第3話 壮大な宇宙の中で小さな目標
ようやくわかった。
この体の本当の主の名前。
『アルトゥールさんだ』
ようやくこれで誰かに名前を聞かれても堂々と答えられる。
とりあえず一安心だ。
これで名前に困らなくなったからね。会話はしやすくなったはずだ。
ああ、でもこの世界に銀行があるか知らないけど、公共料金とかを支払う時にも、名前さえ分かっていれば、いくら支払ったかとか、いつ支払えばいいとかが調べられるだろう。
・・・って。あ。そうだ。パスワードがわかんないや!?
あのぉ、アルトゥールさん。どこかに残してません。あなたの頭の中にだけ、パスワードを残していた場合ですね。
今、自分の頭があなたの頭の中身みたいなんで、自分じゃどうにもできないです!
どこかにメモを残してません!?
クローゼットの鏡に、自分の全身を映した。
姿を見て頷くと改めて思う。
「めっちゃカッコいいわ。この人・・・亮以上のイケメンだ。どうしよう。ごめんなさい」
アルトゥールさんは、俺の思うイケメンの数倍上の人物。
この端正な顔立ちはハリウッド俳優にも引けを取らない。
だからなんだか申し訳ない気持ちが湧いてくる。
自分の顔を見て自分を褒める(そうなると結局、褒めれば褒める程。自分じゃなくてあくまでもアルトゥールさんなので、むちゃんこ虚しい。お体、お借りしている状態になっているからさ)
「俺。イケメン転生だけはしていたんだな。神様、何も教えてくれなかったくせにさ。これだけは転生特典としてポイント高いね」
でも、チートとかハーレムまでは、付与してくれなかったみたいだ。だってさ、俺から魔法がでないよ。ステータス画面とか、スキルとかないしさ。あるのは顔だけだね。
「うん。まあしょうがない。色々文句を言える立場じゃないだろう。再び生きる事が出来ただけでも、贅沢は言えないよね。俺ってさ、死んだんだもんな・・・ああ。でも、母さんとか姉ちゃんとか。亮にさ。会えないのが寂しいな。悲しいな」
やっぱりさ。死んだとしても、家族と親友にだけは会いたかったよ。
一回でもいいから、一目でもいいから。
なんなら遠巻きでもいいから、チラッと見る事が出来たらな。家族と親友が、元気と分かれば満足するんだけどなあ。
神様さ。そこだけでも見せてくれても良かったんじゃない?
【ピンポンパンポン】
「うわ。びっくりした」
俺の部屋で、馬鹿でかいチャイムが鳴った。心臓に悪い。肩がビクっとなって胸を押さえる。
この音に続いて、明るい声のアナウンスも流れてきた。
【皆さん、今から食事休憩の時間ですよ。今日はA班から。一時間後にはB班になりますので、A班は急いで食堂に来て、B班の為にも早く食べてくださいね】
食事が出来たよのアナウンスだった。
【ピンポンパンポン】
始まりとは少し違うチャイムで締めくくられた。
「ご飯か・・・そういえば、腹減ったな。食べたいな・・・でも、俺ってA班なのかな。さっきの話だとB班もあるって話だから、二択だよな。これもしさ。B班なのにA班で食べたらどうなるんだろ。怒られるのかな? それにA班だったのにB班に行ったら、食べさせてくれないのかな」
艦の仲間たちからしたら、すげえ些細な悩みだろう。
この宇宙に比べたら、ゴミにもならないくらいにだ。
すげえどうでもいい事だろう。
でもさ、これよくよく考えると、俺にとっては難しい局面だぞ。
この問題の正解を得られる方法がないんだ。
誰かに聞くことが出来ないんだ。
例えば、そこらで会った兵士さんに。
『そこの君、俺ってA班なの? B班なの?』
って聞けるわけないよね。
だってさ、昨日までのアルトゥールさんは、どちらかの班に確実に属している事を知っているんだからさ。
これだと仲間たちに頭おかしい奴認定されるわ。
どうしよう。
でも、ご飯が食べられなかったら、戦は出来ぬのです。腹は減っては戦は出来ない。
陰キャな俺は、間違えた選択肢で、話を進みたくないんだけどもさ・・・。
『あれ、少佐ってB班じゃ。今日はA班で食べるんですね』とか。
『え。少佐。A班の時間で食べなかったんですか。少佐ぁ。今はB班の時間ですよぉ』みたいなさ。
こんな感じで馬鹿にされるのは、結構ショックだよ。
少佐なのに。それに艦長さんらしいし・・・。
「でもさ。ここは恥を忍んで、背に腹は代えられぬと思い。行くしかないでしょ。陰キャとか捨てて、少佐っぽい感じで食堂にいってみよう! おおお!」
一人でいるけど、ここで頬を叩いて気合いを入れた。
頬が赤くなっている俺は自分の部屋から勇ましい顔つきで飛び出したのだ。
・・・・嘘です。
勇ましいかは、俺基準なので、オドオドしているかもしれない。
◇
廊下に出る。ここもメタリック仕様は変わらず。むしろ管制室よりも機械感が増している。銀の光沢の壁は冷たい印象を受けるが、触って見ると一肌くらいに温かい。暖房が効いているのかもしれないというどうでもいい事が気になる俺だった。
「あ、そうだ。肝心な事を考えていなかった」
はい。そうです。
食堂どこ!?
これです!!!
