あえて言うなら交通事故
そして一行は4km少々を歩ききった。
館の回りをぐるっと回って北側へ抜け、すこし歩いた所だ。
「あ、あぁの、ミーナさん。お店、まだですか?」
「ぼっちゃま、音を上げるのが早いですね。たかが4kmですよ?新兵の訓練では20km歩くんですよ?それでも提督ですか?」
「これ、足痛い。もう血が足先に溜まっちゃって…」
「ぼっちゃま、まるで自分は特別痛いみたいな言い種ですけど、皆痛いんですよ?」
リンちゃんがそうですよと言いたげな顔をしている。
そんな中で一人だけ腑に落ちない顔をした人が居た。
「え、痛いの?」
ケイトさんだ。
「痛くないんですか?」
「全然?ただの靴よ?痛いわけないでしょ?なんで痛い靴なんて履かなきゃいけないのよ?」
つい聞き返してしまったが、聞いたことがある。
欧米系の足の形の人の中には時おり全くなんなくヒールの高い靴を履ける人が存在するらしい。
「なによ?人を珍しげに見て…別に全部の靴を難なく履ける訳じゃないわよ?コレはオーダーメイドで職人が端正込めて作った物だから、私の足に合ってるの痛い訳がないでしょ?」
なんと財力に任せたズルだった。
ぼっちゃまとリンちゃんがなぜかついてきていたレンに冷ややかな視線を送り始める。
「なに?僕が悪いの?」
「創造神の癖に半端なもんばっかり作ってるから呆れてるんだよ」
「半端なって!実験蔵しかり、継なる門しかり、君達のコートしかり、僕は割りと確りしたものを作ってるつもりだよ!」
レンはプンスカする。
「その割りにおざなりなパンプス作ったよな?おざなりって言うか量産品って言うか安物?」
「僕は…自分がとっても懐が広くて寛容な自負があるけど、今度のは流石の僕でも怒ったよ?」
レンは珍しく指を鳴らす。
「僕は…これでも一応!この世界で一番偉い!縁結びの神様だよ!?」
「あ、結局縁結びの神様なんですね…」
レンの周りに幾つも魔方陣が浮かび、言語っぽい文字列がレンの周りを回り始める。
「僕の前に君らのプライバシーなんて有って無いようなもの!ふふふふっ君らの足の正確な形をトレースするぐらい容易いのだー」
そしてあっという間にレンの手の上に一足のヒールブーツが出来上がる。
「ほらできたよ!コレがソウジ君!次にリンちゃん、そしてゲイル君!」
ヒールブーツ、ヒールブーツ…満を持してのスニーカー…
「え?」
「完璧に測定したデータを元に最も適した靴を創造したんだよ?正解でしょ?」
「正解だけれども、これ言うのもおかしいけどなんでスニーカー?ハイヒールの特訓じゃなかったですか?」
レンは目を手で覆い一言
「あのゲイル君がこんなに熱心に特訓に協力してくれるなんて僕は感動で、ついつい笑えてキチャウヨ…」
「あっ、別にそんなことないですよ!」
「うんうん、いいよ皆まで言わなくて。ちゃんとヒールブーツに作り替えるね!」
「いや、これはこれで」
いい終える前にレンはスニーカーをヒールブーツに作り替え、ぼっちゃまは引き続き特訓に参加することになった。
▽▲▽▲▽▲
そしてさらに2kmほど進む。
「ふぅーにしても寒くないんですか?」
ぼっちゃまは一応と雪原用の外套を持ってきていたからそこまで悪い装備と言うわけではない。
俺はいつものコート、ケイトさんも温度体感気温調節の魔法付きの冬用の外套…唯一リンちゃんだけは自前の羽毛で作ったロングカーディガンだ。
並べて見れば、ぼっちゃま以外はかなり軽装に見える。
「周り見ても明らかに通りの皆さんより軽装ですよね?」
そもそもここは王都方面から来る宮廷貴族に親戚が多く居住し、来訪する貴族街のど真ん中。
このクソ寒い年の瀬に徒歩で移動する人間は少ない。徒歩で移動するのは近所の住人、警備兵、観光客、そして冒険者。
「正確には他にも軽装に見える人が居るでしょう?あの小綺麗な羽織の人は宮廷貴族の縁者よ?で、あっちの明らかに安っぽい外套の人は冒険者。まあ、大方失敗して装備を失って補填として防寒具を売ったんでしょうね」
「お金あるのに防寒具を着ないのはなぜです?」
「暑さ寒さぐらいなら魔法でどうとでもなるからよ。私も魔法で温度を調節してるから、この薄っぺらな外套でも全然寒くないのよ」
「魔法で体感気温調節ってズルい…ってことは」
