3.パルテノン計画
朝、沙織が物音で起きる。
「なに?何か音がしている」
廊下、もしくは台所の方で何かが動き、ゴトゴトと音を立てているのだ。
「マイケル、静かにやって。せっかくの休みでぐっすり寝てたのに・・・・マイケル?・・・」
沙織、自分の言葉に気づいて起きる。
「・・・いやマイケルはもういない・・・じゃあ誰?・・・」
ベッドから静かに出ると、沙織は音をさせずにドアをあけ、廊下に出る。
音は、キッチンから聞こえてきた。
昔、習った合気道の型で、すぐに対応できるように身構えながら、ゆっくりと廊下を近づくと、
「いつまで寝ているの?頭が腐っちゃうわよ」
突然、辛辣な日本語がキッチンから発せられる。
「母さん~!・・・なによ。いつ来たの?・・・どうやって入ったの?」
母親・由美子が、キッチンで朝食を作っていたのだった。
「鍵〜。鍵はどうしたの?」
安堵のため息をついて、沙織はキッチン・ダイニングにはいる。
「あら、母親といったらゲートいる管理人が渡してくれたわよ」
「なにそれ?どういうこと?全く管理になってないじゃない」
母・由美子を見れば完全なアジア人だとは分かり、アジアといえばここに居るのは日本人の沙織だけだ。
ならば日本人の沙織の母親に間違いない。本人もそう言ってる。そんなことで警備をしている管理の人間が、鍵を渡してくれたようだ。
「ひどーい。ずさん過ぎる」
宿舎の封鎖が決定してから、出ていく人が多い。家族が荷物を引き取りに来る人も多いので、管理の人間も簡単に、鍵も簡単に渡したようだ。
「日本から、何時こっちに来たの?」
キッチンにあるダイニングテーブルにつき、母が作っている唐揚げをつまみ食いをする沙織。
「今日よ。・・・さっき空港について、まっすぐに来たわ」
「それでなんの用で来たの?」
「あんたが何度連絡しても返事を返さないから、仕方なく来たんじゃない。・・・何してるの?プロジェクトは中止になったんでしょ?」
行儀悪い沙織から、唐揚げの皿を取り上げる母。
「中止じゃない。計画はストップ。無期延期」
手についた油を名残惜しそうに舐める沙織。
「あなたその・・・パブロン・・パレボン・・」
「パルテノン」
「そう、その宇宙船の爆発事故からもう2週間もたっているのよ。どうしてるわけ」
「別に・・・寝てる」
椅子に座り、だらけている沙織。
「まったく・・・帰ってくるんでしょ」
「どうかな〜わからない」
「みんな本当に心配してるわよ。沙織、それとも、まだこっちに何かあるの?」
「別に何もない」
「あんた、お世話になった。日本の宇宙局の人、名村さん。心配しているわよ」
日本宇宙局振興委員会。会長の名村さんである。アメリカNASAに働きかけてもらい、沙織が本当にお世話になった人。
「あんたが返事しないから、家に何度も電話くれて、あんたに日本に帰ってきてもらって、宇宙開発の啓発活動をやってもらいたいんだって。・・・聞いてる?」
「メールもらってる・・・まだ返事書いてない」
「グズ。ちゃんとしなさい。・・・それから広報の秋月さんからも連絡はきているんでしょ?」
「うん。日本に戻って一緒に手伝ってほしいって」
母親の横にある唐揚げの皿を『欲しい、欲しい』と要求する沙織。
「とにかく電話しなさい」
母・由美子がテーブルに唐揚げが乗った皿を戻すと、沙織は二個目をつまみ食いする。
「うん。わかった」
「でもマイケルは残念なことしたわね。結婚して息子になると思ったのに、まさか訓練中で死ぬなんてもったいないわ」
「もう~、デリカシーないな。もうちょっと優しい言い方ない?」
「何をいまさら、娘に気を使って話せますか」
そういいながら、わざわざ来てくれて元気つけてくれてる母に感謝を感じる沙織。
「連絡しなさいね」
「わかった」
「今すぐ連絡するの」
「やっておく」
「どうだか、あんたは急にだらけると、ぐずぐずする。今、しなさい」
再び、皿を取り上げる母。
おあずけをくらった沙織は答えてしまう。
「わかったわよ。やるやる」
シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かしながら化粧を始める沙織。
「久しぶりに化粧か。めんどくさいな」
そしてパソコンの電源をいれて、ネットミーティングの準備をする。
それで化粧をしながら、時計をみると、
「もう昼か。ということは時差で向こうは深夜の2時・・・」
沙織、マウスを動かしパソコンの電源を切りかけるが、
「やるよ。やるやる。・・・・とりあえず既成事実を作っておこう」
と画面の連絡先一覧より『秋月さつき』アドレスをクリックして呼び出してみると
「はーい」
すぐ出た。驚く沙織。
「井上さん。待ってたわ。元気?」
ニコやかに手を振ってる綾瀬はるかに、どことなく似ている秋月さつきの姿が、モニターに現れる。
「寝てなかったのですか?今、そっちは夜の2時ですよね?」
「まだ資料集めしてたから、まだ家に帰ってないの」
「えー。今、会社なんですか?」
「ええ、ジャクサのデスク」
江東区にある未来館に特設されてされている航空局ジャクサの広報部のデスクで仕事をしている秋月さつき。
「・・・バカじゃない。日本人は働き過ぎよ」
「え?何か言った?沙織さん」
「いえ、ひとりごとです」
沙織、呆れたようにため息をつき、2人のネットミーテングを始める。
「それでどうなの?事故で大変だったようね。それでその事故の犠牲者の中に、沙織さんの彼氏のマイケルもいたそうね。」
ニコニコと辛らつに聞いてくるさつき。天然は怖い。
「でも気を落とさないで。今回の事故で、貴方が死ななかったのは、喜ぶべきことなの。だってあなたは日本の宇宙業界のこれからを支える人なんだから」
「・・・はい。ありがとうございます」
返答に困り、頷くしかない沙織。
「それでそちらのパルテノン計画は、どうなったの?終わちゃったんでしょう?沙織さんは、いつ日本に戻ってくるの?」
「えー・・・と・・・」
「それでね。やってほしいことがあるの」
沙織の返事も待たないまま、勝手に喋る秋月さつき。
「沙織さんには、パイロット育成のプログラムのカリキュラムを作ってほしい訳」
「それって、今、私が受けているパイロット用のカリキュラムですか?」
「そうよ。今、沙織さんが受けている授業をそのまま日本で同じようにやるためにね」
「それって・・・パクリです・・・よね?」
「その通り。日本には養成カリキュラムがまだないから、そっちのやつをそのまま真似させてもらおうと思って」
「・・・(さつきさん、そりゃまずい)」
と思ったが口に出せない沙織。
しかしさつきさんは、このいい加減さで、名もない日本人の井上沙織を、NASAの訓練生プロジェクトにネジ込んでくれたのも事実。
そういえば沙織が初めてジャクサの面接に行ったとき、初対面のさつきが沙織を見て開口一番、
「宇宙に行きたい?行きましょう。行かせてあげるわ」
と、沙織に言い放ってきたので、驚いたことを思い出す。
「え、急に?・・・・どうして私を?」
という問いに
「井上さん、人間の印象は会って3秒で決まるって、知っている?」
「いえ」
「私、貴方をみて、『あ、宇宙飛行士が来た』瞬間的にわかったのよ」
「あ、・・・ありがとうございます」
「3秒!私には分かったわ」
「・・・3秒」
「うふふふふー」
「アハ・・・ハハハ・・・」
・・・そのことを思い出し、沙織は、自分が落ち込んでいるのが馬鹿らしく思えてきた。
「秋月さつきさん。この人は不思議ちゃんだ。そしてこの能天気な言動のおかげで、私はアメリカにいられるのだ」
と改めて感謝する沙織。
「でも私、宇宙空間の経験がないですよ?」
さつきは気軽に誘ってくれるが、沙織はまだ宇宙というものに行っていない。それなら宇宙のステーションに何日も滞在した経験のある、毛利衛さん、向井千秋さん、土井隆雄さんたちがいるわけなのだが、
「こんな訓練生の私よりも、よっぽど先輩たちの方が・・・」
と言いかけると、沙織の言葉を止めるように
