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4、新たなる道


 アメリカは広くて車に乗らないと、どこにも出かけられない。

沙織も自分の車を持っていたが、マイケルがホンダに乗ってきたので、それを借りてよく乗り回していた。

 デカくてガソリンばかり食うアメ車より、小回りが利き、軽くて加速が良い日本車の方が、やはり日本人・沙織の好みに合う。

 自分のアメ車を手放し、マイケルのホンダを自分の車に変えた。


 空軍基地沿線の道をホンダで走る。

横の空軍基地からはジェット機が飛び立ち、空に消えていく。

いつもの見慣れた景色である。

 ダッシュボードの上で、首がスプリングで揺れる『べこ駒』のようなボブルヘッド・マスコットが道路の揺れに合わせて首を振っている。

ゲームキャラの忍者人形なのだが、これもマイケルの好きなアニメの一つだ。


 沙織、音楽をかける。

入っているCDがアニメの音楽ばかり。そのひとつ、アニメ『セブンズマーチ』の始まりの曲『さあ飛び出そう七つの海へ』が流れる。

「7つの海を乗り越えろ。七人の仲間で力を合わせて」とスピーカーから日本語が流れ、車内に響く。

 小気味よいマーチソングを日本語で歌われると、沙織もつられて鼻歌が出る。



「あ、パルテノンの建物が無くなっている」

空軍内の基地の中に建設されていたパルテノンのドームが、重機で壊されて瓦礫となり、数個の山にされている。

 そしてその破壊された塊を乗せたトラックが、アリのように動き回り、敷地内から出て、沿線道路に出ては消えていく。

「もう解体なの?・・・そうだよね、終わりだよね。無期延期なんて言葉に、しがみついているのは私だけか。・・・みんなどこかに消えていくんだよね」

 瓦礫や機械を積んだトラックは基地を出て、数台が沙織の車の前に入る。

 トラックの上にはシートが被されているが、空いた隙間から見える機械を見て、「自分が使った機械かな」と漠然と思った。


「ここの道は、ジョギングコースだったな」

空港脇の道は、毎日走った見慣れた景色。でもそれが連なって入ってきた大きいトラックたちのせいで視界を遮られている。

「せっかく懐かしい風景だけど、・・・ちょっと邪魔だな。前が見えない。・・・そういえばマイケルが前に座ると、前が見えなくて邪魔だった」

 沙織はなんとなくマイケルのことを思い出してしまった。




 沙織がマイケルを初めて見たのは、パルテノン計画のガイダンスの時だった。

パルテノン計画に従事する人たちのために開かれたガイダンス会場で、傍聴する沙織の前にマイケルが座ったのである。

「なんか大きな男がいるな」

 190cm近くあるマイケルは座っても大きく、沙織の視界を妨げ、正面にあるガイダンスが説明されているスクリーンを見えずらくしていた。

「ダメだ。邪魔。見えないじゃない。・・・その上、何?なんか小刻みに揺れているよ。病気?・・・気になるじゃない」

 そして沙織が右にズレると右に来て、左にズレると左に傾く。まるで沙織に嫌がらせをしているかのように、体の傾きを変える邪魔なやつだった。

「あー。無理だわ、この人」

 たまりかねて背中を叩き振り向かせると、その男は耳にイヤホーンしていて、音楽を聴いている。

 体の傾けはわざとじゃなく、後ろの沙織の存在に全く気がついていなかったので、傾けのタイミングが、たまたまシンクロしただけのようだ。

「申し訳ないんですけど、後ろから見えにないのでどちらかに寄って下さらない?」

 そう沙織が頼むと

「丁寧な言い方で、アジア人。・・・日本人ですか?」

 驚いたように聞いてくる。

「ええ、そうですが」

 喜びで目を見開き、いきなり日本語で

「拙者、マイケルと申す物でござる」

 と沙織に言ってきた

「失礼を致した。お詫びに切腹なり何なりと・・・」

「いえ、いいです。謝らなくても。切腹も必要ありませんから」

「御意」

 なんだ?この人は。アメリカのサムライか?と沙織は思った。


 それからガイダンスの時間中、何度もマイケルは振り返り、沙織を見て微笑む。

一応、愛想笑いを返す沙織。

 そしてガイダンスが終わり、立ち上がるマイケルを見て、あらためて沙織はその体の大きさに目を見張る。

「そちの名前はなんと申す?」

 なんだ、グチャグチャだな。と、沙織は思ったが、

「沙織、井上」

 と返す。

「なるほど、あいわかった。沙織様、このノチであるが何か、そちには用事などあそばすか?」

「ごめんなさいね。日本から荷物が来るので家に戻ります」

