第23話 デルタアングル宙域戦裏 完璧な勝利は目前だった
宇宙歴1324年2月23日。
デルタアングル宙域の出口より南東に向かった先の出来事で連絡が入った。
エデルの艦だけは惑星側の宇宙で待機をしていた。
「閣下」
「スタン。何かあったか?」
「はい。ステルス機が爆発しました」
「なに? 今のタイミングだったか? まだ、様子を窺うだけじゃなかったか?」
明後日が爆発予定のために、ステルス機の様子を探るだけの偵察機が三機。
現場に向かっている予定であったと記憶していた。
だから、ここでの急な爆発は意味が分からなかった。
「どうやら、敵の偵察機に破壊されたようです」
「ほう。ここまで偵察に出るとは、勇気のある艦だ。どこのどいつだ」
「青い艦であったと」
「青い?」
「はい。真っ青な綺麗な青と、灰色が混じり合って美しい艦だそうです」
「誰が乗っている?」
「知りません。新造艦のようです」
「ほう。新しい艦か・・・」
ここで新型を投入するとは。
連邦も気合いが入っているではないか。
エデルは、敵の用意の良さには満足していた。
「しかしな。どうせ弱いだろうからな」
でも敵となる者はいないだろう。
いくら艦隊が新しくなろうとも、自分の敵となる将が、連邦にはいない。
今までの戦い方からして、連邦が自分の強敵となるのはありえないのだ。
ましてや、盗聴の技を得たのだ。
情報が完璧に揃うのであれば、万が一でも負けはない。
「閣下。散布は成功しているらしく、こちらの巡洋艦はどうしましょうか。敵が速くて、見失いそうですが、まだその航路を追いかけているらしいです。引きますか?」
「・・・そうだな。今さら無理をする事もない。散布が成功しているなら、いいだろう。アズマ!」
博士も艦に乗っていた。
「エデル殿。なんです」
忙しそうな博士は端的に答えた。
「今、散布されたらしい。戦いまで持つか?」
「その戦いはいつにごろになるのですぞ?」
「大体、敵の本陣がここだな」
エデルは自分の頭で、敵の駐屯位置を予測で出した。
モニターにメモをする。
「こうなると三日でターンして、全体を動かせば・・・一週間くらいだな」
結論は一週間後。
「じゃあ持つですぞ。今は10日くらいはそこに漂う事が出来るですぞ」
「わかった。いいだろう。爆発散布は成功としよう。追いかけなくても良い。スタン、その連絡をしろ」
「はっ」
これが、坂巻新が転生した瞬間の舞台裏だ。
彼が思いがけずに破壊してしまったステルス機は、別に敵を確認するためでなく、こちらに来た偵察機を破壊するわけでもなく、ただ単に爆発して、傍受システムを宙域にばら撒くことが目的であったのだ。
この話を見ると、新の予測が正しい事も証明されている。
エデルに唯一対抗しうる男は、たまたま奇跡を起こしたのだ。
ただし、それがよかったのかと言われたら、そこは曖昧となっている。
◇
宇宙歴1324年2月25日。
三惑星から出撃する前の会議中。
「閣下。面倒ごとが」
「スタンがそういうとは」
珍しいな。エデルは隣にいるスタンが困った顔をしていた。
「何があった?」
「はい。ソムラ殿を艦隊司令の一つに受け入れろとの連絡です」
「ん? 入れろ? 我が艦隊にか」
「はい。どこかを任せろと、宰相殿の命令書も持っています」
「馬鹿な。この戦争は私に任せるとなったではないか」
「はい。ですが、断れば」
「・・・んんん。くだらん小細工を」
ギリギリのタイミングで我を通してきた。
やり口が汚い。帝国の上層部ってものは私利私欲にまみれている。
エデルの真一文字に結んだ唇に、怒りが現れている。
「そう来るならば、いいだろう。左翼を任せてやる」
「よろしいのですか。そちらは傍受の方では?」
今回の肝となる傍受を仕掛けたのが、敵の右翼側。
つまり、こちらの左翼を担当する者が重要な戦場を任されるわけである。
「ああ。本当はスタンに任せるつもりだったが、そいつに任せる」
「・・・・中央での配置は?」
「そ奴に私のそばにいてもらいたくない」
中央の拒否は、我儘だった。
「右翼は?」
「そこは、ニルシュでいく。耐えてもらい左翼で潰す」
ここが当初の計画通り。
ニルシュの持久戦で右翼戦場の安定を狙い、左翼の傍受で敵を殲滅して、左上がりで敵を消していく算段だった。
「出来ますかね。ソムラ殿で?」
「出来なくてもいい。死んでもらえば、スタンが代わればいいだけだ」
エデルのとんでもない計算だった。
味方の失敗を仮定して。
スタンならばカバーできる。
これが戦いの前の非情な決断である。
「わかりました。そのようにします」
「よし。出撃するぞ」
敵の進軍タイミングに合わせて、帝国軍も出撃した。
◇
宇宙歴1324年2月28日
両軍が本陣を敷いて、デルタアングル宙域で待機中。
「予想通りでした。あれは、敵左翼フローシア軍。敵右翼トリスタン軍です」
