海龍討伐ボランティア 前編
作者:「はい、待ちに待った海龍討伐作戦です」
レン:「ここまで長かったね」
ジン:「とは言ってもただのデキレースだろ?」
作者:「そっちじゃなくてプロットがあと一話でなくなる方の話だよ」
ジン:「そっちかよ!!」
なんだかんだ色々準備する内に日は変わり、朝の六時前に全員が呼び集められた。
「ホントに全員なんですか?」
フウカはカイは人の集められた港を船の上から眺めている。
「たぶん全員居ますよ?」
「その割りにいまいち活気がない?感じがしませんか?」
「そりゃ、今日もしかしたら死ぬかもしれない、明日もしかしたら大豪邸を立てる話をしてるかもしれない、そんな状況のやつが殆どですから緊張ぐらいしますよ」
「どうせなら目立ってほしいんですけどね」
「あはは、フウカさんはなるべく目立たないようにしないとですね」
「でも、楽しみですね。折角杖も直ったので派手な魔法もバンバン撃ちますよ」
私は前とかなり様相を変えたスタッフを左手で優しく撫でる
「くれぐれも死人が出ない程度にしてくださいよ?」
『フウカさん、人前で恥ずかしいですよ』
杖に戻ったグレイさんは冗談混じりで対応してくれる。
かなり余裕そうだ。
「さっそろそろアリアさんの演説が始まりますよ」
「姉さん大丈夫かな?」
「アリアさんなら大丈夫ですよ。いざとなったら私とノアさんでフォローに当たる予定なので」
「より心配になってきました…」
▲▽▲▽▲▽▲▽
一方アリアは即席で組まれた舞台上で深呼吸している。
大丈夫、今まで通りにやればいい。
今日だけ私は受付嬢から冒険者に戻る。
こんな愚図共が何人居ようと私には
敵いっこない。
この場で私が力を示せばそれでいい。
でも、いざ舞台に立つと足がすくんだ。
数百の冒険者、数千の市民の視線が私の決意を蹂躙する。
自然とクロヅカから伸びる紅い刀身も弱々しくなる。
ダメだ、こんな私じゃ…リーダーは勤まらない。
逃げ出したくなった、でもなんとか立ち続ける。
「今日はこの討伐作戦に参加してくださった事心より感謝します」
なんとか話始める。
幸い拡声魔法があるおかげで声は届いているだろう。
でも響いてなかったら…
「紹介にあった通り私が…」
言葉が詰まった
私なんかでいいのか?良い筈がない。
今のエネシスには私よりもっと秀でた人がたくさんいる。
私なんかよりもずっと賢くて有能な人がいる。
私なんかよりも人々から信頼されている人がいる。
私なんかより、ずっとスゴくて強くて優しい人が…
私みたいなのが軽々しく長などとなのって良い筈がないんだ。
『どうしたんだ?なんか問題かな…』
『演説の内容度忘れしたんじゃね?』
『かっこわりー』
私のせいで人々に不安が伝播していく。
やってしまった。
私の失敗だ。
直後だった。
空に巨大な影が現れて、広場が陰った。
『なんだ!?』
『アレはなんだ!!』
空にはエルさんが飛んでいる。
「民衆よ、私たちは巨鳥の力を借りる事に成功し、更に先日アトラスを粉砕した私がついています。海龍ごときに臆する事はありません」
私のすぐ横にはいつの間にかフウカさんが飛んでいた。
「私たちは今日までに勝てるだけの準備をしました。対して海龍は準備をしているでしょうか?魔物風情が戦の準備とは考えにくいですね。つまり私たちは既に勝利しているような物です。なのになぜあなた達は恐れるのですか?私には欠片も理解できませんし、する気もないです」
フウカさんは続ける。
「今から逃げ帰り、ベッドに潜り込んで貰っても結構です。私たちはそんな臆病者の力など既に必要としていませんから。逃げ帰った者は後で海龍が無事に討伐された事を聞いて逃げ出した臆病者の烙印を押される事でしょうね。まあ、的を得てますしお似合いだと思いますが?私たちはそんな者とは関係なく確実に生きて海龍を討伐して、英雄としてエネシスを凱旋します。町の住民もギルドも私たちを龍殺しの武士として何より危機から救った英雄として称賛の声を上げる事でしょうね。それに止めを刺した者には報酬がある、金貨百万枚ですよ?借金なんて一瞬で返済できます、一生遊んで暮らせます。百万枚あればあんなことやこんな事もできちゃいますね~」
フウカさんは意味ありげに私を前に出す。
「金貨百万枚欲しいですか?あ、分かってますから皆まで言わなくても結構ですよ。欲しいなら、アトラスを一撃で粉砕した大魔導師である私を出し抜かなくてはなりませんね~自慢じゃないですが、私結構強いですからね?相応に実力以上を発揮しないと無理だと思ってくださいね?戦いが始まれば回りは皆味方でありつつ好敵手でもありますよ?友軍をうまく利用して、海龍に止めを刺す。それがあなた達の仕事です、では効率よく相手を利用するにはどうしたら良いか?わかりますか?」