「なるほど残念至極。それで沙織様は、ここ?そこ?・・・なんの仕事をなさる?」

「パイロット養成訓練課程に行きます」

 マイケルはそれを聞いて喜び、握手を求め、

「拙者も同じ」

 と言い、「短い間だ」「再び会える」と単語を発する。

まあこれからもよろしくと思い、握手をして去る沙織。

「それではさらば」

 なんだかわからないけど、この人、しんどいな。・・・というのが沙織の第一印象だった。


「そうだよね。日本語では『また、いずれ』その一言ですむのに、see you や litter なんて言葉を日本語にするから、ぐちゃぐちゃになる」

 そんなことを思い出しながら、車をA1A号線から1号線に入れて、デイトナ方面に向かう。

 デイトナにある国際空港の近くに、エドナの家がある。





 デイトナのビーチに立ち並ぶコテージのような家の前に、車を止める沙織。そこがエドナの家。

 エドナの一族は代々宇宙局に勤めていて、両親と共にここに住み、エドナ自身も宇宙局に入り、ここから通っていた。

 親の期待を受けて、代々続く宇宙局を継ぐべく娘のエドナは、衛生管理と心理学カウンセラーの資格を取り宇宙局にきた。生まれも育ちも生粋のNASAっ子であった。

 しかし残念なことにエドナ以外の兄弟は、宇宙に全く興味がなくIT企業に勤め、兄はニューヨーク、弟はワシントンに出て行ってしまって、ここを離れている。そして両親も数年前にリタイアしていて、今はマイアミのリゾートマンション暮らし。残されたエドナが、大きめなこの家で一人暮らしをさせられているのだった。


 沙織が家前の道でクラクションを鳴らすと、Tシャツ、短パンという軽装で家から出て来るエドナ。

「エドナ、遊びにきたよ」

「やっと出てきたか。遅いのよ。・・・・本当、日本人はネガティブな人種。どうして家から外に出ない?・・篭って悩んでいても何も解決しない」

「面倒くさいのよ。家から出るのも億劫なの。そんなこと言うなら、エドナが遊びにきてくればいいじゃない」

「ダメだね。日本人の悲しみの重さが、私たちアメリカ人にはわからないのさ。だから本人が出てくるまで、ほっとくしかないね。・・・どう?もう気分は晴れ晴れか?」

 車の扉を開けて、出てくる沙織。

「それでね。聞いてよ。家に母がやって来たの。うざいのよ。・・・そんで帰国しろって、私を捕まえに来た。きっと日本の宇宙局の差し金だわ」

 晴れ晴れの返答じゃないので、また疑問顔になるエドナ。

「家に母親が来て逃げて来たのか?・・・・母親がうざいって?沙織はお母さんと喧嘩しているのか?」

「いや、喧嘩してない。そうじゃないんだけど、・・・そうね。両親と仲良しのアメリカ人に、日本の微妙な親子の雰囲気はどう伝えればいいのか・・・」

「本当に私にはわからない。何かこちらで手伝えれば・・・とは思ったりするのだが・・・」

「心配ない。いつも通りなの・・・日本の親子っていうのはいつもこんな感じなの。まあどうでもいいことよ」

 手を広げて天を仰ぐエドナ。

「そういうところなのよ。・・・いいのか悪いのか、どっちなのよ。曖昧すぎてわからない。・・・本当、日本人がわからない」

「まあ、いいじゃない。・・・車に乗りなよエドナ。どこかに遊びに行こうよ」

「どこへ?」

「ディズニーランド」

「チッ」

「なによ、舌打ちして」

「もっとエロいところないの?アダルトな場所。男と女。・・・私は恋をしたいの」

「エドナはいつも、恋とか愛とか、それこそ他にないの?」

「恋と愛があれば、人生それでいい。・・・それで、今はちょっと出れないわ。さっき、家に行くって連絡があったのよ」

「え、誰?お客さん?男?」

「男って言えば男だが・・・」

「男、呼んだ?コールボーイ?」

「やめてよ。まだ、そこまで飢えてない」

 すると沙織のホンダの後ろに、黒いトヨタ・レクサスが停まり、扉を開けてパルテノン計画の総責任者だったジェームスが出てくる。

「はーい、ジェームス」

 手を振るエドナ。

「来るって、ジェームスだったの?」

「久しぶりだな二人とも、たった二週間だけど懐かしいな」

「ジェームスが急に家に来るって驚きよ・・・何があったの?」

 突然の訪問に質問するエドナ。

「沙織の家に電話したらエドナの所に行くって出ていったと聞いて」

「え?私に用事?」

 急に自分の名が出て驚く沙織。

「いやエドナにも用事があって近々家に行こうと予定してたのだが、・・・それが今、二人が一緒にいるので、いっぺんに会えるならラッキーと思い、急遽、寄らせてもらったんだ」

