11、船内・作業
「みなさん、お疲れ様。本日で閉鎖環境適応模擬訓練が終了になります」
モニターに映っているスペースシャトルのメインパイロットを長年勤めた来たコマンダーのスミスが、
(宇宙船やスペースシャトルのメインパイロット)
微笑みながら船内の試験者に伝えてきた。
どうやら今日の講習を終えれば、船内での生活は終了になるようだ。
閉鎖環境適応模擬訓練は狭い室内で他の試験者と長期間一緒に過ごすというもの。ストレスがフルな環境の下、チームで課題を乗り越えていく様子をモニターでチェックされるこの試験は、なかなか息苦しい。
それが今日のこの作業を終えると、船内の気圧調整が行われ、2時間で外気の気圧と同じになり、ドアが開かれる。
やっと八日間のモルモット観察生活から解放される。と気が楽になる。
沙織、見回すと、みんなも安堵で少し笑顔があり、嬉しいのだろう。
「今回の船内での8日間は国際宇宙ステーションの閉鎖環境での共同作業を再現したものです。・・・平常において特に気にならないことも、閉鎖空間では、苛立ちに変わる。他人とスペースを共有すれば、自分に負荷がかかります。その負荷を受けながら精神をコントロールさせ、相手の思考に同調して作業を完結させる。これはステーション生活には不可欠な要素です。」
そう言うとスミスは、目の前にCPUやメモリ、コンデンサーが配置してある30センチほどの何かのモジュール盤をだして見せる。
「送ったメールで、作業内容を確認した人はわかっていると思うが、今日は『機械修理とメンテナンス』を長時間従事してもらう作業内容になっている。・・・ベッドルームの奥に鍵のかかった備品室があり、そこに納められている部品をだして作業を始めて欲しい」
沙織たち試験者は、船内で生活していたが、備品室と書かれていたので、鍵がかかっていても疑問に思っておらず、今、その意味を知った。
言われるまま、ベッドルームの奥にロックがかかったドアを解除して中に入ると、1メートル四方のプラスチックケースが4ケースほどある。その1ケースを備品室から出し、モニターの前に持っていき、蓋を開くとスポンジクッションに挟まれた電子部品のモジュール盤が20個ぐらい納められている。
「それだ。ここにあるものと同じものだ」
モニターの中のスミスは、モジュール盤を見せる。
「これを使用できるようにチャックして欲しい」
沙織たち、手にとってみる。
見ただけ汎用が効く大型器具に取り付ける電源のオンオフとリミッターシステムが稼働するコントロール装置の部品。
「これをチェックして作動させるのか」
「新品だよね。なら検査なら簡単じゃない?大丈夫でしょ」
みんな安堵の声を漏らす。
「助かった。単純作業だ。昨日の気圧の減圧作業だったらどうしようかと思っていた」
「減圧は、肉体負担が大きいからな」
「段々、体が膨張してきて、死へ恐怖が迫ってきた」
平地が多いサウジアラビア人などは気圧の変化に弱く、恐怖の感想を口にしていた。
重力から解放された宇宙では、気圧が薄くなったり、重力磁場の通過などで特別な状況に陥ることが想定される。
ここの気圧調整が出来る深海居住ドームでは、特異な気圧変化を再現し、その中で作業をこなすことで、自分の耐性を高めたり、パフォーマンスを確認させるため使われた。
「本当、最後は高山病になるかと思った」
インドのバルがいう。
「あれはトラウマ・レベルで残る」 もう懲り懲りだというふうに手を振る。
「あら私は気持ちよく、眠れたわ」
症状が軽度だった沙織は好意的な訓練と受け取ったが、
「あれで脳に血栓を起こし、後遺症など作ったら、大問題だよ」
イスラエルのジンも否定派である。
「それを含めて訓練には必要な要素なのよ」
中国のユアンが言い放つ。訓練を肯定しながら、なかなか気丈な意見である。
「・・・ではリーダーとサブリーダーを決めてください」
8日間、命令する人間とそれを行う側を作り、リーダーと作業班の連携を行うことをやってきた。
宇宙において障害に対処する時は、グループ対応になる。その際スムーズに知識がある人間をリーダーにチェンジできるよう、毎回リーダーを変えて訓練をこなす。リーダー交代を瞬時に行えることが、不慮な事故の時の対策になる。