「ん?あぁ、俺はこのコートの基本性能。常時体感気温を25°に調節してくれる機能で全く寒くないし暑くもない。リンちゃんは」
「私は自前の羽毛と"術"で自分の周りの温度と気流を操作して温度変化に対応してます」
「はぁー、ちょっとズルい世界だって言うのはよくわかりました」
「そっちにも理力を使った温度管理用のツールとかあるでしょう?」
「ないですよ。そんな個人用携帯エアコンみたいなの夢の道具ですよ」
「そうなんだ、不便ね~」
そんな話をしつつ、全くと言って良いほど負担のなくなったハイヒールによってどの辺が特訓かわからなくなった7kmの旅路を終えた。
「履き替えてからはあっという間でしたね…」
「ケーキ!ケーキ!」
リンちゃんはご機嫌だ。
約2時間の移動でリンちゃんもお腹が減ったらしい。
時刻は既に16時前、日も暮れようとしている。
「さ、ケーキだな…」
俺がドアノブに手をかけると引く前に扉が開く。
「ああ、うん。今日はもう遅いし、話の続きはまた今…」
『セイ君、ちょっとハッキリしてよ!』
『セイ様、一言だけ、どちらがセイ様の側室に相応しいかだけでも!』
アリシア家の残念賞、成り行き上の俺の彼氏(仮)が後退りしながら出てきた。
「セイ、何してんだ?」
「そう、じゃなくてミーナっ…いやいや、別に疚しいことはないぞ?これは別にそう言った意図はなくて、別に浮気じゃないから許してぇ!!」
セイは顔を背ける。
「誰よ、ミーナって…」
「ちょっと前にセイさんと散々抜け駆けした女よね?」
一人は明るい金髪の少女、曰く仕立て屋の跡継ぎのカミーラ。聞いたところセイの彼女達の中で、最もセイと付き合いの長い彼女。
もう一人は暗紅色の髪の少女、曰くセイが最も仲良くしていた花屋の奉公のシーラ。
二人はセイの彼女"達"の中でも特に仲良くしているとセイから聞いていたからすぐわかった。
「セイ君、また他に新しい女の子と遊んだの!?お姉さん感心しないな~」
「セイ様、ミーナ様も交えてもう少しだけお話ししましょう?」
「いや、待って待って。ミーナは関係ないから、ね?」
どうやら庇ってくれるらしい。
「我が弟ながら、なんておざなりな。扱いきれないならそんな思わせ振りな態度とっちゃダメよ」
ケイトさんがため息をつく。
「あれが例のちょっと残念な弟さんですか…」
「ええ、とんでもないシスコンで、駄々っ子で、天然よ」
「セイさんと居るときのミーナさんはとっても女子してます…居候の癖にズルい…キラキラしてます」
「リンちゃん、あれがときめく女子の顔よ?」
「はい…男の癖に…とか一流は言いません」
「リンちゃん、それバッチリ口から出ちゃってるよ?」
ぼっちゃまが皆、言わないようにしていた一言を口に出してしまったようだ。
「ゲイルさん、…何の事ですか?」
「いや、今男の癖にって」
ゴッと硬いものを硬いものに叩き付けるような音がした。
「リン、わからないです。何の事ですか?」
「いや、だってさっき」
ガッ
「何の事ですか?」
「いや、さっき言った」
ゴツッ
「何の事ですか?リンにはよくわかりません。…わからないですよね?…」
俺はぼっちゃまはあれで偏差値高めだけど女性の扱いが下手だからと聞かないことにした。
「そう言えばミーナ、そっちの彼は?」
「ゲイル、私の…友だちかな♪」
「ミーナ、ちょっとこっちに来て話そう」
「ん?セイ」
「ミーナ様、こちらですよ」
「注文お願いしまーす、全員にピーチティーとチーズケーキ」
「セイ?カミーラさん?シーラさん?セイ?ちょっと、何?恐いんだけど…」
俺は三人が確保してたテーブルに連行される事になった。
ガツッ
『痛いっよ。うんうん、このぐらいでムキになっちゃって、リンちゃんもまだまだ子供ですね』
『リンは…まだこどもです』
▲▽▲▽▲▽
「でも、凄いですね…アレ」
僕はリンちゃんとケイトさんとテーブルを囲んで、ティーブレイクに洒落込んでいた。三段ケーキスタンドには一段目にクッキーやカップケーキ等の小さめの焼き菓子、二段目に6ピースのケーキ、一段目にはマカロンみたいなお菓子が並んでいる。
「なかなか綺麗ね、良いお店。ソウジ君がおすすめするのもわかるわ」
「このチーズケーキおいしいです。紅茶もフルーティーで良いですね。温まります」
