28 《閑話》アステアの新緑祭ー②
五番街五区にそびえる大聖堂に着くと、入口付近にはすでにイベント参加者の列ができていた。
「五十組限定と書いてあるけど、間に合ったみたいだな」
「私たちも並ぼう」
列はスムーズに進み、すぐ順番が回ってくる。
「参加受付を済ませた方は、内庭までお進みください」
神官の案内に従って大聖堂の中に進む。
「リュミナス聖教の祭だからここでやるんだな。シュバルツは来たことあるのか?」
「中に入るのは初めてだ」
「見事だな」
大理石でできた廊下には、同じく物珍しげに周囲を見渡す参加者の足音が響き渡る。
真っ白な白亜の壁に、緻密な彫刻が彫られた太い柱。高い窓には鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、太陽の光が神秘的に降り注いでいる。
街なかに点在する礼拝堂と違い、王族や貴族でもない限り大聖堂に入る機会はほとんどない。桁違いの規模と荘厳さに、参加者たちは感嘆の息をついた。
たどり着いた内庭は、庭というより大きな公園のような広さであった。全員が揃う頃合いになると、緑の帽子を被った祭仕様の神官が現れる。
「芽吹きの季をことほぐ今日この日に、アステアの御下にお集まりいただいた皆々様に感謝を捧げます」
がやがやしていた会場が静かになり、神官の言葉に耳を傾ける。
神官は祈りを捧げる動きをして顔を上げると、表情を和らげた。
「アステア神は分かつ神、選別の神としても知られておりますが、いま皆々様の目の前に迷宮となって姿を表しました」
彼が示した内庭の中央には生け垣のような緑の壁がある。巨大ゆえに全貌は見てとれないが、この内部が迷宮になっているということのようだ。
「皆々様には、一定の時間間隔で中に入っていただきます。内部には三つの課題が用意されています。クリアするごとに証明の品を獲得できますので、ゴールした際に提示をお願いします。なお、課題のクリアが難しいと判断した際はいつでも棄権できますのでご安心を。タイム上位者にはささやかな賞品も用意していますので、ぜひ狙ってみてください。それではさっそく開始します!」
沸き立つ会場の中、さっそく一番の番号札を持つ参加者が迷宮の中に入っていった。
「課題ってどんなだろうな? 楽しみだ」
そんなエリーナの肩がぽんぽんと叩かれる。
「お久しぶりです。エリーナさんたちも参加するんですね!」
「オーウェンじゃないか!」
アイシャの恋人のオーウェンは、日に焼けた顔から白い歯を二カッと覗かせた。
「元気そうだな」
「おかげさまで仲良くやってます。今日はアイシャとドルフさんに賞品を持ち帰りたくて」
「二人も喜ぶだろうな。オーウェンは毎年参加しているのか?」
「このイベント自体は毎年やってますけど、仕事とかぶったりしてたんで初参加です。緊張しますね」
「私もさっきから胸がドキドキしているよ。お互い頑張ろう」
「健闘を祈ります! じゃあ、ゴールで再会しましょう!」
オーウェンが先にスタートし、いよいよエリーナたちの順番が回ってきた。
課題については中に入れば分かるようになっているという説明があり、燭台を渡される。
「蝋燭の残りの長さでタイムを判定します。リタイアとなった場合や途中棄権したい場合は火を消してください。この燭台は魔道具ですので出口まで安全に導いてくれます。それでは、アステアのご加護を」
「俺が持とう」
魔道具はとんでもなく高価だ。万一にも落としては危ないので、シュバルツは持ち手に力を込める。
生け垣の中をまっすぐ進むと、すぐに広めのスペースに出た。
「ここが一つ目の課題ということか」
「何か置いてあるぞ」
「卵じゃないか?」
おがくずが敷かれた上に色とりどりの卵が並んでいる。その数は参加者の人数分以上ありそうだ。
傍らには腰の高さほどの台があり、一枚の紙が置かれている。
「シルヴァーナに愛されし卵を選べ、だそうだ」