「リーダーは?」
モニターの講師のスミスが促すと、
「私が」
立候補して中国のユアンが、着いた。
「サブには?」
すると周りが沙織の顔を見る。
「?・・・それじゃ私が・・・」
なんとなく周りが求めたようなので、沙織がつくことにする。
作業開始。
「これはどの回路にも使われているタイプね。」
「この大きさからいうと、宇宙空間の機械・・・アームとかを制御するリミッターに使用される物かな」
互いに知識を動員して発言し鑑定する。しかし動作を確認する検査機械は無い。何かを解体して通電させて検査するしかないだろうと結論になる。
仕方ないので比較的構造が簡単な『温め用小型のホットプレート』を分解して接続することにした。
まずは電気を通電させ、モジュール盤に電気が入るかを確認する。プラスマイナスを確認して、コンセントを結線、出口である温め用プレート部分に接続。
プレートのコンセントプラグから、モジュール盤に行き、温めプレート部分装置に結線して動作確認に入る。
「通電なし。簡単に目視でここと、ここが結線されてないのがわかる」
「どうするの?」
「ハンダつけ作業でしょ」
「これ全部?」
「そうでしょ」
宇宙船の機械部品は、ほぼCPUが搭載されている。そのため故障やメンテナンスをする場合、回路接続のスキルを求められる。
故障の原因の多くが、基盤のハンダ部分が船外温度変化で剥がれたり、断線したり、溶け出すことだったりする。そのため修理や組み立て時にハンダ付け作業を行えることが、宇宙船勤務の重要スキルになる。
「ハンダつけ?機械工場の工員になった気分ね」
ユアンが作業の不満をいうと
「ハイテクの下支えはマンパワーですよ」
バルの国インドは、まだ製造業が主産業なので『汚い工場仕事』に誇りを持っている。中国は発展途上の国の代名詞『世界の工場』を見下しており、そこから抜け出したい気持ちでいるようだ。
モジュール盤を確認してわかったことは、比較的太い溶接から、細い数ミリレベルの溶接まで、目視で断線箇所を見つけ出し、接続させて行かねばならないという事。
ステックタイプのハンダゴテは多数あったので各自に渡したが、細部を見るメガネタイプの拡大スコープは2つしかなかった。そのため検査確認についたバルと、微細部溶接係になったサウジアラビアの男性に渡された。
そして各自、判明している断線部分をハンダで接続させていく。
船内の作業なので、作業台などなく、電子部品のハンダ付け作業が、ソファや床や、そこかしこで始まった。
細くミリにも満たない導線を辿って切れ目を探し結線していく沙織たち。過酷だ。
「気が狂いそう」
と作業するものは悲鳴をあげ、
「目が見えなくなってきた」
顕微鏡のようなスコープ眼鏡をかけた『断線探し係』のインド人・バルが嘆く。
2時間が経過した頃、モニターにスミスからコールがくる。
ユアン、モニター前のスミスに、完成させたモジュール盤を持っていく。
「現状の報告をお願いする」
の言葉に、ホットプレートの解体から始め、接続と通電、確認方法の説明をし、簡単な動作的通電を行い見せるユアン。
頷くスミス。
「それで今、何ボルトかけてやっている?」
「え?船内と同じ、ボルト・・・」
「12Vです」
口ごもるユアンに沙織がフォローする。
「動作の支障は?」
「オン、オフのことですか?それは支障なく・・・」
機械的にスイッチを押し、動作点灯LEDの点滅をモニタで見せる。
「何回か繰り返しても問題が出なかったのはわかった。でも重要なのは、その検査回数になる。その回数が多ければ動作の信用が成立する」
「それは・・・」
再び口ごもるユアンにスミスたたみかける。
「ユアン。ではお聞きする。これはなんの機械ですか?・・・どこの電子部品ですか?・・・これをあなたたちは理解してますか?」
「そこまでは・・・」
「それを理解していなくて、修理できたとは言えない。これでは使用場所も特定できないじゃないか」
「・・・しかし・・・」
「数量は?」
「・・・ざっと二十個・・・」
