僕とアイツの差
作者:「連続する不始末をどうかお許しください」
ヒョロイ男は優しげな顔で近づいてくる。
「ほら、ここじゃなんだし店でも入ろう。いい店を知ってるんだ」
暗殺者じゃないのか?普通、暗殺者なら変装ぐらいする筈だよな…それがこんなにあからさまな格好で居るわけがないか。
どちらにせよ、下手に刺激するのはまずい。
「じゃあ、ちょっとだけお願いします」
「じゃあ、先に行っててくれ」
『お前の分まで俺らが貰っとくさ』
ヒョロイ男の仲間たちは僕とヒョロイ男を残して坂を下っていく。
「これから仕事なんだ、まあ獲物は幾らでもいる。それに口の硬いカイよりも荒れた不良少年のが大事だろ。」
僕はヒョロイ男に連れられて路地裏の酒場に入った。
「悪いな、この時間帯だと開いてる飯屋ぐらいしかなくてな。」
「いいです、こう言うお店に来るのは初めてじゃないので」
前回は迂闊に入ってあっさり誘拐されたんだっけ…
「で、なんであんな所であんなこと叫んでた。まあ内容から大方解るけどな」
「僕は別に悲しい訳じゃ…あんなヤツ居なくても別に大丈夫だし」
「ふっ、きっとその男は独りでも生きていける男なんだろうな。命の恩人って事は他人を気にかける余力もあるんだろう。一人でも生きていけるそういう人間だろうな」
「あいつは強いから僕を見下してるんだ。自分が才能を持ってるから」
「なあ、君の言う強さって言うのはどんな強さだ?俺は人生30年余り生きてきた。色んな男たちを見てきた。俺が思うに君の友達は独りなんだろうな。独りで生きてるヤツには独特の魅力がある。時にそれを強さだと勘違いしてしまう事があるのさ」
「独りですか?」
「ああ、確かに独りで生きるのは難しい。確固たる意志があっての事だ。だが独りで生きるより、他人と一緒に生きる方が断然辛いと俺は思うんだ。ここだけの話、リーダーってのはその最たるだと俺は思うな?」
「リーダー?」
「ああ、例えば組合長とか、パーティーリーダーとか、貴族とか領主とかな。やっぱり人を束ねる仕事って言うのはそれなりに素質が要るんだ。血筋や権利とはまた別にな」
「素質…それってどんな?」
「話が上手かったり、仕事ができたり、あと性格が良かったりな…人より秀でてるやつって言うのは認められやすい物なんだよ」
「でも僕にそれはない。あったら皆姉さんじゃなくて僕に継げって言うはずだからさ。僕には姉さんみたいな人望も、フウカさんみたいな魔法の才能も、ましてやアイツみたいになんでもできるような能力はない。あるのは血と着せられた嫡男の肩書きだけ…」
「まあ、何も素質は先天的な物だけじゃない。努力する姿勢、誰よりも努める。そう言うのも世間じゃ才能って言うんだ」
「そうそう、どんなクズもやり様次第で使い道があるってもんだ。と言うことで…セイ・アリシア、一緒に来て貰おうか」
首筋にひんやりした不気味な感覚が走る。
「おい、そこを切ったら俺は人質としての役目は全うできないぞ?」
こう言うときは相手が自分を人質に取るのを逆手に取って、身の安全を確保するのが僕の定石。あくまで下手に出てはいけない。強気の姿勢で対応して気力で相手に負けない事が重要…
「さっ、立て。切りゃしないから気にすんな。お前が言う通りに動かないと間違って切れちまうかもしないがな」
「それはそれは優しい人で助かったよ」
僕は男の指示に合わせて立ち上がる。
店を出た所で全力で逃げて相転移門に飛び込めば良いだろう。
事はもっと早く動いた。
「がぁぁ!目がっ!」
俺にナイフを当てていた男はナイフを落として、慌てて顔を押さえる。床に血に濡れたステーキナイフが転がる。
