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くれない夜叉  作者: 志築いろは
第1章 偶然という名の必然
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第8夜 選択の余地

 瞬きする間もなく、巴の右半身が耕平の体に密着していた。予想すらしていなかった彼の行動に、さすがの巴も驚きすぎて声も出ない。


「「おい!?」」


 間髪いれずに声を上げた哉彦と龍三によって、耕平の体がすかさず巴から引きはがされる。哉彦にいたっては、ちょこんと小さく結ばれた藍鉄色(あいてついろ)の耕平の髪を引っ張っている始末だ。

 しかし当の本人は、なぜだか不服そうに唇をとがらせていた。


「なにやってんだ、お前は」

「だってかわいいものは愛でたくなるじゃない」

「だからって、むやみに抱きつくなよ!」

「えー、加茂さんだって毎晩女抱いてるじゃん?」

「抱いてねぇよ。さっさと離れろ、馬鹿が」

「ってぇ!?」


 低く爽快な音がした。

 脳天に受けた衝撃に、おもわず耕平は頭を押さえてその場にうずくまる。彼はこぶしを構えたまま背後で仁王立ちになっている徹也を見上げ、次いでくすくすと笑っている聖を恨めしそうに見上げた。


「もー、気づいてたなら教えてよ、聖くん」

「さぁ? なんのことー?」


 たしかに聖の立っている位置からは、耕平の背後に忍び寄る徹也の姿が丸見えである。

 というか耕平以外の全員が気がついていた。気がついてはいたが、あえてみな黙っていたのである。

 気づいていなかったのは自分だけだと悟った耕平がぶつくさ文句言うのと同時に、哉彦や龍三がケタケタと笑いながら彼をからかった。


「やかましくて悪いな、少しは落ち着いたか?」

「あ、はい、おかげさまで」


 深夜の廊下を騒がしくさせる三人をよそに、徹也が巴に向きなおる。

 隊服を着ていないせいだろうか。目つきが悪いのは相変わらずだが、どことなく先ほどよりかは視線が優しい気がする。


「帰りは俺が送ってやるから心配するな」

「え……?」


 さすがにいくらなんでもそれは遠慮願いたい。

 巴の帰る場所といえば神田屋である。反帝府組織『忠軍』の幹部、笠置恭介が身を置いている旅籠である。

 万が一にも双方が出くわしでもしたら、それこそ大変なことになりかねない。


「そこまでお世話になるわけには……!」

「だからって、こんな夜更けに女ひとりで歩かせるわけにはいかねぇだろーが」

「いえ! 大丈夫です! ひとりで帰れますから!」


 ここは断固として流されるわけにはいかなかった。

 いくら輝真組の詰所が葵家と神田屋の間にあるとはいえ、いまから葵家に送ってもらうわけにもいかない。そもそも葵家に帰るのであれば、どうしてこんな夜更けに出歩いていたのか説明ができない。どちらにせよ八方塞がりである。

 なんとしてでも一人で帰路につくべく、巴は必死で徹也の申し出を断りつづけた。


「……じゃあ泊まってけば?」

「え……?」


 話の隙を割って入った聖の言葉に、一瞬時が止まる。それこそあまりに唐突すぎて、なにを言われたのか理解ができなかった。


「それいいじゃん! 聖冴えてるぅー」

「へ?」

「馬鹿どもが。だいたいこんな男所帯に」

「加茂さんが見張ってればいいじゃないですか。幸い、隣の部屋空いてることですしー」

「さんせー」

「加茂さんなら安心だな」

「え、逆に危なくない?」

「っお前らなぁ……!」


 本人を置いてけぼりで、話がどんどん先に進んでいく。

 聖はにこにこと笑っているし、ほかの三人も名案だとばかりに彼に加勢していた。厄介ごとを押しつけられただけのような徹也にいたっては、こめかみをぴくぴくとさせながら頬を引きつらせている。

 そこまでしなくてもさっさと放り出してくれればいいのに、律儀な人たちである。


「ね? そーしなよ、巴ちゃん」

「いや、でも……」


 当人の意見を無視してまとまったらしい提案に、巴はわずかに視線を泳がせた。

 なにか代替案はないかと思考をめぐらせるが、とてもじゃないが彼らが納得するいい案が思いつかない。


 すると、聖が風呂敷包みを持つ巴の指先をそっと握った。


「ここに泊まっていくのと、また暴漢に襲われるの、どっちがいい?」

「う、あ……」


 言葉の意味とは裏腹に、聖は清々しいほどの笑みを浮かべていた。

 そう言われてしまっては、さすがに断りきれない。誰が好きこのんで暴漢に襲われるほうを選ぶだろうか。


「……あの、じゃあ……、お世話になります……」


 ついに巴は観念して、彼の言葉に頭を上下させるしかなかった。




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