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第1話

第1話です。これから交渉します。

「お待ちしておりました教授」


 アリシアたちが飛行場に無事着陸すると、灰色のスーツ姿の男が出迎えた。口髭が濃く、身長は小さくて小太りな男だ。

 名前をトラフィム・ペトロフといい、この要塞では大尉の役を任されている。


「トラフィム大尉、実際に会うのは初めてですね」


 ほとんど目線が同じ二人が握手を交わした。トラフィムは陽気に笑うと、静止した飛行戦艦を見た。


「しかしまさか、我々の要塞付近に龍が出現するとは」

「要塞砲を使って下さり感謝しております」

「せっかくの使節が龍に喰われては話にならないからな、それにたまには兵士に爽快感を味わわせてもいいだろう」


 アリシアと護衛の兵士たちはトラフィムと共に馬車に乗り、作戦本部の基地に向かった。窓からは旧世紀の戦車や装甲車、ヘリコプターが点々と見える。

 彼女が思わず感嘆の声を漏らすと、トラフィムは意気揚々と語り始める。


「すごい兵器でしょう。数百年前の巨大兵器ですが、なんと全てが当時と同じように動くんですよ」

「すごいな…祖国の玩具(ガラクタ)とは比較にならない」


 舗装された道を馬がしばらく走ると、要塞の中心部が見えてきた。風で赤の旗が靡いている。龍の首が串に刺された肉のように槍で貫かれたデザインは、さながら人類の勝利を象徴しているようだった。


「ではこちらへどうぞ…いよいよ軍事協定について話す時ですな」

「お互い損の無い取引にしよう」


 案内された部屋に入ると、既に先客が待ち構えていた。右目に眼帯を巻いている強面の将校、胸から垂れ下がる勲章を指で弄る狡猾な顔の将校、そして二人の間にトラフィムが座った。


「これより」


 強面の将校は紙を開くとそこに書かれた文字を読み上げる。アリシアは椅子に深々と腰掛け、眼鏡についた指紋を服の裾で拭いた。


「ラーク連邦政府とヴィクトリア帝国の会談を始める。議題は…二国の軍事協定についてだ。教授、そちらの要求を」


「私の祖国、ラーク連邦政府は現在龍の侵攻によりほとんどの領土を失った。ご存知ですね?」


 三人が軽く首を縦に振る。アリシアは言葉を続けた。


「つい最近、新種の龍を我が軍は討伐しました。これをご覧下さい」


 アリシアは小さな瓶を机に置いた。狡猾な顔の将校がそれを手に取ると、驚きのあまり瓶を落とすところだった。トラフィムが地面に叩きつけられる寸前で拾い、机に置く。


「これは…まさか龍源石か?」

「そのまさかです。この新種の龍は体内に源石を蓄え、高濃度で結晶化します。エネルギー効率は通常の源石と比べて10倍」

「10倍か…」

「一体、どれくらいの源石を持っているんだ?」


「1匹辺り100kg」


 三人は言葉を失った。アリシアは自信満々な様子で続ける。

 龍源石は小指大の結晶1つで戦車を動かせる。それの10倍以上のエネルギー効率を持つ源石が100kgもあるとすれば、交渉の手札としては十分すぎる代物だ。


「とりあえず手付金としてこれを10kg渡しましょう」

「対価は?」


「ヴィクトリア帝国の軍隊と共に龍の討伐を」


 しばらくの沈黙が流れた。

 いくら魅力的なエネルギー源を差し出されたところで、命を投げ出す阿呆はこの場には存在しない。彼らの悔しさ混じりの表情が、アリシアの提案がいかに危険な賭けかを物語っていた。


「龍の討伐……国の奪還を考えているのか?」

「海岸線から南下し、巣を潰しながら殲滅します」

「そう簡単に行くのかね?」


 アリシアは眼鏡を外すと、三人に冷笑を見せた。今現在、三人の目の前にいるのは数多の戦場で頭脳を振るい、天才と呼ばれた戦術構築家のアリシア教授だ。

 彼女にとって戦場はチェスでしかない。


「相当な命が戦場に散るはずですが、その見返りは大きいです」


 アリシアは指を鳴らすと兵士二人に積荷を持ってこさせた。

 中身は紫の龍源石の欠片数個とそれを動力源としたライフルのようなものだった。


「祖国の研究機関が源石を動力源にした新型の銃を開発しました。龍のブレスと似たようなビームを放つので既存の弾丸よりも強力でしょう」


 トラフィムはゆっくりと立ち上がり、棚の上に置かれた消しゴム大の戦車の模型を手に取った。海図を机に広げるとその上に戦車を1つずつ置いた。


「戦車旅団と新型の兵器を使った部隊で挟み撃ちにすれば成功すると思うぞ」

「しかしアリシア先生、我々はあくまで敵対国、なぜ大軍を派遣しなければならないのでしょうか?」


 狡猾な顔の将校が聞いた。アリシアが黙ると、微笑を浮かべながら更にアリシアを追い詰めた。


「いくら貴重な龍源石を交渉のカードにしたところで、帝国軍を貸すには足りない…そうでしょう?兵士たちの命を賭けるにはいささか量が足りないのですよ」


「しかし……ここで我々が国を奪還出来ればあなた方にも活路が見えるはずです」

「先生、貴方にとって兵士は駒、戦闘はチェスの試合くらいにしか捉えていないでしょう。貴方は優秀な指揮で何度も勝利に導いた、その腕は確かだ」


「しかし、貴方の作戦は犠牲を払い過ぎる」


 痛いところを突かれ、アリシアは黙るしかなかった。腹の奥底から捻り出した反論は苦し紛れの言い訳にしかならず、感情に訴えかけるものだった。


「連邦政府と帝国の間で行われている不毛な戦争を止める役割もあります」

「ふむ……どう思います?大佐」


 薄ら笑いを浮かべながら右端の強面の将校に聞いた。


「遡ること200年、我らヴィクトリア帝国とラーク連邦政府は盟友だったと聞いたことがある」


 強面の男がティーカップを取り、過去の歴史を振り返った。


「それほど仲の良い二国が…いつしか命を奪い合う関係となってしまったが、またかつてのような盟友に戻れるかもしれない」


 粉砂糖を温かいミルクティーに入れ、スプーンで少しかき混ぜると言った。


「本国に取り合ってみよう。拮抗状態だった戦争を終わらせ、龍からそなたらの領土を奪還出来るかもしれない」

「つまり───軍事協定は成立と」


 強面の将校、ニコライ大佐は笑顔を見せると頷いた。


「この不毛な戦いを終わらせ、人類の勝利を手に入れるとしようか」



「成功しましたね教授」

「ヴィクトリア帝国の将校は頭が切れる。失敗するかと思ったが、あの大佐が私の感情論で動いてくれたな」

「大変な功績ですよアリシア教授」


 アリシアは煙草に火を点けた。その日の疲れを胸の奥にしまうように息と煙草を大きく吸うと、煙を吐き出した。

 気分が落ち着き、緊張もだいぶ解れてきただろう。


「出発は?」

「数時間あれば出来ます」

「今度は龍に出会いたくないな…」


 要塞のベッドはアリシアにとってスイートルーム以上の価値があった。旅の疲れを癒し、護衛の飛行戦艦の整備の待ち時間をスキップするためにベッドに横になった。


 温かい毛布を腹までかけ、子供の頃によく読んでいた歴史小説を取り出した。旧世紀を舞台にした戦記で、アリシアが自己を形成するにあたって最も参考となった本でもある。

交渉は無事に終わったみたいですね。こんなに上手くいくものなのでしょうか?

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