第24話 デルタアングル宙域戦裏 天才は詐欺師を認める
馬鹿みたいに大きな声が、メインモニターの音声通信から管制室で響く。
『いけええええええええええええええええええええ』
これ以上聞くと耳が壊れる。
爆音が聞こえる範囲の全員が耳を塞いだ。
『右だ。そこだ。押せ。右からどんどん押せえええええええ』
まだまだ音量が上がる。
鼓膜が破れるかと思うくらいの大きな声になっていく。
「う。うるさい。なんだこの品性の欠片もない指示は。優雅さなど微塵もないぞ」
エデルも戸惑うくらいの声の主は、トリスタンである。
連邦きっての馬鹿デカい声を持つ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおお』
自分が直接戦うわけではなのに、全身に力が入っていそうな声だ。
「スタン。連邦の右翼は誰だ。将なのか? このうるさい男が」
「はい。右翼軍の将。トリスタン大佐だと思われます」
「トリスタン・・・本当か。偽物じゃないのか」
「ええ。本物だと思いますよ。ロンバルディ少将の子飼いの将で良いかと」
「ロンバルディ。聞いたことがあるな」
「それは、以前の会議で私が説明を」
「いや、そうじゃなく、以前にもどこかで」
とぼけて答えたわけじゃない。
聞いた覚えのある名だと、珍しく人の名に違和感を覚えたエデルであった。
◇
トリスタンの音声情報を自動収集モードに切り替えた後。
「スタン。奴は、どうなってる」
「そこそこうまく戦っています。敵艦隊を減らし続けているようです」
「そうか。さすがに敵が動く場所が分かれば、無能でも勝てるか」
「そのようです」
スタンもソムラが無能である事は否定しなかった。
「アズマ。傍受はいつまで出来そうだ。まだ続けられそうか」
「しばらく大丈夫そうですぞ。エデル殿。机上での計算よりも、実物には耐久性があるようですな。ガハハハ」
自分でも思った以上の性能になっていて、博士は嬉しくなって笑った。
「そうか。さすがだな。アズマ」
腕だけは確かだ。
エデルは褒める時は褒める男である。
「さて、一時間もあれば・・・いや、それほど時間はかからないか。すぐにでも敵右翼など粉砕できよう」
時間を確認して、エデルは戦場の勝敗を見据えた。
確実に勝ちに向かっている。
ここから負けるなど、万に一つもないだろう。
「結局は、実験の続きのような戦いだったな・・・つまらん」
実験の延長での戦い。
そんな気のゆるみがこの時点ではあった。
◇
盗聴から十五分後。
「差が生まれ始めました。閣下」
「そうだろうな」
スタンの報告に冷静に答えたエデルは、モニターで左翼の様子を窺う。
粗削りだが確実に艦隊を減らしていくソムラは、無能なりにも懸命に戦っているようだ。
「ん?」
味方を確認してから、敵を確認。
すると、動きに違和感のある敵部隊が近づいていた。
さきほど、横入りをしてきた敵の援軍は、瞬間的に壊滅にまで追い込こまれたのは確認していてたのだが、ここに来て、更に援軍としてやって来たものたちは、先程とは違う雰囲気を醸し出している。
「これはなんだ? 不可解な動き・・・終わった戦場で何をする気だ」
エデルは、見ていたモニターから、顔を上げてスタンを呼ぶ。
「スタン。敵の援軍は誰だ。調べてくれ」
「援軍ですか。どちらに? テルトシア方面から?」
「違う。今本陣から出てきた少数の部隊だ。これだ」
「少数が援軍?」
「ああ。いいから調べよ。スタン、情報を送ったぞ」
エデルは自分のそばにある端末から情報を送った。
受け取ったスタンは分析に入る。
「わかりました」
十秒後。
「・・・これは、指揮官の艦が、青い機体ですね。例のステルス機の時のでしょうか」
「スタンが新型と報告してきた奴か」
「はい。そうなると、あちらの軍務情報から察するに・・・」
連邦で専属旗艦を得ている人物は少将。両大佐。そして最後のアルトゥール少佐だけである。
「アルトゥール少佐ではないでしょうか」
「アルトゥール・・・それこそどこかで聞いた名だ」
頭の片隅にある名前だった。
「閣下。この名はアルマダンの英雄の名です」
「アルマダン・・・ああ、あの星か。鉄鋼の星での海賊案件の奴だな」
「はい。連邦の一惑星の民間人を救った方だと思います。民間の希望の星。英雄アルトゥールです」
「そうか。その男は、帝国だと私のような存在となっているわけか」
「ええ。そうですね」
ただし、エデルは権力者を救った英雄で、国家の基盤を守った男である。
「それで、そんな男が、この布陣でこの戦場で。何をする気だ。窮地に駆けつけるのは、どこでも同じだと、皆にまだ英雄だと思ってもらいたいのか?」
