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獣人

この世の中には獣人と人間が対立していた。これはそんな世界を生きる一人の女の物語。


 燃え上がる炎の中を走っている狼。いや、狼の顔を纏った人間だろうか。涙を流しながら走る彼女の腕の中には赤ん坊が居た。どうやら赤ん坊に何か語りかけているみたいだが、動いている口元は見えても肝心の声が入って来ない。その前になんで私はこんな所にいるんだっけ……。

 

 朝、鬱陶しい鐘の音で起きるのはもう慣れた。体を起こして大きく伸ばすがどこも痛い様子はなく、昨日までの筋肉痛が嘘みたいだ。壁にかけられた国旗が朝日に照らされながら静かに揺れている。

 私は窓を開けて新鮮な空気を胸いっぱいに吸った。最近ようやく暖かくなってきた風と共に太陽の光を全身で浴びる。

 「うん、今日もいい天気。」

 窓際の植木鉢に水をあげると花が嬉しそうに踊った気がした。

 それにしても今日はやけに外が明るい。そう思い時計を見ると、針は本来いるべきところから少し離れた左に傾いてる。

 「まじか、」

 どうやらさっきから鳴っていたのは始業の鐘だったようで、訓練開始時間に間に合いそうにない。部屋を飛び出し辺りを見渡すが、予想通り廊下はがらんとしていた。これはまずい。私は教科書を手に取り慌てて教室へ向かった。

 

 「お、来た来た。遅かったなジウン。」

 楽しそうな声が飛び交う教室の真ん中で、まだ息の荒い私にクラスメートのギナムが揶揄うように声をかけてくる。黒板の前には誰もいないから既に教官は教室を後にしたみたいだ。ということは正真正銘の遅刻。

 「ドアぐらい叩いてくれても良いでしょ。」

 若干の不満をギナムに訴える。が、ギナムは困った顔でこう答えた。

 「お前、ノックしたのに反応ねーんだもん。予備軍生にもなってまだ遅刻とは、このままだと退学になるんじゃないか?」

 「……うるさい。」

 よほど疲れていたのだろう。起こしてもらった記憶も、見ていた夢さえも思い出せない。なにか壮大な夢を見ていた気がするのに。

 「ん?どうかしたか?」

 「……いや、なんでもない。教官はなんて?」

 ギナムによると各自準備が整い次第グラウンドへ集合するように、とのことで支度を済ませてみんなを追いかけるように教室を出た。

 

 ここは軍校で私達は1年生。同い年は既に職に就いている人がほとんどで、こうして軍校に通っているのは軍人志願の奴か私のような孤児だけ。とは言っても孤児の私にもちゃんと夢はある。それは立派な軍人となってこの国の外へ出てみることだ。

 この国では、誰も獣人と会ったことがある人はいないはずなのに獣人の悪口や悪評は尽きなかった。私の故郷であるアンファン村でも毎日誰かが獣人の話をしているのを幼い頃から見てきた。だからこそ真相をこの目で確かめたいのだ。

 ここサヒライは現在鎖国中で、国を跨ぐ行為は制限されている。国を出るには軍人になるか犯罪を犯すかしか選択肢がなかった。本や教科書で見たり街中で聞いた獣人は本当に存在するのか、そしてその獣人達は本当に危険な存在なのか自分で確かめたい。好奇心だけで命を賭けられるのかとお母さんは心配してくれたが、私は賭けられた。

 好奇心から始めたものだとしても人を助ける大事な仕事をするのだ。十分じゃないか。

 「グラウンド10周後訓練開始。」

 「はい!」

 普段となんら変わらぬ日常。いつ敵が攻めてきても良いように準備されている軍隊だが100年間戦争は起こっておらず、平和と呼ばれたこの国で私達はまた軍人を目指している。毎日の訓練は決して簡単なものでないし、死傷者もよく出る。国民からの批判こそ多いが、それでも多くの若者が軍人を目指すのには理由があった。

 この国には貧富の差が存在している。特に南西に位置するヨカイ区は貧困の多い地域で有名だ。軍人になると貧困層の平均年収より多くの給与が貰えるためヨカイ区出身はかなり多い。志願者の中に孤児が多いのもそのためだった。みな命の危険こそあるものの大金に惹かれて入るらしい。私は違うけれど。

