第7話
第1中央アカデミーに所属する教師の朝は早い。午前6時には起床して身支度を済ませ、大学に向かわなければならない。アリシアの場合、朝食は移動中に済ませる。
「おはようございます教授!」
「───あぁ、おはよう」
隣の部屋に住む生徒がアリシアに声をかける。アリシアは素っ気なく挨拶を返し、階段を降りる。彼は黒のカバンを背負いながらアリシアを追いかけると話し始める。
「そういえば教授、つい最近また外交問題を解決したらしいですね!」
「………まあな。中央共和国の時よりは簡単だったぞ」
「これからも教授の活躍を心から応援しています!」
「あぁ……その、名前はええと」
「リオネルです!リオネル・クーパー」
「リオネル君」
アリシアは立ち止まる。リオネルも同じように歩みを止めて彼女の言葉に耳を傾ける。
「講義の時に会おう」
「あっ!教授待ってくださいよ!」
住宅街を抜けると大通りに出る。勢い余って道路に飛び出し、馬車に轢かれるところだったが間一髪で持ち直し、方向転換した。しつこい生徒を振り切ったことを確認すると、正門の方へ歩き始める。
「もう少し早く出るべきか……」
ベルと共に1限目の講義が始まる。アリシアが受け持つ『生命学(龍)』の講義では、100人以上を収容出来る大講堂を借りている。
「これにより、人類は龍によって絶滅の危機に瀕した。では諸君らはなぜ全人口の6割が失われたと思う?」
「強力な外皮とブレス、そして飛行能力があるからです」
「大体合っている。『龍』ってのは理不尽の象徴だ。常識も、戦術も、理屈も通じない。こっちが何百手考えようと、ただの一撃で踏みにじる」
アリシアは眼鏡を外した。机の上に置き、資料集を手に取る。
今回のテーマは人口の6割を消し去った龍の歴史と身体的特徴についてだ。アリシアは自著の教科書を捲り、板書にチョークを当てる。
「今学期初の授業は楽しい楽しい龍についてだ。もっとも、私にとっては全く楽しくないんだがね」
板書に大きく龍の顔を描くと、顔のパーツに注釈を書き始める。淡々とチョークの音が講義室に響く。私語をする生徒や、内職をする生徒は誰1人としていなかった。
「手始めに口。牙はそれほど鋭くなく、長い訳でもない。龍がブレスを吐くメカニズムを説明できる優秀な生徒はいるか?」
アリシアは振り向く。手を挙げる生徒は誰もいなかった。大半が1年生ということもあり、龍について無知な生徒がほとんどだったからだ。
「奴らの舌の隣には唾液腺のようなものがある。ここから特殊な化合物を放出し、発火させることで火炎放射器のようになっているわけだ」
続けて彼女はブレスの種類について話し始める。
全てを灰に還す灼熱の炎、氷点下に達する氷、高電圧で感電死させる電気、ブレスの種類は多岐にわたる。
「では今日は龍が放つ中でも最も異質なブレス、腐食ガスについて話すとしよう。これは面白いぞ」
生徒たちの目は死んでいるが、アリシアは構わず続ける。彼女の声には抑揚が無く、同じように死んでいたが誰もそれを指摘することはない。
「このように、腐食ガスは物質を急激に朽ち果てさせる。鉄だろうと石だろうと関係無しにだ」
「教授!では腐食ガスを吐かれた時はどうすればいいでしょうか?」
アリシアは質問を聞くと板書を書く手が止まった。自分でもよくわかっていないからだ。戦車の中で籠城したとしても、岩の後ろに隠れたとしても、腐食から逃れることは出来ない。
「どうすればいい?」
「どうすればいい……か。そうだな、どうしようもなくなったら頭を撃ち抜いた方がいい」
空気が凍った。アリシアなりにジョークを交えたつもりだったが、新入生たちには刺激が強すぎたようだ。その証拠に大半の生徒の顔は恐怖に染まり、今にも講義を途中退席しそうなくらいだ。
「えーっと……龍ではなく自分のだ」
自分でも失言をしたな、と反省するとアリシアは板書に向き直る。何か面白い話題を出せないか考えたが何も浮かばない。何かを喋るとまた失言をしそうだという思いから、適当なことは言えないと悟った。
* * * * *
「はぁ……久々の講義だと言うのに、新入生たちを怖がらせてしまったな」
アリシアは騒がしい学生食堂で1人呟く。肉とキノコが練り込まれたペーストの皿にスプーンを置き、食べていた手を止める。
講義の振り返りをしながら生徒の顔を思い出し、ポケットから取り出した本を開く。
「教授!」
朝撒いたはずのリオネル・クーパーがアリシアの前に立つ。アリシアは邪険な顔を浮かべたが、手にトレーを持っているのを見て自分の前に座ることを許可した。
「リオネル君、君は……君はどの講義を取っているんだい?」
「教授が担当しているものだと……ええと、生命学と古代史、それと源石学ですね」
「私の講義を3つも……嬉しいね。ところでなぜ私のを取ろうと?」
アリシアは自分のプレートに入ったコーンブレッドをリオネルのトレーに移した。
彼女の講義は複雑でレポートなどの課題も多く、彼女の機嫌を損ねるとすぐ反省文と課題を追加するため、彼女の講義を進んで取る生徒はそうそういなかった。
「私は退屈で厄介な教授だ。何かあれば罰としてレポートを書かせるし、講義は……お世辞にも面白いとは言えない」
「それなのに何故?」
リオネルは黙る。理由を考えているのだろうか、それともこうして聞かれるとは思われなかったのか。
真意はわからないが、やがて彼は静かに口を開く。
「先生の言葉は生きてる感じがするんです。知識じゃなくて、現場の空気と言うべきか……臨場感そのものが伝わってくるから、何度でも聞きたくなるんです」
「ふっ………」
アリシアは狼狽え、思わず笑った。目の前に座った生徒の目が、ただの生徒のそれではなかったからだ。
彼女は高笑いすると、目の前の金髪の少年を睨む。
「君は本当に面白いやつだ……気に入った、褒美として私のコーンブレッドをやろう」
「その……褒美ではなく押し付けでは?」
「………褒美だ」




