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21.誤魔化し

 あれから暫く、遊佐さんは学校を休んでいた。学校には家の都合ということで連絡してあるみたいで、寮にも戻っていないらしい。

 俺から聞かされた話が、ショックだったのだろう。

 そして、ショックを受けたのは、遊佐さんだけでは無かったらしい。松原も高梨さんも、俺に話しかけることが憚られるみたいで。まるで中学時代のクラスメイトたちを彷彿とさせた。今の時間軸では無く、一つ前の出来事だったが。

 俺が語った内容も、今の時間軸では経験しなかったことだ。だから、それを調べたらしい遊佐さんには、全てが絵空事に思えたのだろう。

 「嘘つき!」

 学食から教室に戻る途中、遅れて登校してきたらしい遊佐さんに、罵声を浴びせられたのだった。

 「あなたの周りに、自殺した女性なんて居ないじゃない! どうせ兄の話もデタラメなんでしょう!? この……人殺し!!」

 他の生徒たちに注目される中。

 俺は、どうすれば彼女を救えるのだろう、などとぼんやり考えていた。

 だが、彼女に胸倉を掴まれて、思考が中断した。

 「迎町の高架下で……本当は何があったのよ!?」

 泣きながら俺を諤々揺さぶる彼女に、俺は何も抵抗出来なかった。

 そんな俺たちを見て、よけいな連中が絡んで来やがった。

 「人殺しだって?」

 「嫌だねぇ。下賤なやつだとは思っていたけど。そんなやつが一時的にでもクラスメイトだったと思うと、ぞっとするね」

 一年のとき、俺とトラブルを起こした特殊科の連中だった。

 特に理由もなく、ただ半端な家柄を振りかざして、俺に絡んできたのだ。先に手を出したのは連中の方だが、当時既に土原さんのところで護身術とか習っていた俺は連中を一方的にぶちのめした。そのことを未だに根に持っているみたいだった。

 土原さんはそのことを知って。連中を社会的に追い込んでやろうかなどと物騒なことを言っていたのだが、それでは俺が悪目立ちし過ぎると思い直したらしく、俺を普通科に転科させるに留めたのだった。当時、既に土原さんの家で色々と学んでいて。俺が期待に十分答えているらしく、最早特殊科のカリキュラムは不要だろうという判断もあったみたいだが。

 「俺たちがこいつに制裁加えてやるからどいてな」

 あれから一年。自分らは特殊科で格技を学んできたんだと、自信を持ったらしい。

 連中の一人が、遊佐さんを邪魔だとばかりに突き飛ばして。

 俺は反射的に、そいつの顔に裏拳を叩き込んでいた。

 「野郎!」

 特殊科の連中は他にも四人ほどいて。俺を囲んで、間合いを詰めて。そして、飛び掛かろうとしたところで、俺の方から左にいる男に一歩踏み込んだ。それを契機に、相手も全員殴りかかって来た。

 俺は、左から殴りかかって来た相手の拳を、左手を振り上げることで弾いて。態勢を崩して仰け反る相手の顔面に左手の甲を振り下ろして倒した。

 次に、正面からの回し蹴りを、前屈みでかわしつつ、右足で後ろから飛び掛ってきた男の胸を蹴り飛ばした。

 右から迫る男の手を右手で掴んで、ひねって関節を極めて、次の蹴りを繰り出してきた正面の男の方に投げ出して盾にした。

 盾にされた男は正面の男に蹴られて、転がる。

 俺はそのまま正面の男と一対一で対峙した。

 正面の男は蹴りを止めて、拳で攻めてきて。俺はそれを暫くかわして。相手が右拳で深く突きを繰り出してきたとろで、その手を右手で捌きつつ掴んで、引っ張って。がら空きの右わき腹を──本来なら引き手を切らずに左拳か左肘を叩き込むところだが、それだと相手を壊しそうなので、右手を離して、左手の掌底で軽く突き飛ばした。

 そいつは無様に転がったのだが、たいしてダメージを与えなかったので、直ぐに起き上がって。また俺に向かってこようとして、

 「──止めろ!」

 唐突な怒号に、動きを止めた。

 「剛志先輩……」

 正面の男の目線を追うと、大柄な男がこちらに歩いて来ていた。タイの色から三年生だと判る。特殊科の三年か。特殊科では全学年合同の授業もあり、上級生とも顔見知りなのだろう。俺はその授業を受ける前に転科したから、上級生との面識は無かった。

