表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/31

12

 悪徳美容サロンを摘発した翌々日から【エリーナのよろず相談店】には客が押し寄せた。

 その日の朝、二階の窓を開けたエリーナは、店の前にできた長蛇の列を二度見した。肌寒い早朝だというのに、人々のざわめきで熱気すら感じられる。


「メグが口コミを広めてくれたみたいだな」横から覗き込んだシュバルツが呟く。

「こんなに困っている人がいたとは。よし、私に任せてくれ!」


 頼られることが、こんなにも嬉しいとは。

 エリーナは勢いよく階段を駆け降りると、元気いっぱいに店の扉を開けた。


「開店だ! 順番に話を聞くから、中に入ってくれ!」


 屋根や家具の修理、引越しの手伝い、家にできてしまった蜂の巣の駆除に子守りなど。

 依頼内容は多岐にわたったが、エリーナたちは力を存分に発揮して住民を助けた。

 「ありがとう」「助かったよ」「また頼ってもいいかな」と感謝される瞬間が、たまらなく嬉しかった。

 報酬は一律銅貨一枚と決めていたが、感謝の気持ちから多めに払っていく依頼者も多く、思わぬ利益が生まれた。


 ――その週を終えた閉店後、受付台の椅子で伸びしたエリーナは、表に『本日は閉店しました』の札を出して戻ってきたシュバルツをつかまえる。


「怒涛の数日間だったな。明日も仕事ではあるが、お疲れ会をやらないか?」

「俺は疲れていないが……もしかしておまえはキツいのか?」


 シュバルツはハッとして表情を変え、エリーナの肩をつかむ。 


「だから毎日営業はやめておけと言ったんだ。普通は五日働いて週末は体を休める。いや、それでもおまえには多すぎる。まずは週三日くらいから始めて――」

「違う違う、そういう話じゃない。シュバルツはほんとうに心配性だな? 一週間働けたことに感謝して、ちょっといい酒でも飲みたいと思っただけだ」


 エリーナは笑いながら、肩を掴む彼の手をぽんぽんと叩く。

 真意がわかったシュバルツは、目を細めて胡乱な顔をする。


「……また酒か」

「あなたの作るつまみがあれば、さらに最高だが」

「買い出しに行こう」


 シュバルツの尻尾が小さく左右に揺れる。気づいたエリーナは愛おしそうに「ふふっ」と微笑んだ。

 少し足を延ばして五番街へ行ってみることにした。


 ◇


 夜の街は活気に満ちていた。こうこうと灯された街灯が、石畳の道を黄金色に染める。

 夜になるとどこからともなく現れる屋台からはスパイスの効いた串焼きの香りが立ち上り、酒場からは賑やかな笑い声が溢れる。

 道行く人はみな、一週間の仕事を終えた開放感に満ちた顔をしている。エリーナもまた、その中の一人だった。


「こうやってのんびり歩くのもいいな。皆が楽しそうだと、自分まで楽しくなる」

「伯爵家を出てから初めての息抜きじゃないか?」

「言われてみれば、そうだな」


 家族と縁を切ってから、目まぐるしく日々が過ぎていった。当然といえば当然だが、あれから一切連絡はない。

 よろず屋の仕事に邁進していたから、仕事や買い出し以外で街を歩いたこともなかった。王都のメインストリートを擁する五番街はこんなにも賑やかだったのかと改めて驚く。

 しばらく当てもなくぶらぶらしていたが、とある店の前でエリーナは足を止めた。


「見てくれシュバルツ。衣料品店がある」

「入るか? でもこの店、男物みたいだぞ」


 エリーナはニカッと白い歯を見せてシュバルツの腕を取る。


「構わない。私のじゃないからな」

「……? あっおい、そこ段差があるから気をつけろ」


 店内に入ると、奥から「ご自由にご覧くださいませー」と店主が声を掛ける。

 エリーナはさっそく男性服を物色し始めた。


「これもいいな。いやこっちも中々だ」

「……誰かに贈り物か?」


 不機嫌顔で低い声を出すシュバルツの身体に、エリーナはニコニコしながらシャツを当てる。


「あなたに似合う服を選んでいる。よろず屋の従業員として、制服のようなものがあったほうが良いかと思ってな」

「……俺の?」

「シュバルツ以外に誰がいる? 依頼料で思わぬ利益が出たから、どうしようかと考えていたんだが、あなたのために使いたいと思ったんだ」

「……っ」


 シュバルツは真っ赤に染まり上がった顔を隠すように、ふいと横を向く。


「俺のことはいいから、自分のものを買えよ」

「物欲がないからなぁ。たまにしか身に付けないドレスや宝石だったら、その都度石ころに魔法をかけて作ればいいわけだし」


 エリーナは肩をすくめる。

 贅沢はエレンディラだったときにやり尽くし、そして何の意味もないことだと学んだので、執着は一切なくなっていた。


「俺の服も石で構わない」

「それがおかしいことくらいは私にも分かるぞ。大切な人にはちゃんとしたものを贈りたいんだ」


 とうとうシュバルツは両手で顔を覆ってしまった。

