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第二章 密室の男

 美佐男が二階に上がると、廊下の奥のトイレの前に仲居がもうひとり立っていた。ドアを指さし、震えている。


「中から鍵が……かかっていて……山路様が……」


 美佐男は仲居をどかし、ドアをノックした。


「山路! おい、山路!」


 返事はない。


 美佐男は一瞬だけ逡巡し、体重をドアにかけた。古い蝶番が悲鳴を上げ、三度目の押しでドアが外れた。


 山路 洋介は、個室の便器に寄りかかるような格好で倒れていた。


 口が半開きで、顔の色が異様だった。紫がかった赤。手足はだらりと弛緩し、眼球は半眼のまま上転している。


 美佐男はすぐに脈を確認した。


 ない。


「神野!」と美佐男は叫んだ。


 神野 克巳が素早く駆けつけ、山路の首筋に指を当て、瞳孔を確認した。


「……死んでいる」と神野は静かに言った。「かなり急速な死だ」


 美佐男はすぐにスマートフォンを取り出し、捜査一課に電話した。




 三十分後、碧嶋亭の周辺は規制線で囲まれた。


 所轄の刑事が先に到着し、続いて美佐男の同僚である捜査一課の刑事・大倉が来た。大倉は四十代の中堅で、美佐男とは長年のコンビだ。


「上司が現場にいたんですか」と大倉は呆れたように言った。


「俺も被疑者の範疇に入る、それは承知している。だが山路の状況を最初に見たのは俺だ。情報提供者として参考にしてくれ」と美佐男は言った。


「わかりました。まず現場の確認を」


 トイレは、個室が三つ並んだ男性用の洗面所だった。問題の個室は一番奥。内側から錠前型の鍵がかかっており、外からは開けられない構造だ。


 廊下側のドアは一枚のみ。窓は換気用の小窓が天井近くにひとつあるが、幅は二十センチほどで、人間が通れる大きさではない。


「完全な密室だな」と大倉が言った。


 美佐男は頷いた。しかし、心の中では違うことを考えていた。


 本当に密室か?


 彼は捜査一課の人間として、密室というものを信じない。密室は必ず誰かが作るものだ。問題は、誰が、どうやって作ったか、だ。




 遺体は翌日、解剖に回された。


 結果は二日後に出た。


 死因:急性心不全。ただし、血液から微量のジゴキシン(ジギタリス製剤)が検出された。


 ジゴキシンは心臓病の治療薬だが、過剰摂取で致死的な不整脈を引き起こす。


 問題は、山路の主治医が発行した薬リストに、ジゴキシンは含まれていなかったことだ。


 これは、毒殺だった。


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