「けっ、三流が…大丈夫か?首をちょっとかすったぐらいか。対した傷じゃないな」
ヒョロイ男が助けてくれたらしい。
「あ、ありがとう」
「なに気にすんな。そろそろ人が増える頃だこれに乗じて今日は帰った方がいい。疲れてるんだろ?人混みで襲われないとも限らないからな」
「どうお礼をしていいかわかんないけど今回の礼はまた改めてしたい」
「まあ、これも何かの縁だ。礼はまた会った時に受けることにするさ」
僕はもう一度ヒョロイ男の顔を見る。
「俺の名前はメリウスだ」
名前を背に聞き、僕は店から出た。
『私、8人捕まえました』
『俺、7人、3人死亡…勢いよく殴り過ぎました』
店の前でフウカさんとソウジが死屍累々の中で談笑している。
おそらく、内密に僕を尾行してたんだろう。
「ほら、ソウジ君?」
「はぁ、悪かったな残念な頭とか言って。侮辱されて瞬間的に腹が立ってつい言ってしまった。許して欲しい」
ソウジが…僕に対してとことん高圧的でその他の前では猫被りのあのソウジが…下手に出てきた!
「め、珍しい…」
「お前…俺かて多少の良心と罪悪感は持ち合わせてるんだよ」
ソウジはそう言いながらも刀の柄から手を離すことはなかった。
時は流れて私とソウジ君はセイを送り届けて、家まで戻ってきた。
直後ソウジ君はどこかへ行ってしまった。
で、私は遅めの朝食、感覚的には夕食にパンを食べていたら、あれよあれよと言う間に食堂にリンとエルを初めとして、果てはアリアさんと何故かおまけにカイさんまで来ちゃって…
私は何がどうなってるのかわからない家に拘束されてた訳で…
「えっと~これ、どういう事ですか?」
「はい、じゃあ改めてフウカの多重人格について話し合いましょうか」
ケイトが切り出す。
「えー、それでこの面子なんですか…」
「ケイトさん、話し合うって言ってもそもそもアレがどういう物なのかまず解ってないので話し合いようがないのでは?」
アリアさんは…なんか疲れて見える。
心なしか顔が窶れてる気がする
「なんか、一緒に着いてきちゃったんですけど…なんか凄いミステリアスな感じでしたね」
カイさんも知ってるのか…
「俺、フウカさんの多重人格と会ったことないのでわかりませんが、その辺は本人に聞けばいいんじゃないですか?ね?フウカさん?」
「うーん、何から話していいのか…と言うかどこまで話して下さるか私にも解んないんですよ…アイーシャさん、お願いします」
私は意識の主導権を手放し、また真っ白な意識の世界に降り立つ。
「なんかこの多重人格生活にもなれてきましたよ」
「それ、慣れて良いものなの?」
そこにはポニーテールの似合う制服姿が一人居た。
「瑠美さん、今日は夢唯さんは一緒じゃないんですね」
「一緒よ?そもそもあなたの体に宿ってる時点で一緒に居るような物でしょ?それより、大変みたいね」
「そうなんですよ、アイーシャさんが皆が納得行く説明をしてくれればいいんですけどね」
「って言ってもねぇ、私達でさえなんで自分が残ってるのか訳わかんないし…正直無理だと思う」
「ですよね~ちなみに瑠美さんは普段この空間にいる間何をしてるんですか?」
「何をしてる…基本的に寝てるけど、起きてる時は記憶を再生したり…記憶の中とは言え体動かしたり?後は、夢唯の本とか漫画とか読んだりゲームしたり?」
「じゃあ、私に武術を教えてくれませんか?確か瑠美さんは古武術に精通してましたよね」
「教えるも何も知識として入ってるだろ?私と夢唯の記憶を知識として持ってんだからさ」
