第8話 違和感と大型犬
時を同じくして、こちらはロザリーの母国であるシヤン王国。
ミア王国から帰る途中で大階段から転落したロザリーは、駆けつけたメイドのクララによってシヤン王国に戻ってきていた。
頭を強く打ったのか、ロザリーが目を覚まさないまま三日が過ぎていた。
その間、何度も医者の診断があったが特に異常があるわけでもなく、国王を始め城の者はみんな、ロザリーが目覚めることをただただ祈っていた。
そんな三日目の朝。
(ん……なんだか長い間寝ていたような気がする……)
ジュールは、だんだんとはっきりしてくる意識と共に目が覚めた。
起き上がろうと身体を起こすと、頭に鈍い痛みが走る。
(うっ! 頭が痛い……。そうか、あの時の……)
ジュールが頭を押さえながら再びベッドに横になりふと上を見上げると、天井の壁紙が目に止まった。
なぜか違和感を覚え、ジュールは部屋の中をぐるりと見つめた。
白とピンクを基調にした可愛らしい部屋。
レースのカーテンがかかった出窓には、色とりどりの綺麗な花が飾ってある。
(なんだこの女々しい部屋は……。いったい、ここはどこなんだ)
ジュールが怪訝そうに部屋を見ていると、突然犬の鳴き声が聞こえた。
「ワン! ワン! クゥ〜ン」
ベッドの下で寝ていたらしい犬、ゴールデン・レトリバーだろうか。
ジュールが目を覚ましたのを知って、とても喜んでいるようだ。
そして次の瞬間、その犬は尻尾をちぎれんばかりに振りながらジュールの上に覆いかぶさった。
「うわっ! やめろ! 離れろ! ……は? こ、声が俺の声じゃない……」
覆いかぶさっている犬を退けようと、犬に声をかけたジュールは、自分の口から発せられた声に愕然とした。
そんなジュールの戸惑った様子を感じたのか、その犬はジュールから離れてベッドの周りをうろうろと何かを探すように歩き始めた。
ジュールは、一旦落ち着こうとベッドの横に置いてある水差しからグラスに水を注ぐとそれを一気に飲み干した。
しかし、落ち着こうと思えば思うほど違和感が押し寄せてくる。
(そうだ。騎士団の制服に着替えてこの部屋から出よう)
ジュールは、そう思いながらベッドから降りて寝間着を脱ごうとしたところで手を止めた。
今まで気がつかなかったが、それはいつも着ている寝間着ではなかった。
それになぜか胸元が膨らんでいる。
ジュールは、恐る恐る寝間着をめくり胸元を確認した。
「何っ! ……」
なぜ自分に女性のような胸が……。
いけないものを見てしまった気がして、ジュールは素早く寝間着を整え顔を逸らした。
(いったい、俺はどうしてしまったんだ)
トントン
動揺して目の前が真っ暗になっていたジュールの耳に、部屋をノックする音とメイドの声が聞こえた。
「ロザリー様、失礼いたします」
(ロザリー、だと、?)
先日、城の大階段から落ちそうになった隣国の姫君を助けようとして一緒に階段を転がり落ちた。
その姫君の名前こそが、ロザリーだった。
「まさか……」
ジュールは、到底信じられない気持ちでメイドが部屋に入ってくるまで呆然とその場に立ち尽くした。