樹氷の森のなんとやら
「なんかすごく」
「どうかした?」
「キリンと雪原がミスマッチですね」
キリンがザクザクと足音を鳴らしながら雪の上を歩いている。
俺にとってはかなり不自然だ
「そうかな~私はそんなに気にならないけどな」
「アフリカのキリンを知らないからですよ」
「でもあのキリン幻獣ってだけあって強いわよ?」
そう、確かに強かった。
右から来るスノーゴーレムに雷撃を叩き込み、左から来た熊に雷撃を叩き込み、前方の狼は前足で蹴り飛ばしている。
その蹴りがまた強い。
雷撃を纏った前足が放つローキックは狼の頭を粉砕して、体を焼き焦がした。
「ンモ~~」
キリンは牛のように鳴きながら進んでいく。
「キリンってモーって鳴くんだ…」
「そうよ」
こんな感じで俺達はキリンと一緒に雪原を進んでいる。
途中魔物も出てきたが殆どはキリンがどうにかしてしまった事もあって俺はまだ戦闘に参加していない。
俺も大概バトルジャンキーだな
あっちで刀を振って、こっちで刀を振って…
生前、ここに来る前の俺はどうやって余暇を過ごしていたんだったか今では思い出せない。
「とりあえず刀は振ってなかったな…」
「どうかしたの?」
「向こうに居たときどうやって一日を過ごしてたのか思い出してたんです」
「ふーん、それで?」
「へ?」
「それでどうやって過ごしてたの?」
「思い出せないんです」
「思い出せないの?」
「はい…確かに何かをしてたんです、何を楽しいと感じてたのかわからなくなってきて」
「う~ん、そうね~人って意外となんでもない事を楽しいと感じたりするんだよ?忙しくて忙殺される日々も人によっては楽しく感じたり、逆に何もない昼下がりを嬉しく感じたりするモノでしょ?」
「でもそれだとどうやって余暇を過ごしていたのかわかりません」
「たぶん余暇なんてなかったんじゃない?前にフウカが言ってたの。この世界は向こうと違ってやることがないから暇だって」
「そんな事をフウカさんが?」
「ええ、こっちに来て間もない頃に」
「そうですか」
「でもなんだかんだやってたら気づいたら一日なんて過ぎてる物でしょ?」
「ケイトさんって人を惹き付ける天才ですよね」
「まあね、そういう能力も領主には必要なのよ」
「じゃあ俺は領主には向いてませんね。人を惹き付けるなんて無理ですよ、俺が寄せ付けませんから」
どうも前方で戦闘のようだ、気晴らしに参加しよう。
「レリック!交代だ」
俺はレリックの肩を掴んで前に出る。
敵はビックフット?いや手もデカイ…ビックハンドフットだな。
それも団体さんだ、全部で9匹
俺の割り当ては4匹で十分かな
「やっぱりこっちの方が性に合ってる気がするな」
キリンの後方八時の方角から飛び出してきた白い毛玉を切り捨てる。
前の敵はキリンが片付けてくれる。
俺はキリンが取り零した奴を処理すればいい。
雷撃が放たれる。
俺はそれを掻い潜って毛玉を斬る。
真っ白な雪に真っ赤な血が滴って赤黒く染め上げる。
「貰ったぁ!」
更に湧いて出た毛玉を狩る。
その毛玉を踏み台にして跳ぶ。
跳んだ先で待ち構えてたビックハンドフットの拳が俺を殴る。
殴られた俺は意図も容易く雪の上を転がる。
おっとヤバイ、目眩がする。
ビックハンドフットが必殺の拳を振り上げた。
別にここで死んだとしてもなんの不利益もないか…
「けどな、せっかく手にした第二の人世ここで捨てるのはちと惜しいんでな」
そう言った時には既に体は動いていて、刀をビックハンドフットの頭に沈めていた。
顔のちょうど鼻辺りまで刀が食い込んでいる。
ビックハンドフットは力なく地面に膝をついた。
傷から溢れた体液が刀を伝って俺の手を濡らし、俺に不快感をもたらす。
だがその不快感さえ生きている実感だと思えば気持ちよく感じられた。
「ふう、結局刀しかないんだよな…」
俺はビックハンドフットから刀を抜く。
刀も俺も返り血で血まみれだ。
「エレナ嬢、アレどう思います?」
「凄いですよね、あの戦闘のセンス。見てて気分が高揚します」
キリンがあからさまに不機嫌になった。
「確かに波があって見てて面白い戦闘をするけども」
「まるで誰かに見せるための戦いのようですよね」
キリンが俺に向かってローキックを放ってきた。
「あぶないなー」
「モー!」
「この牛擬きめ!」
「モー!」
『おいおい、動物相手に大人げないぞ』
こうして一行は道なき雪原を進んでいく。
進むにつれて風景は変わっていき、日も徐々に傾いていった。
