第20話 デルタアングル宙域戦裏 エデルの片腕
エデル・フォン・ポイニクス。神聖フロリアン帝国上級大将。弱小貴族出身。
彼くらいの若さで上級大将にまで出世した男は、旧帝国時代を数えても、異例中の異例の出来事だろう。
帝国一の戦闘能力を誇る艦隊を持つために、他の軍を侮る傾向がある。
というのも、それは他からの視点で、実際は違う。
彼自身の視点では、そもそも貴族らの行動や思想が気に入らないから侮っている。
別に強さのあるなしでの評価ではなかった。
なので結局、侮っていることには変わりがない。
貴族らに、その地位に相応しい実力があるのならまだ許せる。
だが、実力もないのに、自分よりも偉そうに命令してくる奴らが許せないのだ。
そんな奴らは今すぐにでも処していきたいとさえ思っているくらいに、彼は過激派でもある。
こんな思考の彼だから、傲慢だと思う者も多いかもしれない。
しかし、エデルは決して傲慢な男ではない。
自信過剰ではあるが、傲慢にはならない。
それは常に己を磨くことを忘れないからである。
自己研鑽することを欠かさないのだ。
――――――――――――――――――――
宇宙歴1323年11月2日
この日。神聖フロリアン帝国の情報部にいるスパイから、エデルに一報が届く。
エデルの大側近が手紙を持って来た。
「閣下」
「どうした。スタン」
真っ赤な情熱をその身で表現した男は、椅子に座って本を読んでいた。
報告書を持って来てくれた友に視線を向けるために、顔を上げる。
「こちらです」
「手紙? しかも手書きか」
「はい」
「そうか。内密なのだな」
端末での報告書じゃなく、手書きの報告書は珍しい。
だから一瞬で判断が出来た。
大切な情報を誰にも知らせずに渡すには、この手段が最も機密性が高い。
内部に敵が多い男は、警戒を怠らないのだ。
「ふむ」
エデルは、一通り報告書を読んだ後に頷いた。
「閣下。何の報告でしょうか?」
「ん? 珍しいな。スタンよ。これを読んでないのか」
エデルが報告書を少しだけ持ち上げて指摘した。
「はい。緊急のものでしたので、第一は閣下がよろしいかと」
スタンは、エデルに遠慮して読むことをしなかった。
「お前は私を立てすぎだぞ。私を介さず、自分で勝手に考えてもいい。いっそお前から指示を出してもいいんだ」
嫌そうな顔つきで話す。この言葉は、全幅の信頼である。
「いえ。閣下が一番であります」
エデルの忠実な部下『スタン・アンフィールド』
身長190センチを超える肉体は、中肉中背の素晴らしい引き締まった筋力で保たれている。これは、いついかなる場面でもエデルを守ろうとするためのものだ。
彼はエデルの忠実な部下であり、最高の友である。
透き通ったブルーの瞳に、厳かで繊細な紫の髪が映える。
真っ直ぐな性格と誰にでも優しく接する態度をもっているために、男女ともに人気のある人物だ。
ちなみにエデルと正反対の性格をしている。
エデルは選り好みをする上に、好き嫌いを顔にも態度にも出しやすく、スタンは人当たりが良くて、好き嫌いの表情を出さない。
「ふぅ。まあ、ここで言い過ぎても、仕方ない。本人にやる気がないからな。まあいい。スタンも読んでみるか」
「はっ」
スタンも目を通すと。
「どうだ」
「始まるのですね」
続きの言葉は。
『連邦軍との戦争が』
である。
これをあえて言わなかった。
互いが理解しているから、話を進める事を優先している。
「そのようだ。さて、馬鹿どもは・・・これしきの事で慌てるのだろうな。そこに私がいなくとも目に見えるわ」
帝国の上層部が、普段から戦争の準備なんてしているのか?