 デイトナビーチの暖かい日差しに汗をかき、頬を手で拭うジェームス。

「まあこんな所で話しても、暑いだけだから中に入って。何か飲みましょう」

 エドナに言われるまま、沙織とジェームスは、エドナの家に入る。



 エドナの家は、玄関を入るとすぐに大きなリビングになっている。

 さすが代々NASAの仕事をしてきた一家。歴代のロケットのミニチュアやポスターなどが壁に貼られて、展示物のように飾られている。

 そしてたくさん置かれているショーケースには、歴代の宇宙飛行士たちの手袋やサングラス、ワッペンなどなどが収納されており、そこにアポロやチャレンジャー搭乗者の名前が書かれたタグが貼られている。

「凄いな。ミュージアムみたいだ」

 初めて来たジェームス、その品々に敬礼をする。そして嬉しそうに眺める。

「はーい。お待たせ。ジェームス、こっちに座って」

ソファテーブルに飲み物のグラスを置くエドナ。

沙織がリビングのソファクッションに座ると向かいにあるラグチェアに腰掛けるジェームス。さすがに暑いのか、スーツの上着を脱ぎ、腕にかける。

「こっちのソファに座ればいいのに」

「いやすぐ出るので、これでいい。・・・早速だが質問がある。エドナ、沙織、もう次の仕事は決まっているのか?」

ラグチェアをソファテーブルに近づけ、エドナが出したレモネードを受け取るジェームス、話を切り出す。

「今、探ってる最中よ。やはりNASAがいいんだけれど、すぐに始まるプロジェクトがなければ、空軍の栄養士と負傷者のリハビリサポートなどに応募しようかと思っている」

「まあ、NASAも空軍もここから近いからな」

「まあね。資格を持ってるから、どっちもいける。早く大きなNASAのプロジェクトを作ってよジェームス」

「すぐに動きたいのだが、残務整理で大忙しさ。・・・それで沙織はどうだ?日本に帰るのか?」

とジェームスに聞かれるが、

「まだ判らないわ。日本のジャクサから誘われているけど、まだ宇宙に行くことに未練がある」

と、曖昧な返事をする。

「そうか・・・ならば、これはどうだ?」

ジェームスは持ってきた鞄から書類やパンフレットを出し、二人の前のテーブルに置く。

「新しい宇宙への計画が始まる。これは政府やNASAではなく、民間が主体となって進めるプロジェクトなのだが、もうすぐ募集を始めるのだ。プロジェクト名が『ハンモック』。宇宙に滞在することを目的としたステーションの計画だ」

 ハンモックプロジェクトと書かれたパンフレットを受け取る二人。

「今回の『ハンモック』プロジェクトは、大学と民間企業が合同で行う。民間であるため全世界から投資を集い、世界各国からの人材も一緒に募集する。人種も宗教も問わず、世界中の人たちが一緒に宇宙に飛び立たとうと謳った、まさに人類の夢の大計画といっていい内容だ」

 パンフレットの表紙は宇宙空間をバックに星と星に紐を結び、そこにハンモックが張られて、綺麗な女の人が寝ているアート的な表紙。

「何、これ?エロい計画?」

「エドナ、違うぞ。宇宙空間にリゾートステーション。そこでゆっくりとくつろげるハンモックを作ろうという趣旨で作られたパンフレットだ」

「地球と月にハンモックを吊るして優雅にお昼寝なのね、ウケる・・・沙織は、どう思う?」

 急に振られてあたふたする沙織。

「え?あっ、そうね。・・・これは宇宙遊泳のチケットを販売してるアメリカの会社が主催ね。やはり民間は宣伝が上手いかも。・・・けど、なんかこのパンフは軽薄に感じる」

「その辺は、心配しなくていい。民間といえども宇宙事業だ。国が検査し、内容についてはバックアップもしていく。パルテノンの機材や資料も民間のここに譲渡する段取りで進めている」

 他の資料を出し、スケジュール表を渡すジェームス。

「ハンモックでは試験が行われ、合格した者を訓練し、育成する。そして飛行士を宇宙に打ち上げ、宇宙で船体を居住区にし、第2弾、第3で打ち上げられた資材を使い、居住区を作成し、ドッキングして増やして行く計画だそうだ」

