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恋の終りは、恋の始まり(前編)

 あたしの名前は『芹沢せりざわ 千夏ちなつ』有名私立高校に通う三年生だ。


 あたしには付き合っている彼がいる。正式には彼氏がいた……かな? たった今、彼にお別れしてきたんだ。


 本当は今でも好きだし、別れたくなんてなかった。でも、今の彼の中にあたしはいない。


 彼から何度も携帯に着信があったけど、枕の下に携帯を埋めバッテリーが切れるのをあたしは待っていた。


 ベッドの横に置いてある初めて撮った二人の写真。照れくさくて、はにかんだあたしがいる。


「もう終わったんだ……」


 写真を破り捨てようとする手が震えて、涙が溢れてきた。


「やっぱり好きだよ」


 あたしは一晩中泣いた――


 明け方頃携帯を見ると、バッテリーが切れかかっていた。

 あたしは彼のアドレスを消そうと手に持つと、


〈削除しますか?〉


 と、画面に写し出され残酷な選択に躊躇した。


 決断出来ないあたしはその画面のまま携帯を放置し、鏡に向かいコテで髪を巻く。


 いつもは簡単に決まる髪も、今日は跳ねてなかなか決まらない。

 鏡の前の腫れた目の自分を見ると、また涙が出てきた。



「前に進もう……」


 あたしは携帯のエンターボタンを押すと、鞄を持って自分の部屋を出た。




◇◇◇◇◇◇




「千夏~ご飯は?」


「いらな~い」


 母親に腫れた目を見られるのが嫌で、あたしはいつもより早めに学校へ向かった。


 通い慣れたいつもの駅のベンチで定期入れに貼られたプリクラを剥がしていると、肩まであるブラウンの髪を揺らしながら『近藤こんどう 愛結(あゆみ)』がやってきた。


「どうしたの? 千夏、その顔~」


「うん、別れちゃって……」


 愛結とは幼なじみで高校も一緒。小学校の頃から、恋に悩むあたしの相談にも乗ってもらっていた。


 愛結はあたしと違って、明るくて昔から男子に人気のある可愛い子だ。


「そうなんだ~。愛結が男だったら、千夏のこと悲しませないのにな~」


 愛結の楽天的な言葉に、あたしは思わず笑みが溢れた。


「愛結……」


「ん? 何?」


「ありがとう」


「何言ってんの~。学校行くよ」


 愛結が力強くあたしの手を引くと、電車に乗り込み学校へ向かった。

 学校へ行っても愛結はあたしを気遣って、明るく接してくれた。




◇◇◇◇◇◇




 放課後、愛結と一緒に帰ろうと思ったあたしは、愛結のクラスを訪ねた。


「愛結~、一緒に帰ろう」


「うん……」


 いつも明るい愛結が元気がないのを不信に思い近付いてみると、声を殺しながら泣いていた。


「愛結もフラれちゃった……」


 相手が誰かはすぐにわかった。


 あたし達と中学から一緒で同じクラスの『隅田すみた たける』だ。


 愛結は今まで何人にも告白されたが、その片思いを一途に貫き、今日ついに告白したのだ。

 愛結は全ての経緯を涙声のまま話してくれた。




~一時間前~




「隅田君……ちょっといいかな?」


「ああ、いいよ」


 愛結は人気ひとけのない体育館の下駄箱周辺に、隅田を連れ出した。


「で、何?」


 愛結は顔が赤くなるのを必死に隠しながら、隅田に告げた。


「愛結ね、隅田君のこと好きなの。付き合って下さい」


 しばらく沈黙の後、隅田は重い口を開いた。


「ごめん。俺……お前のこと趣味じゃないんだ」


 気持ちいいほど、隅田の言葉はストレートだった。


「いいの。ありがとう。気にしないで。逆にごめんね。あ~スッキリしたぁ。愛結、素敵な彼氏出来るかな~」


「お前なら出来るよ。性格いいし、可愛いし」


 愛結は喉に詰まるような思いを我慢しながら、精一杯明るく努めた。


「それじゃ、また明日」


「お、おう」


 愛結はその場から離れると、一つ溜め息をついた。それと同時に、我慢していた涙が大きな瞳から溢れてきた。




◇◇◇◇◇◇




「帰ろう……」


 あたしは愛結にそっとハンカチを差し出し、肩をそっと叩いた。


「千夏~。愛結、頑張ったんだよ」


 普段涙を見せない愛結なのに、この時ばかりは声を出して泣いた。


 何年分もの想いを込めて――


 あたしは愛結を抱き締めると、自分のことも思い出しつられて泣いた。


 つけまつげが取れて、マスカラの黒い涙を流したあたし達は、トイレで顔を洗いすっぴんのまま下校した。




◇◇◇◇◇◇




  夏休みに入る頃になると、いつもの愛結に戻っていた。あたしはというと元彼をまだ引きずっていた。


 正直なところ愛結も引きずっていたのかも知れない。でも、そんなことを感じさせない、愛結の前向きさに憧れさえ抱いていた。

 そんな時、愛結から電話があった。


「もしもし、千夏~? 今日、合コンあるんだけど行かない? ほら、中学の時の西村君覚えてる? 偶然昨日会って、合コンやらないか? って誘われたんだ。私達もそろそろ次の恋しないと……。じゃ、五時に迎えに行くね」


