↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/60

了解です。

了解です。次回をお願いします。

ありがとうございます。


ここまでで第三章は、


* 取り下げる

* 書かない

* 除籍する

* 一時的に預ける


と、「残さないこと」の様々な形を描いてきました。


今回は少しだけ視点を変えます。


「町が人の記憶を残す」のではなく、「人が町を残している」ということを描きたいと思います。


⸻


第三十四話「名前のない場所」


十二月に入ると、図書館の暖房が一日中つくようになった。


窓ガラスには外気との温度差で薄く曇りができる。


直人は開館前、その曇りを布で拭きながら外を見た。


町はいつもどおりだった。


それが少しうれしかった。


⸻


昼前、一人の小学生が受付へやって来た。


手には学校帰りのランドセル。


投稿用紙を一枚持っている。


「これ。」


少し照れくさそうに箱へ入れた。


そのまま帰ろうとして、振り返る。


「読んでもらえますか。」


「もちろん。」


直人は笑顔で答えた。


⸻


閉館後。


その一枚を読む。


文字はまだ少しぎこちない。


「ぼくは橋の下が好きです。

夏はすずしくて、冬は鳥がいます。

名前はないけど、ぼくはあそこが好きです。」


短い文章だった。


⸻


紗季も読んで微笑む。


「地図には載っていませんね。」


「ええ。」


直人は町の地図を広げる。


橋はある。


川もある。


けれど、「橋の下」はどこにも書かれていない。


⸻


館長が呟く。


「町には、名前のない場所がたくさんある。」


「誰かにとって大切でも。」


「地図には載らない。」


⸻


その翌日。


展示を見ていた年配の男性が、その投稿の前で立ち止まった。


「ああ。」


懐かしそうに笑う。


「昔はあそこで釣りをした。」


少し離れたところにいた女性が言う。


「私は夕立を避けたことがあります。」


別の人が通りすがりに言う。


「子どもの頃、秘密基地でした。」


⸻


一つの投稿から、小さな会話が生まれた。


誰も長話はしない。


立ち止まり、ひと言だけ話し、また本棚へ向かう。


それだけだった。


⸻


夕方。


直人は仕事帰りに、その橋まで歩いてみた。


橋の下へ降りる。


川の音が静かに聞こえる。


冬の鳥が数羽、水辺を歩いていた。


特別な景色ではない。


観光名所でもない。


けれど、不思議と落ち着く場所だった。


⸻


そこへ紗季もやって来る。


偶然だった。


「水野さん。」


「浅井さん。」


二人とも少し笑う。


「来ると思いましたか。」


「少しだけ。」


紗季は川を見ながら言う。


「投稿を読むと。」


「その場所を見たくなります。」


直人も頷く。


「僕もです。」


⸻


しばらく二人は何も話さなかった。


鳥が飛び立つ音だけが聞こえる。


やがて紗季が静かに言う。


「ここは。」


「写真にすると、普通の橋ですね。」


直人は少し考えてから答えた。


「文章でも、普通の橋です。」


「でも。」


「誰かが好きだと言った瞬間に。」


川面へ目を向ける。


「普通じゃなくなる。」


⸻


帰る前、直人は橋の欄干を見上げた。


何の変哲もない橋。


名前も特徴もない。


けれど今日から彼にとっては、


「誰かが好きだった橋」


になった。


町は変わっていない。


変わったのは、自分の見方だけだった。


⸻


創作メモ


今回は少し初心に戻り、「町そのもの」を主人公に据えた回です。


これまでの第三章は「残す・残さない」というテーマを深めてきましたが、今回はそれを受けて、「記憶は場所に意味を与える」という方向へ一歩進めました。


また、直人と紗季が橋で偶然会う場面も入れましたが、意識した待ち合わせではなく、同じ投稿を読んだ結果として同じ場所へ足を運んだだけです。


私はこういう積み重ねが、この二人らしい関係だと思っています。


そして、この回は終盤への小さな布石にもなっています。


終盤で17が再び現れるときも、「数字の意味」より、「ある場所や出来事が誰かにとって特別だった」という文脈の中で扱うことで、17だけが突出した謎にならないよう構成していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。