「あれ?パルテノンとほぼほぼ同じじゃない?」

と沙織が聞くと、

「その通り。だって我々がバックアップして民間に下ろしたプロジェクトだからね」

「どうして?民間に下ろすの?パルテノンを再開するべきじゃない?」

 沙織の言葉にジェームスは小さく苦笑いし、

「いささかパルテノンは資金を使いすぎた・・・」

「それは総責任者のジェームスのせいでしょ」

 エドナが茶化すと

「いや、いくら私でもあんな事故は想定外だ。あれじゃいくら金があっても足りないよ」

 ジェームスは、うんうんとうなづきながら

「それに死亡事故には調査官が入る。結果が分かり再スタートになったとしても何年後か先になるだろう」

と、話を続ける。

「それで民間に?そういえば、もうパルテノンが解体されて、運ばれて行っているのを見たわ。・・・・部品の譲渡?」

「ジェームスの横流し?」

「おいおい、人聞きの悪いことは言わないでくれエドナ、ちゃんと国を通して売っている。・・・放置しておくより売ったほうがいいので、安くおろしたがね・・・あんな形でパルテノンは終わってしまったが、このまま中止にしてしまったら、国としても膨大な資産であるデーターを破棄することになる。ならば民間ではあるが、援助という形で保存し、活動を継続させて、データーを進化させてさせようとしている」

「そうか運ばれて行った機械も、次の場所で働き出すのね」

なんか置いてけぼりを感じる沙織。

「しかしNASAじゃなく、もう民間でロケットが飛ばせる時代なの?すごい時代になってきたものね。私もNASAにこだわらなくてもよくなったのかも」

「CPUの進化が凄まじい。誰でも自由になんでも出来る時代になった。性能が上がりすぎて、実験などもパソコン内でシミュレート出来る時代になっている」

 ジェームス、その他の資料も沙織やエドナに渡す。

「今、宇宙は新しいビジネスだ。みんなが宇宙に手を出している。アメリカとしても、この熱を消してはいけないと考えている。・・・確かにCPUが進化してシミュレート出来るようになっているが、どうしてもネックになってくるのは宇宙飛行経験の情報の量だ。これはいくら膨大な過去のデーターをインプットしたとしても、とても機械だけの自動運転はできない。・・・新しい機械を使用し、それを踏まえて行動する人間の判断力や能力には到底及ばないからだ。・・・ハンモックにおいても、そこが重要なポイントになるはずだ。・・・だったらパルテノンの経験を持ったスタッフやパイロットは、とても貴重な存在であるはず。きっと歓迎されて喜ばれると思う。だからみんなの所を周って新たな計画を勧めているのだ。・・・沙織も、このハンモック計画のパイロットに参加してみる気はあるかい?」

「・・・新しい場所。新しいチャレンジか」

「できたら挑戦してもらいたいと思っている。素晴らしい人材をこのまま埋もらせるのは勿体無いと思っている。・・・沙織、日本に帰るのもいいが、ハンモックに行くものいいんじゃないか?」

「ジェームスも参加するの?」

 沙織、ジェームスに聞き返すと。首を振るジェームス。

「すまん。私自身は国家機密などに関係していたので民間に行けない。・・・本当はアポロを復活させて月に行こうかと思ったが、議会に止められた。・・・私は事故の責任をとってしばらく静かにしているよ」