 愛結は一方的に話し終えると、あたしの返答も聞かず電話を切った。



 西村君……その名前を聞いてもピンと来ないあたしは、中学の卒業アルバムを捲った。


 すぐに愛結が目に飛び込んでくる。すでに完成された美少女感は、アイドル顔負けの可愛いさだ。

 あたしはというと、田舎くさいお下げで、お世辞にも可愛いとは言えない。


「はぁ……」


 溜め息を一つ付くと、今度は西村君を探した。


「え~と、あった!」


 違うクラスで話したことはないが、スポーツ万能という噂は聞いていた。


「確か身長が、高かったイメージがあったなぁ」


 あたしは納得するとアルバムを丁寧に閉じた。


「何着ていこうかな……」


 さっきまで乗り気じゃなかったのに、少し期待してしまう自分に驚いた。



 夕方も四時を回ろうかという頃、一時間も早く愛結はやってきた。

 ぱっちりとしたアイメイク、プルっと艶のある口元、適度に露出した胸元、そして仄かに香る甘い香水。


「愛結~。気合い入ってんじゃん」


「へへぇ。どう?」


「すんごい可愛い~」


「あたしは何着て行こうか、迷っちゃって……」


 服が決まらないのには理由があった。どの服にも元彼との思い出があったからなのだ。


 結局あたしは主張し過ぎない地味な普段着を選び、メイクも簡単に済ませた。




◇◇◇◇◇◇




 待ち合わせのハンバーガーショップに着くと、あたしと愛結は一瞬凍りついた。


 西村君の横に隅田君がいたのだ。


「おう! こっち、こっち!」


 西村君が何も気にせず手招きする。


 ふと横を見ると、明らかに動揺した愛結がいた。


「取り敢えず中に入ろうぜ。それともう一人、遅れてくるから」


 何も知らない西村君は、あたし達を店内に促した。


「愛結~帰ろうか?」


「大丈夫だよ。それに西村君に悪いし……」


 そんなあたし達を知ってか知らずか、今日の西村君はテンションが高い。


「バイト代入ったから、今日は俺のおごりだぜ」


「本当に~。やった~西村君」


 いつもの明るい愛結に戻ったことで、あたしは安堵した。


 テーブルにつくと、皆でポテトを摘まみながら、中学時代の話で盛り上がった。


 六時を回った頃、遅れて少し茶髪の軽い感じの子がやってきた。


「わりぃ。遅れた~。おっ、可愛い子じゃん」


「遅せ~よ。あ、こいつ丹治」


「ども」


 西村君があたし達に紹介すると、その男の子は軽く頭を下げた。


 隅田君しかあまり面識のないあたしは緊張していたが、愛結はみんなと仲良く話していた。


“隅田君と気まずくないのかなぁ”


 と、思いつつストローを口に運ぶと小声で隅田君が話し掛けてきた。


「ごめんな、西村の誘い断れなくて……」


 あたしは愛結の視線がこちらにないことを確認して、首を横に振った。


「そろそろカラオケでも行かない?」


「いいね~行こう」


 西村君が切り出すと、愛結と丹治君はそれに賛同した。


「あたしはいいや」


「どうした? 調子でも悪いか?」


 心配そうに西村君があたしの顔を覗き込む。


「そういう訳じゃないの。宿題のレポートがまだ残ってて……」


「そっか~。じゃ、しゃ~ないな」


 本当はこの場の空気に押し潰されそうで、逃げ出したかったのである。


「ごめん。俺もレポート残ってんだ」


「何だよ、隅田まで……。それじゃ、俺達だけで行こうぜ」


 そういうと三人は店を出ていった。


 あたしは胸を撫で下ろすと、駅へと向かった。


「少し時間ないかな?」


 聞き覚えのある声が、あたしを呼び止める。


 隅田君だ――


「な~に? 少しなら大丈夫だよ」


「あのさ~」


 少しモジモジすると、意を決したように話し始めた。


「俺……お前が好きだ」


「えっ? あたし?」


 突然の告白に驚いた。


「だって、ほら愛結が……」


「わかってる。返事は今すぐじゃなくていいから。これ携帯のアドレス。じゃ、俺行くから」


 小さなメモをあたしに渡すと、隅田君は振り向きもせず行ってしまった。


「どうしよう? 愛結に何て言おう」


 答えが出ないまま、電車に揺られ家に着いた。


 翌日――


 あたしは愛結に言い出せずにいた。


「千夏~、一緒に帰ろう」


「う、うん」


 愛結に何処か後ろめたくて、昨日のことが言えない自分が嫌だった。


「昨日あれからさ~、西村君達と盛り上がって、アドレスもゲットしちゃったよ。千夏も来れば良かったのに」


「うん、ごめん」


「どうしたの?千夏。何か変だよ」


「うん、あのね愛結……何でもない」


“やっぱり言えないよ”


「変な千夏……」


 あたしは喉の奥に詰まる言葉を再び飲み込んだ。

 家に帰り、あのメモを広げてみた。あの時の隅田君の表情を思い出し、少し惹かれかけている自分がいた。

 心にブレーキをいつまで掛けていられるか……自信がない――




◇◇◇◇◇◇




 それから一週間が過ぎ、あたしは愛結を呼び出した。


「あのね……愛結。実はこの前、あの後、隅田君に告られたの……」


「知ってたよ。やっと言ってくれたね」


 あたしは胸を針で刺されたような感覚に陥った。


「隅田君に聞いたんだ。で、千夏の気持ちはどうなの?」


 いつもと違う愛結の鋭い眼光に、あたしは目眩さえ覚えた。


「あ、あたしは……」


「はっきり言ってよ……じゃないと、愛結、千夏のこと嫌いになっちゃうじゃん」


 愛結の瞳からは、大粒の涙がこぼれかけていた。


「愛結……正直に言うね。あたし隅田君に惹かれてるかも」


「そうなんだ……いいよ。千夏なら」


 ずっと片思いだった愛結のことを思うと切なくて。でも、自分には嘘はつけなくて。

 両極が空回りする中、答えを出す時期も近付いていた。


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