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遠回りだって無駄じゃない

 潮の香りが包み込む中、一隻の定期船が目の前を横切る。春はすぐそこだというのに風は冷たく、私の心に纏わりつく。

 これまでの私は悩みがないのが悩みで、親の言われるがまま育ってきた。


 それがいけなかったのだろうか?


 大学受験に失敗した私は初めて挫折を味わい、両親に強く当たり家を飛び出してきてしまった。


――行く宛? そんなものはない。


 反抗期らしい反抗期もなく今まで生きてきて、遅咲きの両親に対する抵抗。

 気の抜けた溜め息をつくと、小さな荷物を抱えトボトボと歩く。

 知らない街まで来たのはいいが、早くも家が恋しい――。


――今頃、母親達はどうしているのかな……。


 どうしても家の事を考えてしまう。


 そんな中、一通のメールが届いた。母親からだ。


“今何処にいるの? お父さんも言い過ぎたって反省してるみたい。いつだって私は沙織さおりの味方よ”


 私は携帯を閉じると、自分の不甲斐なさに涙が溢れてきた。


“ごめんね、お母さん”


 たった一言メールを返すのがやっとだった――。


 やれることはやったはずの受験勉強。自分だけは大丈夫――心の何処かでそんな甘い考えがあったのも事実である。

 それなのに私ったら親の所為にして……。


「また来年、頑張ればいいじゃない」


 そんなことを軽々しく言う親が、疎ましく思えて腹が立った。


「あ~ぁ、やっぱり私に家出は無理なのかな~」


 そう呟くともと来た道を辿り、気が付くと家の玄関の前にいた。


「ただいま……」


 洗い物をしていた母親が、イソイソとエプロン姿で何事もなかったかのように私を招き入れる。


「お父さん――っ! 沙織が帰ってきたわよ」


 しかし、リビングからは返答はない。


「お腹すいたでしょ? 今御飯の準備するからね」


 小声で私に語りかけ、父親の居るリビングに向けて背中を押す。


「ただいま……お父さん、ごめんなさい」


 怒っているのか、照れているのか、新聞で顔を隠しながら父親はお茶を口に含む。


「沙織――っ! 御飯出来たわよ」


「は~い、今行く」


 私は横目で父親の様子を伺いながらも、逃げ出すようにキッチンへと向かった。

 それと同時に父親も席を立ち、二階の自分の部屋に消えて行った。


「いただきま~す」


 母親が作ったカレーライスに夢中でパクつくと、横で母親が話始める。


「さっきまで、お父さんたら汗だくで沙織を探し回っていたのよ。俺が悪かった~って。笑っちゃうでしょ」


――正直笑えなかった。むしろ、涙が溢れてきた。カレーの辛さが分からないくらい……。そんなにまで私のことを心配していてくれてたなんて。私はなんて親不孝なんだ。

 口へと運ぶスプーンが止まる。


「沙織……私もお父さんもあなたが大事だから言うのよ。また来年頑張ればいいじゃない」


 分かってる。分かってるけど、ドン底を味わって八つ当たりしたんだ。私はなんて最低なんだ……。

 私はスプーンを置くと、父親の部屋に向かった。



 電気はついていない。寝てしまったのだろうか?


「お父さん……私、お父さんとお母さんに甘えてた。来年……来年また頑張るよ」


 暗闇の中、ベッドに横たわる父親の肩は微かに震えてるように見えた。


 次の日いつもと変わらない朝がやって来た。

 テーブルには朝食が並べられ、父親はソファーで新聞を読みながらコーヒーを啜る。その目は心なしか腫れていた。


「お父さん、おはよう」


 いつものように挨拶する。


「おはよう……」


 照れ臭そうに返す言葉に、優しさを感じる。



――もう一度頑張ろう。



 その日から私は、苦手な科目――解らない箇所を洗いだし、猛勉強に励んだ。そういう環境を作ってくれた両親に初めて気付き、感謝をしながら私は強くなっていった。




――そう、去年より。




 そして受験当日を迎えた。

 何も恐れるものはない。やれることはやったつもりだ。


 テスト開始のベルと共に、シャープペンを持つ――予想していた問題が並べられペンが捗る。手応えは十分。


 受験を終え家路に着いた。玄関のドアを開けるか開けないかのうちに、母親が私の顔を覗き込む。


「どうだった?」


 私は笑顔で、


「バッチリだよ」


と、自信を持って答えた。

 リビングでは、相変わらず新聞を読みながら父親が聞き耳を立てて、お茶を啜っている。

 何も言わないけど、父親の優しさが伝わった――。



 合格発表前日、なかなか寝付けなくて結局朝になってしまった。


――今度こそ大丈夫。


――でも……。


 何度も気持ちが両極に傾く。


「おはよう……」


 大きな欠伸をしながら、眠い目を擦りリビングに向かう。


 キッチンでは手際よく朝食を作る母親、ソファーには新聞を読みながらコーヒーを啜る父親。いつもと変わらない朝――。ここが私の居場所なんだと実感した。


「じゃ、行ってくるね」


 戸惑う私の背中を母親は、優しく押してくれた。




◇◇◇◇◇◇




 ポケットの中で受験表を握りしめる。私の番号は1107――。


 合格者を貼り出されると同時に目を瞑る。正直見るのが怖い。


 周りではすでに歓喜に包まれ始めている。胸に当てた手が心臓の音を感じる。ゆっくりと瞼を開いていく……。



1101……。




1103……。




1105……。




………110……7、1107、あった合格だ……。


 私は力が抜けて、ヘナヘナとその場に座り込んだ。


 やった……私……合格したんだ――。


 私は携帯を取りだし、父親に電話した。呼び出し音がなるかならないうちに、父親は電話に出た。

――私の電話を待っていたに違いない。


「お父さん? 私……私合格したよ」


「そ、そうか合格したか……そうか、そうか。沙織……」


「ん? 何?」


「おめでとう……」


「ありがとう……ありがとう、お父さん」


 私は携帯を持ったまま、声を出して泣きじゃくった。電話の向こうでも、父親の咽び泣く声が聞こえる。


――やっとスタートラインに立てた。


 春からは新しい生活が始まる。もっともっと勉強は難しくなって、忙しくなるけど、今日一日だけは甘えさせてくださいね。


「ただいま~お腹ペコペコ~。お母さんカレーライスが食べたい~」


「はい、はい……」


優しい笑顔で母親は返した。

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