 「はぁ、はぁ、」

 早々にランニングを終えて訓練に励む。私は運動神経が良く体力にも自信があるが銃の扱いが少し苦手だ。今日は幸いにも体力向上訓練なので点数が稼げそう。

 点数の高い上位12名は1つ上の階級である一等兵として入隊できることになっており、私はそれを狙っている。国を跨ぐ作戦には兵長以降の階級が必要なため一等兵で入隊することが夢への近道、だから私はこの2年間必死に取り組んで絶対に12位以内で卒業したいのだ。

 「今日の訓練は終わりだ。ではまた明明後日。」

 教官の一言で今日の訓練が終わり、クラスメートが続々と教室を後にする。久々の連休なため、休まないわけにはいかない。もう外は暗くなっていたが、私も寮から必要な荷物を持って馬に跨った。

 

 「1年半年後には一等兵のジウン・アルトが、ただいま帰りましたぁ……。」

 寝ている子もいるかと思い、静かに玄関を開けると「あ!」と大きな声を出され、目を輝かせている懐かしい顔がたくさん寄ってくる。

 「ジウン!銃!撃ったのか?!悪を倒したのか?!」

 正直2時間の移動で疲れ切ってはいたが、こんなにも自分を歓迎してくれているのに無視できるはずがない。興奮を抑えきれていない妹弟たちの頭を撫でながら、1つずつ質問に答えていく。

 「ジウン、帰ったのかい。疲れただろうに、ゆっくりしていきなさい。」

 「ありがとうお母さん。」

 実に5ヶ月ぶりの連休だ、三日間みっちり休んでやる。私は興奮収まり切らない弟達から逃げ切り、自室に戻って一息ついた。ここ5ヶ月ひたむきに頑張ってきたからか、疲れが溜まっている気がする。ベッドについて天井を見上げる。昔からずっと付いている天井のシミや壁のヒビ、家族じゃないけれど家族のような関係、私は昔から変わってないこの空気が好きだ。

 ここへ来たのは10歳の時だった。あれからもう7年か、時間というのは意外と早く進むみたいだ……。

 

 ……あれからどれぐらい経っただろうか。窓の外はいつの間にか明るくなっていて、カーテンからはみ出る日差しが私の頬を照らしていた。

 「お?起きた?おかーさーん!ジウン起きた!」

 ベッドで本を読んでいた同室のクアンが私を見るなりドタドタと足音を立てながらお母さんを呼びに行った。私が起きたぐらいで大騒ぎしすぎじゃないか、とも思うが久しぶりの光景なので少し嬉しくもある。

 「おはよう、よく寝られたかい?」

 「うん、もう爆睡……。」

 お母さんは優しい表情で私の頭を撫でてくれる。この感覚、不思議と子供の頃に戻ったみたいだった。

 「朝ごはん準備してあるから食べなさい。みんなジウンと遊べるのを楽しみにしてたわよ。」

 「分かった、すぐ行く。」

 妹弟達に囲まれながら食べる久しぶりのお母さんのご飯。こんなにも幸せなことがあって良いのだろうか。

 もう1つあったかもしれない。私が軍人を目指す理由。この子達に、この大好きな家族達に一生安全で幸せでいてもらいたい。

 「ジウンニヤついてる、気持ち悪りい……。」

 「なんだと?!そんなこと言ったら怒るぞ!」

 「分かった!分かったから!もう追いかけてこないで!」

 久しぶりの家族との時間。これで次の休みまでの訓練も頑張れそうだ。と、思っていた。


 ドンッ!

 

 突然と爆発音と地響き。なんで?どうして。

 いや何が起こった?