「実際に太陽が傾いてる訳じゃなくて、光源である結晶の光り方が変わってるだけなんだけどね」
「でも直に夜が来ます、そしたらどこかで休むしか無いですよ」
「上に行く階段に戻るのは無理ですし、下に行く階段がそんな都合よく見つかる訳も無いですし」
「簡易にイグルーでも作るか」
「そうだな、今日はもう切り上げますか」
「こう言うときにフウカがいればもっと効率的に進むんだけどね…」
「ケイトさん、そんなフウカさんを空間魔法だけの人みたいに言うと後で怒られますよ?」
「いや別にそんな事言ったつもりはないわよ?居るだけでも私のやる気が違うから戦力倍増よ?」
「ぞっこんですね~」
でもフウカさんがいればもっと効率的になるのは間違いない。
戦闘でも活躍できて、移動速度も上げられて、後方支援もできる。
フウカさんが居れば態々ダンジョンを何日もかけて潜ったりしない。
トンネルを宿屋と繋いで町との間を往復しながら攻略するだろう。
まあ、無い物ねだりをしても無駄だから俺は薄氷のドームを作り出して時間を止めた。
「はい、完成です。ちょっと暖まりたい所ですよね?」
「ん?お酒があるの?」
「お酒もありますよ、ちょっとしたスープも作りましょう」
俺は夕食の準備を始める。
この際だし風呂も入りたい所だな…
入ってくると不満が溜まりそうだしな
いや、外に簡易に浴槽作って布でも貼ればいいか
さてとならさっそくやって行こうか
こうして夜営の準備をこなす内に俺の夜は深みを増していた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
一方でフウカ達はノアの執務室を訪れていた。
「やっぱり徐々に近づいてますね」
「ですね。何か惹き寄せる物があるんでしょうか?」
「心当たりはありません。単なる偶然でしょう」
「まさしく神の悪戯だな」
「神の悪戯だなんて不吉なこと言わないで貰えます?ありえそうで恐いんですよ」
「あ、もしかしてフウカさん二神教徒?」
「二神教?確かに宗教には寛容なつもりですが、参加はしてませんよ。ただ神と会ったことがあるだけで」
「二神教徒が聞いたら祭り上げそうな話ですね。でもホントに心当たりはないんだ。偶然が奇跡的に重なって運悪くも海龍の進路がこっちに向いてしまったんだと僕は思うよ」
「うーん、ならなんとか撃退するか打ち倒す方法を考えなきゃですね」
「何せ相手は一切の魔法を弾きます。物理攻撃に弱そうには見えませんでしたし」
「そうだな、竜種は基本的に強靭な体躯と堅牢な甲殻または鱗を持っている。種類によっては空を飛び、海を泳ぎ、地に潜る」
「で基本的に長命で人より賢しくなる者も少なくないと聞く。少ないけど魔法を使った例もあるんだってさ、今回の魔法を弾いたって言ってたけどどんな魔法だったの?」
「うーん、なんか壊しても大丈夫な物ありませんか?」
「そうだね…あ、そこに立て掛けてある槍なら壊しても大丈夫だよ」
かなり上等な槍が壁に立て掛けられている。
「高そうな槍だな」
「貰い物でさ、外国の商人がお近づきの印にって置いてったんだ。でも僕は自分の獲物があるし槍は使わないからね」
「じゃあやってみますね」
私は海龍に対してと同様に掌の上に魔法陣を作り出して、飛ばす。
魔法陣は一瞬の内に槍に到着して空間ごと槍を切断した。
そして空間の切れ目は魔法の効果で自動的に修復される。
「へぇ…空間魔法による空間の切断を利用した魔法かな?それと同等の事ができる術士はまずいないだろうけど、分析は僕でもできる。その魔法は切断するまえの藤色の状態の時は不安定なんじゃないかな?」
「いえ、藤色の魔法陣の状態でも人を何人か乗せるぐらいは出来てワイバーンぐらいなら真っ二つにできます。盾としても圧倒的な防御力を誇ります」
「ふむ、ならたぶん龍が原因だね。魔法の原理は知ってる?」
「体内の魔力を通じて体外の魔力に干渉して奇跡を起こす力です」
「だいたいは合ってる、その通り体外の魔力を制御する力だよ。殆どの人間は詠唱と言うプロセスを通じて魔力に干渉しているけど、龍は違う」
ノアは続ける
「彼らは感覚で魔法を使える、瞬時にね。で干渉する魔力は体外の魔力ならなんでもいいんだ。空気に宿っていようが、水に宿っていようが、例えそれが誰かの魔法でもね」
「誰かの魔法でも…」
「そう、かなりの伝達力があれば魔法に掛かっている意思も打ち消すことができる。でもそれには詠唱なしで魔法を使える事が大前提だし、それを使えば魔法の構成を崩して無効化できるはずだけど、そのあと龍が魔法を使う必要があるし…」
