030 炎の舞
「よし、これが計画だ」
「我、偉大なるフェニックスは、巨大なレーザー昆虫の群れに、たった一人で立ち向かう」
「壮大な物語の始まりのようだな…」
「さあ来い、虫けらども。この鳥の晩餐になる覚悟をしろ」
以前の俺なら、即座に逃げ出していただろう。見つけられる限り一番深い穴に隠れ、奴らが去るまで岩のふりをしていたはずだ。
だが、何かが変わった。
新たなる力か。訓練で得た自信か。あるいは、たぶんこっちの可能性が高いが、この孤独の中で少しばかり正気を失ってしまったのか。
「よう、お前ら!」俺は地平線の彼方で渦巻く群れに向かって、空中に叫んだ。「ちょうど暇を持て余してたところだ。面白そうな時間の潰し方じゃないか!誰が最初に来る?」
奴らが来るのを待ちはしなかった。俺は今やレベル24。この世界では実質的にエキスパートだ。
「…まあ、少なくとも自分ではそう思ってる」
俺は[炎の勅令]による強力な炎の噴射を使い、真紅の流星と化して奴らに真っ直ぐ突っ込んだ。
空気が俺の横をヒュウヒュウと音を立てて通り過ぎ、翼の先端が金色の筋となって高速で流れていく。
群れは驚くべき俊敏さで即座に散開した。
まるでサメを避ける魚の群れのようだ。
だが、俺は群れを狙ってはいなかった。それは初心者のミスだ。常に最初に狙うべきは「ミニボス」だ。
だから、俺は即座にリーダーを標的に定めた。
驚異的な速さで接近したが、レベル28の「貴族のクリスタル・トンボ」は退かなかった。
微動だにせず、俺が到達するのを待ち構えるように、まっすぐこちらを見据えている。
その巨大な複眼が、何千ものレンズできらめきながら、輝き始めた。
目から攻撃を放つ準備か?
「おっと、そうはいかないぜ。俺たちの初デートでそれはなしだ」
[マナ流動感知 LV 3]のおかげで、俺の反応はかつてないほど速かった。
奴がビームを放つ前に、俺は空中で進路を変えた。左翼からの小さな炎の噴射で鋭く右に逸れ、奴の真横を通り過ぎる。
その一瞬、俺は右翼の先端に鋭い炎の刃を形成した。
キシャァッ!
俺は猛スピードで通り過ぎ、炎の刃が奴の水晶の側面に黒い焦げ跡を残した。かすかなシューという音と、焼けたガラスの匂いがした。
[ダメージを与えた! 貴族のクリスタル・トンボは70のHPを失った。]
「どうだ、今の気分は?」俺は離れながら叫んだ。「ほんの味見だ!欲しけりゃもっとあるぜ!」
ジジジジジジジジッ!!
奴は怒りの羽音を立てた。この速さ、この機動は予想していなかったのだろう。
だが、奴は馬鹿ではなかった。すぐに学習した。
俺を追いかける代わりに、奴は命令を下した。鋭く、これまでとは違う羽音だ。
群れ全体がそれに反応した。
無秩序に飛び回るのをやめ、網を形成し始めた。俺をあらゆる方向から包囲する、緩やかな網を。
「ほう。今度は戦術的なゲームといくか。面白い。酒場の喧嘩からチェスの試合に移行したわけだ。チェスは好きだぜ」
奴らは一斉に攻撃してこなかった。それでは混沌として非効率的だ。
代わりに、波状攻撃を仕掛けてきた。
二匹のトンボが正面から突っ込んでくる。その鋭い翼が輝いている。
俺は炎を噴射して上にかわした。
だが、俺が上昇すると、そこには別のトンボが待ち構えており、光のビームを放ってきた。
俺は身をひねり、ビームの熱が脇をかすめるのを感じた。
「厄介だな。攻撃を連携させて、俺を特定の方向に動かし、仲間の攻撃範囲に追い込んでいる」
「『追い込み漁』戦術か。虫にしては賢いじゃないか」
「いいだろう、お前らがその手で来るなら…こっちはもっと厄介になってやる」
俺は受け身の回避をやめた。反撃の時間だ。
数十本の小さな炎の針を形成し、混沌とした盾のように自分の周りを回転させた。
[炎の破片の盾]!
