0.プロローグ
何が起きたのか判らなかった。
クリスマスイブ、私は智哉と待ち合わせをしていて。
待ち合わせ場所に先に着いた私は、智哉が来るのを待っていた。
人ごみの中から智哉を見つけて。私はここよとばかりに大きく手を振った。
智哉もそれに気づいた様子で、手を振りかけて──慌てた様子で走り出した。
私は智哉しか目に入っていなかったから、何が起きているか気づかず。
駆け寄ってきた智哉の手によって──そのまま突き飛ばされた。
直後。
突き飛ばされて倒れる最中の私の耳に、何かの破砕音が響いた。
倒れ、転がる私。
体の痛みを無視して起き上がると──私が立っていた場所、公園の周囲に植えられた生垣に、やや斜めにトラックが突き刺さっていた。ガードレールを突き破り、植え込みのレンガと木にぶつかったところで止まったらしい。
「智哉……?」
何が起きているのか理解できないまま、智哉を探す。
「……くっ……」
公園の中から、くぐもった声。トラックに撥ねられ、生垣を突き破って公園に飛び込んだらしい。
慌てて出入り口を探し、走る。
「智哉!?」
智哉の傍に駆け寄り──絶句してしまった。
左足は膝あたりから千切れていて、口からも血が溢れていた。
私は、智哉に触れても大丈夫か判らず、ただ智哉の顔を覗き込むように膝を突いた。
智哉は涙を流していた。
そして、
「……ごめん、ね」
そう、謝った。
私には訳が判らなかった。
状況から察するに、智哉は私に向かって暴走するトラックに気づき、慌てて私を突き飛ばしたのだと思う。
私の命を救い、私の代わりに大怪我を負った智哉の口から、どうして謝罪の言葉が出てくるのか。
突き飛ばしたことを謝っているのか。
私に心配させてしまったことを謝っているのか。
私には、そのどちらでもない気がした。
智也が抱えていた、秘密。教えてはくれなかったから私にはどういうことか判らなかったけれど。多分、それに絡んだことなのだと思った。
智哉が、力なく右手を伸ばす。
私はそれを、両手で掴んだ。
智哉は、また何か言おうとしたのだけれど。声にはならなかった。
そして。
智哉の手から力が抜け、私の方に向けていた顔が、重力に逆らえなくなった様子で項垂れた。
「……智哉!?」
私は慌てて、智哉の顔を抱え込んだ。
呼吸が感じられない。
「嘘……どうして……!?」
智哉が──死んでしまった。
私は、それを認めたくなかった。
いいえ、認める訳にはいかなかった。
智哉がいない世界。私はそれを全力で否定した。
やがて。
私は意識を失った。




