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無能な僕は、生活保護で生きる事にした

 就職活動があまり芳しくなく、嫌気が差していた頃の事だ。とあるインフルエンサーのこのような主張を僕は耳にしたのだった。

 「無能な人が働くと、有能な人の職を奪う事になってしまうのだから、働くのは有能な人に任せて無能な人は積極的に生活保護で生活するべきなんですよ」

 なんとなく共産主義っぽい考え方だとは思ったけれど、その人自身はそうは言っていないし周りもそうは思っていないようだからきっと違うのだろう。僕はそんな考え方もあるのかと素直に感心した。そして、自分も生活保護を受けてみようかとそう思ったのだ。これだけ就職活動が上手く行かないのだから、きっと僕は無能なのだと判断したのだ。

 生活保護は申請が通り易い地域と通り難い地域があるそうなのだけど、幸運な事に僕が住んでいる地域は申請が通り易かった。難なく申請が通り、僕はアパートを借りてそこで暮らし始めた。もちろん、贅沢はできないのだけど、静かで平穏な生活だった。正直、ちょっと暇だけれど、ネットがあれば無限に時間は潰せる。高望みをする気はない。僕にとってはそれで充分だった。

 ――が、ある日、想定外の出来事が起こってしまったのだった。

 

 「生活保護に労働が義務付けられた?」

 

 そんなニュースが飛び込んで来たのだ。

 三か月以上、継続して生活保護を受けている者が対象のようだった。

 国の財政はピンチだ。それに少子化で労働力は不足している。その法改正の意図には、これ以上税負担となる生活保護受給者が増えないように抑える事と少しでも労働力を増やそうという意図があるようだった。

 生活保護受給者達に割り振られた仕事は、資源ごみの回収と分別だった。ただ、回収するだけじゃなく、ごみを分解して資源に使える部分だけを選り分けたりもする。

 レアアースや半導体など、近年の技術発達によってリサイクル可能となった資源は多い。しかし、ごみの中から適切にそれらをより分けて回収するだけの労働力が足らない。だから生活保護受給者を当てようというのだ。レアアース類のほとんどを日本は輸入に頼っている。リサイクルが普及すれば、輸入が減ってその分、富が国内に留まる。そうなれば当然税収も増える。そのようなメリットを鑑みたのだろう。

 それに、生活保護受給者に仕事をさせたくても交通費や設備投資費用などはあまり出したくないのだと思う。その点、人の住んでいる処ならばごみは何処でも出るから特に移動せずとも住んでいる地域で仕事が可能だ。集めた資源ごみは清掃員に運んでもらえば良いのだし。

 

 やがて、資源ごみ回収の仕事が始まった。もちろんやりたくはなかったが、やらなければ法律違反で犯罪になってしまう。手を抜く訳にもいかなかった。何故ならノルマがあって、集められた資源ごみをちゃんと分解して選り分けていなかったらペナルティがあるからだ。支給額を減らされてしまう。

 一番困ったのはそれがほぼ連帯責任になる点だった。集められた資源ごみが、生活保護受給者達の誰の担当かなんて決まっていない。つまりは同じ地域に住んでいる生活保護受給者の誰かの仕事が遅ければ、全員の責任になってしまうのだ。

 僕は比較的仕事が速い方だった。仕方なく他の人の分の仕事もやっていたのだけど、だんだん我慢ができなくなった。

 “どうして、僕が他の人の分も仕事をしなくちゃならないんだ?”

 当然の不満だろう。

 だけど、ふと気が付いた。

 “……いや、でも、そもそも生活保護で生きるのって、誰か他の人に仕事をやってもらっているのだよな?”

 それで文句は我慢した。もしSNSで発言したりすれば総ツッコミが入りそうだ。その代わりに僕はマニュアル作成をした。資源ごみ分解のコツなんかを自分なりにまとめ、それを皆に配ったのだ。それなりに大変だったけど、一時的なものだ。それで全員の能率が上がれば楽をできる。

 マニュアルを配ってしばらくが経つと、嬉しい誤算があった。なんと僕が気が付いていない点のアドバイスを貰えたのだ。それも吸収して、僕は更にマニュアルを洗練させられた。そして、お陰で皆の能率は更に上がっていったのだった。

 僕は皆から感謝をされ、誇らしい気持ちになった。

 ……何と言うか、承認欲求が満たされて、やりがいを感じていたのだと思う。

 

 動物は実はただ単に何かを貰えるよりも、仕事の結果として得られる報酬により満足感を覚える性質を持っているのだそうだ(因みに、今のところは猫だけは例外だとされているらしい。……分かる気がする)。

 僕が仕事をせずに収入を得ていた頃よりも満足感を得られているのは、きっとそのお陰だろう。

 

 ある日の事だった。役所の人から電話がかかって来た。

 「あなたがマニュアルを作成して、皆に配ったと聞いたのですが」

 怒られるのかと思ったのだが、どうやら違っていた。僕が「その通りです」と認めると役所の人はこう続けたのだ。

 「実はあなたのその能力を聞いて、企業から就職をしないかと引き合いが来ているのですよ。どうでしょう? 面接を受けてみる気はありませんか?」

 僕はその話にビックリしてしまった。そして、それと同時にとても喜んだ。

 

 それから一週間後、僕の就職が決まった。

 企業の面接は終始和やかな雰囲気で行われ、嫌な質問もされなかった。気さくな態度の面接官は僕に、

 「それにしても、どうして生活保護を受けようなんて思ったの? こんなに優秀なのに」

 なんて訊いて来た。

 僕は素直にインフルエンサーの言葉に影響を受けたと説明した。無能な人は有能な人に仕事を譲るべきだという主張。すると、面接官は可笑しそうに笑った。

 「その人が無能かどうかなんてどうやって判別すれば良いのさ? その人は自分の能力を過小評価しているかもしれないし、自分に合った仕事を見つけられていないだけかもしれない。断言しても良いけど、“有能か無能か”を判別する客観的な方法なんて絶対にないよ」

 それから言葉を止めるとその人は続けた。

 「経済の成長っていうのはね、生産性が上がって余った労働力を新たな産業の育成の為に用いる事で成り立っているんだ。余った労働力を使わないで、生活保護を受けさせちゃったら経済成長できなくなっちゃうよ。ま、ほぼ全ての仕事をAIとかロボットとかがやるようになっちゃったら別だけどね。

 百歩譲って、この日本が問題なく成長し続けられるって言うのなら余った労働力を無駄にしても良いかもしれないけど、むしろ現状は大ピンチなんだ。そんな余裕はないんだよ」

 そう言い終えると、彼は僕をじっと見据える。

 「だから、君みたいに優秀な人間にはちゃんと働いてもらわないと社会が困るんだ。どうかよろしく頼むよ」

 僕はそう言われて照れてしまっていた。けれど、それでも、大きく頷いていた。

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― 新着の感想 ―
中々良い内容ですね。 ただ高齢や障がいで仕事ができない人は、労働免除とかになるのでしょうか?そこらへんの設定が気になります
2025/06/25 06:26 退会済み
管理
 良い意味でのタイトル詐欺。(笑)  こんな現実なら社会の未来はきっと明るい。
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