土原さん、それじゃあなたも告白してるのと同じじゃない。──フェアに行こうって言ったのはあなたでしょ?」
三城谷が割り込んできて。頬を赤らめながら俺を見ていた。
「もう、音葉も同じじゃないの」
三城谷の背後から楠見さんも近付いてきて、三城谷の肩に手を置いた。三城谷は彼女に向かって舌を出した。
周囲の喧騒はもう半端無く。「どういうことだよ」「なんで榊なんだ」などと男子らが騒ぎ立てて。「うわぁ、修羅場なんて始めて見たぁ」などと女子らは囃し立てる。
「どうした、何を騒いでいる? もう授業の時間だぞ!」
いつの間にか一限目の時間になっていて。担当教諭の怒号で有耶無耶にされてしまった。
休み時間になると、俺は速攻で教室を飛び出して。そして、時間ギリギリまで男子トイレに逃げ込んでいた。
慣れない状況ということもあったのだが、彼女らが本気とも思えず。そして、そのことで他の連中からからかわれるのも真っ平だった。
昼休みも弁当片手に校内を逃げ回った。その頃には他のクラスにまで噂が広まっていて、逃げ場も少なく。さすがに便所飯は嫌だったので、体育倉庫の裏手で立ち食いするという初めての経験を味わった。
放課後も、普段なら尚康とだべったりどこかに遊びに行くところなんだが、俺は周囲を振りきる様にして逃げ帰ってしまった。
逃げているだけでは、何も解決しないことは判っている。だけど、ゆっくり考える時間が欲しかった。




