海の依頼とギルドマスター
私はなんとか日暮れ前にエネシスまで戻ってきた。
そのあとも少し急ぎ足でギルドにきた。
夕暮れの町はどことなく忙しなく浮き足立っていた。
武装した冒険者たちが色んな表情で同じ方向に向かっている。
大荷物で荷車を引っ張ってる人も居れば、力なく手をぶら下げてる人、仲間に担がれている人など様々だ。
そんな町を私は一際人目を引きながら歩いている。
当たり前だ、この中で最も特殊で最も大荷物だからね。
15mもある海蛇(?)を丸ごと宙に浮く箱に入れて持ってきている人なんてそうそういない。
そうして町の中を歩いて私はギルドに入った。
箱は一先ず外に浮かべてある。
「セレナさん、素材の方の買い取りとなんか大きいのを殺っちゃったので確認お願いします」
「その大きいのというのは?」
「よくわからなかったので丸ごと持ってきました。ちょっと場所開けて貰ってもいいですか?すいませーん、その辺場所開けてくださーい箱が来まーす」
直後、冒険者たちの隙間に5m×5m5mうぐらいの藤色の箱が現れる。
「うわっとっと…あぶね…」
一人箱にめり込みかけたが大丈夫だった。
直後箱が消滅して、巨大な死体が露になる。
「これです、巨大海蛇」
「わあ、立派なシーサーペントですね…大きいです。シーサーペントはしなやかな体躯とは裏腹に非常に固い鱗に覆われているため剣も弓も通らないので討伐が困難な種の一つです。だいたいは口の中に魔法や砲撃をいれて鎮めるんですが、凄いですねシーサーペントの首が真っ二つですね。どうやっったらこんなに綺麗に切れるんですか?」
「それは魔法でスパッと切っただけですよ。こんな風に」
私は藤色の魔法陣でシーサーペントを輪切りにして見せる。
「なんだあの魔法!?あんなのずるだろ!」
そんなの知りませんよ、使いたければあなたも使ったらいいのでは?
「空間魔法…ですか?研修の時の講義で聞いただけなので詳しくは知りませんが」
「そうですよ。それでいくらぐらいになりますか?」
「えーと、討伐報酬はありませんがシーサーペントが丸々一匹ですよね。皮の傷も輪切りになってる以外は見当たりませんし、牙も全部あり…ますね。眼球もありますし、内蔵類もたぶん無傷ですし…この大きさですから金貨2000枚は下らないですね、輪切りになってなければもう500枚しましたね」
「因みに需要があるのは何処ですか?」
「主に皮ですね、次点で牙と骨、そして内蔵類、肉って続いていきます。内蔵類は買い手が居れば一番高く売れるんですが、保存が効かないのでギルドでの買い取り額は下がってしまいます。個人で買い手が居るなら内蔵はそちらに売った方がよろしいかと」
「解体が面倒なので丸ごとギルドに売りますよ。素材の価格も金貨2000枚でいいですよ、バカンスのついでには十分過ぎるぐらいですし」
「結構危なかったんじゃないですか?」
「いえ、危なかったのは最初だけでしたよ。もう敵ではありませんよ、ちょっとお金に困ってたのでいい稼ぎ口を見つけました」
「多少であればギルドが融資しますよ?」
「うーん、そうですね。因みにその多少って言うのはどのぐらいですか?」
「金貨100,000枚程ですね」
「100,000で足りるかな…ちょっとキツいかもしれませんね…やっぱり自力で稼ぎます」
「えーと、いくら必要なんですか?」
「詳しくはわかりませんが金貨1,000,000程度は覚悟してますよ」
セレナも含めてギャラリーが固まった。
なにせ金貨1,000,000枚あれば豪邸が建つのだ。普通の家に住むなら一生働かなくていいレベルの大金だ。
「それは無理じゃないですか?」
「そうですか?色々売ったら意外と作れそうなんですよ」
理論的に行けばシーサーペントを500匹殺せば手に入るのだ。
