これが普通よね?
一行は速度を上げるでも下げるでもなく、林を移動していた。
コボルトが多く居るならそれこそ茸は果実なんかは食べ尽くされていてもおかしくないはずなのに、それらは全くの手付かずの状態で残されており、代わりに全くと言っていい程に魔物も獣も小動物すら見当たらなかった。
ケイトとカルムは遅れない程度に茸を回収していた。
「なかなか豊作ね。コボルト程度の為に採らないなんてもったいないと思わない?」
「そうですね…コボルト程度なら冒険者を護衛につけるとかすれば全然来られる範疇でしょうし…」
「なんでだろうね~まあ、安直に考えれば冒険者を雇って何度も収穫に来られる程の金銭がなかったってのが妥当だと思うでしょ?」
「はい、違うんですか?」
「まあ、一概には言えない事なんだけど…」
一行は突然歩みを止めた。
「コレは最低なパターンね」
林が突然開けていて粗末な建造物らしき物が立ち並んでいる。
普通に考えればコボルトの集落なのだろう。
しかしそこはまるで戦乱でもあったかのように荒れていて、地面に残った黒い染みと所々に散らばるボロボロの骨から察して思い付く先は一つだった。
「この状態じゃコボルトに捕まった人間とかが居たとしても無事じゃないだろうし…」
「コボルトに捕まる?食べられるんじゃなくて?」
カルムは素直な疑問を口に出してしまった。
「そう、繁殖用の苗床だったり食用だったり、だいたいコボルトとかゴブリンとかオークに捕まった人間の末路はそんな所よ。オーガだけは別よ?オーガはその場で人間を食べちゃうからね」
ケイトはさらっと言い放ったが、ツバキとユリ、なによりカルミは黙ってこそ居るが思うところがあるようだった。
「それにどさくさに紛れて逃げれたかも…はないわね。大きな足跡、足の間隔から体長は成人男性並みで四足歩行の肉食獣ね。燃え跡はないから火は吹かないかな?瓦礫に残された跡から考えるに、爪と牙が鋭くて体毛が針のみたいな感じね。さて、この魔物はなんでしょーか!ユリわかる?」
「シルバンベアーですか?」
◆◇◆◇◆◇
シルバンベアー
名前の通り銀色の熊、雑食で草木や果実等を始め、肉類に骨、果ては鉱物まで食らう食いしん坊。
一時的に縄張りを張りその区間で気になるものを食べ尽くすと次の地へと移動する。
銀色の毛並みは見た目通り表面に金属質を纏っており防刃性能に富む。
鋭利な爪は鋭利なだけではなく見た目異常に頑丈で岩をも削り取る。
◆◇◆◇◆◇
「惜しいけど、シルバンベアーは雑食でしょ?それなら道中にあんなに茸類が残ってることはないはずよ。私が思うにコレをやった魔物はティアウルフよ?」
◆◇◆◇◆◇
ティアウルフ
非常に鋭利な爪と牙を持つ狼。
その牙はフルプレートメイルを容易く貫く。体毛までもが硬くしなやかで石材に無数の引っ掻き傷をつけられる。
毛を逆立てた突進は紙一重の回避をすればレザーアーマー程度では無数に切り裂かれる。春から秋に掛けては単独で狩りをしながら移動し、小型の魔物や人間を食らう。
秋の終わりに獲物が減るとより大きな獲物を求めて群れを作り冬を越す。冬場は食料を求めて人里に出没することもあり非常に危険な魔物です。見掛けたら隠れて過ぎ去るのを祈りましょう。
◆◇◆◇◆◇
「でもなぜ依頼主はそれをギルドに報告しなかったのでしょうか?」
「お金を払いたくなかったんでしょ。魔物を発見してそこが私有地だった場合そこの所有者にはギルドに討伐要請を出す義務がある。で、その要請を出すにはギルドに手数料と冒険者の紹介料と冒険者への成功報酬の五割を支払う必要がある。コボルト程度なら成功報酬はそこまで高くないけど、ティアウルフともなればその討伐成功報酬は一匹当たりで金貨1000枚は行かずとも700枚は固いから…」
