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22.夏休み(1)



 それから暫くは、遊佐さんは俺に対しても脅えた様子でいて。基本的には避けられていたが、俺と接触する機会がある度に、恐縮した様子で、理由も無く謝っていた。傍目に見ても不審だろうなと感じていた。

 ただ、彼女が俺を人殺しと詰った話は皆に伝わっていて。それが誤解だったから、そのことで彼女が俺に引け目を感じているのだろうという風に受け止められているみたいだった。俺としても、都合の良い流れだったので、自分からそれについて何か言う事はしなかった。

 剛志先輩も、あれから俺たちに接触してくることは無く。

 ぎこちなくも、普通に過ごしていたのだが、俺は嫌な予感がしていた。

 何が、と問われてもはっきり答えることは出来なかったのだが、ずっと違和感を覚えていて。

 それでも何事も無く一学期の終業式を迎えることが出来て、俺はほっとしていた。

 「久しぶりに、どっか行かないか?」

 遊佐さんのお兄さんの件で、お互いに気まずく感じていたためか、あれ以来松原から遊びに誘われることは無かったのだが。気まずいままで夏休みに突入することを嫌ってか、久しぶりに声を掛けて来た。

 松原の隣には、高梨さんも居た。

 はっきりと伝えた訳ではないものの、俺が過去に人を殺していることは悟っているだろうに。それについては触れることもせず、まだ友達で居てくれることに、感謝していた。

 「……仁美も誘っていいかな?」

 そして高梨さんは、俺と遊佐さんの関係が、衝突するでもなく、ただ気まずくしていることを気にしているみたいだ。

 「もちろん」

 俺は出来るだけ、穏やかに微笑んで見せた。


 遊佐さんは気まずそうにしていたが、それでも俺たちからの誘いは断らなかった。彼女にしてみれば、俺が絡んだ話は全て脅迫紛いに感じているかも知れない。だとしたら、悪いことをしてしまったか。

 「寮はどうするの? 帰省するの?」

 二人とも寮生で。体育系の部活をやっている連中はほぼそのまま寮に残るみたいだが、彼女らは帰宅部だったから、終業式の今日から家に戻るのかと思ったのだ。

 「去年は戻ったんだけどね……結局、家に戻っても、特にやることも無くてさぁ。一緒に遊ぶ男が居る訳でも無いしぃ」

 高梨さんは、左手の人差し指を下唇に当てて。首を傾げつつ、横目に俺を見た。

 以前、俺にはあんなことを言っていたけど。彼女がどう思っているのか、俺には測りかねた。

 何も言えずにいる俺を見て、高梨さんはニヤリと笑った。

 「ふふっ。仁美とも話したんだけど、今年は一緒に寮に残ることにしたんだ。実家は結構遠いからさ。誰かと遊びに行こうとしても、大変だから」

 意味ありげに、腰を折り下から俺を覗き込んだ。

 また、俺のことをからかっているんだな。

 「ちぇっ……なんで榊ばっかり。また浮気してるって報告してやるぞ?」

 ふて腐れて、そう嘯く松原だったが、この男なら本当に彼女らの連絡先を知っていて不思議じゃないな。

 そもそも俺の周囲で交わされる会話は、土原さんにチェックされてる訳だが。

 「まぁ、そう言わないでよ。夏休み、四人で色んなところに遊びに行かない?」


 俺が他の女子と遊びに行く、などという話を土原さんが聞き逃す筈も無く。

 さんざんからかわれたのだが、だけど俺も、数少ない学友との交友関係も大事にしたくて。

 「俺のことを……人殺しと知った上でなお友達で居てくれるやつらなんだ。だから……」

 言い澱む俺を、彼女は笑顔で睨んだ。

 「友達として、なら私たちも文句は言わないけど。でもそれなら……私たちがより親しい女として何か行動しても文句は言わないでね?」

 彼女が何をやろうとしているのかは俺には判らなかったのだが、平穏な夏休みにはならないんだということだけは理解出来た。


 ***


 松原たちとは、毎週水曜日に遊びに行くことにしよう、という話になっていた。


 最初の週は、松原の発案で、近隣のゲーセンを巡って。ぬいぐるみを取ったり、一緒にプリクラを撮ったりして。その後はカラオケで四時間も歌った。

 俺は遊佐さんが愉しめているか心配だったが、彼女は一応笑顔でいてくれた。


 土原さんからはあんなことを言われたけど。

 基本的に俺は、予定が無いときは土原さんの家で勉強するか訓練を受けていて。楠見さんや神林さんや音葉も、暇なときにやってきて。一緒に勉強したり、簡単な訓練を受けたりして過ごしていた。


 ***


 二週目は高梨さんの発案で、プールに行くことになって。

 土原さんが放置する筈は無いだろうなと覚悟していたのだが、彼女らが姿を現すことは無かった。

 プールサイドで休憩していたら、ちょっとした人だかりが俺たちの方に近付いてきて。何事かと思ったら、ビキニ姿の久瀬さんが俺に飲み物を持って来たのだった。美人でスタイルも良く、大人の色香を漂わせる彼女の周りに他所の男性客が集っていて。その連中を引き連れて人だかりになっていたのだ。

 「……どうして私が……」

 土原さんに命じられたのだろう。

 久瀬さんはぶつぶつ文句を言っていたのだが。それでも一緒にいた高梨さんとの間に割り込んで、俺の隣に密着する様に座った。傍目には仲良さそうに見えたかも知れない。

 彼女に集っていた連中も、俺たちの様子を見て、ため息を吐いて散っていった。

 一緒に飲み物を飲み干すと、久瀬さんは俺に、

 「訓練、覚悟しておきなさい」

 低い声で耳打ちして。連れには笑顔を振りまいて、去って行った。

 松原も高梨さんもポカーンとしていて。遊佐さんだけは、久瀬さんとは会っていたから、黙って俯いていた。彼女は、自分は見張られているのだとでも思ったのか、暫く浮かない顔をしていた。


 翌日の訓練では、俺は足腰が立たなくなるまで久瀬さんにしごかれたのだった。


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