「名前は今考えた」
「いい名前だろ?」
さらに二匹のトンボが襲いかかってきた。
だが、奴らは俺に届かなかった。俺の回転する盾に衝突したのだ。
針が奴らの水晶の翼を貫き、粉々に砕いた。
奴らは苦痛の叫びをあげ、制御を失って回転しながら空から落ちていった。
[カッター・クリスタル・トンボを撃破しました。]
[カッター・クリスタル・トンボを撃破しました。]
「二匹ダウン!次は誰だ?」
しかし、この盾を維持するには大量のマナを消費する。おそらく長くはもたないだろう。
遠くから監視していたリーダーは、それを見抜いていた。
奴は再び羽音を立てた。群れは戦術を変えた。
物理攻撃をやめ、代わりに、全機が光のビームをチャージし始めた。
二十の小さな太陽が、俺の周りの空で輝き始めた。
「おっと。これは…まずいな」
古典的な弾幕攻撃だ。すべてをかわすことはできない。まるで地雷原の真ん中に立っていて、すべての地雷が爆発寸前のような状況だ。
ピキッ!
「冗談だろ?」
「このタイミングで盾が…消えるのか?」
「消えちまった」
「もう一度は使えない、マナがもたない。逃げることもできない、囲まれている」
「ちっ、窮地に陥ったな」
「どうする?」
俺は素早く考えた。
「考えてみれば、トンボという生き物は、周囲の光を利用してビーム攻撃をチャージする」
光。
もし光がなければ…
アイデアがある。またしても馬鹿げた、危険な、そしてまだ試したことのない物理法則に依存するアイデアだ。だが、それが唯一のチャンスかもしれない。
俺はありったけのマナを集めた。だが、武器として形成するのではない。
球として…煙を吐く黒い炎の巨大な球として形成した。
俺は[炎の勅令]を使い、特殊な炎の煙を作り出した。光を吸収する、濃密な魔法の煙だ。
[煙幕の闇雲]!
またしても素晴らしいネーミングだ。俺は本当に才能がある。
俺はその球を頭上に放った。
それは爆発し、周囲を闇で覆い尽くした。
巨大で濃密な黒煙の雲が空に広がり、俺と群れ全体を飲み込んだ。
突然、すべてが暗闇に包まれた。目の前の自分の手さえ見えない。
一瞬後、あらゆる方向から混乱の叫びが聞こえてきた。
鋭い視力に頼っていたトンボたちは、完全に盲目となった。
そして何より重要なことに、奴らの光のビームが…弱まった。
「奴らのエネルギー源を断ってやった」
だが俺は…自然の視力には頼っていなかった。
俺は別のものに頼っていた。
[マナ流動感知]!
この暗闇の中で、俺は奴らの体を見ていなかった。奴らの「マナの痕跡」を見ていた。
それはまるで、黒い海のなかに浮かぶ、怯えた小さなネオンサインのようだった。
「へっ!まさかあのスキルをこんな風に使うアイデアが浮かぶとはな」
「必要は発明の母、か」
だが、奴らは俺を見ることができなかった。なぜなら、たった今発動した[隠密]スキルが、俺が作り出したこの暗闇の中で完璧に機能していたからだ。
「ようこそ、俺の世界へ」俺は囁いた。
俺は追い詰められた獲物から、亡霊へと変わった。
闇の中の暗殺者へ。
俺は動き始めた。静かに、しなやかに。
最も近いマナの痕跡に近づく。
一本の炎の針を形成する。
突き刺す。
沈黙。
マナの痕跡が消えた。
[カッター・クリスタル・トンボを撃破しました。]
次へ移る。
突き刺す。
[カッター・クリスタル・トンボを撃破しました。]
それは虐殺だった。
静かで、効率的な虐殺。
奴らが混乱して叫びながら無秩序に飛び回る中、俺は炎の亡霊のように、一匹また一匹と仕留めていった。
それは残忍で、信じられないほど満足感があった。
十匹ほど始末した後、煙が晴れ始めた。再び光が差し込んでくる。
リーダーを含む残りのトンボたちは、その惨状を見た。仲間たちの死体が空から落ちていくのを。
そして、俺を見た。その中心に浮かび、翼にかすかな炎を揺らめかせている俺を。
…リーダーは俺を見た。その目にあった挑戦的な光は、完全に逆転していた。
そこにあったのはただ…恐怖。
奴は絶望的な羽音を立てた。逃走の命令だ。
次の瞬間、奴と数少ない生き残りは向きを変え、最高速度で飛び去っていった。
