第5話 経歴を。人となりを。とにかく知らねば、新に新たな明日は来ない
自室に一人でいる俺は、転生してから最大目標を設定した。椅子から立ち上がって、誰もいないのに宣言する。
「ここは! アルトゥールさんを知るしかない。そうだ。この人を知らねば、俺の転生物語は始まらんのだよ。ハハハ」
笑ってごまかしたけど、笑うしかない状況だ。
だって、何も手がかりがないんだ。
この人の部屋に、物がなさ過ぎて、この人がどんな人となりをしているのかも分からない。
ほら、物があればさ。大体わかるじゃん。
例えば、ベッドの上に服が起きっぱなしだとか、クローゼットの中身がぐちゃぐちゃになっていて、今日着ていく服が見つけられないとか、パソコンの画面周りに食べかけのお菓子があって、邪魔だとかさ。
・・・って、これ雑な性格の人だな。
つうか、前世の俺の事だな。ごめんなさい。今度からはちゃんと片づけます。
姉ちゃん。いつも掃除してくれて、大変ありがとうございました。今度からはちゃんとしますから、もう姉ちゃんいないし、頼らず生きていきます。今までありがとう。
世話焼きの姉貴を思い出して、昨日までは一緒にいたのになと、懐かしんでから俺はアルトゥールさんの痕跡を探した。
パソコンが置いてある机の上や机の中。クローゼットの中に、その下にあるパンツを入れる箱。そんで、ベッドもだ。
隅々まで探したけど、本当に何もない。この人、几帳面を通り越して、若干怖いよ。
今まで、どうやって生活してたんだ。
探し疲れた俺はベッドの上で仰向けに倒れる。
掃除が行き届いた綺麗な天上を見て、ふと思った。
「これは、隠してるんじゃないか。こんだけ何もないとさ。何もないと見せかけて、何かを隠しているんじゃないか。俺のエロ本みたいに!」
俺の場合だけど、とっておきは一番綺麗な場所に隠すもんだと思ってる。
それはベッドの下という秘密の花園さ。姉ちゃんや母ちゃんは、あそこには俺の下着だけが入っていると思っているはずだ・・・って、あ!? もしかして、アルトゥールさんも、ベッドの下!?
そこを探していないと思った俺は、ベッドから身を乗り出して、下を覗く。
すると、ベッドの下には棚がついていた。
「棚だ。ここなら色んなものを隠せるぞ。なんでも物を入れられるわ。よし」
棚を引っ張ったら。
【ガゴン】
何かに引っ掛かって開かなかった。よく見たら小さな鍵穴がある。これのせいで開かないみたいだ。
「はは~ん。ようやく見つけたぞ。これは非常に重要な・・・私物を隠しているでござるな。大丈夫だ。アルトゥールさん。俺は決して、あなたの趣味を公表なんてね。無粋な真似は絶対にしませんよ。はい。あなた。どんなのが趣味なんですか」
上物をこちらに献上しているのかもしれない。この世界のエロ本ってどんなのだろう。地球よりも文明が発展してるから、本を開いたら映像とかになってたりしてね。それってやっぱすんごいのかな。やべ鼻血出たらどうしよう。この部屋、そういえばティッシュもないぞ。洗面所に行かないと。
「そうだ。この人の趣味を知れば、人となりを理解できるかもしれないぞ。これは決して、興味本位じゃない。共感ができるはずだ。イケメンと共感とか。亮以来だな」
っていう言い訳を述べながら、興味と親近感でいっぱいの俺は、一安心していた。
どんなに良い男でも、自分のロマンを隠すものだとね。
「ってことは鍵だな。どっかに鍵があるはずだ」
しばらく鍵を探すことにした。
◇
これまたかなり長い時間をかけて探すのだが、一向に見つからない。アルトゥールさんは、用心深い人物だと判明した。これはムッツリスケベと認定しても良いだろう。