ただシーサーペントを500匹殺すのは余程の手練れ(転生者補正みたいなのとか稀有な才能を持って生れた規格外は別として)でも一生掛かってもできるかどうかって所だ。それもあくまで狩った後に直ぐに買い手のところに巨大な死体を届ける技術が無くてはならない。
普通に考えれば不可能だ。
まあレン印の肉体を得てレン印の装備を持つ転生者はそれが出来てしまうのだが。
そしてフウカには幾つも人には無いものがある。
身体能力やレン補正以外にも魔法の才能、空間魔法の適正、ロック鳥との繋り、なによりケイトとソウジを始めとした関係がある。
天は二物を与えずと言うがレンは二物三物と与えるようだ。
「えっと、とりあえずそのお話は置いておいて一先ず報酬ですね。えーと、こっちはシーゴブリンが15とサハギンが12ですか…」
セレナさんは一度カウンターの向こうへ戻ってしばらくしてから袋が大量に乗ったお盆を持って出てきた。
「金貨2800枚になります」
「ありがとうございました。明日はもっと稼ぐのでよろしくお願いします」
私は報酬を受け取ってギルドを後にした。
そのあとは特に寄り道することもなくアリアの実家に戻った。
「ただいま戻りました」
『だから言ったでしょ?そんなに心配することないって』
『それでもやっぱり朝からこの時間までいないと流石に心配になるだろ?』
「なんかご心配をお掛けしたみたいですね」
「おかえりなさいフウカさん、こんな時間まで何してたんですか?」
「ちょっと海で遊んでました。ちょっとだけお土産もありますよ」
私はギルドで売り払わなかった分の箱を転移させる。
「なんですかコレ?」
「おっ珍しい!カッツォだ!」
「えへへ、ちょっと遠洋で遊んでたので」
「遠洋でって…フウカさんなら大丈夫でしょうけど危険な魔物と遭遇しませんでしたか?体長10mぐらいの蛇に」
「遭いましたよ、結構な大金になってくれました」
「まあ、そうですよね。でも海にはシーサーペント以外にも大きくて危険な魔物は多いですので気を付けてくださいね?」
「はい、で明日も海に行くのでお昼は大丈夫です」
「フウカさん、話聞いてました?」
「はい、聞いてましたよ?ですがそこまで騒ぐほどの事でも無いんです。私にはコレがあるので」
私は藤色の魔法陣を掌の上に出現させる。
「じゃあ明日は俺が同行しますね」
「いや、付き合わせちゃ悪いですし」
「どうせ俺も明日は依頼で海ですから」
「じゃあ一緒に行きましょう」
「そうと決まれば、今日の晩飯はカッツォだぞ~」
「そう言えばカッツォってどの魚の事ですか?」
「そうか…アリシアではカッツォは食べられないのか…カッツォって言うのはこの一番大きいやつの事だ物凄い速さで泳ぐ回游魚だ」
「なるほどカツオからのカッツォですか…」
「かつお?知らないな…まあとにかく今日晩はカッツォのフルコースだな。コレだけの大きさだ四人分に別けても余裕だろ」
「じゃあカッツォはカイに任せてお風呂行きましょうか」
「そう言えばその件もありましたね…」
私は少し考えてから銭湯に行くことにした。
近い内にお風呂を増築しなくてわ…
で行って帰って来るとカイさんがカツオ…じゃなくてカッツォで豪勢な料理を作っていた。
「わー、凄いですね」
「なーに、こう見えて海の担当の冒険者だ。魚捌くのはお手の物さ」
「海の担当?担当区域があるんですか?」
「ああ、ある。一定以上の実力があるか、漁師とかの息子みたいに船の操縦に長けてるか、船以外の水上と水中を移動する手段を持ってれば海の依頼も受けられるようになるんだ。俺は一定以上の実力をクリアした、姉さんもそうだ」
「フウカさんなら直ぐに許可が下りると思いますよ」
