20.例え話
一方的にではあったが、あんなプライベートなことではっちゃけてしまったせいか、高梨さんからはその後も気軽に話しかけられる様になった。対して、一緒に見聞きしていた筈の遊佐さんは、俺から距離を置く様になっていた。
俺に力を貸して欲しい事案があると言っていたのだが。やはり土原さんと何かあるんだろう。
そのことについて、高梨さんに聞くことにした。
「二年ほど前に亡くなった、仁美のお兄さんのことらしいのよ……私も詳しくは聞いてないんだけど……どうやら誰かに殺されたらしくて。それに、あなたの後見人が関わってるらしいのよ」
「……土原さんが?」
まぁ、彼女と敵対している勢力であるなら。彼女も躊躇はしないかも知れない。二年前と言えば、彼女の命を狙っている連中がいて。俺たちがそれを未然に防いで、犯行の証拠を押さえたのだが。その後、彼女がその連中をどうしたかまでは聞いてはいないが、消してしまっていても不思議ではなかった。
「当時、自警団か何かに入っていたらしくて。仲間も何人か一緒に殺されたらしいのよ。そして生き残った人たちは、その後も執拗に狙われたらしくて。そのとき、仲間の一人が襲撃者の持ち物か何かを手に入れたんだって。個人を特定出来る様な物ではなかったみたいなんだけど、それでも土原家に関係があると判ったらしいのよ。だから、土原の情報が欲しくて、土原に繋がりを持つあなたに協力して欲しかったみたいなんだけど……当の土原の人間とあんなに親しげにしているあなたでは、情報を得るどころか、逆に自分が狙われてしまうとでも思っているんじゃないかな」
そういう風に警戒されていたのか。
「……俺たちが清廉であるとは言わないけどさ。理由も無く危害を加えることは無いから。遊佐さんが俺たちに危害を加えることでも画策しているのなら話は別だけど」
とりあえず、遊佐さんのお兄さんについては、何とも言えないが。遊佐さん自身が明確な敵対行為をしない限り、危害を加えることは無い……と思う。
俺の返事に、高梨さんは難しい顔をした。
「否定……しないんだ……」
遊佐さんの事情を聞いて、俺が即否定しなかったことにショックを受けているみたいだった。
「……君に話していい事柄でも無いんだが……二年前、土原さんは命を狙われたことがあるんだよ。土原さんが、命を狙った相手をどうしたか、具体的には聞いてはいないけど……」
「自警団がそれに加担していたとしたら……判らないと?」
俺は黙って頷いた。
「でも……当時高校生だった仁美のお兄さんが……そんなことに関わるとも思えないんだけど」
高梨さんの疑問も尤もで。
「だからさ……遊佐さんのお兄さんたちが何者で……いつどこで、どんな風に殺されたのか。それくらいは判らないと、俺からは何とも言えないし、調べることすら出来ない。少なくとも、土原家が利害関係も無い相手に危害を加えることは無い、とだけは断言しておくよ」
仮に、利害関係があったとして。そのとき俺は、どうするんだろう?
その後、遊佐さんに対しては、高梨さんの方で働きかけてくれていた。色々と情報を引き出してくれているらしい。
元々仲がよさそうな二人だったのだが、最近はずっと一緒にいて。高梨さんは時折、俺に目配せをしていた。
ただ、どの時点からか。高梨さんの表情が、微妙に変化してきた。
それがどういう意味合いのものかは俺には判らなかったのだが。時折、冷酷とも言える表情をしたり、とても寂しげにも見えたりして。
遊佐さんから聞き出した話の中に、何か彼女の琴線に触れるものがあったのだろうか。
***
「最近、随分仲良さそうにしてるじゃん。浮気か?」
放課後、中庭で話をしている俺と高梨さんの姿を目に留めて、松原が寄って来た。
あれ以来、別に俺との仲が悪くなっていた訳では無かったのだが、俺のプライベートに関して邪魔しないようにとでも思ったのか、あまり遊びに誘われなくなっていた。
高梨さんはと言うと。遊佐さんと土原家の事情を話していいものかと思案している様子で。松原の質問に俯いてしまった。
「……おいおい、マジだったのかよ」
高梨さんの様子に勘違いしたらしい。
「違うよ。……遊佐さんの話だよ」
「えっ?」
「あの時、遊佐さんが俺に力を貸して欲しい事案があるって話が出てただろ? ただ、ちょっと剣呑な話でな。俺が土原さんと親しくしてると知って、遊佐さんからは何も言って来なくなったんだけどさ。それが気になって、高梨さんに相談に乗って貰ってたんだよ」
俺が上っ面だけでも事情を説明したことに、高梨さんは驚いた様子で俺を見た。
松原もそれを察した様子。
「……それって、俺も聞かせて貰えるのかな?」
首を突っ込む気は満々の様子で。だけど、一応断りを入れてくるあたり、律儀だなと思った。
「あんまし良くは無いんだけどな。多少なりとも事情を聞いているお前なら……秘密厳守という条件でなら構わないぜ」
場所を移して。学校近くのカラオケボックスに入った。
三人分のソフトドリンクと、適当につまむ物を注文して。BGM代わりに適当に曲を入力した。
俯く高梨さんの様子に、松原も深刻そうに、頻繁に生唾を飲み込んでいた。
やがて注文した品が届いて。ドリンクを一口飲むと、高梨さんはため息を吐いた。
「……ちょっと微妙な話になってきたのよ……」