 私は確認するためにすぐさま軍校へ戻らなくてはいけない気がした。考えたくはないが、もしかすると100年起こっていなかった戦争が起きてしまったのかもしれない。

 「ジウン?どこへ行っちゃうの……?」

 レースが私の手をぎゅっと握る。その手は小さいながらにもかなり震えていた。

 「状況を確認してくる。みんなは絶対にお家から出ないでね。お母さん、ここはよろしく、行ってきます。」

 私はレースの手をそっと離してお母さんに家族を託す。

 「ジウン、どうか無事に帰ってきて。」

 家族の不安そうな顔に足がくすんだが、武器のない今の状況ではここへ残っても意味がない。行くしかなかった。馬に乗って先を急ぐ。幸いこちらの方に被害は見受けられなかったが、いつもは穏やかな街一帯が騒然としている。

 国境の方から煙が上がっているのが少し見えて、私は馬の腹を強く蹴った。

 

 軍校に着くと教官が予備軍生達を集めていた。

 獣人によって国境門が破壊され、ヴォルク軍が攻めてきた。まだ国境付近で対応できているため予備軍生は待機とのことだった。

 「なんで急に攻めてきてるんだ?」

 「そんなこと俺たちに分かるわけないだろ?そんなことよりなんだよ待機って、俺たちまだ予備軍生なのに……戦うのか?」

 周りが焦っているのも無理はない。私たちは軍校に通う予備軍生であり、それもまだ入校したばかりのひよっ子。そんな私たちがもう戦場に駆り出されるかもしれない。緊張で手が震えるのを抑えながら私は今出来ることを探した。

 「おいジウン、何やってんだ。」

 「見てわからない?手紙だよ、後悔はしたくない。」

 「はぁ?勘弁してくれ、お前がそんな弱気なこと言わないでくれよ……。」

 私だって死にたくない。でも、仕方ない状況だから。今はこうする事しかかできない。昨日はすぐ寝てしまったから家族とはまともに話せていない。もちろん入校前にたくさん話はしたけれど、ここでの思い出話とここまで育ててくれた感謝の話がまだだ。私はペンを動かし続けた。

 「……書かないの?」

 「お前、そういうとこ淡白だよな。」

 怯えた様子のギナムも決心したのかペンを握った。それに釣られてか多くの人が机に向かう。みんな同じ気持ちだろう。死にたくないけれど、死なない補償はないのだから。


 「ねぇ皆んな。ちょっと聞いてほしいんだけど、門を壊して獣人が攻めてきたのならきっと目的は人類虐殺じゃないと思うの。何か他の目的があるんじゃないかな。」

 ペンの音のみが響いていた教室だったが、座学トップであるユナの意見に皆が手を止め、視線が集まる。

 彼女の洞察力や考察は私達よりも圧倒的に実力があって頼りになる。

 「どうしてそう思った?」

 だからこそ彼女がどうしてそう思うのかが気になった。

 「獣人には3種類がいる、陸海空。ただ私達人間を殺したいだけだったらきっと鳥類を持っている奴らが国境を超えてどこか離れた場所で事件を起こすはず。そしたら軍の意識はそっちに行くから混乱の隙に簡単に門を壊すことができるでしょ。」

 「じゃあ一体何が目的で?」

 「私は……どこか別の場所で何かが起きていると思う。」

 「別の場所?」

 「詳しくは分からない……でも逆に軍の意識が国境周辺に集まっている今、その他の地域の警備が薄いからそこを狙ってきていてもおかしくないと思う。」

 確かにいくら武器を武器を屈指していると言っても、人間より身体能力のある敵を数時間経った今でも国境警備軍によって抑え込めているのはおかしい。私は嫌な予感がした。

 「教官へ話して各区の軍事基地に連絡を!嫌な予感がする。」

 各区に連絡したところで集落ひとつひとつの安全を確かめるのには時間と労働力がかかる。もしこの予想が当たっていて本部がこの事態を想定していなかったとしたら、この国が危ないことは確かだ。ここで何も出来ずにただ待機しかできない自分がもどかしかった。

 「なぁ……大丈夫だよな……。」

 不安は伝染する。実践経験のない私たちにはまだ軍人としてのメンタルが備わっていない。

 「それを大丈夫にするのが私達の役目でしょ。取りあえず指示が出るまで待機だよ。」

 そうは言ったものの自分ももう正常心ではなかった。

 

 ドタバタ走ってくる足音が聞こえる。ユナが帰ってきたみたいだ。

 「ジウン……アンファン村が!」

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