「・・・考えてみます」

「そうだよね。いくらやりたいといってもハンモック計画にも 試験があるから、受かるかどうかはわかんないもんね。まあ私なら軽くオッケーだけど」

 エドナ、別にもらったハンモック・スタップ募集の資料に目を通しながら聞く。

「でもジェームス。こんな民間人が、宇宙に行ってどうするの?観光?」

「ハンモックと命名された通り、地球を離れ広大な宇宙空間で、寝転がり安らぐためのリゾート地として、確立させようというのだろう」

 パンフレットをめくり後ろに行くと見取り図が出ており、本当にリゾートホテルに誘うような作りになっている。宇宙を観光地に仕立て上げているのだ。

「金持ちの道楽か。・・・リゾート地で寝っ転がるって、やっぱりこれってさ・・・やるためのツアー旅行だよね?」

「まあ宇宙空間・無重力状態で男女の営みは、どうなるのか、とても気になることではあるが・・」

「そうよね。無重力ならベッドの上で始めて、いつの間にか壁でしてて、最後は天井で終わるってことも出来るものね」

「エドナ、激しすぎ」

「やっぱりハンモックって、エロ目的の企画じゃない」

 エドナが話に突っ込んで、みんなで笑う。

「まあ、まだ募集まで時間がある。考えてみてくれ」

立ち上がるジェームス。

「エドナ、レモネード、ご馳走様」

「どういたしまして」

玄関にいくジェームス。それを見送るエドナと沙織。

「興味が起きたらハンモックにトライしてほしい。・・・そして沙織、早くマイケルを忘れるんだ」

出ていくジェームス。

「・・・まあ、言われたね。物を忘れる時は、新しいことにチャレンジするに限る」

 沙織、資料を見て、

「エドナはどうする?参加するの?」

「もちろん行くよ。わざわざジェームスが持ってきた話じゃない。悪い話じゃないはず」

「躊躇なし?」

「宇宙は宇宙。本当はNASAが良いけど、私は宇宙ならなんでもいい」

空いたレモネードのグラスを片付け始めるエドナ。

それを手伝う沙織。

「私は、宇宙に人を送るのが仕事よ。そのために生きている」

「あれ?エドナは送ったことあったけ?」

「まだ私はなくても、私の家は代々、宇宙に人を送るのが仕事。ずーと続く歴史なの。沙織はどうなのよ?なんで宇宙に行きたいの?」

「・・・あれ、私、なんで宇宙に行きたかったんだろう?」

「情けないわね。そんなあやふやだから、つまづいて悩むのよ・・・。それより何より・・・」

沙織のお腹を触るエドナ

「何するの?」

「なぜこんなにも掴めるの。これはパイロットの体じゃないわね」

「やっぱり?」

「沙織、太ったでしょ?」

「6キロ太った」

「パイロット失格」

エドナに怒られる沙織。

「パイロットが体重管理しなくてどうする。地上から宇宙に運ぶ運賃は、たった1キロの重さでも、数万ドルかかるのよ。体重を落とせ沙織」

「分かっているわよ。でもずーと我慢してたお菓子が美味しくて、ついつい・・・それに訓練中、満腹になるのを堪えていた反動で、毎日満腹になるまで食べて、食欲限界解放中、まあそれは良いとして、・・・エドナ、今夜は何処に行く?海岸バンガローのカクテルバーとか?」

「いえパンフレット読みたいんでやめておく」。

「珍しい。エドナが勉強?」

「まあね。人種も問わず、宗教も問わず、世界の人が宇宙に飛び立つプロジェクト、ちょっと面白そうじゃない。私、可能性があるものは、すべてチャレンジする」

「・・・エドナはそんな元気なのに、なんで宇宙飛行士を目指さなかったの?」

「死にたくないから」

「え?」

一瞬、驚きエドナを見る沙織。

「死にたくないから、サポートスタッフに回ったのよ。・・・パイロットはね。死ぬのよ。高い確率で」

いつも陽気な話し方じゃなく、静かに語るエドナ。

「昔からパイロットの人が、うちによく遊びに来てくれたわ。子供の時から遊んでもらっていた優しいお兄さんが、ある日、突然来なくなるの。そしてその日は父も母も泣いて私を抱きしめるの。・・・最初は子供だから分からなかった。でも歳をとって大きくなると、その日に事故があり、遊んでくれた優しいお兄さんが、死んだということが分かってきた」

「でもそれは名誉ある死。発射に挑戦しての失敗じゃ・・・」

 首を振るエドナ。

「それは今回と同じ『ある日、突然』なの。訓練中、実験中、発射でも帰還でも、パイロットは本当に死んでいくのよ。そしてもう会えなくなる。その度に悲しくなったわ。・・・確かにパイロットというのは、素晴らしく誇らしい仕事だと思う。でも死んでしまった後、家族、友人みんな泣いているのをいっぱい見てきた」

沙織、エドナを見ると、優しい笑みで思い出すように話していた。

「そんな私は、自分のお父さん、お母さんを悲しませたくなかった。だからパイロットは目指さなかった。うちの兄も弟もそれを沢山、見て来たから、宇宙事業から離れたんだと思う」

「死か・・・日本人は死を見なくなった。だから感じてなかった。しかし今回・・・」

 言葉に詰まる沙織を見るエドナ。

「・・・どうした沙織?」

「ごめん、ごめん。なんでもない」

「また泣き出した。メンタルめちゃ弱い・・・泣くな沙織」

「ごめんね。自分でもなんでこんなに涙が出るのかわからないのよ」

「まあ、時間が解決してくれると思うけど、それほど愛していたということなのかな。・・・仕方ないことさ」

 エドナ、沙織の頭を撫でる。

沙織、涙を拭いて笑顔を見せる。

「また明日、来るわ。遊ぼう」

「いいね、ビーチで日なたぼっこして、ナンパされよう。そして乱行パーティーだ」

「エロ、エドナ」

エドナが出した手のひらを、パチンと叩く沙織。



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