第10話 会議の終わり
実りがあったとは一概には言えない会議。果たしてこのままで勝てるのだろうか。一抹の不安がよぎる中で、俺は帰り支度をした。
椅子から立ち上がって、カタリナさんを見るために振り返る。
『さあ帰ろうか』と語り掛ける寸前で、大声が聞こえた。
「おい。アル。飲みに行こうぜ」
正面に体を向き直すと、筋肉大佐が満面の笑みで俺に近づいてくる。
怖い。彼の背景が、荒野とかになっていたら、まさしく世紀末だ。
あの人が間違えてヒャッハーとか言ったら、世紀末覇者を待ち望むしかないよね。
「なあ。明日から戦場なんだしよ。休みって今日しかねぇだろ。アル飲みに行こうぜ」
トリスタン大佐が、クイクイっと飲む動作をした。
その大きさから言って、グラスじゃなくて、デカめのコップに見える。
飲むのは焼酎かな。日本酒かな。
とにかく大量に飲みそうだ。
まあ、そんな事はどっちでもいいんだけど。
俺ってまだ酒飲めないよ。
二十歳じゃないんでって言いたいけど。
そうは言えないだろう。アルトゥールさんって、たしか二十歳は超えていたはず。
ああ。どうしようか。上手い言い訳が必要だぞ。
そもそもだ。アルトゥールさんって、お酒が飲める人なのかな。
と悩んでいたら豊満妖艶美女もやってきた。
「私もあなたと交流がしたいから、その席に入りたいわぁ。トリスタンちゃんだけ彼を独り占めするのはずるいわ!」
「オレはアルを独り占めなんてしてねえ。お前は早く帰れよ。邪魔だ」
トリスタン大佐は、フローシア大佐の色香に負けないようで、強い言葉で否定した。
世紀末先輩は、誘惑に強い人物らしい。
「トリスタンちゃんは、相変わらず怒りん坊ね」
と窘めた後。
彼女は俺の事を見てきた。なのでここで目を逸らす。
美女と見つめ合うのは出来ません。
「うん。それにしても、あらまぁ。どうしてもこの子と目が合わないわね。どうも初対面だから緊張してるのね。どれどれ、こうすれば緊張が取れるわよ」
フローシア大佐が俺の顔を掴んだ。
その直後。
俺の世界は真っ暗になった。何も見えない。
【ぽよん】
あれ? 何この柔らかい物は、どこを触っても柔らかいマシュマロみたいだ。
ってまさかこれは!?
あらま、私。
今、天国に埋もれたようなんです。
ここは母なる大地。
世界中の人々が・・・。
赤ちゃんが・・・。
誰しもが・・・。
全てがここから始まる出発点でありながら、大人になっても恋焦がれる至高の到達点の中にいます。
俺なんて強がりな言葉が出ません。
ワタクシになっちゃいます。
あれ。ヤバいです。
天にも昇る気持ちであります。
っておいいいいいいいいいいいいいいいい。
俺、今。
大佐の胸の中に沈められてるぞ。
苦しい。息が出来ねえ。
でも幸せだ~~~。
いやいや、でもセクハラだろこれ。
でもでも、俺からやってくれって言ったわけじゃないから、大丈夫か。
むしろ大佐の方がセクハラじゃね。
にしても、この大佐の手が外れねえ。
彼女の腕力がとんでもない気がする。
これが皆から脳筋と呼ばれる力なのか!?
「フ、フローシア大佐、少佐がお困りです。やめてください」
カタリナさんの声が聞こえた。少々怒っているようにも思う。
でも安心してくれカタリナさん。俺は全く困ってないです。
むしろ嬉しいです。幸せです。
――しいて言うなら、ただ恥ずかしいだけなんです。
戸惑い三割の歓喜六割の息苦しさ一割なだけなんです。
総じて、天国だという事なんですよ。
「いい加減にしてください。フローシア大佐。・・・・。・・・・」
最後の方の抵抗の声が聞こえないから、そっちの状況がよく分からないが、カタリナさんは、どうやら大佐に対して、必死に抵抗してくれているようだ。
しかし、声に怒りがあるのは気のせいでしょうか。
俺としては、ずっとこのままでもいいんだけど。
でも、だ、誰も見ないでお願い!
なんか恥ずかしい! でも幸せです!
