26.ループ3
目覚まし時計のベルで目を覚ました時、俺は涙を流していた。
混乱していたのか、ベルを止めようと時計に手を伸ばしてまさぐるが、中々止められずにいた。
どうにかベルを止め、ゆっくりと体を起こして、部屋の中を見回す。
カレンダーは四月のページ。しかも、三年前。
俺は、またこの『時』に戻って来れた。俺を庇ったせいで瀕死の状態だった千佳が、それでも俺を送り届けてくれたのだ。
前の時間軸では、俺を取り巻く女性たちから誰も選ぶことが出来なかったせいで、彼女らが傷つけ合っていたのに、俺は何も出来なかった。
ハーレム状態なんて、碌なものではなかった。
男友達からは羨ましがられていたが、俺はその状態に耐えられなかったのだ。
そもそも、ハーレムは女性陣全員がその状況を受け入れている必要があり、かつ全員平等に愛情を注がなければ成立しないものだと思う。そして俺は、全員に惚れてはいたものの、誰も愛せずにいたのだった。
事情を知った幼馴染からは、俺が壊れてしまったからだ、なんて言われたりもした。俺自身そうは思っていなかったのだが、彼女の指摘はいちいちもっともで、俺はそれを否定出来なかった。俺はみんなのことを、生きてさえいてくれれば、それでいいと感じていた。
「智哉、いつまで寝てるの? 今日から新学期でしょ!? 三年生にもなって、そんな弛んでてどうするのよ」
十分以上、ベッドで呆然としていたらしい。お袋が声を張り上げて俺を呼ぶ。
あまりゆっくりはしていられないなと、慌ててベッドから降りて。転びそうになってしまった。
体を動かす違和感。
初めはそれを、この頃はまだ体を鍛えていなかったせいだと思ったのだが。何のことは無い、サイズが違うのだ。
三年と九ヶ月弱で、身長は五センチ程度しか伸びていない筈だったのだが、それでも目測を誤ってしまうらしい。手の長さなんて三センチも違わないと思うのだが、それでも離れた場所の物に手を伸ばして掴もうとしても、思うように出来なかった。さっきベルを止めるのに苦労したのも、そのせいだったらしい。
慌てて朝食を済ませ、学校に向かった。
急いだのでいつもより早めに到着したのだが、それでも十人くらい先客が居た。
今日は三年の初日だったからか、気がせいてる連中は他にもいたらしい。俺とは理由が全く違うのだろうが。
「よっ。今日は早いな」
先に来ていた尚康が声を掛けてきた。この男は、いつも早く登校してきていた。特に、何をするという訳でも無いらしいのだが。しっかり者な性格らしい。
「ああ、おはよう。また一年間よろしくな」
挨拶を返し、二人でハイタッチ。
なんてことをやっていると。幾人かまた教室に入ってきて。その中に、目当ての人物がいることを確認した。
音葉は俺に気付くと、不機嫌そうに目を細めて。彼女に気付いた尚康は、俺の方に向き直ってため息を吐いた。
普段なら、ここで終わりか、向こうから何か罵倒しにくるところなのだが。
今日は俺の目的を果たすために、出席番号で決められた席に向かう音葉に俺から接近した。
「お、おい……」
事情を知らない尚康が俺を引きとめようとして。何事かと振り向いた音葉は、俺の接近に気付いて動揺したらしく、一瞬だが引きつった笑みを浮かべた。だけど、直ぐにいつもの険悪そうな表情を作りやがった。
「何よ? あたしに何か言いたいことでも?」
腰に手を当て、斜に構える音葉を見て。俺は噴出しそうになってしまった。二年の頃の俺は、音葉のこの態度から本気で嫌われているのだと思っていたのだ。当初は尚康と、音葉は俺に気があるからこんな態度を取ってるのかも、なんて話していたのだが。あまりにツン状態が酷く、デレることが無かったから、それはただの勘違いだと片付けてしまっていたのだ。まさかそれが正解だったとは。
「……ああ。三城谷」
俺が真面目な顔をして迫ったためか、音葉は焦った様子で一歩下がった。
隣では尚康が心配そうに、いつでも間に入れる様な感じで見守っていた。
「悪い。俺、お前の期待には答えられない」
まだ人数は少ないとは言え、衆人の前だったから、俺は自分の気持ちを暈して伝えた。
曖昧な表現だったにも関わらず、音葉はそれを理解してくれたらしい。
「なっ……あ、あたしが、あんたに何を期待してるって……」
音葉はとぼけようとしたのだが、途中で言葉に詰まった。そして、その目に涙を浮かべた。
尚康は訳が判らない様子でオロオロしていて。
音葉は暫く涙目で俺を睨んでいたが、俯いてしまった。
「……どうして?」
音葉は俯いたまま、それを問う。
音葉に悲しい思いをさせてしまうことを心苦しく思う。だけど俺は、もうあんなことにはさせたくなかったから、彼女を繋ぎ止めておくことは出来ない。
「もうすぐ、判る」
そう、言い残して。俺は自分の席に戻った。




