第五章 密室の解法
美佐男は、毒の問題と並行して、密室の問題を解こうとしていた。
山路は、トイレの個室で死んでいた。内側から鍵がかかっていた。外に脱出した痕跡はない。
これをどう解釈するか。
三つの仮説がある。
第一の仮説:山路は自分でトイレに入り、個室の鍵をかけ、そこで毒が回って死んだ。この場合、殺害は宴会中に完了しており、密室はただの「死の場所」に過ぎない。犯人はトイレに近づいていない。
第二の仮説:誰かが山路と一緒にトイレに入り、毒を投与したあと、何らかの方法で内側から鍵をかけたまま脱出した。この場合、密室は意図的に作られている。
第三の仮説:山路は毒を飲まされておらず、別の方法で毒を投与された。たとえば、注射によって。
美佐男は遺体の写真を改めて見た。
死体検案書には「外傷なし」とある。注射の痕も確認されていない。
第三の仮説は消える。
第二の仮説を考える。トイレの個室から内側の鍵をかけたまま脱出する方法。
扉の隙間は?
美佐男は碧嶋亭に再度足を運び、問題のトイレを調べた。
個室のドアは木製で、床との隙間は約二センチ。ドア上部と天井の隙間はない。蝶番は内側にある。
鍵は「スライド式の錠前」だった。水平に動かすと閉まり、戻すと開く。
美佐男はその錠前を、何度も動かしながら眺めた。
そのとき、ひとつのアイデアが浮かんだ。
床の隙間。
二センチの隙間。
何かを通すことができる。
美佐男は道具を用意して試した。細い針金を曲げ、床の隙間から差し込み、スライド式の錠前を横から押す。
動いた。
鍵が、閉まった。
逆から考えれば、外に出た人間が床の隙間から針金を差し込んで、内側の鍵を閉めることができる。
これが密室の解法だった。
犯人はトイレの個室に山路を連れ込むか、山路がひとりで入るのを待ってから中で毒を投与し、そのあと個室から脱出した。そして廊下から床の隙間に細い針金を通し、内側の錠前を閉めた。
ただし、問題がある。
なぜ、そんな手間のかかることをしたのか。
美佐男は考えた。
答えはひとつだ。
犯人は、「山路がトイレで倒れて死んだ」という状況を、できるだけ長く引き伸ばしたかった。もし密室でなければ、誰かがすぐに異変に気づき、介抱された可能性がある。あるいは、犯人が最後に個室から出てきた人間だとばれてしまう。密室にすることで、発見を遅らせ、自分がその場にいたことを消した。
しかし……と美佐男は思った。
犯人は、最初からこのトリックを計画していたのか。それとも、その場のアドハリブか。
床の隙間に合う針金を、その夜たまたま持っていた人物がいるだろうか?