場が静まり返る
「隊長の指示をよく聞いて動けば良いんですよ。隊長は全てを見て指示を出します、それに反した動きをしていては指示は意味をなしません。つまり利用できる物も利用できなくなるという事です。では質問です、あなた達は今どうするべきなんでしょうか?答えは解りますよね?」
フウカさんは私の背中を軽く叩いて、舞台裏へ滑っていった。
フウカさんは居なくなったが、もう私に不安はなかった。
場の空気もガラッと変わって見えた。
「私が討伐隊長のアリア・エネシスです。時間もないので手早く作戦内容を説明します、聞き逃しの無いようにお願いします」
私は少しずつ言葉を紡ぎ始めたのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「フウカちゃん、悪くない演説だったと思うよ?ナイスフォロー」
「ノアさんも予定の調節の方はお願いしますよ?」
「任せといて、そっちは僕がなんとかしておくから」
「じゃあ、私も下準備に行きますか…」
「主役は大変だね」
「自作自演なのでしょうがないですよ…」
「まあ、僕は懸案事項が無くなればそれでいいし、君に払われるのは僕のお金じゃなくてギルドのお金だからね。お安いご用だよ」
「じゃあ、行ってきます」
「うん、僕は討伐隊と一緒に船で行くから先に行って待ってて」
『ノアさん、出番ですよ』
ノアは舞台の表に出ていった。
私は一気に上昇する。
目指すは昨日の足場だ。
で数分もすれば例の足場にたどり着く。
「さてと、来てくれますかね?」
『おそらくは大丈夫ですよ、神具は私達に取っても良い物ですからね』
「というか、話が通じるでしょうか?通じない方がやりやすいんですが…」
『どうでしょうね?たぶん言語は通じると思います。神具の所有者は人間である必要がありますが管理者は別に人外でも良いですし、神具を奪った上で別の人間を神具の所有者に仕立て上げる事も可能ですからね』
「やっぱり戦闘になりますよね?」
『さあ、どうでしょう』
「うーん、こっちから仕掛けちゃいましょうか」
『それが一番かと思いますね』
「情が移る前に相手を激情させましょう。グレイさん?詠唱しますけど大丈夫ですか?」
『問題ないですよ。私は入ってるとは言っても別の空間なので』
「じゃあ遠慮なく『水よ汝は鈴、風よ汝は音、汝ら合わさりてその音色をあまねく聞かせ、遠く離れた者を呼べ 潮騒の呼び鈴』
私の手元に魔力と海水と風が集まって球体となり、ボーリング玉よりちょっと大きな鈴になった。
「そーれっと」
ジャボンッ
「さてと、鳴ってくれてるかな。」
水面に近づくと微かに高い音が聞こえた
「じゃあエルもリンも準備するよ?」
今日はリンにも出てきて貰っている、エルもグレイも居ない状態で荒野に残すのは精神衛生的に良くないのは確かだからね♪
「準備?」
「とは言ってもリンとエルは時々アレを撃ってくれるだけで良いよ?」
「それだけなの?リンはもっと練習したいんだけど?戻って良い?」
「え、戻っちゃうの?」
「だって詰まんないんだもん…お母さんもおじさんも忙しそうだし…先生いないし…」
「えっと…先生?って言われちゃったんだけど、どどどうしたら?」
『仕方ないですね…私が出ます』
杖の近くに丸く空間に穴が開いてグレイが出てくる。
「リン、こうしてお母さんやおじさんの姿を見ることも修行ですよ。確り見て学びなさい」
「でも、自分は手を下さないのが一流のレディの振る舞いだって先生が…」
「自分で手を下さないだけですよ、そのぐらいの事も出来なくては一流とは言えないでしょ?できるけどしないそれが女の美学ですよ?」
「いや、できるならやりましょうよ…」
「フウカさん?貴女は将来強い男性と結婚したいと思いませんか?」
「う~ん、結婚か~…って見てたなら知ってますよね?お義父さんが本気で準備してるの」
「ですが、別の可能性もあるでしょう?そっちょくな所どうなんですか?」
「別に強くなくても良いかな…それより家事万能な人が良いな、それでいて研究開発に肯定的な人…」
家事万能で研究開発に肯定的な少年が身近に居る気がした…
「居ますね」
「フウカさん?ダメですよ?それはあくまでももしもの話ですから。間違っても未成年の少年を食べたりしたらケイトさんが悲しみますよ?」
「でもケイトは食べまくってるんですよ?私も一人ぐらいなら…」
「いや、身内はダメですからね?カイさんでギリギリですからね?」
「解ってますよ。お義父さんに泣きつかれるのでやりません」
「お母さん、ソウジさん食べちゃうの?」
