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母ちゃんの弁当

 母ちゃんの、台所でトントンと包丁で大根を切る心地よい音で目が覚めた。


 重い瞼を開き、暖かい布団から身を起こす。


「母ちゃん、おはよう」


「あら、起こしちゃったかい? もうすぐ御飯出来るから顔を洗っておいで」


「は~い」


 寝惚け眼まなこで、洗面所の鏡の前に立つ。


――父ちゃんが死んで三年、俺も中学三年になった。

 相変わらず母ちゃんと二人の生活には慣れないけど、それでも何とかやってこれている。


「いただきま~す」


 食卓には目玉焼き、それに大根の味噌汁。朝は決まってこれだ。


「良く咬んでお食べ。それと……はい、お弁当」


 母ちゃんはどんなに仕事が忙しくて疲れていても、早起きして弁当を作ってくれる。

 育ち盛りの俺は、母ちゃんの作る弁当が大好きで、野球が続けられるのも母ちゃんの弁当のお陰だと俺は思っていた。


 学校で昼食の際、


剛志つよしはいつも弁当作ってもらえていいなぁ」


と、友人達に羨ましがられた。

 俺は誇らしげに弁当をペロッとたいらげる。部活の野球にも身が入る。


 毎日練習して泥だらけになった俺に、母ちゃんは労いの言葉を掛けてくれて、山盛りに御飯をよそってくれた。

 こんな日がずっと続くんだろうなと、この時の俺は疑いもしなかった。


 ある日、部活の練習を終え帰宅すると、電気もつけず母ちゃんは父ちゃんの遺影の前で泣いていた。

 俺は今まで気丈に振る舞う母ちゃんしか見たことがなくて、何て言葉を掛けていいのか分からなかった。


――やっぱり、母ちゃんも父ちゃんが居なくて寂しいんだ。


 俺は電気を着けると、


「今日は俺が飯、作るよ」


と、切り出した。

 作ると言っても、俺が作れるのはチャーハンだけ。

 父ちゃんが生きていた時、


「男もちょっとは料理が出来ないとね」


と、母ちゃんの一言で父ちゃんと覚えた料理。


 慣れない包丁で、涙を流しながら玉ねぎを刻む。

 心配そうに茶の間から母ちゃんが顔を出す。その度に“大丈夫だから、母ちゃんはゆっくり休んでて”と返す。


 味付けに失敗してしょっぱくなったけど、どうにかこうにか食卓にチャーハンが二つ並んだ。

 失敗したチャーハンを母ちゃんは、


「美味しい、美味しい」


と、食べてくれた。


  俺が高校に上がっても、母ちゃんは毎朝弁当を作ってくれた。


 最近では少し白髪も増え、シワも増えた気がする。

 俺は少しでも家計の足しになればと、新聞配達を始めた。勿論、野球も続けた。

 新聞配達と野球の両立は大変だったけど、苦にはならなかった。だが、違う問題が俺に降りかかってきた。

 中学の頃と違って、練習の合間を縫って仲間同士で御飯を食べる機会が増えてきたのだ。


「ごめん、俺弁当だから」


と、初めの頃は断ったりしていたが、毎回断るには分が悪い。

 あんなに大好きだった母ちゃんの弁当――今は疎ましい……。

 それでも毎日弁当を作ってくれる母ちゃんに、いらないとは言えなかった。


 そんなある日、仲間同士でまた御飯を食べに行く話を始めた。


「剛志は弁当だから行かないだろ?」


 リーダー格の須賀が俺に振る。


「今日は俺も行くよ」


「ふ~ん。じゃ、皆行こうぜ!」


 皆不思議そうな顔をしたが、俺は皆と飯に行けることが嬉しかった。

 鞄の中には母ちゃんの弁当があったけど、この日の俺は仲間を優先した。

 仲間達と食べる飯は最高に旨かった。


 帰り道罪悪感に苛まれながら、近くの公園に立ち寄った。


「母ちゃん……ごめん」


 俺は母ちゃんの気持ちも考えず、弁当をゴミ箱に捨てた。


「ただいま……」


 なに食わぬ顔で空になった弁当箱を出す。

 何も知らない母ちゃんは、口角を上げながら弁当箱洗う。


 次の日、朝起きると母ちゃんはいつものように弁当を作っていた。

 その弁当を俺に渡そうとした時、事件は起きた。


「今日はちゃんと食べてきてね」


俺は惚けて“何が?”と答えた。


「弁当箱は空だったけど、箸が汚れていなかったから……」


 悲しそうな目で俺を見る。母ちゃんは全てを知っていたのだ。


 言い訳のしようがない俺は、


「うるせぇんだよ!」


と、払いのけた。

 払いのけた腕が弁当に当たり、宙を舞い床に崩れ落ちた。

 母ちゃんは何も言わず、床に落ちた弁当を拾った。俺は見て見ぬフリをして学校に向かった。


「母ちゃんが悪いんだ。俺の気持ちも知らないで……」


 それがきっかけで、母ちゃんとはあまり話さなくなった。

 弁当はいつも作ってくれたが、俺は持っていかなかった。

 仲間達と食べる飯は旨かったけど、次第に俺は自分のしてしまった過ちに気付き始めた。


 そう言えば、父ちゃんが病気で死ぬ前に言ってたっけ。


――母さんを守れるのはお前だけだぞ。俺が死んだら母さんを頼むって。


――帰ったら母ちゃんに謝ろう。


 俺は家に着くなり、両手をついて謝った。

 母ちゃんは目を潤ませながら、おにぎりを握ってくれた。それが母ちゃんなりの、俺に対する答えだった。


 そう言えば、今日は父ちゃんの月命日――。


 父ちゃんがきっと、母ちゃんと俺を仲直りさせてくれたんだね。


 仏壇の前に手を合わせ、父ちゃんにも謝った。

 次の日から俺はまた、母ちゃんの弁当を持って学校に行くようになった。


 仲間に何を言われようと、俺の母ちゃんの作る弁当は最高だから。

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