 店主が遠巻きに微笑みを浮かべてふたりのことを眺めている。仲睦まじい恋人同士を愛でるような視線である。

 エリーナは楽しそうにあれこれ手にとって、一枚のシャツに目を留める。


「おっ、これ良さそうだな。試着してみてくれるか?」

「ありがとうございます! 試着室はこちらに!」


 素早く店主が出てきて案内をする。

 着替えたシュバルツがカーテンを開くと、エリーナは目を見開いて嬉しそうに手を叩いた。


「いいじゃないかシュバルツ! よく似合っているぞ!」

「……そうか」

「店主。このシャツに合うベストとパンツはあるか? 一式購入したい」

「お任せください! お連れ様はお顔もスタイルも整ってますから、選び甲斐がありますよ!」


 ――そうして買い物を終えたふたりは店を出て、今度こそ食料品店を目指す。

 五番街の人通りは夜が更けるとともに増えていた。大通りの真ん中では道化師が芸を披露し始め、いっそうの賑わいを見せている。

 エリーナは歩きながら改めてシュバルツを眺めると、満足顔で二回頷いた。


「私の目に狂いはないな。似合っている」

「なにも今着て歩く必要はないんじゃないか」

「せっかく買ったんだ。その素敵な姿をもう少し眺めさせてくれ」


 新しい服はシュバルツの引き締まった身体にしっくりと馴染んでいる。シャツの上に重ねたベストは洗練された雰囲気を醸し出し、スラックスは長い脚を際立たせる。珍しい銀色の髪と相まって、品のある華やかさがあった。

 あまりに似合うことに感動したエリーナは、購入した服の値札をその場で切ってもらい、新しい服を着て買い物を続けると宣言したのだった。


「――ほらみろ。私だけではなく、街の女性たちからも注目の的のようだ」


 すれ違う女性がちらちらとシュバルツに視線を送っている。その中には、通りすぎてもなお名残惜しそうな顔で振り返る娘もいた。

 シュバルツはうんざりしたように短く答える。


「服か髪に注目してるだけだ」

「銀は高貴な色彩とされてるんだったか。それは私も知っているが、理由はなぜだ?」

「そこまでは知らない」


 ふーんと相槌を打ちながら、エリーナはまじまじとシュバルツの横顔を見上げる。


「……シュバルツは顔だちも美しいと思うがな」

「おまえはこの顔が気に入っているのか?」

「素敵だと思うぞ。まあ、あなたの良さはそもそも見た目云々ではないけれど」


 当然だと言わんばかりに即答するエリーナ。

 そのまっすぐな言葉と視線に射抜かれたシュバルツは、一瞬言葉を失う。

 胸のあたりを押さえ、今日何度目かもわからなくなった赤面を浮かべると、深くため息をつく。


「……だめだ。これ以上おまえと話すと心臓が持たない」

「どうした? 具合が悪いなら早めに言え。すぐに治してやる」

「なんでもない」


 エリーナは首を傾げつつも、それ以上は追求せず、再び前を向いた。


 ◇


 食料品店で酒とつまみの材料を買い出すと、ふたりは家路についた。

 七番街に入ると、店の前あたりに人影が見えたものだから、エリーナは「おや?」と声を上げる。


「シュバルツ、閉店の札は出してあるんだろう?」

「間違いなく出した」

「ということは緊急の客だろうか」

「……俺が対応する。おまえは俺の後ろにいろ」


 その人影が男だということに気がついたシュバルツは、エリーナを背中に庇いながら近づいていく。

 男はシュバルツの気配に気がつくと、ゆったりとした動作で振り返った。その姿を捉えたシュバルツの目が細くなる。


(貴族か、あるいは王城に勤める官吏か。――いずれにしろ、平民街のこの店にはお呼びじゃない奴だ)


 上等な服を身にまとい、髪も丁寧に整えられている。余裕のある表情と身のこなしから、依頼者という雰囲気でもない。

 鋭く低い声で、シュバルツは訊ねる。


「今日はもう閉店している。明日は八の鐘から開くが、急用か?」

「これはどうも。エリーナ・スカイ元伯爵令嬢殿はこちらに?」


 その言葉を耳にした瞬間、シュバルツの警戒心が一気に跳ね上がる。

 元伯爵令嬢という事実を知っている者、知ることができる者は、ごく一部のはずだ。


「……何の用だ? まず名を名乗れ」

「おっと、これは失礼いたしました」


 男はわざとらしいほどに恭しく礼をすると、大事そうに一通の封書を取り出した。


「王城で文官をしておりますウィリアム・グイードと申します。スカイ元伯爵令嬢に、王家より夜会の招待状をお持ちいたしました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エリーナさんはもはや悟りの領域にいると言ってもいいだろうなぁ。 間にどんだけの数の人生があったかは知らないけどその人生経験も足せばなぁ……タイムリープ系主人公とどっこいどっこいかもなぁ(ォィ そして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