ツバキは淡々と続ける
「まあ、コボルトの討伐に行ったらティアウルフが居ましたって言っても、後から入ってきたって言えばこっちも証拠を立証できない以上向こうにペナルティは発生し得ないし、この場合の発見者は私達になって冒険者には依頼中に発見した魔物を討伐又は報告する義務がある。で私達が報告すれば少なくとも手数料と紹介料は私達持ちになるし、うまく行けば緊急依頼としてギルドが討伐してくれるかもしれないからね」
「ツバキさん、どうしますか?引き返しますか?」
ユリは足跡の続く先を警戒している
「そもそも、逃げ切れるかもわかんないし…背中を向けるのはオススメしないわよ?安全策を挙げるならいつでも迎撃できるように警戒しつつ撤退、撤収するべきね」
「含みのある言い方ですね…他に策があるんですか?」
「あるにはある、ティアウルフを討伐して帰るって言うのもナシじゃないわ。魔法使いが二人、剣士が二人、魔法剣士が一人居る、編成的には遜色ないわ」
「ティアウルフを倒す…そりゃ私とユリは初めてじゃないからなんとかなるだろうけど、二人にはまだ」
「まあ、指導員がどうこう言うことじゃないからね。リーダーに任せるわ」
「……迎撃の準備を整えて後方を警戒しつつ撤退、追い付かれたら迎撃する。私が先頭に立って道を開くので、ケイトさん殿をお願いします。ユリとカルミとカルムは真ん中でサポートをお願い」
一行は再び来た道を戻っていく。
そして暫く林を歩くと後方から小さくない地響きが聞こえてくる。
「向こうは音や光よりも匂いに頼ってるはずだから少し急いで、林の中で戦闘になったら厄介よ」
ケイトは警告したが、あと少しで森を抜ける所でそれは現実になろうとしていた。
間隔の短い地響きが大きくなってきた。
そしてついに会敵した。
そのティアウルフはのったりのったりと歩いてきていた。
それは予想よりも二回りも大きなティアウルフだった。
ケイトはさっさと無色で折り畳まれた翼に光を灯し羽ばたかせた。
「ここでやるのは部が悪いわね!ツバキ、ユリたちを先導して森を抜けなさい」
「わかりました、森を抜けるわよ」
「え、ケイトさんはどうするんですか!?」
「大丈夫よ、地面に這いつくばってる狼程度に捕まるほど隼はのろまじゃないわよ」
うっすら浮いた状態のケイトは短剣にも萌葱色の光を灯して疾駆し、ティアウルフの足下で飛翔して片耳を切り裂いた。
ティアウルフの突進は上昇して避けて、逆立っていない毛皮を無数に刻んでいく。
「ほら、いくらケイトさんでもそこまで長く時間は稼げないから今のうちに抜けるわよ」
「そう、わかったら早く行って」
ツバキ率いる一行は林をなるべく速く駆けていった。
ティアウルフは目の前に留まっているケイトを睨みつけて、前足を振り下ろそうと持ち上げる
「さあ、適当に刻んであげるわよ」
ケイトの短剣は淡い光を放ってその剣閃を加速させていく。一瞬で無数に切り刻む。剣閃を確りとイメージしてその通りに相手を切り刻む、速度は勝手に短剣が底上げしてくれる。
しかし、それを言うのは簡単でも成せる人間はそういない。
そしてフウカから受け取った空を飛ぶ力。
それは機動力の向上によって移動速度の向上だけでなく今までよりもよりトリッキーな動きを可能にしていた。
結果的にティアウルフは全身を隈なく切り刻まれて、虎刈りのティアウルフになっていた。
ダメージを負ったのはティアウルフだけではなかったが。
ケイトは全身に細かな切り傷を負った。
ティアウルフの回りを飛び回りながら無数に切りつけたのだ。