アルマダンの民間人を救ったように、今回も誰かを救うために窮地に飛び込む。
その男の勇気だけは素晴らしいと思ったエデルであった。
◇
アルトゥール艦隊が、戦場に到着する前。
スタンの声に、戸惑いが混じっていた。
「閣下」
「わかってる。私も驚いている」
アルトゥール艦隊の配置が変形し始めた。
複雑な配置変換で、それぞれが移動しながら、配置についていく。
「な。なんだこの動きは・・・それにこれは・・・何の意味が」
敵を迎え撃つにしては、面妖な布陣だ。
エデルの興味は、アルトゥール艦隊にしかない。
他の戦場に目が移っていなかった。
傍受した音声が入る。
『大佐。これより、我が艦隊が前に出ます。大佐は後方に下がって、我々を見守っていただきたい。そして、その間に、負傷艦隊の全てを回復させてください』
うるさい男とは別の声。
これがアルトゥールの声だと、エデルは思った。
「自信のある良い声だ。ほぼ勝敗がついた戦場で勝てると思っているんだな。面白い。どんなお手並みだ。我らの策を見破っていないだろうが、どうやって戦うつもりだ」
通信傍受をしているなど気付くわけがない。
今から百年以上もの間で、傍受システムを両国が開発出来なかったのだ。
帝国と連邦のシステムは完成されていたのだ。
『大丈夫です。やってみせますので、私を信じてくだされば、大佐はもう一度戦線に復帰できます』
仲間を回復させて、もう一度戦闘に復帰させるつもり。
つまりは、防御をして、味方の撤退を手伝う気なのだ。
「なるほど。理に適う行動だ。ここまでは完璧だな」
一つ前の援軍として向かった味方が壊滅したのに、そこに入る勇気。
そして今の継続戦闘を目指そうとして、その動きを味方に伝える考え方。
これらがここまで完璧だった。
「面白い。この戦場で最も面白い男を見つけたぞ」
エデルの目は輝いていた。
まるで新しいおもちゃを買い与えてもらった子供かのように・・・。
◇
「馬鹿な・・・これが彼の作戦か」
エデルは驚愕の表情となる。
「仕組みはほぼ定置網と同じか。罠が移動をする分。こちらの方が厄介。それにビーム砲の効率が良過ぎる。攻撃がクロスしやすい環境だ」
向かってくる敵を追い込む形ではない。
向かってくる敵を吸い込む形に見える。
しかしここで疑問が湧く。
「傍受は? どうなった。スタン。奴らの音声は!」
「はい。今、出します」
スタンから来た情報を聞く。
『放て』『集中砲火だ』『いけ。撃て』
これらが指示としての声だった。
「馬鹿な。移動の指示は? どうやってこれほどの規律性を保つ。この複雑な陣形を維持しながら、左右に動けるはずがない。音声なしにだ」
アルトゥール艦隊は、声の指示で移動をしていなかった。
ビーム砲を放つタイミングのみ。
その時だけ、艦隊の長の声が聞こえる。
「この男・・・まさか」
エデルはこのタイミングで気付いた。
我々が音声傍受をしている事に、敵が気付いている事にだ。
「移動を文字で伝えているな。ちっ。アズマ。あのシステム。まだ文字は駄目だったな」
「そうですな。文字での通信技術に、介入はまだ出来ないですな」
「・・・この男なら、それを読んだのか? いや、違うな。これほどの感覚を持っているなら」
エデルは相手の思考を読み始めた。
「その通信の文字にすら、何らかの暗号を付与するはず。つまり・・・」
そう、アルトゥールという男は、傍受されてもいい情報をあえて傍受させているのだ。
文字を読まれても別にいいと、割り切って考える。
そして、それくらい警戒をして連絡をし続けているのだ。
自分たちが騙された振りをして、相手を騙しに来た上に、その相手方が騙されようが騙されまいが、どっちでもいい状況を作り出したのだ。
「この男。騙しあいの天才か。戦争家じゃない。まさしく詐欺師だ!?」
「閣下。指示はどうしましょうか。左翼が削られています」
「どれくらいだ」
「すでに500は、超えたと」
「馬鹿な奴だ。スタン。奴にもう引けと連絡しろ」
「わかりました」
そんな事は連絡せずとも引くはず。
そこまでコテンパンにやられたら、いくらそこまでの間に上手くいっていても、普通の将なら無理をしない。
ここでも無能さを披露するソムラであった。
「ふう。しかし、面白い男だったが・・・それもこれで終わるか。最後はやはりつまらん戦いにでもなるか」
一つの策が上手く嵌り、それが覆された。
しかし、策はもう一つあり、エデルは、次の作戦で勝敗が決まると思っていた。
運命の戦いは最終盤へと向かう。