これほど探して、鍵がないんだ。慎重にも程がある。オープンスケベではないな。
と勝手にアルトゥールさんのスケベレベルを診断していたら、俺が座っている椅子の前の机の引き出しに違和感を感じた。膝がぶつかると、ゴゴゴッと板がズレた気がした。
「ん? 底板が変だぞ。引っ掛かってる気がする。まさか」
机の引き出しを全開にして、底の下から引き出しを見る。
「微妙に浮いてる・・・そうか。これ、偽装の板か。もしかして外れるのか」
底板をガリガリして、板をズラす。本当に偽装の板だった。板と板の間に鍵が挟まっていた。
「お。発見。マジですげえ。ここまでして、隠すものなのか」
俺は、アルトゥールさんの最後まで隠そうとする根性に感心した。
「どんな凄いものなんだろう。秘蔵映像なのかな」
▽
とこの時ワクワクしていた事を、俺は後々、凄く後悔した。
数分後の俺は、馬鹿でマヌケで、なんて最低の男であったと。
反省をしまくった。
だって・・・これは・・・だって、これはさ。
この人の誇り高い魂が・・・ここに残ってるんだぜ。
△
「お。日記だ?」
ベッドの下に眠っていたのは、日記帳とペンだった。
でもそれが普通の様子じゃない。少々おかしな点がある。
日記帳の方は水分を吸っているようで、しわしわだ。ペンの方は黒いペンなのに、所々で赤い。特に持ち手の部分が赤くなっている。
「これ・・・べったりくっついてるな。取れないぞ」
カリカリしても取れないので、赤いペンキでもぶちまけたデザインなのかと一応納得した。
「エロ本じゃなかったみたいだけど、読んでみるか」
エロ本じゃなかった残念な気持ち半分に、この人を知れると喜ぶ気持ち半分で、俺は日記帳を読む。
「失礼します。人の日記を読む趣味はありませんが、ここは許してください。あなたになった俺は、どうしてもあなたを知らないといけませんから」
日記帳に一礼して、俺は目を通した。
◇
宇宙歴1324年1月15日
本日付で、本営から命令が正式に出た。
戦争を開始する噂から本当の事となったようだ。
この任務で、私の少佐として初任務となり。
解放戦争に参戦する事が、私専用の旗艦『アーヴァデルチェ』の完成後の初の任務ともなった。
昇進してからの任務でもあるので、かなり緊張しているが、とにかくめでたいものだ。
艦も、連邦政府の名義で、直々に頂いたものなので、これは私への期待の表れでもあると思うのだ。
銀河連邦に貢献できるように頑張っていこう。
だが、この病を隠しながらだ。
そこがいささか不安でもある。
◇
「え。病だって!? アルトゥールさん、病気だったんだ。マジか!?」
俺は自分の体を触る。なんともなく、元気一杯だ。
◇
宇宙歴1324年2月9日
この旗艦に乗るのは、私の新たな部下たち。
だから、私の表情や容体は、隠し通せると思う。
ここに、私の大切な友人の二人がいなくてよかった。
あの二人ならば、すぐにでも私の変化に気付いてしまうだろう。
次第に悪くなる調子に、気持ちが引っ張られないようにしよう。
しかし持つのか。この私の体は。
まだ咳も風邪を引いた程度に聞こえるだろうから、何とかしてごまかしていくしかない。
ああ。そうだ。
こんな悲しいことばかりを書いても仕方ない。
気持ちを切り替えよう。
今日のご飯もとてもおいしかった。
美味しい食事を提供してくれる食堂の人たちには感謝しよう。
でも一人寂しく自室で食べるしかない。
もし食堂で食べて、血を吐いたり、食べ物がむせたりでもしたら、すぐに異変に気付かれてしまう。
そうなったら一巻の終わりだ。
あぁ、一度でもいい。部下たちと一緒にご飯を食べてみたかったな。
しまった。