「全部やり直し」
「・・・動作しているのに?」
突然、真顔になり怒鳴るスミス。
「とりつけて不具合が起きたら船体が破損するんだ。そんなものをつけられない」
そうしてモニターのスミスは黙る。
「・・・」
戸惑うユアン。
近くで作業していたイスラエルのジンが来て、ユアンの肩を叩く。
「やり直そう」
「イエッサー」
とユアンが答えるとスミスがうなづき、モニターをきる。
「やるしかないね。仕方ないやり直しね」
沙織が、負担にならないように明るく言い、また備品室に行ってボックスを持ってくる。
ミクロ拡大鏡スコープをつけるバルが、モジュール盤を調べる。
「これか?203090・・・」
読み上げるCPU品番を、イスラエル人・ジンが書き留める。
ユアンが型番調べて、動作するコードを確認。沙織は船内コンピュータにアクセスして船内にある同型のCPUを探す。
「えーと、コード確認。NE94HK02・・・」
「・・・674RD435F」
「凄いバル、覚えているの?」
「20桁ぐらいなら瞬時で覚えられる」
記憶力が、ずば抜けているインド人のバル。
「インド人は数字に強いわね」
「子供頃からの教育のおかげだ」
またスコープをはめて作業に入るバル。
「予想通り、制御の仕方がアームで使われているものと同じだ。アームの部品として考える」
沙織がいうと
「ならば船内のバッテリーと同じ直流ボルト数7、4〜24V。通電の仕方がわかった」
バルが頷く。
「ならばオッケーね。ハンダ作業、再び開始」
ユアンの号令で再び取り付け始めるハンダ係の沙織。そして他の試験者たち。
「これは?船外でも耐えられるハンダ?」
沙織、ふと気になり使用するハンダを確認。
「大丈夫だ。船外活動に耐えられるハンダだ」
同じくハンダ付けをしている人間が商品を見て、答える。
船外活動の場合、直射日光で250度にもなる。そのため溶かしつけるハンダも特殊なもので、高温で焼き付けていく。無論、取り付けている試験者も高熱のハンダつけは、非常に負担になる。
また2時たった。
スミスに呼ばれるユアン。
「リーダー、進行状況は?」
「現在完成品は5台目です。製品はアームの制御装置と判明。それを・・・」
「5台?なんでそんなに遅いんだ?」
「調べるのに時間を要して・・・」
「これじゃ緊急時に間に合わんぞ・・・」
「調査で時間がかかり、これから量産・・・」
「ここの一班は、遅い。他のブースは順調に進んでいるぞ。君たちのブースはやる気があるのか」
「やってます。やり方を変えましょう。調査しながら互いに確認してやるやり方にします」
「進めなさい」
つっけんどうにスミス側からモニターが切られる。
戻って作業を始めるユアン。全体を取り仕切り、各作業に材料を運んだり、並べたりしているが、つい
「何もあんな言い方しなくてもいいのに・・・」
愚痴が出る。
今度は1時間後に呼ばれるユアン。
スミスから現状報告を求められる。
「ただいま、13台目に作業が入りました」
「モジュール盤を見せて」
ユアン、モジュール盤を見せると
「この中間部分のハンダ付けをしている人を呼んで」
繊細なハンダつけ作業しているサウジアラビアの男性がモニター前に呼ばれる。
「どうしてこんなにムラがあるんだ?」
スミスに怒られる。
「綺麗だとおもうんですが」
ユアンがとりなすが、
「それがすべて均一であるのか?ハンダの量で電流の流れは変わるんだぞ」
「これで動作はしています。二十回X三回のオンオフ実験でも・・・」
「ダメだ。やり直しだ。」
「これ全部?」
「同じようにやったんだろ。なら同じだ。全部やり直し。・・・あ、彼を変えるな。彼に引き続き作業させて覚えてもらう必要がある。こんなもので作業が合格されると思われてはかなわん」
スミスに怒られるサウジアラビアの男性が唇を噛む。
沙織、モニター前にくる。
「すみません、コマンダー・スミス。材料の方ですが、新品の量があとワンボックスと七個で終わります。NGになったものを、再度メンテナンスして作業しますか?」
「沙織、もう一度予備室に行ってくれ。さらに後ろにドアがあるだろ?
