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32.誤算

 玲奈たちが来てから一週間ほどで、退院した。

 千佳も家に呼んで、祝って貰った。お袋は気を利かせたのか、「用事があるから出かけてくる。夕方まで帰ってこないから」などと言い残してどこかへ行ってしまった。

 その日はまったりと、千佳といちゃいちゃして過ごした。


 翌日。

 学校に行くと、教室で音葉らに出迎えられた。

 千佳はちょっと警戒していたが、音葉からはお詫びとお礼の言葉を言われただけだったので拍子抜けしたみたいだ。

 玲奈からは、

 「あなたの懸念、全て払拭させて貰ったわ。もう、大丈夫だから」

 その言葉を俺に伝えると、もう接触してくることは無かった。


 ***


 暫くは、千佳は音葉らのことを気にしていたみたいだが、あれ以来俺に近づいてくることも無かった。 音葉らが静かになったためか、他のクラスメイトらも千佳を泥棒猫扱いすることもしなくなり、千佳もクラスに馴染んでいった。


 誰かの死に怯えることもなく、ただ千佳と恋人として過ごせる幸せな時間。

 俺の記憶にあった、あの何かに耐えるような、愁いを帯びた千佳の姿ではなく。ただの、普通の女子中学生らしい千佳の姿が眩しかった。

 まだ心が癒えたとは言い難いが、それでも穏やかでいられたから、この選択が正しかったんだと、千佳はあの苦しみから解き放たれたんだと、嬉しく思う。

 後は、クリスマスイブを乗り越えるだけだ。


 ***


 二学期の終業式。俺は、千佳にある提案をした。

 「クリスマスにデートしないか?」

 千佳はきょとんとして、

 「イブは会わないの?」

 そう、問われた。

 やはり、女子にはイブの方が重要なのかな。

 「クリスマスイブはちょっと都合が、ね。悪いけど、25日に、うちに来てくれるないか?」

 極力、何でもない風を装って、イブの約束を回避。

 「……うん、判った……」

 千佳はどこか釈然としない感じだったが、そう答えてくれた。

 これで、大丈夫だ。


 千佳は、イブに俺と待ち合わせをしていて、俺が千佳を庇って事故に遭ったと言っていたから。待ち合わせそのものを回避することで、乗り越えられるはずだった。

 だけど。

 イブの朝から、電話が鳴った。

 お袋から、千佳からの電話と言われて、慌てて出る。

 「もしもし?」

 「……智哉……」

 不安気な千佳の声。

 「……どうした?」

 「……今、独り?」

 「……家にいるのは家族だけだけど?」

 「じゃあ……どうして、今日は会えないの?」

 俺は愕然としてしまった。

 千佳は、今日会えないことに、納得していなかったのか。ひょっとしたら、未だに音葉や玲奈とのことを、不安に思ってるのかも知れない。そして、今日は千佳とではなく、彼女らと会っているのではないかと疑っていたのか。

 普段、俺を束縛するようなことは一切言わなかったから、俺は自由に振る舞っていて。千佳の気持ちに対してフォローが足りていなかったのだろう。

 「千佳、あのさ──」

 「駅前の公園。待っているから」

 千佳はそれだけ伝えて、電話を切ってしまった。

 慌てて千佳の家に掛けなおしたのだが、電話に出た千佳のお母さんからは、既に出かけたと言われた。

 俺は上着を羽織ると、慌てて家から飛び出した。

 ──どうしてこんなことに。

 ひょっとしたら、俺が行かなければ、何事も起きないのかもしれない。

 ひょっとしたら、この時間軸では千佳が言っていた出来事は起きないのかもしれない。

 だけど。

 俺が庇わなければならない事故が、千佳を襲う可能性があるのだ。

 そう思うと、気が狂いそうだった。

 全力で走った。

 狭い道路は信号を無視して渡った。

 駅前の公園まで、あと少し。

 公園の東口付近に、千佳らしい姿が見える。

 千佳も、俺の姿に気付いたらしく、こっちを見て手を振っていた。

 「──千佳!!」

 千佳の向こう側に。交差点を曲がろうとしたトラックが、他の乗用車の暴走を避けようとして、不自然なコースで迫っていた。

 俺は、あらん限りの力を振り絞って、千佳のところまでダッシュして、突き飛ばした。

 直後。

 トラックに撥ね飛ばされた。体が公園の生垣を突き破って転がる。

 「……くっ……」

 体が言うことを聞かない。

 口から血が溢れて来た。

 「智哉!?」

 千佳が駆け寄って来て。俺の傍で跪いて、不安気に俺を覗き込んだ。

 やはり、こうなってしまうのか。

 結局俺は、千佳を救うことが出来ないのか。

 「……ごめん、ね」

 もう、謝罪の言葉しか出てこなかった。

 命がけで、俺を送り出してくれたのに。

 泣いている千佳をどうにかしたくて、右手を伸ばした。

 千佳は、それを両手で握ってくれた。

 結局、千佳も、音葉たちも、誰も救うことが出来なかった。

 また、繰り返してしまうのか。

 また、彼女らを苦しめてしまうのか。

 また、あんな思いをしなければいけないのか。

 千佳にあんな思いをさせたくなくて、自分が千佳に何も話さなかったばかりに、また一から繰り返してしまうのか。

 薄れていく意識の中で、そう、覚悟した時。

 「──そんなことにはさせない。どんな形にせよ、私はあなたを救ってみせる」

 玲奈の声が聞こえた気がした。


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