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錬金術師ディーダラス

そうして私たちはエネシスの内側に入った。


「じゃあさっそく家の工房に行っちゃって良いですか?」


「そうですね、とりあえずは」


「でもこうして戻って来るのは一年ぶりです」


「年に一回しか帰省しないんですか?」


「距離もありますし、連結馬車の料金も馬鹿にならないので。それに帰省しないのはフウカさんにも言えることですし」


「そうですね、まあ私の場合は帰る家がないんですが。いえ、今帰る家はちゃんとありますよ?」


「なにかあったんですか?」


「わかりません、記憶がないので。でもそんな気がするんです、記憶があってもなくても実家があるなら多少はそういうらしい感情が湧いてくると思うんですが、私の場合はまるでずっと昔に諦めてきたようなそんな感じがして…」


フウカさんはいつもの笑顔のまま言いきった。


「なんか微妙な空気になっちゃいましたね、別に気にしなくても大丈夫ですよ?今さら言っても仕方ない事ですので…。お腹も減りましたし、軽く何か食べてからにしましょう」


フウカさんは何もなかったかのように雑踏の中を進んでいく、私は何も言えずにただついていく事しかできなかった。


ひたすらフウカさんの後を追っていくと、いつの間にか海に来ていた。


町の西の端にある海岸だ。


いくら暖流のお陰で暖かいエネシスと言っても、この時気になればそれなりに肌寒い。


そんな時期に海岸に来る人が多いわけもなく、綺麗に整備された海岸には点々と人影が散らばっていた。


「綺麗…」


フウカさんは波打ち際に立って海を眺めている。


私はそれを海岸の手前の堤防から見ている。


海はどこまでも青くて、ずっと向こうで空とも繋がっているようにも思えてくる。


世界の果てで海が途切れて、大きな滝になっているなんていうのが嘘だと思えてくるぐらいに、海はどこまでも広く遠く広がっていた。


『アリアさーん、ヤドカリ居ました』


フウカさんは先程の事が全くなかったかのように無邪気に波打ち際でヤドカリを突いている。


普段は中々見ない姿に少しホッとした。


自分でもおかしいと思う


ただの受付嬢と一介の冒険者の関係でしかないのに、ただ昔話をしただけで悲しんで、ヤドカリで笑ってるところを見て安心して…まるで…


私は思考を切断された。


さっきまで波打ち際に居たフウカさんが急に私の目の前に現れたからだ。


「どうかしましたか?」


「何か考え事をしているようでしたので」


「大した事では無いですよ。ちょっと自分に驚いただけなので」


「驚きがあるのは良いことですね。生活に張りがでます」


「フウカさんはスゴいですね。そんな風に割り切れて」


「前に気づかせて貰ったので、現在は現在で過去は過去。今ある事実が一先ず全てで、過去の事は解釈次第で幾らでも変わる。それなら今を精一杯生きるべきだって、さてとお昼もまだですし次行ってみましょう」


フウカさんは軽い足取りで市街地の方へ戻っていく、私はその後に続く。


そしてなんだかんだと市街地を見て回った結果、私の実家に着いたのは夕暮れになってしまった。


「はあ、着きましたよ」


「すっかり夕方になっちゃいましたね」


「そうですね、たぶん工房の方に居ると思うので工房に行きましょう」


私はフウカさんを連れて裏の勝手口から地下に下りる。


「地下に工房があるんですね」


「その方が何かと都合がいいからですよ。火事なら水は上から下に落ちるから消しやすいし、毒とかでも大概は下に行くので処理しやすいんですよ。それに強盗とかも地下の方が処理しやすいですね」