それを開けたまえ、ロックナンバーは・・・」
沙織、行ってドアを開けると、ボックスが2、30個並び、最初の5倍ぐらい量がある。
「凄い。まだこんなに・・・なるほどね。そうかプレッシャーの作業なのね。これはオッケーを出さない。ずっと続く作業ね」
出して持ってくると、みんな嫌な顔をする。
「作業は続くよ」
沙織、軽く陽気に言うが、誰もが嫌悪した顔になる。
案の定、その後もモニター越しに
出来たものを見て、難癖をつけたりダメ出しをするスミス。
そして全てやり直し。
「右の端は、誰の作業だ?」
特に繊細のハンダをしているサウジのやったものを提示させ、モニターの前に呼び、ハンダの歪みなどをダメ出しをする。
「なんですかこれは?これじゃ通電ができても過剰な電量が流れてしまう。均一にできないのか?」
サウジの男性に、何度もダメ出しが続く。そうやってストレスを増していく。
「どうしてできない?」
ヒステリックにダメ出しされると
同じ室内にいる言われてない人間も、過敏になり神経がやられていく。
ふと周りを見回す沙織。
周りから締め付けてくるような雰囲気を感じている。
「誰も息が早い。これは?・・・過呼吸?」
少しづつだが、今日は昨日の逆、気圧を高くしていることに気がつく沙織。
「まずいわね。呼吸を整えないと」
4数えて吸って、4で吐く。
少しゆっくりのリズムで、空気を吸い、早い呼吸になっているのを止める。この状況なら、吸い込みのスピードはゆっくりにした方がいい。
「全部やり直し。これ、使い物にならない。最初からやり直せ」
「なぜ?」
もうわけがわからないダメ出しがスミスから告げられる。
誰もがスミスが理不尽にダメ出しをしているのがわかるが、命令に反発しても作業を止めることは試験者は出来なかった。
その間にも気圧が高くなっており、息がしづらい試験者たちは体が締め付けられている感じで、苦しくて、息が荒くなっている。
「相当きているな」
訓練とわかっているが、なかなか身体負担が強いと思う沙織。
「これはやばいわね。こんなに気圧が重いと、倒れて潰れるか、それとも反発で・・」
と、警戒した時、作業中のサウジアラビアの男性がパニックに陥リ、大声をあげて立ち上がる。
そして船内の扉の方に走り出す。
「どうした?・・・どこに行く?」
声をあげて扉らを開こうとしているサウジの男性をインドのバルがつかむ。
「ダメだ。外に出るな」
暴れてふりほどこうとするので、イスラエルのジンも加わり、両側から伏せかるようにして抑えられる。
「静かにさせないなさい。リーダー・ユアン」
モニターからはスミスが冷静に指示を出す。
床に伏せられているが、なおも声を上げるサウジ。
振り解こうと、のたうち回って暴れ、バルもジンも必死に手を伸ばす。
すると首を掴んでいるバルの腕が噛み付かれる。噛まれたバルの血が床に落ちる。
「リーダー・ユアン。処理をしなさい」
スミスの声が怒鳴り声に変わる。
「・・・」
「リーダー・ユアン。早く納めなさい。どうした?なにしてんだ!」
その言葉で、体が固まったままのユアンの息が荒くなっていく。
「はあ、はあ、はあ・・・」
サウジにつられて中国人ユアンもパニックになりかかっている。
それを感じ取った沙織は隣にいき、ユアンの手を掴むと、ひねる。
「うぅー、なに?痛い。やめろ」
「ユアン、息止めて」
「放せ」
パニック寸前のユアンは振り解いて暴れそうになるので、沙織は腕を抱え込み、周りから見えないようにユアンの腹にパンチを入れる。
「・・・なに?」
「ゆっくり。息を整えて。ふー、ふー、ふー」
