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| 貴方の困りごと解決します! |
| エリーナのよろず相談店 |
そんな手作り看板 を掲げてから一週間が経ったが、店には閑古鳥が鳴いていた。
ドアのガラス越しに中を伺うような視線は感じるものの、入ってくる人はゼロ。突然できた怪しげな店を、近隣住民は物珍しく思っているようだった。
「暇だよシュバルツ……。もしかしてヴァリシエル王国はとてつもなく平和で、困っている民は一人もいないんだろうか?」
退屈を持て余したエリーナは、テーブルに肘をついてあくびをする。
よろず屋での役割分担としては、実働担当がエリーナで、サポートや事務方業務の担当がシュバルツとなっている。
眠気で半眼になっているエリーナの近くの壁に、腕を組んだシュバルツが寄りかかる。
「どっちかって言うと、最近は社会の格差が広がって、不満を持つ国民が増えたって聞くけどな」
「詳しいんだな」
「サロンや茶会、ときには夜会にも連れ出されていたから、噂話だけは飽きるほど耳にした」
シュバルツは、ろくに教育を受けさせてもらえなかったエリーナより世間を知っていた。
いわく、このヴァリシエル王国は王が主権を持つ絶対王制である。以下公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と五つの貴族階級が続き、その下に平民がいる。聖職者は別で独自の身分制度がある。平民の中でも特に貧しくその日の暮らしにも困るような者や犯罪者、訳ありで市民権を得られない者たちがスラムに身を落としているという社会構造だ。
近隣国の情勢は落ち着いていて、戦争とはここ数百年無縁な中規模国という立ち位置になる。
一方で、国内の情勢はあまり安定しているとは言えない。
「王は第一王子カイレンに実権の移行を進めているらしい。カイレンは有能だが、性格に難があると噂だ」
「へぇ〜」
「……飽きたな? とにかくだ。王はカイレンの才覚を見込んで重用しているが、カイレンの政策には強引なものも多いと聞く。しわ寄せを食らってるやつは貴族でも平民でもいるはずだ。スラムの治安悪化なんかもその一つだ」
スラム、という言葉でエリーナは神妙な面持ちになる。スラムをさ迷い続けたエリーナの不安と絶望は、いまだ心の中から消えることは無い。
「……よく分かった。私には知らないことが多い。そのあたりも学んでいかなければならないな」
そんな話をしていると、ゆっくりと入口のドアが動いて吊り下がっているベルが鳴る。
「わわっ! び、びっくりした。ベルが付いてるのね」
「おっ、客か!?」
ベルを見上げて入ってきたのは、エリーナより少し年上の、鼻から下を布で覆った若い女性だった。
「あの。ここって困りごとを解決してくれるお店で合ってますか?」
「ああそうだ。よく来てくれた。さあさあこっちへかけてくれ」
記念すべき第一号のお客様だ。エリーナはほくほくしながら案内する。
シュバルツが紅茶を淹れてきて二人の前に置いた。
「あ、ありがとうございます」
「私が店主のエリーナだ。ここを頼ってくれた時点であなたの勝利は確定している。なんでも話してくれ」
女性客は自信満々なエリーナを困惑の目で見つめる。
てっきりお茶を持ってきてくれた獣人が店主だと思ったのに、実際は自分より年下の少女のほうだ。着飾れば貴族令嬢にさえ見えそうな気品が漂う一方で、底しれない余裕と覇気が伝わってくる。
(本当にこの子が……? でも、助けてもらえるならこの際誰だっていい)
女性は思い詰めた表情で、顔の下半分を覆う布に手をかけた。
「見てもらったほうが早いと思うんです」
布を取ったその下の顔は――鎖骨まで赤い発疹が広がっていた。
肌荒れというレベルではなく、火傷のようにただれた状態は明らかに病的。
思わず目を見開いたエリーナに、女性は悲しみに歪んだ顔を向ける。
「ひどいでしょう? 一週間前まではこんなんじゃなかったんです。あんな店に騙されなければ、こんな思いなんてしなかったのに」
テーブルに目を伏せるとポロリと涙がこぼれ落ちる。女性は再び顔を上げると、真っすぐにエリーナを見つめた。
「エリーナさん。わたし、明日結婚式なの。それまでにこの顔を治してもらえませんか?」