「まさか担当区域が設定されていたとは露知らず、独断で海で発破漁をしてしまいました…」
「でも確か、許可が下りるには条件があってシーゴブリンの討伐が条件だったはずですよ」
「そうなんですか、でもそれならもう達成ですね。今日大量に納品してきたので」
「その辺の事に関しても明日ギルドで聞けばいいでしょう」
「姉さんも来る?」
「ギルドに挨拶だけ行こうかな」
「姉さん、それは無言の圧力って言うやつじゃ…」
「大丈夫大丈夫、単に挨拶に行くだけだから」
「あー、はら減って死にそう…今日の飯はなんだ?」
丸一日ぶりにディーダラスさんが上がってきて食卓に加わり晩餐はしばらく続いた。
これから時々遠洋に漁に行ってもいいかも知れませんね。
どうせなら…アリシアでも魚料理が食べれたら良いですし、そっちの準備もしておきますか。
で翌朝、私たちはギルドに来た。
「セレナさーん、海の依頼の許可とシーサーペントの討伐依頼下さい」
「えーっと、言いにくい事なんですが海の依頼を受けるには試験を受ける必要がありまして」
「シーゴブリンの死体の提出じゃダメなんですか?」
「最近は海の依頼を受けられる人も増えてシーゴブリンの死体を買って持ってくる人が出てきてしまったのでギルドの方で試験官をつけるようにしてるんです」
「なるほどねー。確かに必要な措置かも知れないけど、それって実力を測るためなんでしょ?なら、昨日のシーサーペントで十分なんじゃないの?」
「御姉様!?お久しぶりです、でもいくら御姉様でもダメですよ?ルールですので」
「あ、ならさあギルマス呼んできてよ。俺が話すからさ」
「えっカイまで!?まあ、カイの権限ならギルマスと話すのは可能だけど覆るかはわからないよ?」
「大丈夫、ギルマスは話のわかる人だからさ」
「じゃあ、伝えてきますけど…期待しないでくださいね?」
そう言ってセレナはカウンターの奥へ入っていった。
「カイさんって偉い人だったりするんですか?」
「別にそんなんじゃないですよ。ちょっとギルマスと仲が良いだけでさ」
「仲がいいねえ…」
するとまだ呼びに行って数十秒も経っていないのにセレナさんが戻ってきた。
「ギルマスがお呼びです。どうぞ」
「ほらね、俺はギルマスとマグダチだから」
「マグダチ?マブダチではなく?」
「そ、マグダチ。ギルマスは親父とも仲がいいんですよ。で流れで俺とも顔見知りになって、お互い仲良くしておいた方がいいって事で今ではマグダチです」
「いや、あんた完全に体のいい割引券扱いだからね?」
「その分俺もいい依頼斡旋してもらってるし、共生関係なんですよ」
「winwinの関係にあると…」
「ウィンウィン?」
「利害関係が一致して互いに得な関係の事をwinwinな関係って言うんです」
セレナさんが扉をノックする
「カイさん達をお連れしました」
『どうぞー』
中性的な声が扉の向こうから聞こえてきた。
「ギルマスー、ちょっと仕事の方で話が」
「カイ、いつもみたいにノアって呼んでよ?僕は確かにギルドマスターだけどカイには仕事でもギルマスなんて呼ばれたくないな~どうもはじめましてフウカさん?ちゃん?ちゃんにしよう…ノア・ゼノ・エネシスです。さっき言った通りギルドマスターです」
そこには私より少し背が低い少年が居た。
耳が尖ってる、前世で言うところのエルフとかだろうか…
「ノア、今日はこちら家の客人で姉さんの担当のフウカさんの事で来たんだけど」
「あー、セレナから事情は聞いてるよ。海の依頼を受けたいんだってね、別にいいよ?僕もね~ルールにするのは反対だったんだよねルールにすると頭が固くなるからさ。それにフウカちゃんの事はアリシアのギルマスから聞いてるし…エネシス領主からも丁重に扱うように言われてるんだよね」