目を見開いたユアン、沙織の顔を見る。
微笑んでいる沙織。
「ゆっくり、大きく息を吸って・・・そして止める」
「あ、・・・」
やっと気がつき、息を止めてから、ゆっくり吐いて、全身に入った力を抜くユアン。
「そうそう、息を整えて。・・・恐怖は連鎖する。息苦しくて思考が出来てないよ。・・・ユアン、私に命令して」
うなづくと、静かに言うユアン。
「沙織、彼を暴れないように押さえてください」
「はい了解。・・・バル、そのまま、もう少し押さえて。シン、舌を噛まないように、猿轡を入れて」
沙織、そばにあったタオルを投げて、シンに渡す。
シン、おさえているサウジアラビアの口を開き、布を噛ませる。
その間に沙織は、作業用に出してあった短いプラスチックの結束バンドを持っていきて、バルに掴まれて後ろ手に回った両手の親指同士を縛り結束する。
そして毛布を頭からかけて暗くして、そのままバルに押さえさせる。
「息止めて。ゆっくり深い呼吸に変えて」
毛布の上から叫ぶ沙織。
しばらく足をばたつかせていたが、体が動けなくなり、視界が閉じたサウジアラビアは、泣きだす。
「静かに深呼吸」
と沙織と一緒に毛布の中の耳に向かって叫ぶバル。
鳴き声も止まり、徐々に平常に戻るサウジアラビアの男性。
「もう大丈夫よ」
沙織、固まったままのユアンの隣に行き、手を握り、
「ユアン、彼をどうします?」
「そうね。とりあえず監視できる所に寝かせておきましょう」
シンとバルで運んで、見える場所で部屋の端に転がす。
念の為、両足の靴にも結束バンドで繋ぎ、走れなくする。
「ではまた作業を続けます」
ユアンの号令で作業に戻るみんな。
息を整えているユアン。
「最悪だ。何も出来なかった・・・」
そして沙織を見ると、沙織はバルの腕に治療パットを貼って包帯をまきながら、ハンダつけ作業を代わったジンと会話して笑い合っている。
「タイムアップです」
モニターからスミスが伝えてきた。
モジュール盤で作業が終わったものだけテーブルの上に並べて、NGになったものは、わかるようにバツのテープを貼り、床に並べた。
「たったこれだけですか?こんなに少ないのは初めてですよ」
スミスがまだ嫌味を言う。
「すみません。しかし・・・」
ユアンが何か言おうとすると、スミスの後ろから、同じく講師のモニカがフレームインしてくる。
「沙織、隣の部屋に行って。オンラインで説明を聞きたいから」
と呼ばれる。
「ちょっと行ってくるね」
ユアンが握手を求めて手を出す。
「とりあえず礼を言っておくわ」
「なんも、なんも、気にしないで」
その手を握り、握手する。そして
隣の連絡治療室に行ってモニターをつなぐ沙織。
出てくるモニカ、不機嫌である。
「あなた、サブリーダーなのになぜ止めなかったの?」
「コマンダー・スミスが、ユアンにやらせようとしたからです」
「それでユアンに何をしたの?」
「いえ別に。落ち着くように声はかけました」
「こちらからは、ユアンに暴力を加えていたように見えたが、どう言うこと?」
「そうですか?止めるように促した時にぶつかったのかな?」
「沙織、これは試験であっても訓練なのよ。正確に伝えてもらわないと困る。私たちは、各個人その人の行動を見て評価する。勝手に余計なことしないで」
怒りながら言うモニカ。
「はーい、わかりました。
「何その気にのない返事は?ちゃんと返事しないさい」
「イエッサー、モニカ」
「・・・馬鹿にすんじゃない。沙織、処罰しますよ」
「了解です。以後気をつけます」
と電源切ってしまう沙織。
「圧力インタビュかもしれないけど、・・・そんな命令に、真面目にやってられるか」
