記憶となって共に永久に
ダンジョンを脱出し、クタクタになった体でなんとかケルビンまで戻ってきた一行はそのままの調子でぞろぞろ歩いている。
「はぁ…そう言えば入手した本はどんな本だったんですか?」
「それがですね?魔導書でも歴史書でも学術書でも聖典でもないんですよ。なんかこう手記って感じなんですけど、日付も書いてないですし、なんかよくわかんない研究資料みたいなのも書いてあるんですよ」
「見せて貰っても?」
「良いですけど神聖文字ですよ?」
俺はエレナから本を受け取りページを開く。
中身は驚いたことに日本語で書かれていた。
『魄に累積される記憶が内包するエネルギー量と対象者の感情の昂りの関係性に関する立証は成功した。魄のエネルギー量で降順にソートすれば人が何に昂るのかが解る、それを利用すれば効率的な魂魄エネルギーの生産も可能になるはず。何としても暴き出す』
更に捲る
『今日は王子をタブらかしてみた。たまにはこう言う息抜きもしないと研究の効率が落ちるからね♪あの人怒ってるかな?そしたら、ちょっと嬉しいな』
『今日は王子が姫と衝突した。外国への進行で国を成り立たせてる現王家に対して異論がある外戚や有力諸侯が蜂起して、それに対して賛同した姫が革命勢力の旗頭になったみたい。直に内紛が起きる、早くあの女を押さえ付けて紛争を終わらせなきゃね』
『平原地帯で膠着状態になってるみたい。山脈を挟んだ南側はなんとか王子が押さえたけど、北側が姫に押さえられちゃった。どうせ汚い手…いや汚い〇〇〇を使ったんだろうけど、ホントに王子の姉なのかしら?』
『向こうにあの人が居るみたい。やたらと資材が充実してるからまさかと思ったけどホントだったみたい。まぁいいわ、姫もゼレも纏めて痛い目に遇わせてあげる』
俺はそこまでで本を返した。
「完全に日記ですね、見たところどうもそれなりに重要なポストにいた研究者みたいですが…魂の研究ってまた宗教的ですね。それにかなり非人道的な利用法でしょう」
「読めるんですか?」
日本語だから当たり前と言いたくなったがぐっと堪える
「まあ、多少ですよ」
「多少ねぇ?」
ケイトさんが白い目で見てくるがあくまで白を切る。
「多少ですよ。それでこの本は売りに出すんですよね?」
「買い手がついたらですけどね」
「でも歴史的な財産にはなりそうですね」
「家の客にそれを理解できる人間がどれだけ居るやら…」
エレナはため息をつく。
おそらく予想以上に財宝の類いが出てこなかったのも関係しているのだろう。
ざっくり計算しても、今回の攻略…もとい探索はどう見ても赤字だ。
財宝は出ず、目当ての本は価値が薄い。
ギルドを通さないと言うことで素材の類いは丸々捨ててきている。
どう考えても収入が少ない。
金には変えられない物を幾つも得たが、やはり世の中金だ。
なにせ家はローン持ち…そしてフウカさんは仕事以外の案件で南へ行っている今回の遠征は高く付くな…
ソウジは頭の中である程度先まで勘定を進める。
「まあ、なんとかなるか」
「どうかしたの?」
「今回の遠征、はっきり言って赤字じゃないですか?」
「そう?でも伍なる門を買い取ってくれるんでしょ?」
「あ、そうでした。なら多少は調整できますね」
「でも、困ったわね。宿引き払っちゃったじゃない?お金もう無いわよ?」
「・・・そっか、資材に全部注ぎ込んだんでしたね」
「同じくです…」
レリックはさりげに手を挙げる。
「なら家に来ますか?」
エレナがスパッと切り出す。
そんな一存で決めていいのだろうか?