「古いのはいいの。時代は新しくなくちゃ。・・・今、日本は遅れているの。私たちが求めているのは、最新の情報なのよ。・・・今ね。宇宙は世界的にブームになってる。世間では火星に行く企画や月の裏側に基地を作る計画。そしてコロニーを作るための作業を始めている国さえあるのよ。・・・民間なんかはもっと早いわ。宇宙遊泳アトラクションを体験できる、ロケットの座席チケットまで売り始たりしてるの。そしてそれが即日完売よ。今、宇宙が世界のトレンドになっている。・・・それに引きかえ日本の宇宙開発は、やっとロケットH3に成功したところ。・・・めっちゃ遅れているの。そう思わない?」
と言い出すさつき。
「そうですね。・・・でも日本は、無人ですが月面にロケットを送ることに成功して、探査を始め出しましたよね?・・・・世界的にみると、十分進んでいる方、なんじゃないかと私は思うのですが・・・」
「違うの。そんなのはテクノロジーの話だけじゃない。・・・そうじゃないの。私たちが求めているのは、伝道する人。明るく楽しい広報マンがほしいのよ。・・・どうすれば宇宙飛行士になれるか、どうすれば宇宙で生活ができるが、それを答える人間が欲しいのよ」
「でも人間育成は時間がかかるし・・・」
「そんな言葉は聞き飽きたわ。飾られた話ではなく、実際に、これすると死ぬよ。生きるためにこれは必要、これは大事とか、個人に刺さる話を私は聞きたいのよ。・・・1人や2人じゃなくて、何十、ナン100人が、『おっしゃー!俺たちは宇宙に行くぞ!』って叫ぶ人を育成したいの。そのためのパイロット育成の話なの」
とチカラを込めて言い放つさつき。
「なるほど」
確かに今、宇宙飛行士になるにはハードルが多すぎるのは確かだ。
日本では、「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」が実施する宇宙飛行士候補者選抜試験を受け、そこで選抜される必要がある。
それは数年に一度、試験が行なわれ、今まで10人以上の宇宙飛行士が誕生したが、試験の実施時期が不定期であり、とても専門性の高く応募条件が細かいので、狭き門なのである。
そして選抜試験では日本国籍を有することのほか、自然科学系(理学部、工学部、医学部、歯学部、薬学部、農学部等)大学卒業以上であることやその分野において研究、設計、開発等で3年以上の実務経験があることが最低条件。 とても民間の人間がやりますと言っても出来るものではない。
「宇宙飛行士になれるのは限られたほんの一握りの人だけ。だけどね、そんな狭いことをチンタラやってたら、いつまで経っても日本の技術は進まないのよ。・・・沙織さん、民衆はいつも夜空を見上げて宇宙に思いを馳せているわ。そんな人々に対し、私たちはもっと宇宙を身近なものにしなきゃならないの」
と、さつきが夢見る様に語る。
「熱いですね。・・・いや、ちょっと熱苦しいけど・・・」
「そこで沙織さんよ。あなたが必要なの。宇宙飛行士の教育受けた貴方が『みんな宇宙に行けます』っていえば誰でも信じるのよ」
なんか山師や詐欺師と変わらない気がしてきた沙織。
「今、一番ホットな沙織さんのチカラが必要なの」
「アハ・・・ハハハ・・・」
実際今回のパルテノン計画とは、相当未来を予想して始まったプロジェクトではある。
宮殿であった「パルテノン」の名前を使い、人が優雅に暮らしていけるように考えてつけられた。
今まで単純に暮らすだけで地球から補給で賄っていたのだが、今回のパルテノン・プロジェクトは、ステーション内の自給自足を見据えた物だった。
現在まで宇宙ステーションで過ごしてきた人たちは、宇宙において生活できるかの実験データーの採取が主な宇宙滞在だったが、実験は進んで無重力の中で不純物のないものを作ったり、真空の中の物の整形などの実験などに作業が移ってきて、始められている。
確かに宇宙生活のデーターは必要で、そのまま継続するのだが、パルテノン計画の場合、船体自体の居住区域はそのままにし、その周りに作業スペースを作り隣接した宇宙空間に工場ステーションを建設し、新たなるエリアを増設していく。いわば宇宙ドックの建設をしようと考えている。
そしてできたものをパルテノンに合体させて、さらにもっと大きな工場を作り、それらも合体させ、エリアを広げる。
