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27 《閑話》アステアの新緑祭ー①

おかげさまで本作のコミカライズが決まりました。ぜひ楽しみにお待ちくださいませ!

「こんにちは! エリーナさん、いるかしら?」


 軽やかにベルが鳴り、初夏の風と共によろず屋の扉が開く。店内に入ったメグは受付台の向こうにエリーナを見つけると、「よかった!」と顔を綻ばせる。

 顔を合わせるのは結婚式の日以来だった。エリーナも久しぶりの再会に思わず声を弾ませる。


「メグじゃないか。久しぶりだな、元気にしていたか?」

「おかげさまで。今日は依頼じゃなくて渡したいものがあって来たの。あっ、シュバルツさん、お茶は平気よ。渡したらもう行くから」


 そう言ってメグは手に持っていた若木の枝を、エリーナとシュバルツに一つずつ差し出した。


「これはなんだ?」


 小枝を見つめて不思議そうに訊ねるエリーナ。


「やだエリーナさん。今日は新緑祭でしょ? お世話になったふたりにも巡葉に来たのよ」

「そうか。今日は祭の日か」


 だから今日は店の前の人通りが多かったのかとピンときたシュバルツは、まだ頭の上に「?」を浮かべたままのエリーナに説明してやる。長年伯爵家でこき使われていた彼女はきっと知らないだろうと思ったからだ。


「毎年、五の月の最初の週末に開かれるのがアステアの新緑祭だ。リュミナス聖教で芽吹きを司るアステア神にちなんだ、季節の巡りと命の芽吹きを祝う祭だな」

「そうよ。建国祭と冬の霜星祭と並ぶ、ヴァリシエル三大祭の一つね。これは”巡葉”といって、一種の慣習なの。無事に冬を越えて季節の巡りが訪れた喜びを分け合う意味があるのよ」

「そうだったのか。わざわざありがとうメグ。嬉しいよ」


 もらったみずみずしい若木の葉にそっと触れると、エリーナは目を細めた。


「ふたりはお祭りに行かないの? こう言ったらなんだけど、みんなお祭りに行くと思うから、今日ばっかりは依頼が来ないと思うわよ」

「確かに今日は全然誰も来ないから、変だと思ってたんだ」


 いつもだったら店を開けるとすぐに誰かしら入ってくるのに、今日はもう昼になるというのに客はゼロだった。たまにはこういう日もあるかと思っていたが、どうやら今日は一日中この調子が続くらしい。

 エリーナは腕を組み、少し考えるとシュバルツに顔を向ける。


「お客が来ないなら、せっかくだから私たちも出かけるか」

「俺は構わないけど、珍しいな」

「見識を広げることも私に必要だと思ってな。それに、祭の会場には困っている人がいるかもしれないだろう?」

「十二の鐘から五番街でパレードがあるわよ。すごく華やかだし、王族の方々を直に拝見できるめったにない機会だから、行ってみるといいわ」

「ありがとう。メグも祭を楽しんでくれ」


 メグはひらひらと手を振ってドアを出ていった。店の外で待っていた男性と仲睦まじく腕を組むと、軽い足取りで喧騒に紛れていった。


 ◇


 店を出て五番街を目指していると、いつもと違う様子があれこれ目に留まる。


「どの家もドアや窓を若木や緑の布で飾っているな。これも祭の一部か?」

「アステア神の司る色彩は緑だそうだから、感謝を示してるんじゃないか」

「そういえば緑色の服を着ている人も多いな。市や屋台も立って賑やかだ」


 週末は閑散としている街が、金の曜の夜以上に賑わっている。

 飲食の屋台だけでなく、地面に敷布を広げ、手作りの品やまだ使えるが不要になったものを売っている人たちもいる。


「昼がまだだったから何か買ってみよう」


 食事を必要としないエリーナではあるが、祭となれば話は別。屋台の並びへ吸い寄せられていく。


「私は”四角牛の炙り串”と蜜酒を買ったぞ。シュバルツは何にしたんだ?」

「麦飯と焼豚の香焙包み。旨そうだ」


 今日しか食べられない味を頬張りながら歩いていると、前方で人々がざわめいた。

 視線を向けると、混雑の中から一人の男が飛び出し、その男を追いかけるように女性の悲鳴が響き渡る。


「この男スリよーっ! 財布をとられたわ! 誰か捕まえて!」


 スリの男はすごい勢いでこちらに走ってくる。男を避けようとした通行人がエリーナにぶつかって、弾みでまだ残っていた蜜酒のカップが地面に落ちてしまった。


「……」


 エリーナは顔をしかめると、おもむろに手にしていた串を地面に放った。


(クシヤキ・)恨槍(ジャスティス)