「見掛けより広いので大丈夫だと思いますよ?それにケイトさんには報酬を支払わないといけないので丁度いいと思います」
「行く宛もないし、時間もないし、宿ももう空いてないだろうし、しかないわね?」
日はすっかり沈んで、街はオイルランタンと魔導街灯のオレンジ色の光に照らされている。
完全にディナータイムって感じだ。
「ですね、お願いします」
そうして一行はぞろぞろと進んでいき、やがて路地裏に入る。
「最近、新参が多いから妙に殺気だってたりするんだけど、そういうのは徹底的に叩きのめしていい取り決めになってるから、見掛けたら遠慮なく殴ってください」
「それで良いんですか?」
「はい、問題ありません。全員殴られてもなにも言えない立場なので」
「まあまあ、今はエレナさん居るから大丈夫では?」
「そうとも限らないわよ?」
「そうですね、女だからと侮って掛かってくるそれも結構居ますから」
とは言いつつも何事もなくエレナの自宅兼店舗に着いた。
その日は皆疲れてると言うこともあって、通された地下の居住スペースで一泊して、行く人はお湯やさんに走り、一部特殊な人は本の向こう側に行ったり、してそれぞれ旅の疲れを癒した。
で翌日
「ほい、報酬の金貨2000枚だ!」
ソウジはパンパンの麻袋を二つ取り出す。
「朝っぱらからギルド行って専用の袋大量に貰ってきてやったんだ」
「昨日、金がないって言ってなかったっけ?」
「ん?パーティーの資金は不足ぎみだけど、別に俺の個別資金は関係ないから気にせず受けとれ」
「まあ、受けとるけどさ…」
レリックはそのまま麻袋を受けとる。
「確認しないのか?」
「そんなセコいことするのか?」
「しない」
「なら良いだろ?」
「お前がそれでいいならいいか…それでお前今後どうするんだ?」
「うーん、そうだなーまぁ、今回のそれでこの霧の魔法の有効な使い方にも気づかされたし、もう一度冒険者を目指そうと思う」
「ならさ…」
そして場は移り、エレナとケイトが報酬について相談する部屋に入る。
最初に依頼を受け付けた時の部屋だ。
簡素なインテリアに変化はない。
「あ、やっと来た」
「だいたい伍なる門の価格の推定が終わった所ですよ」
「いくらぐらいですか?」
「金貨80000枚程度に負けてあげる事にしました」
「ひぇー高い高い、1、2、3、4、5…」
そう言いながらソウジはトランクから麻袋をポイポイ出す。それはテーブルの上に乗って『がしゃん』と硬質な音を奏でる。
なにせ15gの金貨が1000枚入った袋だ。
一袋で15000gある。
15kgって言ったらそれなりの重量だ。
それをテーブルの上に投げ捨てているんだからむしろここまで耐えてるテーブルを誉めるべきだ。
「あー、重い!なんでこんな重いかね…」
15袋目でテーブルは真っ二つになった。
これで15000枚…まだまだ続く。
「ソウジ君、よく調達できたわね…」
「いや、資産の約十二分の一ですが金貨にすると重いですね~」
十二分の一と言ったが向こうの通過に換金してある分だけだ。
売りに出してないアイテム類、貸しや恩もかき集めればもっと集まるだろう。
「これで80!」
積み上げられた麻袋の山は元テーブルの高さを余裕で越えた。
「おー、でもコレ今出されても困るんだよね?持って帰らなきゃだからね?」
「ケイトさんのウエストポーチに入りませんか?」
「無理よ?」
「あの、テーブルが…」
「じゃあ戻しまーす」
ソウジは金貨をトランクに戻して机を元に戻す準備を始めた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
同日、昼頃のエネシス
普段フウカが籠ってる客間に今日はグレイが籠っていた。
グレイは今、仕入れてきた革で製本したテキストに箔押しや色付けと言った装飾を施している。
「ふぅ、あと少しですね」
グレイは自分の知り得る知識、経験、ありとあらゆる情報を昨晩から書き続けていた。
基本的な立ち居振る舞いについての解説から心構えや相手の感じ方についての予測、並列思考等の特殊な技術のレクチャー、多種多様な術の説明等も詰め込んだテキストをリンに遺そうとしていた。
フウカさんは早朝に出掛けたきり、戻ってきていない。
リンには課題を渡して来た、今日の夕方には全てが終わる筈。
テキスト作りももう八割出来上がった。
グレイはそのままのペースで作業を続けていく。
「ふっもっと早くに消えるべきでしたね…こんなに愛おしい物が最期の最後にできるなんて…なんて幸せな一生でしょうね」
テキストが一冊また一冊と厚い革の表紙に包まれ、箔押しされていく。
その度にグレイの想いが本と言う形で綴じ込まれて、更に100年、200年、もしかしたら更に長く残り続ける形に変わっていく。
そしてそれはリンに渡る。
今はまだ器として未熟かもしれない。
が、いつかグレイの思想を受け入れて余りある大器になる。
そうなるようにグレイは文を綴った。
その結果がどうなるのかは解らないが、きっと上手く行く。
何故だかそう思えたし、思いたかった。
「カナコ…私ももうすぐそっちへ行けるはず。だからもう少し待ってて欲しいな」
グレイは誰かの名を口にする
今となっては知るものも少ない初代の神具の所有者の名だ。
カナコの作った物は1000年の時の中で焼けて崩れて腐ってしまったが、朽ち果てた後には新たな芽が出る。
それがフウカでありリンなのだろう。
世界は変わる、二人の転生者と人と獣を繋ぐ存在によって激変していく。
いずれ神は忘れられ、民による民のための平和が当たり前になる。
その礎を私が築くと考えれば無為に過ごした1000年は無駄ではなかったと思えた。
最後の一冊の裏表紙の手前、普通なら著者等の情報を書き込む欄が空いていた。
なにせ著者はグレイ、製本もデザインもグレイなのだ。
異様に空いた白紙の欄にグレイは想いを綴ることにした。
長くはない、多くも語れない。
しかし、それで十分だった。
最期の一言と言うのは本当に一言で多くを伝えられる。
そうでなくては一流とは呼べないでしょ?