スタンの冷静な声が、通信会議中の軍幹部に届く。
「そうみたいだ。俺の相手はフローシアって人か。情報通りだと、美女じゃないですか」
どうでもいい情報だろ。
そうは言わないが、エデルは真顔で答える。
「あえて少ないが。やれるか。ニルシュ」
「ええ。大丈夫です。戦術も連携も見ました」
突進型の猛獣。
それがニルシュの頭の中に、彼女の印象として残っている。
「まかせたぞ。ニルシュ」
「ええ。おまかせを」
3000対5000。
数としてみるとさほどではないが、戦場になれば、その二倍近くの差は圧倒的な違いとして出るだろう。
しかし、ニルシュであればお手の物。
そこに、エデルからの信頼があった。
「私は、例の情報で戦えばいいのだな」
「その通りだ。無理をせず、情報通りに戦う。それでいい」
「わかった」
偉そうな男の名はソムラ・フォールグリス。
上級大将ルスタフの親族だ。
もしもこの戦争に勝ちエデルが成功を収めた場合、上級大将としてトップに君臨する恐れがある。
そう感じたルスタフとコリーズが、手柄の独り占めを阻止するためだけに用意した人物で、優秀とは言えない中将をここに入れこんできたのだ。
上級大将にも偉そうなのは、貴族として格が上だから。
この帝国は、貴族主義が根底にあるために、役職で判断しない部分がある。
「ソムラ。左翼は任せた」
しかし、エデルも長である。いくら格上の貴族だろうが、ここで下に出る事はない。
「・・・わかった」
相手が下出に出ると思っているソムラは、不満そうな顔のまま通信を切った。
◇
「あれはこの戦いで死んでほしいな」
辛辣な言葉を表に出すエデルは正直者である。
「閣下。宜しくありません。そんな発言を不用意にしてはいけません。もし、誰かに聞かれたら命取りになりますぞ」
「スタン、今ので小言を言うな。仕方ないだろう。あのような態度で、私の配下になろうというのだぞ。一時的でも気に食わん」
「閣下。我慢してください。部下も見ているのです」
艦のメインルームには、他にも部下がいる。
示しのつかない態度は全体にいい影響を与えない。
スタンの正しい指摘である。
しかしこの正しい忠告を受けても。
「別にいいだろう。皆も思っている。今の会話ですぐに分かるものだ。奴が無能だとな」
この発言が出てしまうのがエデルだ。
そしてこの発言の直後に、皆が黙って頷いて肯定するのが、エデルの直属の配下たちだ。
なので、皆がエデルの考えに近いために、スタンという人物がいかに重要であるかが分かる。
全てが賛成のみの組織に先はない。
反対意見を述べられる組織にこそ未来がある。
だから、エデルの軍が帝国で一番強いわけなのだ。
エデル一人が天才だから強き軍になったわけじゃない。エデルに対して物を言う人間がいる事が重要なのである。
「閣下」
「ああ。わかったわかった。スタンの言葉も受け止める」
「本当ですね」
「うむ」
「お願いしますよ。閣下」
「うむ」
「次もあったら、次も注意しますからね。しつこくいきますよ」
「うむ。もうわかったぞ、スタン。大丈夫だ」
スタンの忠告を受け止める事を誓ったエデルであった。
◇
宇宙歴1324年3月1日
開戦日の開幕一番。
全体の状況を見て、エデルは微笑む。
「予想通り・・・だから」
その後に顔が曇る。
「つまらない。そう言いたいのですね」
司令の席に座るエデルの隣で、スタンが続きを言った。
「うむ」
盤面はエデルが思い描いた通りの図。
敵の傾向からして、左右の将が前に出るスタイルを貫くことが分かっていた。
ここ数十年の連邦の基本戦術は、全て両翼戦闘だ。
左翼。右翼。
どちらかの軍が勝ち、そしてそのまま挟撃の構えに入るのが定番となっている。
そして今回もその傾向通りの動きで、左翼軍と右翼軍が前に出てきたのだ。
「しかし閣下・・・」
続きの苦言も分かる。
勝ちが近づいていても、気を引き締めてください。
この言葉が次に来ることは、言われずとも分かっている。
我が親友スタンが、スタンであるのだから、こういう時に苦言を言ってくるのだ。
「うむ」
一言に重きを置いたことで、スタンは引いた。
「指示通りに動けと。両翼軍に伝えよ。スタン。戦闘開始だ」
「はっ」
ここまでの全ての行動は、エデルの手の中にあった。
一つも零れずに、漏れることなく、その手には勝利の文字が浮かび上がっていた。
しかし、ここからが、彼の想定外となる。
全ての出来事が、自分の手の平に収まっていると思っていたのが大間違い。
ある一点において、この世界におかしな光が突如として現れていたのだ。
彼が知りうる銀河の外から、彼が治めるはずの銀河の中に、あの男は勝手に入って来た。
知らぬ間にあの天星から、とある英雄がこの世界に訪れていたのだ。
永遠の宿敵との出会いはまもなくである。