飛び散った毛が当たれば、そこの皮膚ぐらいは容易く裂かれる。
元々露出の多い格好で戦う事の多いケイトは露出した二の腕や脚や腹部などに浅い傷を大量に負っていた。
「傷が残ったらフウカ、気にするだろうな~」
ケイトは頬から垂れる血を手の甲で拭って目の前のティアウルフに再び目を向ける。
ティアウルフは得意の突進で突き飛ばそうと掛けてくるが、逆立った毛はケイトに触れる済んでのところで、切り刻まれて消滅する。
尻尾を振り回して毛で串刺しにしようとするが軽く避けられる。
だめ押しとばかりに大きな枝を咥えて放り投げるも、無駄に終わる。
「そろそろいいかな?じゃあ、森の外で会いましょ」
ケイトの攻撃はティアウルフに致命傷を与えることはできなかった。多少は時間を稼いだと言うことにして空高く飛翔した。
▼△▼△▼△▼△
そして林を抜けた一行はティアウルフが追ってくるのを待っていた。
そして意外にもすぐにティアウルフも林を抜けてきた
その毛並みは既にボロボロで、耳もない。逆立ってもまともに木を切り裂くことすらなかった。
それがわかっているティアウルフは突進ではなく、爪での攻撃に切り替えてくる。
「ここから先は通行止めよ!」
振り下ろされた爪をツバキのブロードソードが真っ向から受け止め、その隙に魔法がティアウルフの顔に炸裂する。
魔法の煙が晴れると再びツバキに爪を振り下ろす。
当然、ツバキは受け止める
「何度やっても同じことよ!」
そのあと反対側から爪で襲おうとする。
「させない!」
それをカルミが止めようと入り込み、グラディウスで受けるが力不足で弾き飛ばされる。
再び反対側の爪が振り上げられる前に、再びティアウルフの顔面を炎の魔法が焼く。
しかし、ティアウルフは学習能力が異様に高かったのか魔法の煙が晴れる前にティアウルフはツバキを蹴飛ばして、魔法を放った人間…即ちユリ、ではなくカルムに向かっていく。
ティアウルフはユリを尻尾で弾き飛ばしてカルム目掛けて前足を振り上げる。
『水流よ、汝、盾となれ 水盾』
カルムは魔法の盾で身を守る。
水の魔力が集まって形作られた盾はティアウルフの爪を見事に受け流す。
「やった、水流で受け流せた」
しかし喜ぶのも束の間…盾は両前足での押し潰しに堪えられず砕け散る。
「んな…」
ティアウルフは凶悪な笑みを浮かべて前足を振り下ろそうと振りかぶる。
しかしそれはそれよりももっと速く下から滑り込んで来たグラディウスによって阻まれた。
魔力を纏ったグラディウス、見事なまでの斬撃をティアウルフの胸に走らせ鮮血を散らした。
「したいことをハッキリと思い浮かべる、できた気がします。カルムは私が守る」
カルミの持つ剣はハッキリと真っ直ぐな光を纏ってついさっきまで敵わなかったそれを退けて見せる。
カルムは姉の背を見て魔法の言葉を紡いでいく
『炎よ汝、我が限界を超えて、彼の背を超えて、先の限界を打ち払え フレイム』
なんとも抽象的で漠然とした望み。
それでも魔力という触媒を得て、強い意思を受けて、魔法として放たれる事で確りと形を成した。
それは今までカルムが使ってきた魔法の中で最も強い光を孕んで、姉が作った切り口を貫きティアウルフの肉を焼いた。
それでもティアウルフは止まらない。
少しよろめいて下がると今度はユリに向かって走る。
『させないわよ、あなたはここでしぬのよ』
上空から降ってきた萌葱色がティアウルフの首を断ち、優雅にその風の翼を二、三度羽ばたかせて地面に下りる。
「やっぱり、これぐらいが普通よね?絶対、あの二人が強すぎなのよ」
ケイトは全身真っ赤に染まりながらもティアウルフの頭を拾い上げて呟くのだった。