西日が差し込む中でグレイは最期の一行を綴った。
『ただいま戻りましたー』
フウカさんも戻ってきたみたいですね。
そろそろ課題も終わる頃でしょう。
さて、最後の仕上げですね。
グレイは立ち上がるとインクで汚れた手袋を外して部屋を出た。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「ただいま戻りましたー」
フウカは町の外周に大規模な魔方陣を設置してきた所である。
多少の壁ぐらいにはなると信じて準備を進めた。
「あれで数分は持ってくれたらいいな」
フウカはその場で魔法を練るのは得意だが、魔方陣を自力で書くのは話が別だった。魔法と違い確りした理論があると聞く魔方陣をフリーハンドで書くのは困難を極めたが、最終なんとかなった。
問題は当日キチンと起動するかだ。
何か魔力的なそれが干渉して動かない可能性がある。
そこは賭けだ。
「フウカさん、ちょっと…」
部屋から出てきたグレイが手招きしている。
なんかあるのだろうか?
まぁ、なくても行くんだけどね…
「フウカさん、杖を持って壱なる門まで来てください」
「杖を?何をするつもりですか?」
「能力を解放します。あの杖にはまだ形態が残っているのでそれを解放します」
「形態変化?」
「所有者によって変化するのでなんとも言えません、それに外でやったらもしもの事があるので」
「わかりました、行きます。杖を取ってくるのでもう暫し時間が掛かります」
「待ってますよ」
グレイは部屋に戻っていった。
私は地下に向かい、ちょうど作業が一段落したらしい杖を持って部屋に戻ろうとする。
「フウカさん?杖なんか持ってどうしたんですか?」
階段の手前でアリアに呼び止められた。
まるで、悪いことしてるみたいです。
「ちょっと杖の機能を解放してきます」
「そうですか、お気をつけて」
アリアはそのまま通りすぎていった。
私はそのまま壱なる門をくぐり抜ける。
「はい、来ましたよ?」
「フウカさん、来てくださりありがとうございます。早速能力を解放しましょう」
「ねぇ、なんでリンとエルさんも呼びつけてるの?」
「それはですね?必要だからです、未来の為に」
「未来?」
「そうです、道具とは使われてこそ。1000年と言う時間は余りに長すぎました。私の思念も既に擦りきれ朽ちかかっています。直に物言わぬ欠片と崩れ始めるでしょう。その前に神具の継承を済ませたいのです」
「それだけ、にしては唐突では?」
「今回の襲撃、おそらく現状の戦力では対抗しきれない…貴女が犠牲になってしまう。そうなればリンは誰が育てるのですか?言っておきますがあの木偶の坊には無理ですよ?ならば命は老い先短い思念体よりも先のある人に託すべきでしょう。私は貴女とリンに未来を託したい、でもリンはまだ幼すぎる。神具の呪縛に巻き込むには早過ぎる、だから…」
「我か…」
「エル、お前は教育は出来ずとも戦いにはめっぽう強い方だろ?」
「仕方あるまい、我が神具の守護者になればロック鳥も安泰だしな」
「だが、木偶の坊にフウカさんを託すのは不安が残る。だから一人と二羽に継いで欲しい」
「つぐ?」
「リン、先生が居なくなっても日々を疎かにしてはいけませんよ?常に向上心ある事が超一流と言う高みへと至る条件の一つです。貴女が私に変わって未来を作りなさい。世界は狭いかもしれません、でも一つではありません。高みは高みであって頂きではありません。貴女が幸せであることを冥府で祈ります」
「めいふ?」
「ふふふ、いずれまた会う機会があれば会うこともあるでしょう。さぁ、始めましょう。我、神の創りし具の守護者。汝、具の所有者よ、汝はこれを持ち、生涯守り、その力で持って世界に愛を示す事を誓えますか?」
杖が淡く光る
