手を差し伸べる
"開発の手伝いを失って仕方なく"ソウジは昼前の雑踏に繰り出した。
目的は特にない、お昼の調達と暇潰しが目的に当たらないとしたらの話だが。
「はぁ~暇だ~」
基本的にゲームと料理を含めた物作り以外に感心がないため、やることも限られてくる。
「ケイトさんいないと料理も作りがいがないし…せめてあの二人だけでも居ればもう少しやり甲斐が出るのにな~」
ソウジの中でフウカとリンは何を出しても「美味しいです」しか言わないからいまいち面白くない認識になっていた。
涼とエル、セルジオとミース、そして何よりケイトはそこそこ注文を付けてきてくれる。
注文がある、それはそれだけで作る活力になる。
食べた後の感謝の言葉も確かに作る活力にはなるが、そもそも美味いと確信して作るソウジには「美味しいよ」とか「ありがとう」よりも「今日はあんなのがよい」とか「今日のは何時もより〇〇だったわね」のが嬉しいのだ。
「はぁ、他にやることなんて…ゲームぐらいしかないしな~」
残念ながら既にゲームのような世界観でゲームみたいなチート能力を思う存分振るってしまって、ゲームをやる理由も薄れてしまっていた。
衣食住が整ってて、年単位で遊んで暮らせる環境があり、時間もある。
しかし、それらを費やすに足るだけの何かが足りていなかった。
かつてゲームに抱いたあの充足感が…
「はぁ…」
ソウジは雑踏でふと立ち止まって今日何度目になるかの溜め息を吐き出した。
「ここでも似たり寄ったり、退屈だな…夢にまでみた異世界生活がこんなに詰まらない物だったとは…」
そもそもあの神が過干渉なのもあって、これまでまともに苦労と呼べる苦労をしていない。
もっとラノベっぽく騒動に捲き込まれたり、心踊る冒険の旅とかないのかな…
「ソウジ殿!」
「セルジオ、町中で殿はよせ…せめてさんとかに…」
「助けてください。ミースが…」
「怒り狂って殺しに来るのか?諦めて死んだらどうだ?」
「ミースが捕まりました…」
「はぁ?お前ら昨夜なにやってたんだよ…そうとうヤバいことしないと警備兵に捕まる何て事には…いやなるか。フウカさん、前に町中で飛んで怒られたって言ってたしな…」
「警備兵じゃなくて同僚の間者です。上皇陛下からの極秘指示を受けた俺らの任務の内容か、それとも極秘指示を受けた経歴自体が理由だと思う…情報が欲しいのだとすれば、俺が出ていくまではミースは情報源、俺らの身柄が欲しいのだとすれば人質なので直ぐに殺される事はない。この前知り合った他人だとしても、同じ夜を共にして同じ釜の飯を食った仲間なんだ。だから…」
「話が長い!助けて欲しいならさっさとそう言え!まどろっこしいな…」
「助けてくれるのか?」
「一つ、一度拾ってきた俺が見捨てると後日ケイトさんにどやされる。というか寝覚めが悪い!二つ目に俺は今、とてつもなく過去類を見ないレベルで退屈している。三つ目、俺も数少ない生き甲斐に手を出された以上その生き甲斐を奪還、敵に報復、一連の騒動で暇を凌ぐ権利がある!」
「お、おう…」
「で?どこのどいつだ?敵の本拠地に心当たりは?いやいや、やっぱりなし。囮猟にしよう。ノコノコ出てきた奴を取っ捕まえるぞ~」
周囲から奇異の目を向けられたがそんなことは今はどうでもいいから無視する。
なぜなら今凄く楽しいから。
異世界転生したならこういうラノベ的な物騒な展開が欲しいよな!
▼△▼△▼△▼△
ミースは捕縛した。
セルジオは逃亡中。
情報屋によれば帝国の間者三人は、貴族街の外れにあるとある家を襲ったらしい。
理由は不明。
極秘文書に関連する可能性が高いがその実は謎のままだ。
そして、情報には続きがある。
同行した間者の三人目のキースが謎の攻撃で即死したというのだ。
矢ではなく、不可視の魔法という説が有力だが、果たして魔法で弓による狙撃の次の瞬間に少し離れた位置に居る誰かを狙撃、頭部をまるごと吹き飛ばすなんて芸当が出来るのだろうか?
