準備は着々と
青い髪の少年は一人森に居た。
あるものを探して禍々しい見た目の刀を振るっている。
禍津牙、かつてソウジがエリア攻略で入手してその非人道的な能力から以後の入手ができなくなったシークレットアイテム。
その性能は二年前のイベントでの物という事もあり、はっきり言って弱い。
だがその低すぎるステータス故にその秘められた能力を最大限に発揮できるとも言える。
それは精神支配という状態異常であり、これがシークレットの所以である。
精神支配を掛けられた者はそのレベル、レジスト効果、体力他ステータス、掛けられているバフの一切を無視してその体の制御を失う。
それは、NPC、mob、プレイヤー全てに等しく作用してしまう。
プレイヤーに作用してしまうのは重大なバグである。
しかし運営はそれを改善するのではなく、アイテムの入手を制限することで鎮圧した。
当時の時点での所持者は多くない。
精々二桁行くか行かないかだ、その中にソウジが居た。
偶然ではない。
ソウジは実力で持って野良パーティーでエリアを抜け、当時レンレンが率いていた攻略パーティーと合流して無事にエリアを攻略、ボスドロップであったこの刀を入手した。
その時点で生き残ってたのは16人で構成されたフルレイドパーティーの内の立った7人であった。
で、そんな危険物を手に森で何をしているのかというと、カカオを探していた。
道中出会ったmobを使いつぶして虱潰しにカカオを集めていた。
しかし、残念ながら時季外れでその獲得量は非常に少ない。
「うーん、後は銀次郎がどれだけ狩れたかだなー」
ソウジのゲーム内の使い魔であるミスリルゴーレムの銀次郎。
ミスリル製の全身鎧を体に持つ彼はその重厚な見た目とは裏腹に高い移動速度を持っている。
「うーん、誰かに依頼して集めて貰うか…ちょっと高くつくけど買うか…もしくは」
カカオ、ゲーム内では特殊な食材アイテムである。
平時のドロップ率はすこぶる低い、しかしある一時だけは非常に高くなる。
そう2/14日までの一週間の間だけそのドロップ率は数十倍に跳ね上がるのだ。
だが、ゲーム内での時間はまだ十月だ。
バレンタインまではまだ半年近くあり普通にやったら普通に間に合わない。
ならバレンタインに行けばいい
ソウジはそれができる力を持っている。
「そうと決まれば、さっそく行きますか銀次郎行くぞー」
軽くストレッチして、姿をコンバートする。
髪は一瞬で青から黒に変る、来ていたコートも少し意匠の違う物に変り禍津牙も消えて、代わりにいつも刀が現れる。
「ん?どこじゃここ?」
「そうだった、俺の刀の住人が変わったんだったな」
ソウジは刀を軽くなでる。
「ここは別の世界だ、ちょっと用があってな」
「ふーむ、空気の味が微妙に違うがまあいいか…」
涼は黙ってしまった。
「はあ…じゃあ行きますか!」
半年後
「ほいっとな」
ソウジは銀色の光と共に半年後の雪が降り積もる森に降り立った。
「じゃあ、ボチボチやっていきますか。ジェネレイト禍津牙、銀次郎、幻狼ゴー!」
ソウジの号令を聞いて銀次郎はロケットのごとく走り出し、禍津牙から生じた瘴気で形作られた濃紫の狼もまた駆け出す。
「あ、銀次郎にコレ持たせればよかったかもな」
ソウジはその場で少し肩を竦めると、獲物を探して森の中を進み始めた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
半年前のエネシスにて
準備は着々と進んでいた。
ギルドと領主がかき集めた船が港に並び、ため込まれていた武具が解放されて、息を呑む程の人数の戦闘員が用意されている。
全てエネシス近郊からかき集めてきた冒険者だ。
そしてフウカの策略でバイトからボランティアに変化しそうになっている。
昨日の作戦会議にて
「そんな人数を雇う金はありませんよ!」
「ありますよ、だって誰でも欲しいですもん。金貨1,000,000枚なんてそうそうお目にかかれる数字じゃありませんからね」
「そんな金、どこにあるっていうのですか?」
「今、海に居るじゃないですか、青い竜が。あの竜を綺麗に殺した場合の素材の買取価格っていくらぐらいになりますか?」
「確かに無傷なら1,000,000枚程ですが…」
「察しが悪いですね、止めを刺した人間の総取りという事にすればいいんですよ。今回、私たちは別に戦力を必要としているわけではありません、なぜならすでに十分にあるから。私たちが必要としているのは竜の前でのたうち回って注意を引き付ける道化師です。なら別に頭の悪い居ても大して役に立たない冒険者を金貨1,000,000枚で釣ってきて、最終止めを刺せなかったね~残念って言ってさよならしてもいいんですよ」
「うわ…」
「流石に酷くないですか?」
アリアが青い顔で抗議している
「アリア、でも実際ギルドのやってる事とさほど変わんないよ?それを極端にしただけだからね?」
「でもあまりにも…」
「まあ、この作戦会議の事を知らなければ彼らには一攫千金のチャンスが巡ってきたような物です。これを成せば一生遊んで暮らせるだけの金貨だけでなく竜殺しの称号も手に入るし、たちまち街を救った英雄になれる。この依頼の本質さえ知らなければ非常に耳障りのいい内容です。」
「別に嘘は言ってませんし…彼らだけで倒せるならそれはそれでいいことです。でも倒せないから偶々居合わせた私が全力で討伐に参加するんですよ」
そしてフウカは神具である自分の杖に寄せられて来ているかもしれない事を伏せた。