以前の俺なら、奴らを行かせただろう。これを勝利とみなし、洞窟に戻って昼寝をしたはずだ。
だが、俺の中で何かが変わった。俺は自分のステータス画面を見た。
[レベルが25に到達しました。]
[レベルが26に到達しました。]
レベルが二つも上がった。素晴らしい。
だが、もっと重要なことがあった。
[スキル[炎の勅令 LV 2]の熟練度が上昇し、[炎の勅令 LV 3]になりました。]
[スキル[マナ流動感知 LV 3]の熟練度が上昇し、[マナ流動感知 LV 4]になりました。]
[スキル[隠密 LV 3]の熟練度が上昇し、[隠密 LV 4]になりました。]
理解した。
厳しい戦い、自分のスキルを限界まで使うことを強いられる戦いこそが、これらのスキルの熟練度を上げる最速の方法なのだ。
カエル相手の退屈なレベリングはレベルを上げるが、能力を使いこなす上達には繋がらない。
そして、あの逃げていくトンボたちは、生きた訓練の機会だ。実践的なシナリオで、俺の戦闘スキルと飛行スキルを向上させるまたとないチャンス。
「なぜこんな機会を逃す必要がある?」
「恐怖?いや、もう奴らを恐れてはいない」
「疲労?ああ、少し疲れている。だがアドレナリンはまだ出ている」
「同情?はっ!数分前に俺を切り刻もうとした奴らだ。同情の余地などない」
それに、プライドの問題もある。奴らはもう少しで俺を倒すところだったのだ。
「おいおい、どこにも行かせないぜ!」俺は叫び、嘴に邪悪な笑みを浮かべた。「もっと俺に力をよこせ!」
俺は血に飢えた暗殺者のように、奴らの後を追った。
奴らはパニック状態で逃げ惑い、陣形は崩れている。簡単な標的だ。
だが、俺は殺さなかった。すぐには。
遊び始めたのだ。
奴らの間を飛び回り、小さな炎の噴射を使って互いに衝突させたり、進路を逸らさせたりした。
炎の刃を形成し、奴らの翼の先端を傷つけ、殺さずに機動力を削いだ。
グオオオオオオッ!!
[覇王の叫び]を使って、さらに混乱させた。
一つ一つの動き、一つ一つの機動が、訓練だった。
俺は[炎の勅令]の精密な制御を練習していた。
俺は[滑空飛行]での高速飛行と機動を練習していた。
俺は[隠密]を使って現れたり消えたりするのを練習していた。
[スキル[炎の勅令 LV 3]の熟練度が上昇し、[炎の勅令 LV 4]になりました。]
[スキル[滑空飛行 LV 3]の熟練度が上昇し、[滑空飛行 LV 4]になりました。]
[スキル[覇王の叫び LV 2]の熟練度が上昇し、[覇王の叫び LV 3]になりました。]
通知が絶え間なく表示される。それは耳に心地よい音楽のようだった。
これは、一人でできるどんな訓練よりも効率的だった。
一方、トンボたちは地獄を味わっていた。俺が猫で、奴らが光り輝く怯えたネズミの群れである、命がけの鬼ごっこに囚われていた。
この訓練のような追跡劇を十分ほど続けた後、俺はもう十分だと判断した。
いくつかの新しい機動をマスターし、スキルの熟練度も著しく上昇した。
そして今、最後の報酬を手に入れる時が来た。
「さて、諸君、この訓練セッションに参加してくれてありがとう」俺は静かに言った。「非常に有益だった。褒美として、速やかに殺してやろう」
俺は遊ぶのをやめた。
そして、狩りを始めた。
一匹また一匹と、残りのトンボを正確で致命的な炎の針で仕留めていった。
抵抗はなかった。戦いもなかった。
ただ、空に消えていくガラスのような悲鳴の連続だけがあった。
そして、ほどなくして、すべてが殺された。
今、空に残っているのは、俺と奴だけだ。
俺は空中に静止し、群れのリーダーと対峙した。
もはやこれは混沌とした戦いではない。決闘となった。
「さて、残るは俺とお前だけだ」俺は静かに言った。「軍勢も、小細工も、暗闇もない。ただ、お前と俺だけだ」
奴は答えなかった。代わりに、俺が予期していなかったことをした。
奴は激しく輝き始めた。体中のすべての水晶が、まるで全エネルギーを集めているかのように、より一層明るくきらめき始めた。
その複眼は、二つの小さな太陽のようになった。