「ヤバい。食堂の場所がそもそもわからん。俺馬鹿だわ。A班とかB班とかの悩み以前の問題を考えてなかった。マジで、そっちを悩んでも意味がねえ。食堂の場所の方が重要だったわ」
真っ直ぐに長い廊下のどっちを歩けば食堂に行けるのだろう。
ここから始まる俺の異世界大冒険は、なんて小さい目標なんだろうか。普通の異世界転生ってさ。魔王を倒すとか。世界の王になるとか。モテモテになるとか。ざまぁするとか。悪役令嬢になるとか。結構色々あるじゃん。
なんだよ。俺だけ食堂に行こうってさ。
「そうだ。食堂に行ってみよう。みたいな軽いノリの目標だよ。なんだかグルメ番組みたいな感じで、本当に小さい目標だよな・・・」
異世界転生ってもっと派手なものだと思ってたよ。
右の道を選択した俺が、曲がり角を曲がって、更にその道の中腹を歩いている時。
反対側の廊下の曲がり角から声が聞こえた。男女の声だ。
「あのさ。さっきの少佐って変じゃなかった。リッペンってさ。あの時ちょうど管制室に入ったでしょ」
「ああ。最後の方でな。俺も思ったわ。お前も思ったんだな」
「うん。いつもの冷静な感じがなかったよね」
「そうそう。少佐って寡黙だもんな。俺たちってさ。一カ月ちょい旗艦アーヴァデルチェで一緒だけどさ」
「うん」
「少佐と会ったと数えると、大体、実質三日くらいじゃねえか。ほとんど会えなかったよな。それでも寡黙なイメージが取れないもんな」
「うん。でも、別に黙ってても良くない。アルマダンの英雄の姿を見るだけでも良くない。カッコイイもん」
「ああ。それは言える。俺たちって、連邦のあの若き英雄の下に配属されたんだもんな。あの人なら、何しても許されるし、別に俺たちに害ないしな。あの人が、優しいか優しくないとかどうでもいいしさ。この戦争で生き残るのに少佐の性格なんてどうでもいいしな」
俺の耳に、とんでもない情報が舞い込んできた。
アルトゥールさんは冷静なタイプの人だったみたいだ。それだと、俺とは真反対な人だ。どうしよう。俺はあわてんぼうタイプで、あたふた系な上に、独り言バシバシタイプなんですけど。
ヤバいな。寡黙タイプは難しいな。この人を演じきれるかな。
「そういやさ。少佐。風邪だったんじゃないのか。熱出したから倒れたって聞いたぞ」
俺が倒れたの。
熱ってことになってる!
はい、ここの兵士さんたち、お願いします。ぜひ風邪を引いたってことにしておいてください。
美女に触れられたから倒れたってことは忘れてください。
思い出さないでください。ぜひ、お願いします。
「えええ? そうかなぁ。なんだか、中尉におでこをくっつけられたから倒れたように見えたんだけど」
うおおおおおおお。バレてる!? 女性にはバレてるぞ!!!
さすがだ。女の勘は鋭すぎる。
「はははは。なんだよそれ。それじゃあ、初心なガキみたいじゃん。少佐はモテモテだから、美人にもなれてるだろ」
はい。初心なガキです。生まれてこの方、彼女がいません。前世を含めてです。あんな美人も見た事がありません。
「彼女の一人や二人くらいいるって、少佐のあのカッコよさだぞ」
それは思います。自分もカッコイイと思います。自分じゃないけど。
「そうよね。少佐って、モデルみたいにカッコいいものね。それになんて言ったって、アルマダンの英雄だしね。彼女なんてたくさんいるよね。でもそんな男だったら、世の女性が許さないけどね。いくらイケメンでも幻滅よ」
そうですね。そんな人なのかも知りませんが、この人がモテモテになるのは、分かる気がしますよ。
寡黙タイプで、余計な事を話さない。ミステリアスな雰囲気を持って、超絶イケメン。
だから女性をメロメロにするんでしょう。女たらしでしょうね。
亮をイメージして思った事だった。
でも俺には、彼女がいませんから。一人もいませんから。出来たこともありませんから。あなたたちの言うハーレムなんて築けるわけがありませんことよ。
いくら顔が良くても、モテ方を知りませんから!
自分で言って、悲しくなってきたわ。やめよう。
「まあ、それはいいとして。さっきのステルス機だったのは聞いた? 少佐のおかげで撃破したのよ」
「ああ。聞いた聞いた。オペのミギーに詳しくな。すげえよな。ステルス機って肉眼かカメラで直接確認しないと見えない奴だろ。少佐には敵の位置が分かっていたのかな? やっぱ英雄ってすげえよな」
ステルス機の位置なんて全然知りません。
そもそも、この世界にステルス機という戦闘機が存在している事も知りませんでしたよ。
振り向いたらそこに敵がいました状態です。
っていうミラクル状況だったんだって。
あの状況で得た戦果は、全て運だけが物を言っています。
「私たちとは違う次元の考えをお持ちなのよ。きっと達観しているんだわ」
「そうかもな。英雄だもんな」
はい。ある意味、別な次元から来ましたよ。
実際に俺は、別世界の住人ですよ。日本人です。
つうか。この世界観で日本ってあるのかな?
変なところで疑問が湧いてくる俺だった。
「早く食堂に行こうぜ」
「ええ。いきましょうか」
声が近づいて来ているのに気付いていた俺は、一旦来た道を戻って曲がり角から、彼らの会話を聞いていた。
彼らは、あちらから見て、二番目の道を曲がっていった。
食堂はあそこの道から繋がっているらしい。
気配を消した俺は、忍び足で彼らについていって、無事に食堂についたのである。
名前に続いて、食堂に行くという第二の目標を達成した坂巻新であった・・・。
って目標、小さえわ。でも美味しい食事にはありつけそうですよ。
廊下にも良い匂いがしています。