沙織、みんなのいる部屋に戻ったら、これで訓練が終わることを伝えられる。
少し早いが、サウジの男性がパニックで暴れて負ったバルの傷の治療のため、滞在終了を早めて終えるらしい。
2時間くらいかけて、気圧を船外に合わせて減らしていく。
「おー、体が軽くなってきた。何も言わずに気圧を変えるなんて、私ら本当にモルモットだな」
沙織が笑うと、
「え?そうなの?」と気づいてないバルもいた。
徐々に気圧が戻されて、ドア解放がオッケーになった。
「出ていいの?・・・終わった?」
外に出て解放される試験者たち。
「お疲れ様」
「狭い中で、終わりのない単純作業。慣れてない彼はパニックになってしまった。巻き込まれたこの班は評価を下げてしまっただろう」
ジンはため息をついて嘆く。
「冷静だね。ジンは」
隣にいて一緒に出た沙織は気にしてない。
「チームが悪かった。他で挽回するわ」
ユアンも吐き捨てるように独り言を言う。
ユアンと一緒に出てきたバルはそれを聞いて沙織の隣に来ると、沙織に言ってくる。
「嫌なやつだね。あいつ」
「全部できる人は少ない。一つぐらいの躓きは許してあげなきゃ」
「しかし、ユアンのことは、もうスタッフにバレているとは思うよ」
自分につけている腕時計をみせるバル。
「このスマートウオッチで心拍数とか、たぶん送っているはず、全部バレているでしょ」
「あ、そうか。だからあんなすぐに呼ばれたんだ」
今頃、気がつく沙織。
「じゃあ、また明日」
そういうとスタッフに付き添われて医務室にいくバル。
沙織、建物を出ると別館の食堂にいく。
ストレスを発散したくて飲食に走った。するとみるとみんなも食堂に来る。考えていることは同じだ。とにかく息抜きが必要なのだ。
「オレンジジュース3杯。お願い」
来たオレンジジュースを一気に飲む沙織。
立て続けに3杯飲む。身体中にオレンジジュースを満たしてタプタプにしたい気持ちになり、一気飲みをした。
「うわー、身体中全部、オレンジジュース」
そうしてデザートに苺のシュートケーキを一つ貰って座席テーブルに着く。
すると別の班も終了したらしく食堂にやってくる。
こっちもやっぱり同じである。平常の生活に戻りたくて、日常の物を食べる。特に炭酸飲料は、ストレス発散に良いらしく、みんな注文しているようだ。
レイもくる。食堂に入ると沙織を見つけ、ビールを持って座ってくる。
「大変だったなプレッシャー訓練。しんどかった」
クールなレイも大きく口を開き、ため息を漏らす。
「やられたね最後のストレス作業。何度も何度も繰り返しダメ出しされて、へとへとにされたわ」
ショートケーキを味わい、甘さを堪能している沙織。
「ああ、最初に『これで終わりだ』と解放するようなこと言い、作業間中、ずっと締め付けた。・・・全く失敗した。あんな浮ついた言葉を言われた時点で気がつきゃいけないんだよ本当は」
みるとレイの第二班の人たちも、食堂にやってくる。みんなげっそりしている。
「まるで幽霊の行列だろ。搾り取られて干からびて。いかに過酷かわかるだろ」
「いやこっちは、そんなもんじゃないわ。メンバーがパニックになって暴れたり、それが伝染して崩壊しそうになったりして、もう大変だったんだから」
「沙織がリーダーか?」
「いえ、リーダーはあっち」
げっそりして杏仁豆腐を食べているユアンを見るレイ。
「やつかい?」
「彼女がリーダーだったけど、巻き込まれてパニック寸前。まあなんとか彼女を止めたけど」
「止めたのか。そんなの助けなきゃいいのに」
「別に助けてないよ。パニックになりかかったのを止めただけ」