「愛されし卵?」
「女神シルヴァーナは万物の生命を司る神だから、この中から本物の卵を選び取れってことなんじゃないか?」
「偽物が混じっているってことか」
なるほどと納得したエリーナは、さっそく卵を手にとってみる。
模様は一つ一つ異なっているが、大きさはだいたい一緒で、手触りも違いは感じられない。
「これは難しいぞ」
「魔法じゃわからないのか?」
「孵化直前でもない限り、命の気配を感じ取るのは難しいんだ。この卵たちはすべて同じに感じられる」
「そうか……。そもそもこれは何の卵だ?」
「食料品店では見たことがないから、食用ではなさそうだが」
腰をかがめて卵を眺めていたエリーナは、あるものに気がつく。
「……? 見てくれシュバルツ。何かくっついているぞ」
おがくずから拾い上げたのは小さな羽根だった。
「おがくずに紛れていた」
「この卵を産んだ生き物ってことか? 手がかりになるかもしれない」
シュバルツはエリーナの手に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。銀色の耳がぴんと立ち上がった。
「何かわかったか?」
「わからないけど、わかった」
「?」
「匂いだ。本物の卵には必ず親か生まれた場所の匂いがついている。偽物は作り物だから匂いがついていない。そう判断すれば本物を選ぶことができる」
「――! 鼻が効く狼獣人だからできることだな! 名案だシュバルツ!」
シュバルツは足元の卵を両手に取り、鼻に寄せる。
「これは海の香りがする。こっちは無臭……いや、塗料の臭いか? 人工的な匂いだ。作り物だ」
「すごいな。私にはまったく違いがわからない」
シュバルツは作り物を足元に戻し、新しい卵を一つ拾う。
「これは森の香りがするから本物だ。僅かにミニバードの匂いもついている。……どうする? 気になる卵があれば嗅いでみるぞ」
「その海の香りがする卵にしよう。模様が気に入った」
エリーナが卵を判定台に置くと、『判定は一度しか行えません。本当に宜しいですか』と文字が浮かび上がる。
「おぉ、よくできた魔道具だな」
「リュミナス聖教は確か世界最大の信仰を誇るんじゃなかったか。こういうイベント用に魔道具師にでも作らせたんだろ」
「魔法を道具に込める魔道具師か。魔法に生きる者同士、いつか会ってみたいな」
エリーナが「この卵で構わない。判定を頼む」と呼びかけると、台が青い光に包まれる。
『――おめでとうございます。アステア神が微笑みました』
「正解だ! やったぞシュバルツ!」
奥の扉がズズズ…と静かに開く。
『卵は参加賞として獲得することができます。次の課題に進んでください』
「貰えるのか。温めたら孵るだろうか」
「家に帰ったらやってみよう。孵らなくても、記念に飾ったらいい」
卵を胸に抱いたエリーナと燭台を持つシュバルツは、軽快な足取りで先へ進む。
すぐに二つ目の課題のスペースに出た。
今度は卵ではなく、机と椅子、判定台がぽつんと置かれている。
「……嫌な予感がする」
顔をしかめたエリーナの予感は的中し、今回の課題は頭を使うものだった。
机の上には説明の紙と課題の紙が置かれている。
「ペンを紙から一度も離さずに描けるものはどちらか選べ、だそうだ」
課題の紙には二つのモチーフが描かれている。リュミナス聖教で使われるモチーフだとわかったのは、大聖堂の中で同じ文様がちらほら柱に彫り込まれていたからである。
シュバルツもゆっくりと眉間を揉んだ。
「これは魔法でも匂いでも解決できないな。覚悟を決めよう」
きっとうまい解法があるんだろうなと思いながらも、それを知らない二人は、ぶつくさ言いながら地道に試行錯誤を繰り返した。
判定台が青く光ったのでホッと胸を撫で下ろしたものの、蝋燭はずいぶん短くなってしまった。
「次で巻き返すぞ!」
「急ごう」
静かに開いた次なる課題へ向かう扉を、早足でくぐった。