遊佐さんから得た情報の話なんだろう。
松原は更に緊張した様子で、続きを待っていた。
「仁美のお兄さんが入っていたという自警団なんだけどね。実体はどうやら自警団とかそんな物では無いみたいなのよ。お兄さんとその仲間のことを詳しく教えて貰って、私の方で色々調べてみたんだけど……結構酷いことしていた連中みたいなのよ」
ギャングとかチーマーとか族とか、そういう類のものか。
「ああ、松原君には話が見えないよね。実は、仁美のお兄さんなんだけど……二年前に、何者かに殺されたらしいのよ。お兄さんと、その仲間の何人かが。そして、その後も……生き残った人たちも執拗に狙われたらしくて。それをやったのが土原家の手の者だと、仁美は言っているのよ」
「それで……榊に?」
松原も思い当たった様子で。
高梨さんは黙って頷いた。
俺は高梨さんの話を聞いて。何となく、事態が見えてきた。最初に聞いた時は、それに思い至らなかったのだが。
「それで……遊佐さんのお兄さんたちは、いつどこで殺されたんだ?」
確認のため、それを聞く必要があった。
「んとね……二年前の十月上旬だったかな。■■市の、迎町の高架下で殺されたんだって」
やはり、あの件だったのか。
「ふぅ……」
思わず、安堵のため息が漏れてしまった。土原さんが、俺の預かり知らぬところで起こした事件では無かったことに。
「榊、何か知っているのか?」
俺の様子に、そう感じ取ったのだろう。
「ああ、多分な。だけど、それを知ったら……遊佐さんはどうするだろう?」
彼女は、お兄さんは自警団に入っていて、謂れもなく殺されてしまったのだと思っているのだろう。お兄さんとその仲間たちが、実はとんでもない悪人で、殺されるべくして殺されたのだと知ったら。それでも、糾弾するとか仇を取ろうなどと考えるのだろうか?
高梨さんも、遊佐さんのお兄さんたちの所業をいくらか知っているみたいだから、俺の言っていることが判った様子で頭を振った。
「判らない……でも、仁美は、真実が知りたいって。そう言っていたのよ……だから、教えてあげるべきなんでしょうね……」
「でなければ、一生、誰だか判らない犯人を恨み続けてしまう、か」
松原が引き継いだ。遊佐さんの時間が二年前で止まってしまっているのであれば。悪いことでもはっきりさせてあげるべきだと言っているのだろう。
「遊佐さんがどう思うかは判らないし、事件について詳しく説明したくも無いけど……それがどういうことだったかくらいは知るべきなんだろうな」
高梨さんに、携帯で遊佐さんをここに呼び出して貰った。お兄さんが殺された理由を知りたいか、と。
遊佐さんは十分もしないうちに現れた。走ってきた様子。
高梨さんは、あらかじめ遊佐さんの分のソフトドリンクも追加で注文していて。入ってきた彼女にそれを渡した。
遊佐さんは躊躇いつつも、それを受け取って。一口飲んで、深呼吸をした。
「それで。兄はどうして殺されなければならなかったの?」
単刀直入に、真っ直ぐ俺に向かってそう言い放った。
俺はと言うと。どう言うべきか、まだ迷っていた。
「君のお兄さんが何をやっていたのか。俺は全てを知っている訳でも無いんだが……どういう事態だったかと言うとだな……一つ、たとえ話をしていいかな」
言葉を切る。
「なんだよ、それ」
松原に突っ込まれた。
遊佐さんはじれったそうに俺を睨んでいる。
「いいから。女性陣の意見を聞きたい。例えば君たちが……何ら悪いことをした訳でもなく、ただそこを通りがかっただけで、不良集団にレイプされて、その様子を撮影されて。それをネタに脅迫されて、金品や体を要求されてり、売春を強要されたりしたら……君たちならどうする?」
唐突な話に、
「……誰かに頼るか……さもなくば、自殺しちゃうかな」
高梨さんは冷静に返事をした。恐らく、彼女が調べて知り得た連中の悪行にも、そういう内容があったのだろう。
「ちょっと待ってよ……何なのよ、それ?」
遊佐さんは訳が判らない様子で、立ち上がって、俺と高梨さんを見比べた。
俺は、敢えて何も言わず。そういうことだと目で訴えた。
そして、それは彼女にも通じたらしい。
「……兄がそんなことに加担していたなんて、信じられないわ!」
彼女は頭を振った。
彼女にして見れば、そう思いたい気持ちは判るのだが。
「あの場で殺されていたのであれば。君のお兄さんは実行犯の一人だった訳だが」
「そんな……」
俺の言葉に、遊佐さんは力無く腰を下ろした。
「榊はなんでそのことを知っているんだ?」
松原にそれを指摘される。まぁ、当然の話か。
だが、それについても具体的に説明するつもりは無かった。
「……お前にも……内容は被ってしまうが、例え話をしようか。お前に、親しくしている女性が居たとして。その女性が、集団でレイプされて、その様子を撮影されて、脅迫されて。それを苦にして……事情を打ち明けた後、お前の目の前でビルから飛び降りてしまったら……残されたお前はどうする?」
俺の言葉に、松原と高梨さんは愕然として、俺を見ていた。
「そして、そんなことをしでかした連中が誰かに殺されたとして……そんなに理不尽なことだと思うか?」
「榊……お前……」
松原は、それ以上突っ込んだことは聞けない様子で。
遊佐さんは俯いたまま、歯を食いしばって震えていた。