「知識として理屈はわかるんですがアクセス制限ってやつのせいか思った通りの動きはできないんですよ。なんと言うか頭にモヤがかかると言うか」
「それで私から教わろうって事か、まあ確かに暇だし…いいよ?ただし条件がある」
「条件?」
「泣き言を言わないこと、確り体を作ること、それと私に魔法を教えてくれ」
「魔法ですか?」
「ああ、なんと言っても暇なんだ。それに記憶だとしても新しい技見てたらやりたくなるんだ。だってカッコいいじゃん」
「まあ、良いですけど…ここで使えるか解りませんからね?」
「なら試しに使ってみようぜ。上手くいけばこの霧も晴れるかもだし」
瑠美は軽く言う
この霧って言うが地面まで白いのに霧な訳がない。
でも試さない理由もなかった。
「まあ、やってみますけど期待しないで下さいね?『風よ、汝は翼、眼前の白を描き消す櫂、汝の力で淀んだ空気を遠方へ散らせたまえ ミストディスパルス』
ここに杖は無いけど、私は既に杖は必要なかった。
私の手の平で織り上げられた魔力は風となって四方八方へ散り、あっという間に私達の目に見える範囲の霧を駆逐した。
霧が晴れるとそこは白くて硬質で滑らかな地面が広がり、空は高く青いなんとも無機質な場所だった。
「へー、こうなってたんだー。まあ、ここで怪我してもすぐ治るのは前にバック転で失敗したときに解ってるからなんでもいいんだかどさ」
「そうなんですか?」
「ああ、試しに自傷行為してみろよ」
瑠美は虚空から私の短剣を取り出し、投げて渡す。
「痛そうでやだな…」
私は意を決して左腕を切り裂いた。
激痛と共に鮮血が溢れだし、数秒と経たずに傷が塞がる。
「ここなら多少派手な魔法とか勢いのある技とか使えるっしょ。それに四人共同とは言ってもここは精神世界、私達がそうだと思えばそうなるものなのさ。だからこの白いのは純白のマットレスだと思えば」
そう言われてみればそうだ。
これが白くても固いとは限らない。
これは地面じゃないんだし
途端に地面は柔軟性のある体育マットのような感触になる。
「ここは私達の世界。夢の中では私達はどこまでも自由なんだよ」
瑠美は喋りながら準備運動を始める。
「やっぱりこう言うのって気持ちの問題だから例えどっか怪我しても問題ないとしても一応ね」
「じゃあ、私も一応やっときますか」
一通り終えた瑠美は手をプラプラさせながら言う。
「じゃあまあ役に立つだろうし、槍術から教えようかな」
瑠美の手元に薙刀の竹刀が表れる。
「ほら、フウカも槍出して」
槍…いつものだとやり過ぎだろうしな…
「そうですね」
意識を集中させる。
空間魔法と同じ感覚で体内魔力で魔法を紡ぐ。
「氷槍」
私の手の平で紡がれた魔力が細長く伸びて氷の槍を形成する。
「おっ、カッコいいじゃん。じゃあ叩き上げの技術ってのを拝見しようかな!」
瑠美は右足に力が込められ白い表面が歪む。
来る!
私は竹刀の先を見て氷槍で打つ。
竹刀の先と氷の矛先が交わり拮抗する。
しかし瑠美は止まらない。一気に距離を詰めて持ち手を矛先の鍔まで移動させる。
私の槍の力を利用して交差した刃を支店に柄を回して私の方へ振るう。
私は一歩飛び退ることで柄を紙一重で回避する。
「なかなか乱暴ですね」
「棒術と槍術を合わせた技だよ。薙刀部の先生には怒られたけどスポーツじゃないから許される」
瑠美は柄を左手で受け止め、右手に持ち替えて持ち手の位置を調節する
「さっ続けよう、フウカに必要なのはお行儀のいい道場武術じゃなくて実戦に基づくそれだろうし、ちょうどいいだろ?」
「はい、ありがたい限りですよ」
私と瑠美の手合わせは始まったばかりだ。