「色々考えられてるんですね」


一酸化炭素中毒とかにならないのかちょっと気になるけど…


だが、そんな疑問は直ぐに解消された。


地下に下りると、そこにはそれなりに広い部屋があった。

炉があり、金属製の作業台があり、鉄床があり、幾つものすり鉢やガラスの実験器具と言った小物が固まって置かれている。

ゴチャゴチャしてはいるがその中に何らかの秩序があるようだ。


『ん?カイ、もう飯か?』


「ただいま、お父さんにお客さんだよ」


「ん?アリア、いつの間に帰ってきた?」


「お父さん、先ずはおかえりじゃないの?」


「ああ、そうだな。おかえりアリア、で客って言うのが…」


「こちら私が担当する冒険者のフウカさん」


「娘さんにお世話になってます。先ずはコレですね。ドルクスさんからです」


「あー、ドルクスの知り合いか。って事は魔法関連の武器の依頼だな。アイツ錬金術師を鍛冶師と勘違いしてんじゃないか?」


「かもしれませんが、私は錬金術師としての貴方のお力を借りたくこちらにお邪魔しました」


「何をして欲しい?」


「杖を治して欲しいんです」


「訳ありって感じだな、普通の杖なら間違いなく買い換えるからな。てことはよほどの業物か何か思い入れがあるかだろ?」


「前者です」


「まあ、見てみなきゃ話にならんからとりあえず見せてくれ」


「この密閉空間で出すのは少々危険なので、外でも?」


「何処でもいいさ」


フウカさんの杖と言うとあの簡素な杖のことだろう。

特徴があるとすれば先端についてる大きな水晶球ぐらいだ。

だが聞いたところによれば余程の業物らしい


そして再び外に出てきた。


フウカさんはトランクの蓋を開けて中に入っていく。


「おお!これは空間魔法で広げたトランクか!?」


「そんな所です」


「お客さん、何処の大富豪だよ」


「いえいえ、そんな大層な者じゃありませんよ。単なる一介の冒険者ですよ」


「コレです。私の相棒は言い過ぎですが、主な武器ですね」


「だが、こんな状態の杖は始めてみたな…」


フウカさんが持つ杖は紫の結晶で完全に覆われている。

よく見れば結晶が今も成長し続けているのが解る。


「ふむ、成る程な。俺も実際に見るのは初めてだが、コレが限界を超えて魔力を流された物の末路か。実際人間の持ちうる魔力だけでこの状態に持ってく事は不可能だ。あんたこの杖で魔力を集めようとしたんだな?」


「そこまで解るんですね」


「まあ、そうとしか言えないからな。それ以外に思い当たる節がないんだ、大気中以外にそんな量の魔力がある場所がない。あんたが危険だと言ったのはこの魔力の結晶の事だろ?」


「ではソレがいかに危険な代物かも解りますよね?」


「ああ、だが俺が今まで見てきた魔力なる物に比べれば全然安定している様にも見える。濃度こそ凄いが、こうして飾っておく分には何ら危険は無さそうだ」


「万一、私が取り落とす可能性があったので場を外に移させてもらいました」


「うむ、確かに内だったら死は免れないが外なら幾らでも対処のしようがあるからな」


「で、治せそうですか?」


「元通りには無理だ。一度壊れたものは完全に元通りにはならない、それこそ時間を戻さない限りはな」


「では、ソレを使える様にしてより強化することは可能ですか?」


「それならやってみないことには解らんが、一つ言えることがある。再び杖として機能する様にすることは出きる。ただ余程の業物とのことだから後で素材の調達を頼むかもしれない」


「いいですよ?私に取ってこれるものなら何でも言ってください」


フウカさんから物凄い気迫が感じられた。

これがケイトさんが前に言っていたフウカさんの本気と言うやつですか。


「頼もしいな」


「全面的に協力しますよ。この際だから出し惜しみはしません、なにせ神の御業を超えなきゃいけないので」


「神の御業ね…春風の杖…な訳ないか」


「春風の杖とは?」


「ああ、三神具って聞いたことないか?大昔に神さまがこの地に降り立った異界人に授けた武具で、それを手に入れ使うことが出来れば世界の殆どを手に入れることが出きるとか、出来ないとかっていう伝説だ。その伝説に出てくる三神具の一つが春風の杖だ。何でもあるときはそよ風の如く優しく、あるときは竜巻の如く荒々しく、自由自在に風を操る事が出来たらしい。だがそれだけじゃなくてな、確かに風の魔法に適した杖ではあったがそれ以外の魔法も存分に振るうことが出来たらしい。派手な所を挙げれば炎の竜巻とかな、時の為政者の魔の手から守る為に杖は神に返されたっていう話だ」


「そんな杖があるんですか…是非とも欲しいですね」


「そんなに力が要るのか?」


「それほどの杖なら私の持つ魔力にも耐えられると思うので、そうですねこの際ですから私がこの杖を直そうとしている理由をお見せしましょう」


フウカさんはトランクから新たに新品の杖を取り出す。


『我、空間を繰る資格を持つ者。我が意志に沿いて彼の地と此の地を…』


私の手の中で杖がひび割れて結晶が生えて砕け散った。


「と言う感じで、まともに魔法が使えないので能力の高い杖を探しています」


「ふーむ、まあそんな状態じゃ冒険者としては仕事にならんわな…人間はそいつに合った道具を持たなきゃいけねえ、俺の場合はこの家の設備全てだ。あんたの場合はもっといい杖が要るな。具体的には魔力貯蔵量を増やせば多少使い物になるはずだからそんなに時間はかからんはずだ、後は素材次第だな。なんか芯になりそうな素材を用意してくれ、使えるかどうかは俺が判断するから片っ端から持ってきてくれ」


「では今日はコレでと言うことで、今晩の宿を探さないとなので」


「家に泊まればいいだろ、それに今から宿を探したって見つかるわけねえ。ここは南ゼレゼス王国の玄関口エネシスだぞ?」


「ではお言葉に甘えさせて貰います」


「アリア、客間の用意してやれ」


「じゃあフウカさん、案内しますね」


「はい」


「あとアレ、カイに晩飯の準備しといてって言っといてくれ」


「あー、久々に私が作ろうか?」


「だと助かる」


「じゃあカイとやっとくね」


「俺はもう少し弄ってから上がるから」


「あいあい、やっとくよ」


私達は改めて玄関から入った。

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