「フローシア、その辺にしてやれよ。その格好のアルじゃ、話せなくなっちゃうじゃないか。俺はこいつと話がしたいんだよ。会話の邪魔すんな。やめろよ
おお、脳筋大佐がまともなことを言ったぞ。
それにしても、なんでこの人はアルトゥールさんに執着してるんだ。
この感じだと、だいぶ信頼しているような気がするな。
俺は天へと召される前に、素晴らしき天国から解放された。
無念だ。あ、違った。解放されて良かった・・・・という事にしよう。
本当は残念だと思ってる。
「仕方ないわねぇ。はい。少佐……でも、まだ目が合わないわ。しょうがない。今度会った時には、私に埋もれてもいいのよぉ。包んであげる」
ハイ、お願いします。じゃなかった。
危ない。
また誘惑に負ける所だった。
「いえ、遠慮しておきます」
本当はお願いしたかった。
でもしょうがない。
恥ずかしいし、それにアルトゥールさんの性格から言って、ハッキリ断るような気がする。
あの日記の書き方からして、真面目な人っぽいしね。
たぶん、アルトゥールさんなら冷静に断るはずだ。
んんんん。
でも悔しいな。
でもでもしょうがない。
ああ、それでもやっぱり・・・。
思考は名残惜しさで堂々巡りしていた。
「だからさ、飲みに行こうぜアル」
結局、話が最初に戻る。
脳筋大佐はどうしてもアルトゥールさんと飲みに行きたいようだ。
全然諦めていない。
「いえ。私にはまだ仕事があります」
「は? 今終わっただろ。明日までは休みなはずだ」
それは、今ここでのスケジュールがな。
俺のスケジュールでは仕事があるのよ。
察してくれ。筋肉大佐!
「いえ。艦に戻り次第、作戦会議を開きたいんです」
「作戦? 俺たちが突っ込む策に、お前はフォローだろ?」
「はい。ですが、準備だけは万全にしたいので、申し訳ありません」
「じゃあ、てっぺんまで飲もう」
じゃあの意味が分からん。
こっちは、断ってんじゃん。
時間制限を設けても無駄だから、行かないよ!
この人、どんだけ俺と一緒に飲みたいのよ。
「今日は遠慮しておきます。戦争に勝ってからなら、飲みに行けます。それに、勝って飲んだ方が美味しいですよ。酒のつまみに出来ます」
「・・・それもそうだな」
上手い言い訳をしたと思う。
これなら、筋肉大佐のプライドも傷つけないでしょう。
誘いを断るって、高等な会話テクが必要だって、青菜さんが言っていたからな。
人それぞれのお断りをしないといけないって言ってたな。
筋肉大佐は話を聞いてくれたようだ。
次の発言は別な話題になった。
「なあ。アル。ステルス機を破壊したんだろ? すげぇじゃねぇか。大手柄だ」
「いえ、あれはたまたまです。運が良かっただけなんです」
実際に、あれはただ帰りたいだけで言ったんだ。
それがたまたまイイ感じの指示になっただけで、奇跡が奇跡と合体して、意味わからんくらいにラッキーだっただけなんだよ。
あれを賞賛されるのは恥ずかしいんだ。
正直やめて欲しい。
ほんと、頼みます。
胸の底に沈めた傷をほじくり返さないで!
「あらら、あなた本当に謙虚ね。本当に可愛いわぁ。私の恋人にならない?」
フローシア大佐の発言によって、俺の頭がショートした。
か、かかか彼氏!?
無理無理。女性と付き合ったことがないっす。
しかもこんな美人がそばにいたら、死にます。
あれま。どうしようどうやって断れば・・・。
亮ならモテモテだから、そういう慣れてるだろうが、俺じゃあ・・・。
プシュー。
頭の中で音が鳴った気がした。
「アル。なんだ? 止まっちまったぞ、アル。おいアル、アルーーー」
「少佐、少佐しっかり」
2人の声も届かない。
「あらまぁ。こんなに止まるなんてねぇ。初心な子なのね。まぁいいわぁ。いつかは考えておいてちょうだいね」
フローシア大佐が出て行ったのは見えていた。
あとはカタリナさんが俺の頬をペチペチ叩いているのも見えている。
だけど物を考えられなかった。
「んじゃ。戦争後にまた会おうな、美人の中尉さんよ。アルのことを頼むぞ」
「は、はい」
トリスタン大佐は、カタリナさんに全てを任せて去って行った。
………5分後。
ああ、目を覚ましたよ。
突然の告白に思考停止。
だって高校でも、いや人生でも女性から告白なんて受けたことないわ。
こういう時はどうしたらいいんでしょうか?
【私と付き合うにはまだ早い。子猫ちゃんにはね】
っとか言えばアルトゥールさん像になるのかな。
いやいや俺には無理だよ。
次こんな場面が来たらどうしよう。
戦争では悩んでないのに、余計な事で悩む俺であった。




