表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第一章 同窓会の夜

 二〇二四年十一月の終わり、東京の空は鉛色に曇っていた。


 神保じんぼ 美佐男みさおは、新宿の地下鉄ホームに立ちながら、スマートフォンの画面を眺めた。五十二歳。警視庁捜査一課の警部補。白髪が増えた側頭部を指でかき、溜め息をひとつついた。


 メッセージは昨夜届いていた。


 差出人は「山路 洋介」。三十年前、同じ大学の法学部で同期だった男だ。


 『明日、新宿の「碧嶋亭」で同窓会がある。来られるか? 久しぶりに顔を見たい』


 美佐男は一瞬迷ったが、返信した。『行く』


 それだけだった。


 碧嶋亭は、西新宿の高層ビル群の一角に建つ、料亭風の日本料理店だった。築二十年以上の建物だが、内装は毎年手入れされており、個室の畳の香りが懐かしさを呼ぶ。美佐男がのれんをくぐると、仲居が丁寧に頭を下げた。


「神保様でいらっしゃいますか。お待ちしております。皆様、もうお揃いでございます」


 案内されたのは二階の「松の間」。広さは十二畳ほど。座敷の中央に、長方形のテーブルが置かれ、すでに七人が座っていた。


 美佐男が戸口に立つと、ひとりが顔を上げて声を張った。


「おっ、美佐男! 来た来た!」


 山路やまじ 洋介ようすけ、五十四歳。丸顔で、おでこが広くなった分だけ愛嬌が増している。現在は都内で不動産会社を経営している。


「遅かったな」


 隣で苦笑いしたのは佐藤さとう 邦彦くにひこ、五十一歳。大手商社の部長職にある。痩せ型で、眼鏡の奥の目が細い。大学時代から「委員長」と呼ばれていた、几帳面な男だ。


「いや、時間通りだろう」と美佐男は言いながら、末席に腰を下ろした。


 メンバーを順に確認する。


 神野かみの 克巳かつみ、五十三歳。医師。総合病院の副院長を務めている。大柄で声が低く、どこか威圧感がある。


 元山もとやま 達雄たつお、五十歳。フリーのITエンジニア。細身で目が鋭い。大学時代からコンピューターオタクで通っていた。


 山本やまもと 雄一郎ゆういちろう、五十二歳。地方銀行の支店長。穏やかな物腰だが、笑顔の奥に何かを隠しているような気がいつもする。美佐男が密かにそう感じている男だ。


 深見ふかみ おさむ、五十一歳。小説家。三年前に直木賞の候補に挙がり、少しだけ世間に名前が知れた。細い指で常にグラスの縁をなぞっている。


 そして女性がふたり。


 森岡もりおか 里恵りえ、五十三歳。大学時代の先輩で、現在は都内の公立高校の教頭を務めている。落ち着いた物腰に、芯の強さがにじむ。


 矢ヶやがべ 奈津子なつこ、五十歳。証券会社のファンドマネージャー。都会的な外見と鋭い判断力を持つ。大学時代から「話が早い女」として知られていた。


 十年ぶりの同窓会が始まった。


 最初の一時間は和やかだった。昔話に花が咲き、仕事の話が混ざり、笑い声が途切れない。仲居が料理を運んでくるたびに杯が重なった。


 しかし、酒が進むにつれ、場の空気は微妙に変わっていった。


 きっかけは、山路の何気ない一言だった。


「そういや、あの件、どうなったんだ?」


 山路は元山を見ていた。


「あの件って?」と元山が笑顔のまま返した。


「例の、例の……株の話だよ」


 テーブルに沈黙が落ちた。


 矢ヶ部が静かに盃を置いた。佐藤が咳払いをした。


 美佐男は刑事の本能で、場の空気がわずかに凍りついたのを感じた。


「やめろよ、山路。今夜はそういう話じゃない」と神野が重い声で言った。


「そうだな、すまん」と山路はあっさり引いた。


 しかし、その後の会話は微妙にぎこちなくなった。誰もが笑っているが、何かを隠すように笑っている。美佐男はそう感じた。




 宴会が終わったのは午後十一時を過ぎたころだった。


 会費を払い、全員が廊下に出た。エレベーターを待つあいだ、各々が散会の挨拶を交わした。


「また集まろう」「今度は飲みすぎないようにしよう」「美佐男、刑事の話、今度聞かせろ」


 しかし、そのとき、山路が「ちょっと待ってくれ」と言った。


「トイレを忘れた。先に行っててくれ」


 山路はひとり、廊下を引き返した。


 美佐男はエレベーターに乗り込む寸前で振り返ったが、山路の背中は角を曲がって見えなくなっていた。


 一階のロビーで外套を羽織りながら、美佐男は山路を待った。五分経っても戻らない。十分経っても戻らない。


「先に行くか?」と元山が言いかけたとき、二階から仲居が走り下りてきた。


 顔が青かった。


「あの……お客様……大変なことが……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