エデルは、自国に疑念を持っている。
「陛下から命令は出るのでしょうか。今、陛下は・・・」
「ああ。病がちだ。じきに崩御するだろう。おそらくな」
神聖フロリアン帝国の五代目皇帝は、就任以前から病がちで表にほぼ出てこない。
だから、五代目はあまり実績のない人物で、その中で唯一の実績は、血統を保ったことだ。
六代目となる予定の『シュヴァルツ・アーク・エレイン』
この子が誕生したことが、唯一の仕事と言っていい。
ただし、この子は・・・。
「閣下。摂政が置かれるのでしょうか」
「だろうな。若は、幼すぎるからな」
現在四歳のシュヴァルツでは、国家をまとめ上げるのは不可能。
なので、摂政が置かれることは確実。
ただし、そのポストに就くのが誰になるのかが、この帝国の静かな争点となっている。
上手くいけば、それは皇帝になるに等しい。
それが、摂政の地位だ・・・。
栄光ある帝国にも、暗雲は漂っていた。
今、摂政の座に近いのは、三名。
現皇后。皇太后。大貴族アタイル家の当主。
これらが神聖フロリアン帝国の次を担う存在となろうとするのだが。
「どれも気に食わん・・・」
エデルがポツリと呟くと、スタンはクスッと笑った。
主君の気持ちが誰よりも分かるスタンは、今の発言が咄嗟のもので意図せず者である事にも気付いている。
だから、注意をする。
「しかし、閣下。まずは、目の前では?」
「ん。その通りだな。デルタアングルを見据えるとするか」
敵がやってくる。
でも不思議と気持ちが高揚しない。
その理由は分かっている。
「それも、つまらん戦いになるか」
自分が戦おうにも、相手に自分と同じ力量のある者がいない。
その事を深く理解しているから。
エデルは敵がこちらに来ようとしていても、面白くもなんとも思わなかった。
切磋琢磨できるものは、スタンしかいない。
そしてそのスタンは、絶対的に忠実な部下であり、友であるので、戦う事は無いのだ。
◇
宇宙歴1323年11月15日
首都星にあるエデルの執務室。
ここで書き物をしていたエデルに連絡が届いた。
「閣下」
「スタンか? 訓練はどうした?」
いつもの定期訓練の時間帯に、自分の所に来るのは珍しい。
生真面目スタンが、別な行動をとるという事は。
「緊急か」
である。
「はい。こちらをお送りします」
エデルの端末にデータを送る。
「ん・・・・招集?」
端末を見てから、エデルは顔を上げる。
真顔のスタンを見た。
「はい。緊急招集で、大将クラスの方々は集まれと」
「奴ら、ようやく察知したのか」
「そのようです」
エデルらが、敵の戦争準備の情報を手に入れたのは10日以上前の事。
帝国が情報を手に入れるまでの時間の差があり、それが彼らとの実力の違いになっている。
帝国は明らかに色々な事が上手く機能していない。
皇帝が弱っている事も大きいが、そもそも神聖国になってからの帝国の百年の歴史が邪魔をしている可能性がある。
一国家から一挙に加速して、二か国を吸収したための弊害があるのだ。
「そうか・・・スタン。お前はこの問題をどうしたらいいと思う」
「閣下のお好きなように」
「・・・・」
エデルが意見を求めたのに、スタンは答えを言わない。
余計な事を言って、困らせるのも悪いと考えているスタンと、それでも言ってくれよと思っているエデルがいる。
しかし、両者は互いを完璧に理解している。
どうせ戦うのだと。
「ふっ。スタンよ。私が戦うと思ってるんだな」
「はい。当然です」
考えも同じだと。
「わかった。じゃあ、次に私が出す指示は?」
「ええ。ですので、ニルシュ殿に連絡を入れています」
やるべきことも分かっていると。
「先回りも完璧か・・だったら、スタンに全体の司令官を任せてもいいか」
「いえ。閣下がやりますでしょ」
冗談も分かっている。
一心同体。
上司と部下で、唯一無二の親友は、銀河でも随一の最強コンビであった。
「わかった。私の事はなんでもお見通しか。うむ。スタン。嫌な仕事でもしてくるか」
「お供します」
「ふっ。スタンよ。相変わらず、語らずとも語ってくるか」
エデルにとってのスタンとは、己の半身と呼んでも過言じゃない。
全てにおいて以心伝心となり、喜びも忠告も言わずとも伝わるのだ。
彼は、運命の宿敵と出会う前。
片腕スタンに宥められて、嫌々ながらも、彼基準の無能どもが集まっている会議室へと向かったのだ。
少しばかりエデル編を始めます。
こちらは、アルトゥールの裏側だと思ってくれると嬉しいです。
二つを同時並行で見ると、デルタアングル宙域戦の全容が見える形になっています