結局後ろ向きな事ばかりを書いてしまった。忘れよう。
◇
「なに!? やっぱり体が悪かったんだ・・・・それに、カタリナさんがご飯を食べているのを見たことがないって言ってたのは、こういうことだったのか!?」
アルトゥールさんが病だったから、皆がいる食堂に行って、一緒に食べなかった。
だから、皆が彼を見かけなかった。
そういうことか。
・・・・皆が俺を避けていた理由は、驚きだな。
ここで食べているんだって言う驚きで、近寄りがたい状態になったのか。
◇
宇宙歴1324年2月13日
咳が治まらない。強引に薬で止めても、それでも出てしまう咳がある。
威力を押さえていくしかない。部下に悟られないように、影で隠れて咳き込んでる。いつ見られるか分からない不安とも戦うしかなかった。
病が徐々に体を蝕んでいるのがわかる。
自分の体だ。私に残された時間が、残り少ないのは確実だろう。
それなのに、帝国との戦争が今に始まってしまう。
気を張らなくては。
せめて戦いの決着まで。
そこまで私は皆と共に生きていかねば・・・。
どうか、この気力。最後までもってほしい。
どうか、この体よ。なんとか生きて欲しい。
神よ。
どうか、私に少ない時間でもいいので、時間をください。
せめて、皆を守れるだけの時間を。
ですが、それが出来ぬとも、どうか皆の無事だけはお願いしたい。
私が死んだとしても、彼らにだけは生をお願いする。
神様。私の命と引き換えでもいいのです。
◇
「すげえ。自分の体が限界なのに、みんなを想ってる。最期の時まで、この人は、人の為に戦おうとしてたんだ。なんて人なんだ・・・・すげえ立派な人だ。アルトゥールさんって男は、すげえ男だ」
涙で滲んだ視界の中で、俺はなんとかして日記帳を読む。
この人の想いに胸打たれてる俺は、自分の顔を一発殴った。
最後まで読むためにも気合いが必要だった。俺の涙なんて邪魔だ。
◇
宇宙歴1324年2月21日
私の命は、もう無理だろう。
だから私は戦場の偵察を買って出た。
旗艦アーヴァデルチェならば、他の戦闘艦よりも速い。
だからたやすく任務が出来ると思ったからだ。
おそらく、これが最後の任務となり、最後に国の為に忠を尽くせるはずだ。
ああ、私の先祖には大変申し訳ないことをした。
子孫を、栄光ある一族の血を、この世界に残すこともできずに逝くことを許して欲しい。
一族最後の男子である私がここで死ぬとは。
・・・・無念である。
それにまだ齢25という若さでは、少佐が限界であったようだ。
これからもっと上を目指して、さらなる高みを目指せたのであれば・・・いずれは先祖を供養できたものを・・・・
◇
ここで彼の日誌が終わっていた。
希望。無念。
双方の言葉が入り混じる彼の想いが溢れている日記だ。
このノート。
最後のページが、どこよりもしわしわだった。これは、彼の涙だと思う。
そして、このペンもだ。この赤は、おそらくは彼の血だ。咳が出て、血を吐くって、日記の中に書いてあるんだ。多分そうだろう。
汚れている部分は、彼が心も体も苦しんだ証だったんだ。なんでこんなに汚いノートになってるんだろうって思っちゃいけない。
壮絶な想いが綴られた。凄いノートなんだ。
涙の痕と血の痕が滲む日記帳なんて、どこにもないぞ。
アルトゥールさんの苦悩の全てが、ここに詰まっている。
泣きながらも、血を吐きながらも、この日誌を書いた彼の心情は、俺なんかじゃ理解できない。
俺みたいな今までのほほんとしか生きて来なかった高校生が、彼を理解しようなんておこがましい。
最後に俺は、何も考えられなくなった。
ただただアルトゥールさんの日誌を持って呆然とするしかなかった。