しかしどちらにせよ、キースは死んだ。その染みはまだ石畳に残っている。
捕縛したミースは機密文書を持っていなかった。
つまり、求める物はこの家の住人が強奪した可能性が高いのだ。
その女は家の前で刃渡り50センチ程の片刃の曲刀を抜く。
もしも、その不可視の魔法が事実なら私は刃を向けた瞬間、知覚する暇もなく殺されるだろう。
恐れることはない、だとすれば痛みもなく自分が死んだとも気づけずに死ねる筈だ。
女は玄関のドアを蹴破ろうとして蹴りつけるが…びくともしなかった、むしろ足の方が痛い。
まるで岩壁を蹴りつけたような痛みだ。
「この家、絶対何かある…」
女は大人しくドアを開けて中に入る。
「あ、お客さんだー!!」
さっそく白い少女に見つかってしまった。
「すいません、ちょっと待っててくださいね?お母さーん、セルジオさんとミースさんのお友達来たよー!!」
「はい、少々お待ち下さい!ちょっと、わわわわわっ!」
何かの爆発音が響いて廊下の向こうから煙が上っていく。
「すいません、料理してたら失敗しちゃって…」
全体的に白基調の黒髪の女はピンクのエプロンを付けて若妻風の印象を受けたが、料理と称して何かを爆発させた女だ、油断できない。
「セルジオさんとミースさんなら今出掛けてますけど、何かご用ですか?」
黒髪の女が近づいてくる。
私は咄嗟に白い少女を捕まえて腕を後ろに拈り曲刀を首に据え付けた。
「近づくな、大人しくセルジオと機密文書を渡して貰おうか?嘘をついたり反抗的な態度を見せれば…解るよな?」
「リン、じっとして、目を瞑っててね?見ちゃダメだよ?」
腕の中で少女は小さく頷く。
そして、女からとても純粋な怒気を感じ取った時には既に自分が選択を間違えたという事実を突きつけられていた。
ほんの一瞬の出来事。
曲刀の刀身が球体にくり貫かれるようにして消滅し、女が掌に発動した魔法で圧縮された空気を私の顔面に叩きつけ、その空気が元に戻る力で私は玄関の外まで弾き飛ばされて居た。
「あなたは一線を超えました。私は割りとクールで物腰柔らかな印象らしいですが、敵に情けを掛けるソウジ君程甘くはないですよ」
次の瞬間には私の目の前を曲刀の柄を握る腕が落下していった。
自分の腕だと認識してから遅れて痛みがやってくる。
「ではこれは質問ゲームです。こちらの質問に対して貴女が5秒以上黙っていた場合、反抗的な態度を取った場合、逃亡しようとした場合、貴女の体のどこかを一ヶ所切除します。先ずは指の第一関節から、そして指が終わったら体の突起のある部分を片っ端から切り落とします、それも終わったら歯を一本ずつ切り落とします、それも終わったら残った四肢をスライスします。それも終われば胴を下から順に微塵切りにします。良いですね?」
何故か宙に浮いた腕が藤色の魔法陣でもって細切れに切断されて石畳に散らばった。
そして全身の至るところに同じ藤色の魔法陣が現れていた。
「っふ、私はその程度では吐かないぞ?」
「ルール違反です」
左手の親指の第一関節がなくなっていた。
「くっ、だからどうした」
「ルール違反です」
左手の人差し指の第一関節がなくなった。
「ルール違反です」
女がその一言を言う度に指がなくなっていく。
そしてついに私が早く楽になる瞬間が訪れようとしていた。
出欠多量により意識を失えそうなのだ。
「あーそうですね。では、少し休憩しましょうか」
私の体を淡い温かな光が包む
「これは…」
「失血死されてはゲームが続けられませんからね~では、休憩終わりです。改めて聞きます貴女の目的、所属、拠点、組織の構成員、を教えてください」
「誰が」
「ルール違反です」
鮮血が舞う。
少し回復してしまった体は痛覚を麻痺させるのを忘れて、激痛がなんの遠慮もなく走る。
「あぁぁっ!痛い…なんで?対痛覚訓練を受けてきた私がなぜ…」
「そう言う魔法を掛けたので、回復と同時に感覚を鋭敏にする魔法です」
「そんな、出鱈目な…」
「ルール違反です」
女は一切表情を変えることなく、むしろ笑みを浮かびながら私の足の小指の第二関節を切り飛ばした。
「では二回目の止血の魔法ですよ」