[貴族のクリスタル・トンボはスキル[クリスタル・チャージ]を使用。周囲の光を吸収し、次のビーム攻撃の威力を大幅に増加させます。]
「ほう。つまり、究極のチャージ攻撃があるわけか。当然だな。まるでビデオゲームのボスキャラそのものだ」
妨害する時間はなかった。奴は恐ろしい速さでチャージしていた。
俺には二つの選択肢があった。逃げて攻撃を回避するか、正面から立ち向かうか。
逃げるのが賢明な選択に思えた。
だが、俺はもう逃げるのにうんざりしていた。それに、レベルアップとスキルの向上は、今や正面から戦う本当のチャンスを俺に与えてくれていた。
「お前のレーザーだけがチャージできると思ってるのか?」
俺は自分のマナを集めた。その一滴残らず。
針も円盤も形成しなかった。
俺は奔流を形成した。[灼熱の太陽炎]の巨大な奔流を。だが、まだ放たない。
俺はそれを圧縮していた。集中させていた。[炎の勅令]を使い、より多くの炎を、より小さな空間に押し込めていく。
金色の炎は、その熱と圧力のあまり、白く、そして淡い青色に変わり始めた。
それは痛みを伴った。まるで爆発寸前の小さな星を抱えているような感覚だった。
俺たちは静かな空で対峙していた。
奴は、純粋な水晶の光の球。
そして俺は、凝縮された青い炎の点。
「待てよ!」俺は気づいた。
「この光景、どこかのアニメで見たことあるような…?」
「まあ、数秒くらいなら、あのシーンを拝借しても罰は当たるまい」
それは古典的な対決だった。
奴がビームを放った。
それは光の壁だった。純粋なエネルギーの壁が、その進路上の空気を蒸発させながら俺に向かってきた。
そして同じ瞬間、俺も攻撃を放った。
[フェニックス・ビーム]!
ああ、最後の最後でクールな名前をつけた。文句は受け付けない。
とにかく、圧縮された青い炎の奔流が俺の嘴から放たれた。
二つの攻撃は中間地点で衝突した。
一瞬、何も起こらなかった。
ただ、一点でせめぎ合う白と青の光と、完全な沈黙があった。
そして、俺たちの間の空間が爆発した。
爆発は俺を後方へ吹き飛ばした。完全にコントロールを失い、空中で翻弄される。
光は目を眩ませ、音は耳を聾した。
ようやく体勢を立て直せた時、俺は前方を見た。
貴族のトンボはまだそこにいた。
だが、無事ではなかった。
翼は砕け、水晶の鎧はひび割れだらけだった。溶けたガラスのような液体を流している。
俺の攻撃の方が強力だった。
だが、俺もまた万全ではなかった。
[マナ: 10/500]
[HP: 150/400]
爆発は俺にも大きなダメージを与えていた。
俺たちは空中に留まり、息を切らし、互いを睨み合った。
二人とも消耗しきっていた。
だが、俺は回復していた。ゆっくりと、HPが再生していく。
そして奴は…そうではなかった。
奴は最後の羽音を立てた。それは怒りや挑戦の羽音ではなかった。
それは、状況を受け入れたという羽音だった。
次の瞬間、奴の体は砕け、崩壊した。
そして、落ち始めた。
壊れた宝石のように空から落ち、下の灰色の雲の中に消えていった。
[群れのリーダー:貴族のクリスタル・トンボを撃破しました。]
[大量の経験値を獲得しました。]
[条件が満たされました。称号[空の覇者(初級)]を獲得しました。]
[称号効果:飛行速度と機動性がわずかに上昇します。]
俺はそこに立ち、静かな空に浮かんでいた。
「ああ…終わった。このエリア全体を掃除した。俺の勝ちだ」
だが、勝利の感覚はなかった。
ただ疲労感と、最後の敵に対する奇妙な敬意を感じただけだった。
俺はため息をついた。
「いい戦いだった」俺は空っぽの空に向かって言った。
そして、向きを変え、ゆっくりと自分の洞窟へと飛び始めた。
完全に回復するための時間はたっぷりあるし、吸収すべき経験値も山ほどある。
そして、次に何をすべきか、考えることもたくさんあった。
なぜなら、俺は気づいてしまったのだ…自分がこの地域の頂点捕食者になったということに。
そしてそれは…奇妙で、同時に恐ろしい感覚だった。
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