 男の足元の石畳が小さく震えた次の瞬間、ボゴォッと音を立てて巨大な銀色の串が突き上がり、男の服を貫通して中に吊し上げた。


「うわあぁっっ!?!?」


 周囲は呆気にとられ、やがて大爆笑に包まれる。


「見ろよあれ! 傑作だ!」

「おーい動くと落っこちるぜ。衛兵が来るまで大人しくしといたほうがいいんじゃないかーw」

「近くに魔法使い様がいらっしゃるのかしら?」


 エリーナとシュバルツは人々の歓声を背に、何事もなかったかのように歩き去る。


「……あんな魔法もあるんだな」

「ない。今考えた」


 五番街が近づくにつれて人混みも激しくなる。

 パレードが行われるメインストリート”瑞風通り”に到着すると、すでに沿道は人で埋め尽くされていた。遠くから鼓笛隊が奏でる行進曲が響いている。

 人の隙間を縫ってなんとか見える場所を確保し、通りの奥に目を凝らす。


「おっ、もう来るぞ。ほらあそこに見える」


 米粒ほどの隊列が徐々に形を持ち始める。

 パレードを先頭で率いるのは正装した騎士団だ。一人だけ黒い馬に騎乗しているのが歴代最強と名高いガラハルト・キングストン団長らしい、というのが近くの人の会話からわかった。毅然とした居住まいで前を見据えているが、全身で周囲に警戒を張り巡らせている。

 騎士団の次に現れたのが鼓笛隊だ。鮮やかな衣装に身を包み、軽快な演奏で行進に興を添える。

 そうしていよいよ現れたのが、きらびやかなオープン型の馬車に乗る王族たちである。近衛騎士たちが警戒を絶やさぬ中、優雅な笑みを沿道の国民に向けている。


「王女や王のご兄弟の子どもたちみたいだな。その次に続くのが王妃陛下たちだろう」

「……王妃が多すぎないか? 何十人もいるみたいだぞ」

「王は長命だから、後宮の側妃も数え切れないほどいるって話だ。無用な争いを避けるために、継承権は正妃の子に限られているが」

「ふぅん」


 エリーナはふと、カイレンも将来はたくさんの妃を召し上げるのだろうかと想像する。

 ――なんとなく、彼には似合わないと思った。

 しばらくするとエリーナの周囲からキャーッと歓声が上がり、見覚えのある顔が現れた。


「おっ、カイレンだ!」


 沿道から上がる黄色い歓声に見向きもせず、すまし顔で腕を組んでいる。退屈でたまらないという本心をかろうじて取り繕っている姿に、思わずエリーナは小さく笑う。


「ふふっ。よろず屋にいるときと全然違う顔だ」

「あいつが王子だってのが、俺は今でも信じられない」

「私たちが来ていることは、さすがに気づかないだろうな」


 そう呟いた瞬間、視線を上げたカイレンと目が合った。

 彼は一瞬驚いたような顔をしたが、ふわりと口元を緩ませた。


「キャーッ! カイレン様が笑ったわ!」

「なんて素敵なの!」

「はぁ。側妃でいいから召し上げてくださらないかしら……」


 カイレンはエリーナの隣のシュバルツに気がつくと、再び真顔に戻り、さっさと反対側を向いてしまった。


「……俺、やっぱあいつ嫌いだわ」

「カイレンも子供っぽいところがあるからな。でも悪いやつじゃないことは、シュバルツもわかっているだろう?」


 パレードが通り過ぎると、集まっていた人はあっという間に散っていく。

 さてこの後はどうしようかと考えていると、祭の関係者らしき女性からチラシを手渡される。


「このあと大聖堂でイベントがあります! 誰でも参加できるので、よかったら挑戦してみてくださいね!」

「イベント?」


 チラシに目を落としたエリーナの瞳が輝く。


「……面白そうじゃないか。五十名限定だそうだ、行ってみよう」

「いったい何だ?」


 チラシを覗き込んだシュバルツも、「確かに面白そうだ」と口角を上げる。

 ふたりはさっそく五番街五区の大聖堂へと向かった。

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― 新着の感想 ―
ええーッ!?(;゜Д゜) コミカライズおめでとうございます(;゜Д゜) そしてお祭りですか。 そしていったいどんな競技があるんでしょうね(ΦωΦ)フフフ…
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