「嫌だ!やめろぉ!!イヤだ、離れろ、あぁ!いっぎぃぃ、痛い!イタぃあぁ」
無慈悲にも温かな光が私に纏わり付いて染み込んで行く、そして感覚はさらに鋭くなり残る痛みが更に激しくなる。
「では次は突起のある部分、なるべく神経の集まった場所が良いですね…ここにしましょうか」
女の持つ短剣が意図も容易く防刃繊維の胸元を切り裂き、豊かな双丘の左側の頂点を撫でる。
敏感になった感覚は電撃より早く脳へと突き抜けた。
「では続けましょう。貴女の目的、所属、拠点、組織の構成員を教えてください」
「あぁ、いや…」
「じゃあこの突起とはさよならしましょうね」
女は短剣の刃をそそり勃つ突起に触れさせる。
非常に鋭利な刃が触れただけで血が滴り始める。
「イがぁ!!ヤダ、だめやめて!目的は機密文書の強奪とミースとセルジオの始末です!!!」
「そうそう、その調子ですよ所属はどこですか?」
「アンダル帝国の属州のゼヒージャ所属の特殊暗殺部隊の隊員で、向こうで有力な役人の指示で機密文書を持って逃亡したセルジオ他二名を始末するように言われて10名程度の仲間とここまで来ました。拠点はこの辺の有力な貴族が用意したちょっとした屋敷です」
「やっぱりゼレゼスの貴族階級にも内通者が居ましたか…ミースさんはどこに居ますか?」
「たぶん今頃拠点に捕らえられて私みたく情報を吐かされてるはず」
私は遂に痛みに屈して情報を漏らしてしまった。
安堵から腰が抜けて膝が笑っている。
あはは、コレで終わりか…
私は誰にも聞こえないようにそう呟いた。
▼△▼△▼△▼△
刺客の女は全てを喋った後、脱力して失禁していた。
「そうですか、ちゃんと言えましたね。涼さん、お願いします」
玄関からスルスル滑って出てきた九頭竜は満身創痍で地面に座り込む女を一別して一言
「派手に刻んだの…我もフウカには逆らわん方が賢明だろうな…」
涼さんの目が銀色に光り、切り刻まれた指が腕がみるみる元に戻っていき、元通りに戻る。
「お願い、私を殺して…あんな風に啜られるのは嫌だ。あんなの人の死に方じゃない…情報を漏らしたから私は消される、執政官の玩具にされる。だからその前に楽にして」
「執政官?」
「帝都から派遣された皇帝の代理人。属州の統治と近隣国との外交を一手に引き受ける帝国支配の要石。奴らは人を喰らって力を増す、悪魔のようなヤツ。反旗を翻した奴らは一人残らず殺されて潰されて魂を喰われた。殺されてから喰われたやつも居れば、生きたまま何か魂みたいな物を引きずり出されて物言わぬ肉塊になったやつも居る。私はあんな風に殺されて啜られるのもあんな肉塊になるのもゴメンだ!少しでも哀れに思うなら…」
「執政官とか恐怖政治の辺りはどうでも良かったんですけど…本物の悪魔ですか」
私の知識の中の一部のアクセス制限が解除されたのか悪魔と魂についての知識が脳内に沸々と浮かんでくる。
あらゆる形式に適応し、魂を吸収して、魄に蓄積された意志のエネルギーを転換、利用することで自らを高められる存在。旧時代の概念に準えて付けた名前は悪魔 。
魄のエネルギー利用という点に置いては原初であり、先端であるレベル4生体オブジェクト。
生体オブジェクトに付与される固有データとその成長過程の情報を蓄積する記憶媒体であり、その物が高い概念レベルを保有するためそれに比例して高いエネルギーを内包している。
「まあ、その方が良いと言うなら…せめて苦しまないようにしましょう『風よ汝は死者を哀れむ旋律、生の根源を見送る鎮魂歌、黄泉の旅路に幸あれと、歌い告げようその声で、安らかなれと祈り届けよ』
ピリオドを打たずとも魔法は発動した。
辺りを風が回って、気持ち程度なれど私の知るレクイエムを奏で始める。
そっと彼女の手を握る。
彼女の手は温かく、暗殺者の手とは思えぬほど繊細だった。
「ありがとう…」
そう呟いた彼女はほんのり笑みを浮かべると目を閉じ安らかに息を引き取った。
「敵ながら安らかな最期であったな。哀しいのか?」
「はい…」
「リンよ、お前は父には恵まれなかったかもしれんが…いい母を持ったな」
私は握った彼女の手を生涯忘れられないと思う。
作者:「なんかしんみりしちゃったな…」