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くれない夜叉  作者: 志築いろは
第1章 偶然という名の必然
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第4夜 闇夜の分かれ道

 すっかり陽も暮れ、辺りは深い闇に覆われていた。

 小ぶりな提灯の明かりはなんとも心許なく、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火は、少し強い風が吹いただけで今にも消えてしまいそうである。


「ちょっと風が出てきたなぁ……。早く帰らなきゃ」


 足早に、巴は帰路についていた。

 団子状にまとめていた髪は今はすっかり下ろされて、小さく三つ編みにした顔まわりの髪を後頭部のほうで躑躅色の結い紐でとめている。花びら文庫に結んだ帯の少し上あたりまで伸びた長い髪には癖がなく、毛先は流れるように風になびいていた。


「すっかり遅くなっちゃったなぁ」


 そうぼやく巴は、短くなった蝋燭の残りを気にしながらわずかに提灯を掲げた。

 店じまいのあと夕食をごちそうになり、女将と談笑している間に気づけば外は真っ暗である。

 さすがの女将もこの時間に帰らせるのは心配だったのだろう。巴のためにと用意された二階の部屋に泊まっていくようにすすめられたが、丁重に断ってきた次第である。


「神田屋に出入りしてるとこ見られずに済むし、ちょうどいいや。笠置さんにも、今日は帰るって言っちゃったし」


 笠置一派が定宿としている旅籠『神田屋』は、中心地からはずれた川向こう、御許町の宿場通りにある。葵家とは少々距離があるものの、だからこそ隠れ家とするには絶好の立地であった。

 というのも忠軍の、おもに過激派とよばれる連中は中心地を拠点としており、それこそ商家や町人長屋の家主を脅迫するなどして居座っているのである。

 だが連中にとって中心地の拠点は都合がいい反面、輝真組にとっても目をつけやすいともいえる。大所帯ともなれば、それこそ人の目にもつきやすい。

 ゆえに人の出入りが頻繁で、なおかつ帝府の干渉が希薄な郊外の宿屋のほうが、なにかと動きやすいのである。


「あー、蝋燭もちそうにないなぁ」


 不運なことに、替えの蝋燭を持って出るのを忘れてしまった。ゆらゆらと揺れる小さな灯火は、どうやら神田屋まではもちそうにない。


「しょうがない。近道して帰ろっと」


 道中で明かりが消えてしまうことを覚悟しながらも、巴はひょいっと細い路地裏へと足を向けた。

 仕事柄、夜目は利くほうである。巴は暗闇にも臆せず、入り組んだ路地を縫うようにして先を急いだ。


 だが路地から表通りへと出てすぐのことだった。

 表通りを横切って目前の橋を渡れば宿場通りまではすぐだというのに、二人組の男たちが巴の行く手に立ちはだかる。腰に刀を下げていることから、おそらくは浪人の類いだろう。


「おぅおぅ、ねぇちゃん」

「こんな夜更けに女がひとりたぁ、危ねぇぞー?」


 男たちの呼気は独特の酒気を帯びていて、巴はおもわず顔をしかめた。

 酔っぱらいの相手なんぞ勘弁願いたい。こういう輩には関わらないほうが得策である。

 しかしすれ違いざま、提灯を持っていない右腕を男の一人につかまれる。


「どれ、オレたちが送っていってやらぁ」

「いえ、結構です。ひとりで帰れますから」

「遠慮すんなよ、なぁ?」

「離してください」

「そんなに嫌がんなよ」

「こっちは親切で言ってやってんだからよぉ」


 つかまれた腕を引き抜こうにも、男はそれをさせまいと彼女の手首を痛いほどに握りこんでいた。

 酒のせいで力加減ができないのか。それともわざとなのか。どちらにせよ、男は手を離すつもりはないようだ。

 巴はうんざりしながら、男たちに気づかれないように小さく息をこぼした。


――こんなところで揉めごとなんて起こしたら、あとで八木さんになに言われるか……。


 叩きのめして気絶させるのは簡単だが、あとからもれなく創二郎からの説教というおまけがつく。

 そうならないためにも、できれば穏便に引いてもらいたいものだが、男たちの様子を見るかぎり、その可能性は望み薄であろう。


「っと、ねぇちゃん。よく見りゃ、きれいな顔してんじゃねぇか」


 そう言って巴の横顔をのぞきこみながら、もう一人の男が彼女の肩に腕をまわした。

 巴は嫌悪感をあらわにして男たちをにらみつけてやったが、どうやら彼らは気がついていないらしい。


「お、本当だ。ねぇちゃん、いっちょオレらの相手してくんねぇか?」

「は? 嫌です」

「おいおい、つれねぇこと言うなよ」

「オレたちゃぁ、忠軍の幹部様だぜ?」

「逆らっちゃただじゃ済まねぇことは、わかるよなぁ?」


――お前らなんか、見たことないんですけど。


 巴は声には出さずに悪態をつく。

 あいにくとこちらも忠軍の一員である。しかも幹部付きの人斬りだ。仕事の特性上、他派閥の幹部の顔くらいは多少なりとも把握している。

 だが残念なことに、目の前の浪人の顔に見覚えはない。

 彼らの言うように忠軍の人間であることは事実なのかもしれないが、おそらくは地方から出てきたばかりの下っ端にすぎないだろう。幹部連中が彼らの存在を知っているのかどうかさえ怪しいところである。


「怖がるこたぁねぇよ」

「なぁに、悪いようにはしねぇさ」

「むしろ善くしてやらぁ。なぁ?」


 下品な笑みを口元に浮かべながら、男たちは巴の体を舐めるように見ていた。視線をそらして無視を決めこんだ巴の無言を、彼らは都合のいいように解釈したらしい。

 舌舐めずりしながら近づいてくる男の表情が気持ち悪い。さすがに我慢の限界だった。


「……っお前ら、いい加減に」

「あっれー? 葵家のおねーさん?」

「っ!?」


 しつこくまとわりついてくる男たちに、巴が制裁を加えようとしたときである。

 表通りの奥から聞き覚えのある声がこだました。




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