「誓いましょう」
私はグレイに気圧されてそう応えてしまった。
「汝ら、新たに具の守護神たらんとするモノよ。汝らはその命が尽き、所有者が絶えても具を守ると誓えますか?」
「まあ、仕方あるまい。口煩い一流バカを追い出す為だからな」
「誓います。でいいんだっけ先生?」
「大丈夫ですよ。どうせ形式だけの意思確認です。さあ、契りを交わしましょう方法は複数ありますが、今回は魔力で契りましょう」
杖が独りでに浮き上がり、光る半透明の杖三本に分裂する。
「それぞれ魔力を流し込んで下さい、私がそれを再分配します」
「どのぐらい流し込めば?」
「全力でお願いします」
「グレイさん、いいんですね?」
「大丈夫です、前みたいな事にはなりません」
と笑ってグレイさんが言うので私は期待に応える事にしました。
リンとエルもそれぞれに魔力を流し始めたのだろうか、二人の手元?足下?の杖が強く発光し始める。
私も全身の魔力を掌に集めて一気に流し始める。
代替品なら一発で粉々になる量の魔力を流し込んでいく、につれて杖の光はみるみる強くなっていく。
魔力切れになるまであとどの程度かかるだろうか…
それでもグレイさんは顔色一つ変えない
「フウカさん、貴女にはなんと言っていいかわかりませんね。ありがとうと言うべきなのか、ごめんなさいと言うべきなのか…ですがきっと貴女は未来に必要な人だから。私は一時とは言え貴女を支えられた事を誇りに思いますよ」
一度、杖から光が失われ、二人の元にあった光の杖はそのものが魔力に分解されてグレイに吸われていく。
「っ…ふふっ頼もしい限りですね。皆さんに返します、心の準備は良いですか?」
「うん、きっと大丈夫」
リンはキラキラした瞳でそう答えた。
でもその通りだと思った。
リンが居て、エルさんが居て、アリアさん、カイさん、ノアさんやミゼリアさんも居て、北ではケイトとソウジ君も頑張ってるはず。
それにちょっと癪だけど、レンとジンも味方してくれる。
たくさんの仲間が居て、その中に私がいる。
負けるはずが無いって信じられる気がした。
「ふふふっ、リン?私の留守は貴女にお願いしますからね?貴女のお母さんは能力はあるのに色々欠けててそそっかしいので、助けてあげて下さい」
杖を介して魔力が返ってくる。
以前、コアから魔力を吸い上げた時とは違って緩やかに滑らかに求める所へ自然と収まるかのように。
そして超過分が杖に残り、その装いを変化させていく。
緑色の魔石を保護していた籠は破れ、魔石を覆う様に漆黒と純白の翼が形作られ、木目が剥き出しだった持ち手から石突きにかけてもスルスルと素材が変わっていき金属光沢のある銀色の何かになるが、重量は変わらない。
そうして最初の杖の面影は一切消え、まるで新しい杖のような印象を受けるような感じになった。
「これにて継承の儀は終了です。装いや材質には私の最後の力で手を加えました。幾分使いやすくなるでしょう。言うことはもう見つかりません、どうやら時間も無いようですし」
グレイの体から光の粒が溢れだし、崩れて消える。
「先生?どうしたの?」
「私は旅に出るんです、親友に会いに行くんです。残念ながら友人の一人の晴れ姿を見ることは叶いませんでしたが、彼が救わんとした人を最後に見れました。ソウジ殿と一緒に来られる事を待ってます。そうでした、私は死ぬのではありません、記憶になるだけです。そうして皆さんの中で生き続けるんですよ。まあ、カナコ…親友の受け売りですけどね?」
そう言うとグレイさんは光と散り消滅した。
「また会えるよね?」
「はい、いつかきっとまた会えます。私達なら」
壱なる門も日が落ちて完全に暗くなり、互いの顔も見えなくなり、私は杖を強く握りしめた。
その硬質な感触は非常に頼もしく、僅かに温かく感じた。