工場、農地、居住区を製作して、次々とドッキング。合体して連結を繰り返すことで、巨大な都市にしようという計画なのだ。
つまりはコロニー製作。その作業を始める前に複合合体基地と化した船体「パルテノン」の構築であり、規模的に1000人の宇宙飛行士が生活できる宇宙都市の建造を目指してパルテノン計画は発動した。
しかし目標がコロニーの製作となると、これはアメリカ国だけの話ではなくなり、地球規模になる事業になる。そのため発動はアメリカだが、各国の技術支援が出来る国の人間を参加をさせることによって、各国の優秀な人材を集め、多国籍他多民族で構成し、そしてそこを宇宙空間に作ったコロニーを新しい国にしようとも考えている壮大な予定も考えていた。
そのため各国に打診が行き、各国から宇宙飛行士希望の人材を育成するために広報されたのである。
大学で工学部建築科を出たあと、お爺ちゃんの建築会社で働いていた沙織は前々から宇宙に興味があり「コロニー建設には、建築作業がいる。うちは代々、建築だ。その経験はもしかして活用できるのではないか?」
と思い、一念発起してパルテノン計画に応募をした沙織だった。
「沙織さんの会社では工事建設ドック、資材保有倉庫、それらの建築も業務内容の一つであり、それを実際に4年以上経験がある。これは宇宙コロニーのパルテノン計画の募集に合致している」
とJIXAは認めた。
しかし一番、アメリカの訓練生募集の合格の決め手となったのは
「コロニー作り時の材料の成形の度に出る廃材処理の仕方」
つまりは廃棄された物を宇宙に放置すればそれは、スペースデブリになるが、それをいかに潰して新しい原料に変えるかが重要な項目の一つで、沙織の会社でやっている「勿体無いから再利用スローガン」のリサイクルで75%の成果が出ており、その応用をして宇宙で出来ないかと、期待されて訓練生に認められたようだ。
「夜中に元気だな。秋月くん」
こちらを見ているさつきの横から、男の人の声が聞こえた。
「あ、所長がきた。今、沙織さんとズームミーティングしていて」
「お、井上沙織さん?どれどれ・・・」
名村さんの顔が画面に入ってくる。
「所長、近い近い」
ドアップになった名村を引き離すさつき。
「井上さん、久しぶりだ。心配してたんだぞ」
「本当、日本人はいつまで仕事しているですか?もう夜中の3時ですよ。ちゃんと寝てます??」
「ああ、大丈夫。仕事しながら寝てるし、昼寝もしているから、元気はつらつだ」
60歳を越えて少し太り気味の堺雅人似の名村が笑う。
「この人もおかしい日本人だ」
「なんか言ったか?井上くん」
「いえ、別に・・・」
「パルテノンは中止って言っても、まだ座学学習はやっているのかい?」
「いえ、それもストップです。なんせ無期延期と決まり、ほぼ解散なので、各専門家の講師もここから出て違う仕事に行ってしまってます・・・・まだ残っているのは私ぐらい」
「だったら戻ってきてよ井上くん。こちらは予算が少ないので人手不足なのだ。そのくせ、宇宙がブームになって、やれ講演しろとか、人材育成しろとか政治家どもがうるさいんだ」
「本当にひどいの。全く他人事のように命令してくるの」
威張り腐った政治家に飽き飽きしているようなさつき。
「だったら金を出せって言うんだ。まったく。金が全然足りてないんだ」
名村さんも含め、だいぶ日本のジャクサは腹をたてているようだ。
「日本で宇宙がそんなにブームなんですか?」
「ああ、日本では誰もが、宇宙を言い出している。・・・だから、ジャイカは今、月面居住を考えている。」
「え、コロニーではなく月面に居住ですか?」
驚いて沙織が聞くと名村は、
「日本政府としては、なにがなんでも月面だ。コロニーとかステーステーション生活とか、そういう実行可能な計画はまったく反応しない。月だ。月が絡まなきゃ動かない阿呆ばかりなんだ。まったくアポロ計画あたりから進歩してない。もう『月に田んぼをつくったり畑こさえて果物栽培します』とか、そんぐらいデカい話にしなきゃ政府は金を出そうとしない」