 「お前らじゃ相手にならん。下がってろ」

 見るからに屈強そうな男だ。その立ち居振る舞いから、俺では敵わないだろうなと思った。

 「いえ、そんなことはありませんよ。現に、たいしてダメージは受けてませんから」

 男はその理由が判っていないのか、まだ俺に向かってこようとして。

 「バカめ。手加減して貰ったことすら気付かん様では、話にならん。それにお前ら、その男の後見人が誰か知らないのか?」

 「えっ……?」

 後見人の話を出されて、家柄自慢の連中も青ざめた。俺の後見人が土原さんだとは知らないみたいだが、そんな風に言われて、身の危険を感じたのだろう。連中は慌てて逃げていった。

 所詮、特殊科の連中は、誰かに仕える立場でしかなくて。ここで言う後見人は、その仕える先なのだ。

 結局、俺は。土原さんの名前を傘に着ないと、こういったトラブルすら満足に解決できないのかと、情けなく思う。

 「大丈夫か?」

 剛志と呼ばれた先輩は、俺の前まで来て。俺の肩をバシバシ叩いた。

 「いやぁ、阿呆な後輩どもでスマンな。──ところで、気になる話が聞こえてきたんだが」

 剛志先輩は俺の前から離れて。壁際で成り行きを見守っていた遊佐さんに近付いた。

 「迎町の高架下で、何があったのか。俺にも教えてくれないか?」

 剛志先輩が遊佐さんに手を伸ばそうとしたその時。

 ピピー! ピピー!

 鋭い電子音が俺のポケットから鳴り出して。剛志先輩も遊佐さんも、何事かと俺の方を見た。

 それは、俺が普段使っている携帯ではなく。土原さんから持たされている特殊携帯もどきからの緊急呼び出し音だった。通常の通話機能も一応あるのだ。

 慌てて電話に出る。と言っても、既に通話状態にされていたみたいだが。

 「智哉? 遊佐という女を連れて、大至急、そこの剛志という男から引き離して! その剛志という男が特殊科の三年生なら、恐らく他の被害女性の遺族よ!」


 俺は遊佐さんの手を引いて、学校から飛び出した。

 遊佐さんに事情は説明出来なかったのだが、真相とその証拠を見せるからと、無理やり連れ出したのだった。土原さんが、もう隠している場合では無いと判断したのだ。彼女はずっと、俺の周辺で交わされる会話をチェックしていて。遊佐さんがあの連中の遺族であることを承知の上で、保護しようと言っているのだ。

 剛志先輩は不審に思っているだろうな。唐突に、急ぎの用があるからと逃げるように去ったのだから。まぁ、実際逃げてきた訳だが。

 駅前まで彼女を連れ出して。暫く待っていると、いつもと同型のリムジンが現れた。ナンバーが違うが、こんな車を使っている人はそう居まい。

 扉が開くと、土原さんでは無く、楠見さんが現れた。

 「あれ? どうして楠見さんが?」

 「ふふっ。土原さんに、智哉がトラブルに遭ってるから迎えに行ってあげてって、頼まれたのよ」

 さも当然の様に言われるのだが。

 「楠見さん、学校は?」

 まだ昼過ぎで。当然放課後ではなく。

 「あら。授業と智哉と、どっちが大事かなんて、聞くまでも無いでしょ。それに、あの件に絡む話だと聞いたから」

 楠見さんが遊佐さんをチラ見した。そう言われると、それ以上何も言えなくなってしまう。

 車に乗り込んで、土原さんの家に向かった。

 「……どうして、クールビューティが……」

 遊佐さんが、不審そうに呟いて。

 久しぶりに聞くその単語に、思わず噴出してしまった。

 「その呼称自体は悪く無いんだけど……由来が微妙なのよねぇ」

 楠見さんはその二つ名に、微妙そうな顔をして、頬をポリポリと掻いた。先日の俺たちの会話を、土原さんから聞かせて貰ったらしい。

 「冷たくあしらったって……別に、そういうつもりじゃなかったのよ。ただ、ちょっと虫の居所が悪かったと言うか……」

 言いながら、チラッと俺の目を見た。

 「だって、あの時。想衛の制服着た男子が、私に会いに来たって聞いて。てっきり智哉が会いに来てくれたんだと思って、慌てて出迎えたら……全然知らない男だったんですもの。超がっかりしたから、思わず、あんた誰? って言っちゃったのよ」

 それって……俺のせい、なのかな?


