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天国からの手紙、天国への手紙

――拝啓 お元気ですか? 元気なわけないですよね。

 こうして筆を取るのも何年ぶりでしょうかね。貴方に先立たれて、もう三年ですね。

 娘も七歳になりました。自分で髪も縛れるようになりました。

 そうそう、この間なんて“パパみたいな人と結婚するだ~”なんて言ってました。それを聞いて、私――嬉しくて涙が止まりませんでした。そしたら娘が“ママ、何処か痛いの?”って温かい小さな手を差し伸べてくれました。その小さな手を見て、“暫く見ないうちに大きくなったなぁ”って思ったら、また涙が溢れました。

 貴方、覚えてる? 初めて松島にドライブに行った時のこと――。奥手の貴方は手も繋げないでいましたね。でも、そんな貴方が好きでした。いえ、今でも好きです。

 貴方の好きだったカレーを作ると、貴方の分もと思って作りすぎてしまうの。可笑しいでしょ? 貴方は死んでいないのにね。

 貴方の書斎も、あの日のままにしてあるわ。貴方の好きだった本もレコードも。

 貴方が“ただいま”って帰ってきそうで……貴方がいなくなった今アルバムを捲ると、貴方との思い出が多かったことに気付いたわ。正直、貴方の所に逝きたいって思ったこともあったわ。でもね、娘の寝顔を見るとそれも出来なかったの。

 あの日、些細なことで喧嘩して、家を飛び出した貴方はバイクで死んでしまった。ごめんねも言わせてくれない酷い人。

 明日娘の七五三に行ってきます。娘の晴れ姿を貴方に見せられないのは残念だけど、私も娘と一緒に強く生きて行こうと思います。

 そして、娘がお嫁に行くまでには、貴方の好きだったカレーの作り方も教えるわ。大丈夫――貴方と私の子ですもの。

 まだ私はそっちに行けないけど、それまで待っていて下さい。

 そして、生まれ変わってもまた私と結婚して下さい。

 言いたいことは山ほどあるのにもう書けそうにありません。


 大好きな貴方へ――



 私は、亡くなった主人に手紙を書いた夢を見た。

 時計を見るとまだ朝の四時。隣では、娘が寝息を立てて眠っている。


 私は涙を拭うと娘の布団を直し、主人の書斎へ向かった。


 結婚した頃に、主人が私の反対を押しきって買った机に手を当てる。僅かに埃にまみれた本。主人の好きだったレコード。どれを取っても大切な宝物。


 三年間開けることのなかった引き出しを開けると、一冊のノートがあった。

 引き寄せられるように開いてみると、見慣れた文字で綴られた手紙を見つけた。


――愛しい君へ


 この手紙を読む頃、僕はもうこの世にはいないだろう。でも悲しまないでくれ。生きてさえいればきっと楽しいことがある。


 僕は娘の卒業式を見ることが出来ただろうか?


 僕は娘の花嫁姿を見ることが出来ただろうか?


 僕は娘の子供を抱くことが出来ただろうか?


 今の僕には何も言えない。ただ一つ言えることは、君と娘に出逢えたことが、僕の人生の一番の宝物だということ。



 最後の方の文字は弱々しく、手紙はここで終わっていた――。


「貴方……」


 再び涙腺から溢れる涙を拭い、和室にある仏壇の貴方の遺影を見つめる。


「貴方……涙って枯れることないのね……」


 そう呟くと娘が起きてきた。


「ママ~おはよう。どうしたの? 目……真っ赤だよ」


「何でもないよ。さぁ、朝御飯の用意しなくっちゃ」


 私は娘から逃げるようにエプロンを掛け、キッチンに向かい朝食の準備に取り掛かる。

 テーブルに食事が並ぶと、娘と向かい合って食べ始めた。

 主人がいた筈の隣の席は空いたまま――それに慣れることはないだろう。


「あたし人参嫌~い」


「駄目よ。好き嫌いしないでバランスよく食べないと……」


「はい…」


 娘はぐずりながらも人参に口を運ぶ。


「忘れ物ない? ママ、今日も遅くなるから、夕御飯はレンジでチンして食べてね」


「は~い、行ってきま~す」


 娘を学校へ送り出すと、私は仕事へ向かった。


 女手一つで娘を育てるのは経済的にも大変で、パートを掛け持ちして何とかやりくりしていた。


 娘には寂しい思いはさせたくないと授業参観、運動会、発表会と欠かさず出席した。


 惨めな思いはさせたくないと、自分はヨレヨレの服を着ても、娘には可愛いいデザインの今風の服を買い与えた。


 その所為で無理が祟ったのか、娘が六年生になる頃体調を崩した。


――乳ガンだった。


 幸い初期だった為、摘出手術すれば大丈夫だと医者にはそう告げられた。


 入院中“私の人生なんなんだろう”と自暴自棄になった時もあった。

 でも、娘が見舞いにくるたびに“強くならなきゃ”と自分に言い聞かせ、病と戦うことを決めたのだ。


 その甲斐あってか、半年ほどで退院することが出来た。


 退院してからは今までを取り戻すかのように、娘との時間を大切にした。


 生活は厳しかったけど、娘と向き合い絆を深めることが今の私に出来ることだと思っていた。しかし、それも長くは続かなかったのだ。


 娘が高校に入学する頃、私はまた体調を崩し入院した。

 ガンは私の身体を蝕み、全身に転移していた。


「これ以上は手の施しようがないですね。抗がん剤治療を続けましょう」


 何処か事務的な医者に絶望して、病室へと戻った。


 抗がん剤治療は過酷なものだった。副作用で髪の毛は抜け、吐き気や目眩が酷く、自我を失いそうなくらいだ。


 病室の窓の外は満開の桜が咲き乱れている。


 “また来年もまた、この桜を見れるのだろうか?”と、すっかり弱気になっていた。


「お母さん、死んじゃやだ! 私一人にしないで~。ねぇ、お母さん……起きて……」


――娘の声が聞こえる……あぁ、やっと貴方の所に行けるのね。


「お気の毒ですが……」


「お母さん……」


――寂しがらないで……身体は死んでも、魂は貴女の中に生きているわ……勿論、お父さんも一緒よ……貴女は精一杯生きて……。


「お母さん? お母さんの声が聞こえた気がした……何だか、温かい……」



――拝啓 愛しいパパとママへ


 お父さん、お母さん見てくれてる?


 私、佐野から柳沢に名字が変わるの。そう、結婚するの。

 相手の人もいい人よ。お父さんに似てないけどね。

 お母さん、約束通りの白いウェディングドレスよ。似合うかな?

 お父さんとお母さんにも見せたかったなぁ。

 じゃ、そろそろ行くね。私、幸せになるよ。


 追伸 お父さんとお母さんの子に生まれて良かったよ  みゆき


 私の思いは娘に届いたかな?

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