「相変わらず、何も知らない学者が牛耳っているようですね」
「そうだ。だから月はマストだ。バカもんは宇宙といったら月しか思いつかん。宇宙開発に興味はなく、とにかく自分が空を見て見える月。月といったら月。月にかぐや姫の宮殿を作ると言った方が喜ぶ馬鹿ばかりだ」
「大変ですね。宇宙ではコロニー建設の方が実用的で、安上がりなのに」
「沙織さん、ガンダムぐらいしか知らない人たちは、コロニーってアニメかなんかの世界と思ってるの。そんなものは民間にやらしておけばいいって取り合わない。私たちの意見なんて門前払いよ」
「宇宙開発は金が要るのだ。どうにかしてぶんどるしかない。だからとにかく月を推す。そして見える火星に居住計画を作り、宇宙の覇者になると言い放つ。・・・悲しいことに想像力がない政治家どもだ。それぐらいしてやっと他の国と競える金額が下りるんだ。・・・宇宙にいくためなんでも言う。お偉方にはそのぐらい大ボラをかまさないと企画が通らんからな」
名村、ニコニコともみ手をして、
「だからね、一流のアメリカNASAに携わった井上さん。貴方がいてくれるとありがたいのだ。バカな政治家相手に質問に答える『喋る商品説明書』が欲しいのだ。井上くんにはそれができる。是非とも生きたチャットGPTになって欲しいのだ」
「無茶苦茶ですね」
「それで沙織ちゃん中止になった他の飛行士はどうしてる?」
「レイやフィリップたちですか?」
「そう、彼らを日本に連れてきてよ」
「そうだ『同じ仲間』として安くディスカウントで、日本に持ってきてくれ」
「どうするんですか?」
「井上くん1人より、まとめてドーンといった方が説得力あるだろ」
「多けりゃ多い程いいわ。多数決は何より強いのよ」
ウッホ、ウッホと夜中に大声あげて喋る名村とさつき。
すごいな。バイタリティの塊だなと沙織は思う。
「日本人はもっと宇宙に行かないといけない。そのために井上さんのチカラが必要なのだ」
「はい。分かりました。考えてみます」
「待ってるからね」
「早く帰って来てね沙織さん」
画面の中で満面の笑みで手を振る名村とさつき。
「失礼します」
ズームを切る沙織。
「まったく楽天的な人ばかり。しかしこんな能天気の人のおかげで私はここに来れた」
パソコンから離れ、缶コーヒーを開けて飲む沙織。
「やはり日本に帰るか?しかし日本に帰ってなにすればいいんだろう。でもただ帰るのではいけないと思う。本当に何か、別の目標をや夢を見つけなきゃ生きていけないな」
アポロの宇宙飛行士の言った事を思いだす。
「人間にとって小さな一歩。人類のとっては大きな一歩」
みんなその一歩ために、全てを投げ出して挑戦してきたのだ。
新しい知識、新しい世界、それを得るためにはいくらでも命を投げ出せる。宇宙とはそんな世界だ。私はそんな世界に生きてしまった。もうこの世界から戻れないだろう。
その中で自分自身に問うてみる。
「どうなの?私、何をすればいいの?・・・・分からない。何も思いつかないのだ。でも死んだマイケルの気持ちを継ぎたい。そんな気持ちがある。これは消えない」
具体的にならず、モヤモヤしている沙織。パソコンの電源を落とす。
部屋から出て来た沙織に母が聞く。
「連絡は取れた?」
「うん、まあね。ちょっと進路について話し合いになった。少し考えてくる」
外出着に着替えた沙織は、玄関に置いた陶器の皿から、アニメ『セブンズマーチ』の主人公キーホルダーがついた車のカギを出し、握りしめる。
「ちょっと出かけてくる」
「どこに行くの?」
「エドナのところ」
「夕食には戻るでしょ?」
「夕飯はなに?」
「すき焼き、すき焼きそうめん」
沙織、振り返って聞き返す。
「え、そうめん?懐かしいすき焼きそうめん。おじいちゃんが大好きな奴だ」
「よかったらエドナも呼んできなさい」
「わかった聞いてみる」
手を振り玄関を出る沙織、見送る母。
「そう私は、まだ帰れる場所もある。だから何処にでもいける。一番良い所を探そう」
外に出ると駐車場にあるマイケルが乗っていたホンダ・アコードのエンジンをかける沙織。