 土原さんの家に到着して。

 俺たちは久瀬さんに誘導されるまま、執務室に案内された。中では、土原さんが待っていた。

 「やあ。いらっしゃい」

 土原さんは座ったまま、遊佐さんを出迎えた。

 遊佐さんは、土原さんを睨んで。だけどそのままでは何も聞けないと思い直したのか、大人しく用意された椅子に座った。

 「遊佐さんとやら。あなた、色々と思い違いをしているみたいだから、本当のことを教えてあげるわね。このままでは、あなたの身に危険が及びかねないから」

 剣呑なことを言われて、

 「今更、脅迫?」

 遊佐さんは俺たちを睨んだ。

 「違うよ」

 俺はため息を吐いた。

 土原さんも呆れ顔。

 「遊佐さん。あなた、自分に都合の良い妄想を振りかざすのはいいんだけど。事実関係を知って、自分が置かれた境遇を確認して頂戴」

 遊佐さんはムッとした様子だったが、それでも続きを待った。

 「智哉があなたに話したたとえ話だけど。あれ、全部本当のことなのよ」

 「そんな訳無いでしょ? 私、榊君の過去の交友関係を調べたのよ。その中に、自殺した女性は居なかったわ!」

 「ああ。その部分はね……今の時間軸では起きなかった話だから……なんてあなたに言っても、信じはしないでしょうけど」

 そう。あれは、変える前の過去の話だったから。変えてしまった今の時間軸には、そんな事実は無かった。

 「それはともかく。あなたのお兄さんたちが働いていた悪事については事実よ。こちらで把握しているだけで……あなたのお兄さんたちにレイプされて、脅迫されていた女の子は7人。当時十二歳から十六歳までの少女たちで、既に四人は自殺しているわ。二人は自殺未遂を繰り返していて、残りの一人は心が壊れて未だに入院しているのよ」

 そのあまりの内容に、遊佐さんはショックを受けている様子。

 「そんな……兄がそんなものに加担している筈が無いわ!」

 彼女は強がるのだが。

 土原さんは容赦しなかった。

 「これは連中から回収した撮影データだけど……頻繁に映っているこの男、あなたのお兄さんではなくて?」

 土原さんの背後にあるバカでかいモニターに、マルチウィンドウで複数の動画が再生された。複数の男が、少女らを組み敷いていて。その全てに映っている男が、恐らく遊佐さんのお兄さんなのだろう。

 「嘘……そんな、内田さんまで……」

 他にも知り合いが映っていたのだろう。呆然と、その光景を見ていた。

 その遊佐さんを、楠見さんは侮蔑するように見下ろした。彼女にとって、この光景は。俺たちが助けなければ、自分の姿だったのだ。だから、彼女の怒りは至極当然で。

 「これでもまだ言い逃れするの? それなら……あなたのお兄さんの写真を持って、まだ生きている被害者たちのところに行って、『兄はどんなでしたか?』とでも聞いてみる?」

 辛辣な言葉に、遊佐さんは顔を歪めて、目を逸らした。

 だが、楠見さんはそれを赦さなかった。楠見さんは遊佐さんの髪を掴んで、無理やり画面に向けた。

 「ちゃんと見なさいよ! あのとき……智哉が助けてくれなかったら、私は八人目の被害者になっていたのよ!」

 遊佐さんは楠見さんの言葉にビクッとして。驚愕の目で、楠見さんを見て。そして俺を見た。

 「やっぱり……榊君が……」

 「そうよ! 私が襲われたせいで、智哉は……あの連中のせいで、私が自殺して智哉を苦しめてしまったから……だから……私のために、智哉はあの連中を殺すことも厭わなかったのよ!」