「りょ領主からですか?」
「アリア、狼狽えないの。フウカちゃんはなんで領主からそんな根回しが回ってるか解るでしょ?」
「はあ、お義父さんは過保護ですね…」
「フウカちゃんの事はこっちでも少し調べさせて貰ったよ?なかなかの経歴だよ、これなら別にテストなんて要らないし実力があるのも一目で解るよ。セレナはもうちょっと人を見る目を養った方がいいよ?相手の力量ぐらい感じ取らなきゃね」
「はい…」
「と言うことで今回の件はこれでおしまい。で、カイとセレナにはフウカちゃんがやらかさないように見張っといて欲しいのが一つ、海に行くなら蒼い龍を見たら報告して欲しいのが一つで言いたいことはこの二つだけ」
「蒼い龍ですか?」
「そう、蒼い海龍が最近遠洋で目撃されてるんだ。被害もそれなりに出てるらしいし絶対防衛線は死守しなきゃいけないからね。見かけたら報告して」
「蒼い龍か…前の時に使った防衛結界はまだ動くのか?」
「もちろんですよ、前回のウンディーネ事件のような事にはなりません」
「ウンディーネ事件?」
「はい、四年前にあったウンディーネの大量発生の事です。エネシスの沿岸にウンディーネが大量に発生して、分裂と成長を続けて数は膨大な事になって挙げ句合体したりして対処が大変だったし犠牲者も沢山出て…」
「その時に事件解決に一役買ったのが白黒姉弟…カイとアリアだった。特にアリアは火の魔法に高い親和性があるからな、そしてカイもシロヅカの力で燃える水を作り出して二人でウンディーネの討伐に貢献してくれた」
「あの時は大変だった、蒼い龍がエネシスに上陸したら、それはそれで大惨事は免れないだろうけど」
「因みに私がやらかすというのは?」
「あー、フウカちゃんは前科ありでしょ?ケルビンで平原を吹き飛ばしたって聞いてるからね。海を干上がらせるのは無いとしても山脈ぐらいなら消し飛ばしそうだから先に予防線を張る事にしたの」
・・・・・あの島はやらかしにカウントされるんでしょうか?
そう、既に私は一つ島を半壊させている。
まあ、今の感じだとまだばれてなさそうですし黙っておきましょう。
「別にギルドから何か責任を問うことはありません。監視の件はあくまで領主からの要請なので」
「そうですか、では自重しますね」
「あとはフウカちゃんさえ良ければ今後もシーサーペントの討伐に協力して欲しいぐらいかな」
「良いですよ?ですが依頼という形式を取るならシーサーペントの目撃情報と海図を私に下さい」
「困りますね、目撃情報は渡せますが海図は国家機密です」
「じゃあ、大まかな位置がわかる物を用意してください」
「良いでしょう。セレナ、お願いしますね」
「わかりました、地図に関しては私の方で手配します」
「はい、質問。ノア、俺はフウカさんの監視について請け負う義務はない。依頼にするなら報酬が要るだろ?」
「カイは欲しがり屋さんだな~じゃあ報酬に僕をあげるからさ、引き受けて?」
「お前は手に余るからな…金貨に換金してくれ」
「しょうがないな~一日金貨200枚でどう?フウカちゃんと一緒にお仕事すればその報酬も出すからこれでどう?」
「フウカさんはそれで良いですか?」
「いいですよ、でもそうなると必然的にシーサーペント狩りに付き合わせる事になっちゃいますけど大丈夫ですか?」
「カイなら大丈夫でしょ?」
「お前が答えるな、確かにシーサーペント程度に遅れを取る俺じゃないが…」
「もしかしてアリアも報酬が欲しいの?」
「私は要りませんよ?監視なんて引き受けませんから、でも蒼い龍の情報は私にも下ろしてくださいね?」
「そうですね、その時は嫌でも声が掛かるから心配しないで大丈夫だよ?じゃあ僕からは以上だから後は皆で話し合ってね」
私達は部屋にセレナに促されて退室した。