「いやパニックってくれたほうが、沙織にとってよかったのにな」
「なんで?」
「ユアンが減点されれば、沙織が合格するのに有利になる。パニックで暴走は、きっと大きな減点だったろうに」
「先に暴れた奴が出ちゃったの。そんな中に何人も出てきたらこっちもパニックになる」
「向こうはそれが狙いだ。色々と試してデーターをとっているんだ。やらしてやればいい。それに試験だ。死ぬわけじゃない」
「ひどい言い草」
「でもライバルは消えてもらった方がよくないか?」
ビールを美味しそうに飲むレイ。
「ライバル?・・・仲間じゃない」
「あいからず甘いメンタルだ。女性、アジア人、同じクルーに2人もいらない貴重な席だ。ライバル以外考えられない」
「彼女は優秀よ」
「じゃ譲れるか?」
「それは無理」
「ならば勝ち取るしかないだろ」
レイに言われる
「いつも正確で、クールね」
「沙織、解っているか?世界はいつも白人重視なんだ。希少なアジア人で女性・・・多分、ここもそんな枠を作っているはずだ。その枠でユアンは、頭いいし、体力あるし、そして美貌もある。もし奴が受かったら、沙織はどうなる?」
「うん。2人はいらない。難しいな」
「そんな奴が、勝手に自滅してくれたんだ。そのままスルーすれば奴は落ちたかもしれない」
「そうよね、しくじったかな?・・・でもそうは言っても、みんなで行きたいというか、相手を落として受かるというのものなんか嫌なんだよね」
「そこが沙織の甘さだ。昔は日本にはカネがあり、それを目当てに日本人を雇っていたけど、今じゃ、無理だろ?2流金持ちの日本じゃ沙織のスポンサーになってくれるやついるのか?」
レイの言うことは、図星といえば図星だ。JICAも金、金って言ってたもんね。と沙織も思い出す。
「落ちる人間は落ちていってくれればいい。それの方が信頼できる人間を見つけられる。そんな合格した人間で信用を築けばいいのだ」
「忠告ありがとう。でもこれは性分かな」
「残れよ沙織。ここで信頼しているのはお前だけだ」
「頑張るつもりよレイ」
すると治療が終わったバルが食堂に入って来る
「治療、お疲れ様、あれ?やけに暗い顔、どうした?」
「送ってきた。家に帰るそうだ」
「サウジの・・・?」
うなづくバル。
「・・・彼はそもそも王様の子供で、広いところで育ち、狭い場所は好きじゃないらしい」
「何?閉所恐怖症ってことなの?
なんだ。はなから宇宙ステーションなんて無理じゃない」
「そう言うことだ。今、気がついたそうだ」
笑う沙織。
「なんでそんな彼が宇宙を?」
レイが聞いてくる。
「今、サウジアラビアは宇宙ブームなんだそうだ。現在は財はあるが、枯渇する可能性がある。そのため事業開発が盛んになっている。その一番が宇宙開発事業。膨大な資金を投入し推進しているらしい」
「やむにやまれずマハラジャの王子、出馬っていうことだったのか」
レイが沙織を見る。
「やはり宇宙は金がかかるんだ沙織」
「宇宙はもうビジネスの投資先になっている。仕方ないことだ」
とバルも納得する。
「噛まれた手は大丈夫?」
治療を受けて包帯を巻いた手を見せるバル。
「もう大丈夫だ。ちゃんと消毒もした」
「本当?そこが腐ってゾンビになったりしない?」
「えー、バイオハザード?」
「そういうことも宇宙ではあるかもよ」
「そうだよな。未知のウイルスもあるだろうから」
レイも面白がって乗ってくる。
「そしたら宇宙にポイね。エイリアンのように叩き出して上げる」
「えー、俺スペースデブリになっちゃうの?」
笑いあう、沙織たち。