「あの水球か?」
「それはたぶん龍の能力でしょう」
「そうでした!あの水球、私の魔法陣を砕いたんですよ」
「空間魔法の魔法陣をですか?」
「そうです」
「ふーん、だいたいわかったよ」
「わかったんですか?」
「フウカさんは魔法を防ぐ魔法の事をご存じですか?」
「所謂シールドの事ですか?」
「そうです、物によっては物理攻撃も弾く障壁のようなものもありますが私が言っているのは魔法のみを弾くものです」
「でもそれって魔力を弾くってだけで障壁の下位互換だろ?」
「そんな事はないよ、魔法に対してはこちらの方が効果っを発揮します。昔、強固な魔力結合の膜を作ることで魔法の伝達を阻害して防ぐと言う方法を考えた学者がいました。もちろん、人の身ではそこまでに強固な魔法の膜は作れずにその術は失敗に終わりましたが、それを使ったのが龍ならもしかしたら成功したかもしれませんね」
「ふむ、その可能性が一番高そうですね」
「じゃあその対策を練るか」
「ですね、なんとかして破らないとシロヅカもクロヅカも使えないでしょうしね」
「たぶん障壁でも無理でしょうね」
「そうだろうな」
「じゃあなんとかしてそれを解除する方法を考えましょう」
そしてそれから十数分
「解除法に関しては僕が考えておくから、二人は体を休めてよ」
「そうだな…あ、念のため緊急依頼の発注と業物の武器を大量に用意してほしい」
「なんで?」
「魔法しか弾かないんだろ?なら剣で斬るしかないだろ?」
「カイ、相手は龍だよ?」
「それでも逆鱗なら斬れる。物理で押しきるのも手だろ?なんなら大砲とかを使ってもいいだろ、ここは南ゼレゼス一の港町だ。大砲積んだ船ぐらい探せば出てくるだろ?」
「そうだけどさ」
「龍とは言っても生き物だ。頭を吹き飛ばせば死ぬし、心臓を抉り取れば死ぬし、毒が回っても死ぬし、首を斬られればいつかは死ぬ。なら俺はできる限りの事をするだけだ」
「さすがカイだね。言うことが違うね」
「カイさん…なら私も覚悟を決めるべきですね。臭いものに蓋をするのは嫌なんですけどね」
「フウカさん、それは最後の手段ですね。空間切断による隔離は後に大きな影響を残します」
「龍も生き物なら暫く監禁すれば餓えて死ぬと思うんですけどね」
「その間にどれだけの被害が出るか…」
「そうですね、何か方法が思いついたら連絡下さい」
「はい、お呼びしますよ」
私とカイは部屋を出て、改めてカウンターに来た。
「遅くなっちゃいましたね」
「セレナさん、素材の買い取りと依頼終了の手続きお願いします」
「忘れてなかったんですね…」
「もちろんですよ」
「はい、えーと報酬が金貨1,000枚×8匹…」
「依頼の報酬だけでもかなり高額ですね」
「普通は一匹狩るのにそれなりのサイズの船をだして、魔法使いを雇って、盾持ちを雇ってと全部で50人近くで行うからな。その装備で何日も航海して運が良ければ10匹ちょい、悪ければ一匹も取れない…50人分の報酬とか物資の準備費用から逆算するとこの価格は全然安いんだけどな」
「対して私は出費はゼロですからどちらかと言えばギルドが圧倒的に損してますよ」
「まあ、俺に金貨8,200枚とフウカさんには金貨8,000枚とシーサーペント素材の買い取り額が20,000枚ですしね」
「それもこれもノアさんの計らいですよ?」
「そうだったな。まあこれで二ヶ月は働かなくても言い訳だ」
「残念でしたね、私はお金に困ってるのでまた狩りますよ」
「はい、買い取り額が一匹金貨3,000枚で解体料が一匹当たり500枚で2500枚になります」
「はい、買い取っちゃって下さい」
「ねえセレナ?40,000枚近いけどそんな大金を窓口で扱えるの?」
「はい、大丈夫です。ですが枚数が枚数なので重量もかなりの物になりますが、持ち帰る用意とかは出来てますか?」
金貨8200枚=127.1kg(※1/2オンス金貨換算)
「私はいけますけど、カイさんいけますか?」
「無理ですね」
「じゃあカイさんは口座の方に入れて起きますね。フウカさんは?」
「今から用意できますか?」
「はい、直ぐに」
「フウカさん、どうやって持って帰るつもりですか?」
「ええっとちょっと便利なお財布を持ってまして。お金なら幾らでも入るお財布を持ってるんです」
「トランクの仲間ですか?」
「そんな所です」
で私達は大量の金貨をなんとか財布に流し込んでギルドを後にした。