「まあ、これでもいいんですが。これだと流石に後々ギルドの信頼を失せかねない。という事でこの依頼の報酬を私が少量ずつ分配すれば多少収まるでしょう」
「あの、別に疑ってるわけじゃないですよ?ですけどフウカさん何か隠してませんか?」
「何にもありませんよ?お話した通り、杖の修理代の為にお金をかき集めてるだけですよ」
「とんでもなくエグイ作戦立てたと思った矢先に埋め合わせかの如くアメを出してきたのでちょっと疑問に思いました」
「アリアさん、そんな人を冷血漢みたいに…アリアさんのなかで私ってそんな血も涙もないような人間なんですか?」
「いや、そんなことないですよ!?」
「ノアさーん、アリアさんが苛めてきます。これはギルドとしていいんですか?」
「うーん、それを僕に振るの?別に私的な間柄でならいいんじゃないかな?カウンター越しだったら減給ものだけど…」
「あ、そんな規則があるんですね、覚えときます。でまあお遊びは置いといて、こんなところですがどうでしょうかミゼリア様?」
「そうですね、一ついいですか?」
「はい」
「ここで私に恩を売ってどうするつもりなんですか?」
エルがばつの悪そうな顔をする。
「ただ仲良くしておきたいだけですよ?」
「なぜ?あなたの言動には裏がある気がするんですよ」
「どうしても知りたいですか?」
「ええ、話してくださるかしら?」
「私に恋人がいるのはヴィンスさんから聞いて知ってますよね?」
「ええ、もちろん」
「実は今ヴィンスさんはアリシアでの同性結婚を認可しようと動いてるらしいんです」
ケイトから聞いた情報だからほとんど間違いないだろう。
「理由は大体察しがつきますよね?でもしもお察しの通りになった時に、私たちの間が険悪では問題も出るでしょう。そういう事です」
「同性婚の話は初耳です…」
アリアが呟いた
それを無視して私達は続ける
「なるほど、そんな事情があるのですね。どおりでヴィンスがやたらと気にする訳ですね」
「どうでしょうね、私にはヴィンスさんの考えている事は私には推し測りかねますので」
「まあ、いいわ。そう言うことにしといてあげる」
「そのあとは確りパレードなりなんなりして市民の不安を払拭しなきゃですね」
「そうね…ほんと出費が痛いわね」
と色々あったわけで、私は今回ボランティア諸君を率いる事になったアリアさんと一緒に港に来ている。
「ホントにどうかと思いますよ?」
「そうですか?」
「だって、彼ら全員タダ働きですよね?」
「いえ、それは違いますよ?ちゃんとパレードにも参列させますし、討伐隊に参加した事も証言します、少ないですが私の方から心ばかり支払いもしますので」
「でも、そのお金はギルドが出すんですよね?」
「さあ、どうでしょうね。まあ少なくとも私のお財布からじゃないのは確かですね」
「フウカさん、変わりましたね」
「そうですか?」
「前はおろおろしてて可愛かったんですが、今ではこんなに逞しく何より悪どくなって」
「悪どくですか…確かにそうですね…アリアさんは私が嫌いになりましたか?」
「元から好きとか嫌いとかって関係じゃないじゃないですか」
「そうですね、私はアリアさんの担当の冒険者でアリアさんは私の担当の受付嬢ですからね」
「そうですよね…」
「まあ、でも明日はお願いしますね?」
「はい、こっちも仕事なので手は抜きません」
私はふと思い出して翼を広げる
「フウカさん?どこか行くんですか?」
「明日に向けて私も準備をしようと思います。討伐隊の皆さんが戦うには足場が要ると思うので足場を用意してきます」
私はそうとだけ伝えて飛ぶ、アリアさんには悪いが町で待っていて貰おう。
私は、一人海原を飛ぶ。
海はやたらと静かだった。
なぜ静かなのかは直ぐに解った
海鳥が居ないのだ。
それだけでなく、海面を跳ねる魚も居ない。
そして、まるで何かが息を潜めるのに合わせたかのような完璧な凪ぎ。
物音一つない海は異常なまでに穏やかで、不気味だった。
「嵐の前の静けさってやつですね」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ」
「こんなところで出てくるのはあなたしか居ませんね」
「で、今日は何をしに来たんですか?」
「別にいつも僕が厄介事を引き連れてる訳じゃないでしょ?まあ、今日は厄介事を引き連れてるんだけどね」
「結局引き連れてるんじゃないですか」
「うん、今回のはごめんね。近い内に白フードが来るのは言ったっけ?まあ、いいや近い内に半分をここに誘導するから時間稼ぎをお願いしたいんだ」
「時間稼ぎって簡単に言いますけど前回の二人の時でも私達かなり苦戦したんですよ?」
「一応、応援も付けるしヤバくなったら逃げていいよ。でも、アイツらの狙いはあくまで転生者と壱なる門だからね?いずれ遭うのは確実だよ?だから予め戦いやすい場所に誘導して迎撃した方が早いでしょ?」
「はあ…ホントに大丈夫ですか?」
「うん、たぶんね。まあ、向こうが片付き次第僕も駆けつけるからさ」
「いや、そっちじゃなくて頭」
「ねえ、君は毎回話の腰を折るね」
レンは頭に突き立った槍を引き抜く。
「横槍を刺したまでです」
私はレンから槍を受けとる。
「って事だからよろしく!僕は次があるからもう行くね!海竜頑張ってー」
言い終えるとレンは手を振りながら姿を消した。
「さてと、じゃあこの辺でパッと足場を作っちゃいますか」
私は代替品を片手に作業を始めるのだった。