3.予兆(2)
十一月の中旬。
教室に入ると、また神林さんの表情が曇っていることに気付いた。最近は四人で遊ぶよりも、それぞれ二人きりでいることが多くなっていたから、彼女の表情がいつからそんな風だったのかは判らなかった。
担任が沈痛な面持ちで教室に入って来たとき、俺はまた嫌な予感がした。教室を見回すと、一人、女子が休んでいることに気付く。
不吉なことを想像したのだが。
「昨日、うちのクラスの土原さんが事故に遭って……入院されました」
担任の言葉に、俺は不謹慎にも安堵のため息を漏らしてしまった。彼女が亡くなった訳では無かったことに。神林さんの表情が曇っていたのは、この件を昨日のうちにでもどこかで知ったのだろう。
他のクラスメイトたちも、俺と似たようなことを考えていた様子で。心配と安堵がないまぜになったようなざわめきが教室を満たした。
だが、担任は中々次の言葉を発せられずにいて。クラスメイトたちもそれに気付いた様子で、次第に喧騒が治まった。
「命に別状は無かったみたいなんですが……怪我が重く……卒業まで復学は見込めないそうです……」
「……見舞いに行かない? 土原さんの……」
土原さんの事故から一週間が経って。久しぶりに四人で顔を付き合わせていると、音葉が俺たちに提案した。もう面会は出来るらしい。彼女自身、五月に事故に遭いそうになったこともあって、他人事とは思えなかったのだろう。そして、楠見さんの死も、音葉の心を重くしているのかもしれない。
四人で金を出し合って、見舞いの花を買って。病室に入ると、付き添いの女性が出迎えてくれた。彼女は花を受け取ると、花瓶を探して来ますと言い残して、病室を出て行った。
土原さんは横になっていたが、眠っている訳ではなかった。彼女の話では、さっきの女性は家族では無く、彼女の家に雇われている人らしい。
重々しい空気の中、音葉が傷の具合を尋ねると。
「全然よくは無いわね」
土原さんは自嘲気味に笑って。左手で掛け布団をどけて、全身の状態を見せてくれた。
「──ひっ!?」
音葉が短く悲鳴を上げた。
俺も、言葉が出なかった。
土原さんの右足が、膝より下が無かった。そして、上半身を見て、更に愕然とした。右腕も肘から少し先までしか無く。
「同情とかは要らないけど、安易な慰めもやめてね」
ため息交じりに話す土原さんに、俺は何も言えず。
「──ごめんなさい!!」
音葉は両手で顔を覆って、泣き出して。懸命に泣き声だけは出さないように努力していた。
「……見舞い、ありがとうね。だけど、私、こんなだから……もう、来ないで……」
彼女は気丈に振舞ってはいたが、強がりもそろそろ限界らしい。
俺も涙が出そうになったが、同情して泣くのはいけないと、我慢していた。
「──ああ。邪魔したな……。またいつか、どこかで──」
そう言い残して。言葉も出せずにいる神林さんと尚康の背中を押して。音葉も俺に従って、俺たちは病室を後にした。
翌朝、昨日俺たちが見舞いに行くと話していたことを聞いていたクラスメイトたちが、土原さんの様子を聞きに来て。俺たちの口が重く閉ざされていることに、皆悲しげな顔をして俯いたのだった。
やがて、担任が教室に入ってきて。俺は俯いていたから初めは気付かなかった。担任が、また泣きそうな顔をしていたことに。
「昨日……土原さんが……病院の屋上から転落して……亡くなられました……」
俺は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
音葉を見ると、呆然として立ち上がって。担任の方に歩いて行った。
「あたしの……せいでしょうか……?」
昨日、見舞いに行ったときのことを気にしているのだろう。担任は、音葉が何を言っているのか判らず、涙を流しながら音葉を見返していた。