レモンのような柑橘類とハチミツが加えられた紅茶の味は正しく"ぽっかレ○ン"だ。
「良いですね、このフィナンシェは甘味が単調でなく、しかしモヤッとしてない」
真鍮のケーキスタンドはメルヘンな造りで、僕らのテーブルにフワフワの雰囲気を醸し出す一方ですぐ後ろのテーブルでは…
『ミーナ様とおっしゃいましたね?お仕事は何をなさっているのですか?』
『仕事って言って良いかわかんないですけど、一応冒険者パーティーで前衛とか斥候とか補給とか援護とかをやってますね(男の姿で…)』
『ふーん、経済面不安定、命の保証なし』
『大変なお仕事をなさってるんですね~それで、なぜセイ様と仲良くされているんですか?』
ミーナはジワジワ責め立てられていた。
主にシーラの詰問によって。
真鍮のケーキスタンドがこっちと打って変わってまるで重石のような雰囲気を纏っている。
『なぜもなにも友だちだからかな?な、セイ?』
『う、うん。そうだね、僕とミーナは友だちだよ?』
『セイ君よ、ただの友だちにしては仲良くし過ぎじゃないかな?』
『ただの友だちって言うよりも、親友と言うかな?』
『命の恩人だろ?』
『うん、そうなんだけど、もっと親しい仲なんだよ』
そして再びフワフワした雰囲気のテーブルに意識を戻す。
「なんか聞くに耐えないわね」
「って良いながらショートケーキ取るケイトちゃんは胆が座ってるねー」
レンはクッキーを口に放り込む。
「でも、よくあんな状況になりますよね」
「ま、相手がセイだからね。セイはタラシだからね。自分の弟ながらなかなかのもよ?最も御し得ないあたりそこまでだけどね」
「ケイトちゃんがセイ君の事をタラシって言うの?」
「ええ、言うわよ?私はみーんな私が娶ってお嫁さんにするから」
「久しぶりにそのセリフ聞いた気がするね。最近はフウカ君一筋なんじゃないの?」
「それは、まぁね?でもフウカ、ズルいのよ?あっちこっちで女の子捕まえて…」
いや、それは不可抗力なのでは?
女の子なのは謎だけど、基本的にフウカさんは見た目も性格も美人だ。
「ゲイル君はどう思う?」
「どうって何がです?」
「だから、ソウジ君がセイ君とイチャイチャしてることだよ」
「別にいいんじゃないですか?アレがあっちに夢中になってくれれば僕は万々歳ですよ」
「棒々鶏?」
「うーん、惜しいわね。ゲイル君はソウジ君と仲悪いの?」
「良いも悪いもただの腐れ縁ですよ」
『セイ君、私達はただセイ君が悪い女に騙されないか心配なだけよ。悪いことは言わないからこれ以上女の子増やすのはやめて』
『ミーナ様、あなたもですよ?友だちだかなんだか知りませんけどセイ様のご寵愛番付にはちゃんとルールと順番があるんですよ。セイ様の側室を目指すならちゃんと先輩を見習ってルールを守ってください!』
『側室?え、それって私にセイの彼女達の仲間入りをしろってこと?いやないない、だってセイとはただの友だちで別に結婚とかこ、子どもとか…考えてないし』
隣のテーブルのケーキスタンドに雷が落ちたかのような静けさが漂う。
『え、ぇぇ…セイ様の妻になりたくない女なんて存在するの…』
『あはは、なんだ勘違いか…』
『……だよね(なんか一人で盛り上がって、恋とか思っちゃったり恥ずかし)…』
『それに私、セイのお姉さんのパーティーに身をおいてるから…セイと結婚したら私、ケイトさんの事をお義姉さんって呼ばなきゃいけなくなるし、気まずいですよ』
「ぶふっ、お義姉さんとかないわ。待った、ミーナからお義姉さん、おねえさん…」
(おねぇさま?)
「オフッ、良い…凄く良い…猫耳のミーナちゃんにベッドでおねぇさまなんて呼ばれたら私はどうかしちゃうかも…」
「ケイトちゃーん、おねぇさまじゃなくてお義姉さんだよー。それと、この状況はフウカ君に報告して良いかな~?」
レンはスマホでケイトを撮影している。
「よし、セイー、お姉ちゃんが許す!応援してるからソウジ君を押し倒しちゃってー!諸々の費用面は私が持ったげるよー」
「うわぁ…これは酷いです。お母さんが見たら怒るかもしれません。ゴンッかも…」
「リンちゃん、お母さん呼べる?」
「うん、呼んでみる。お母さんなら直ぐ来れると思うから」
店の中はご店主の意向とはかけ離れて混沌を極め始めた。