リンは天使な表情で言い放った。
「グフッ大丈夫大丈夫、ソウジ君は食べないから大丈夫だよ。食べたら晩御飯に困るからね」
「良かった~共食いは良くないっておじさん言ってたから」
「ですね、共食いは不毛ですよ?」
「あの、グレイ先生?リンに変な事教えないでくださいよ?」
「変な事とは失礼な、正しい知識は持ってて損はありませんよ?例えそれがそう言うことだとしてもです」
「流石に早すぎですよね!?」
「そうですか?リンちゃんは早熟だから良いかと」
『盛り上がってる所悪いんじゃが奴さんが来たみたいじゃ』
ふと、海を見ると見覚えのある青い影が水面に映っている。
それはのそのそと足場に登ってくる。
蒼い大きな龍だ、その表面は磨き上げたラピスラズリのような色をしている。
そのしなやかな流水系を描いた体躯は非常に魅力的であり、もはや芸術品のよう。
『神具の所持者よ、其の方は我が力を欲すか?』
「うーん、いりません♪でも、その鱗は欲しいので貰います。あなたもどうぞ、神具が欲しいなら力を示してください」
フウカの周囲に色取り取りの魔方陣が浮かぶ
『良かろう、その誘い乗ろう!』
海龍の回りにも幾つもの水の玉が浮かぶ。
氷の塊が、風の矢が、藤色の魔方陣が、海龍に降り注ぐ。
それに対して海龍は水球で迎え撃つ。
当然魔法を無効化する水球だから風の矢と氷の塊は全て掻き消される。
しかし、藤色の魔方陣はその場で止まって白くなった。
フウカが位置を固定して切断したのだ。
水球は次々にそれにぶつかって、散り散りに飛び散る。
「やっぱりですね、魔術無効術式でしたっけ?では魔法によって起こった結果には干渉できないんですね」
『知れたこと!』
「捕まえましたよ?」
エル九羽分ぐらいの大きさの足場の縁に空間の切れ目が円柱状に所狭しと立てられた。
『なっ、いつの間に!?』
「なに、ただの時間稼ぎですよ。討伐隊が来るまでのね」
フウカは神具の杖を片手に、龍を見下ろし余裕の笑みを浮かべた。
それから約15分
やっと討伐隊が追い付いてきた。
今回のコレは私が一人で倒しては意味がないからこうして待っていた。
あくまでも討伐隊が参加したことによる勝利を演出しなくてはならないのだ。
それもコレも後に余計な遺恨を残さない為だからしょうがない。
手筈通り先ずは砲撃だ。
注意を引いてもらうだけでいいから、派手なのをばかすか撃ち込んで貰う。
その間に私達はジリジリと後退する。
で砲撃の間にその他大勢が揚陸して、派手に突撃する。
『全軍突撃、両翼に回り込んでください!!』
「じゃあ、私はノアさんのサポートに行ってくるので皆は大人しく不可視モードで待ってて下さいね?」
『うん、待ってる』
『ワシ隠れる意味あるかの?』
「いや、急襲仕掛けて頭を浚う作戦なので」
『おうおう、じゃあタイミングが来たら言ってくれ』
で、早速戦場を上から眺めてノアさんを探す。
戦場では冒険者の皆さんがワチャワチャしている。
だが、どの切断系の攻撃は体表の鱗に弾かれて殆ど通っていない。
槍やレイピアは上手く鱗の隙間に突き刺しているが、大したダメージにはなって無さそう。
唯一ダメージが入っていると思われるのは打撃系、ハンマーとか爆弾による衝撃、魔法の爆風とかだ。
鱗が鎧の如く硬いとは言っても所詮は皮膚、痛みはなくとも衝撃は通る。
だが、致命傷にはなり得ない。
やっぱり、茶番は茶番ですね。
でカイさんとアリアさんはと言うと、先頭に立って鱗を焼いたり冷やしたりしている。
急激な温度変化による破壊を狙ってるのかな?
『この虫ケラ共め!我は神具の所持者の相手をしておるのだ!早急に消えろ!!』
龍がテレパシー的なので叫んでいる
えーと、それよりノアさんは…
居ました、船の上で魔法を練ってました。
私は船上に降り立つ
「フウカちゃん、戦況はどう?」
「討伐隊だけでは正直望み薄ですね、殆ど攻撃が通ってません」
「まあ、近接攻撃隊はあくまでも奴の注意を引き付けて攻撃を引き受ける壁役だからね。本番はここからだよ」
ノアは幾つもの魔方陣を手の上で回している。
「コレが僕が改良した対魔術無効術式用の広域強化支援魔法、なかなかに大きい魔法で僕でも日に一発しか撃てないから確り決めてね?」
「大丈夫ですよ、もう準備はできてます。座標はもうすぐ固定されます、準備は万端です」
「もうすぐ、魔力充填も終わるからしばらく戦況解析しといて?」
「下手に手を出すべきでは無さそうですね」
「そういうこと、ほら例の物の準備とかして待っててね」
ノアは魔方陣を回し続ける、私は…龍の動きを更に制限しますか…
こうして討伐作戦は事前に決められたレールに沿って恙無く進んでいくのだった。