 楠見さんは、まだ、あのことに責任を感じているんだな。

 俺は楠見さんを背後から抱きしめた。

 「楠見さん……あなたが責任を感じる必要は無いんだ……あれは、俺個人の復讐でしかなくて……だから、この時間軸のあなたは……何ら背負う必要は無い……」

 俺がそのことを皆に打ち明けたせいで。彼女はずっと、俺に負い目を感じているのだろう。俺のことを好きだと言ってくれる彼女だったが、根本にそのことがあると思うと、素直には喜べなかった。

 「ううん。あなたは、それを私に話してしまったことを後悔しているみたいだけど。私は……あなたを苦しめてしまったことが申し訳ないのと同時に……私のことで、あなたがあんなにも苦しんでくれたという事実が嬉しかったのよ……。私が自殺してしまったことに、あなたが苦しんで……未来を変えるために頑張ってくれたことが……」

 そんな言葉を交わす俺たちを、遊佐さんは不思議そうに見ていた。

 「こほん」

 土原さんがわざとらしく咳払いをした。

 俺は恥ずかしくなって手を離す。

 「さて……。遊佐さん、あなたは真相を知ってしまった訳だけど。これからどうするの?」

 「どうって……?」

 「あなたが振りかざした拳をどうするつもりなのか、という話よ。既にあなたは、お兄さんに纏わる話を周囲に漏らしてしまっているわ。あなたがまだ智哉に害を及ぼすようなら……これは脅迫とか抜きで、実務レベルでの話しだけど……私たちは智哉を擁護するために、あなたのお兄さんの悪事を周囲に明かさなければならなくなるけど」

 土原さんの言葉に、遊佐さんは真っ青になった。

 「それじゃ脅迫じゃないですか……」

 遊佐さんは、お兄さんの罪を見せ付けられて、すっかり気弱になっていた。

 だけど、土原さんは容赦しない。

 「いいえ。事態はもっと差し迫っているの。自殺した被害女性の中に、剛志皐という女性がいて。今日、学校であなたの前に現れた、特殊科三年の剛志という男は、この被害女性の兄なのよ」


 ガタガタと震える遊佐さんを他所に、俺たちはこれからどうするか話し合って。

 結局は、嘘の情報を交えて誤魔化すしか無い、という結論になった。

 遊佐さんのお兄さんたちは自警団だったと言う事にして。高架下で悪さをしていた連中と争って、殺されたことにするのだ。これなら、遊佐さんが学校で口にした情報の中で、問題になるのは俺自身の話だけになる。

 俺については、遊佐さんは俺のことを高架下の連中の仲間だと勘違いしていたことにして。それは誤解だった、という話にするしかなかった。そして、それについて、俺のことを全く無関係な人間であると言い張るのは無理だろう、という話になって。もし追求されたら、俺が高架下の連中を退治したと、その部分だけ本当の話をするしか無いと結論付けた。それならば、俺のことを剛志先輩が問題視することは無いだろう。

 遊佐さんの素性がバレたらあの人が何をするか、想像したくも無かった。そしてそれは、遊佐さん自身も理解している様子で。俺たちの提案に、ただ諤々と頷いたのだった。

 車で遊佐さんを学校の寮まで送る道中。

 「どうして……あんなことをしでかした私なんかを……助けてくれるの?」

 彼女にとり、俺たちは敵でしかなく。自分が保護されることに納得がいかないのだろう。

 「俺たちは……善良では無いかも知れないけれど。悪人でも無いつもりなんだよ。遊佐さんのお兄さんは……あんなことをしでかしたけど、遊佐さん自身に罪は無いだろう? 俺たちは……そう思っているからさ。剛志先輩は、そうは思わないかも知れないけどね。だから、俺が剛志先輩にさっきの話をするまでは……遊佐さんは、剛志先輩とは接触しない様に注意して欲しい。もし、接触してしまったら……遊佐さんが自分で弁明しないといけなくなるけど」

 身震いする遊佐さんを見て。それは無理だろうな、と思った。


 学校に戻るのが遅くなったため、その日は剛志先輩と話をすることは出来なかった。

 翌日になって、俺から剛志先輩に事情を説明して。怪訝そうにしてはいたが、どうにか納得してくれたみたいだった。

 その場を離れようとして、一度呼び止められて。だけど剛志先輩は、何でもないと去っていった。何か言いたそうにしていると感じたのだが、彼が何を言おうとしていたのか、俺には何も思い至らなかった。ただ、その悲しそうな双眸が、胸に引っかかった。


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